入校2日目は村上先生の退屈な話から始まった。

「異能警察学校の期間は2年間。その教育課程で卒業試験を突破出来なければ、リタイアとなり即退学だ。留年などの処置はないから気をつけるように」

 いかんいかん、真面目に聞かなければ……。

「異能警察は、基本的に異能力犯罪を対象に職務を執行するが、事件によっては一般警察と合同捜査を行う場合もある。我々に逮捕された能力者は、異能犯罪専門の検事によって検挙され、これまた専門の裁判官によって裁かれる」

 村上先生は皆にプリントを配りだす。

「一般人が国の許可なく異能使用認可エリア以外でラグラスを発動することは原則禁止されており、個人目的や仕事で使用する場合には必ず認可を受ける必要がある。異能使用認可エリアはプリントに書いてある通りだ」
そのプリントにはこの学校の敷地内も含まれており、更に言えば俺の家である、藤堂流道場の名前も含まれていた。

 村上先生は更に続ける。
「異能警察官には拳銃やその他武器の所持と、職務中のラグラスの使用が認められている為、一般警察官より厳しい審査基準があるので覚悟しておくように。ではこの後は異能力測定と体力測定、昼からは健康診断の順で行うので全員着替えて校庭に集合してくれ」

 運動着に着替えて校庭に集合すると皆の異能力測定が始まった。無能力の俺はこの時間は退屈だ。校庭の端で退屈そうに座っていると、1人の男子生徒が声を掛けてきた。
 
「やぁ、藤堂君だよね?」
「えっと、君は確か……」
「キリア・ファレルだよ。気軽にキリアと呼んでくれ」
「よろしくキリア、じゃあ俺も幸近で頼む」
「よろしく幸近。変な意味にとらないで欲しいんだけど、君は無能力なのにどうして異能警察に来たんだい?」
「昔から憧れていたんだ。異能力がない代わりに体力にはそれなりに自信がある!」
「そっか。一緒に卒業できるよう頑張ろう!」
キリアはそう言って、全く嫌味のない笑みを向けた。
「あぁ、頑張ろう!」
俺達は握手を交わす。

 整った顔立ちのキリアは、オレンジ色の長い髪を後ろで束ねていた。俺は長髪の男はチャラチャラしている不真面目な奴が多いという勝手なイメージを改め、この世の全ての長髪男性に心の中で詫びた。

 その後もキリアと行動を共にした。入校して初めての友達が出来たことに、内心ホッとしていた。能力測定、体力測定の結果は、どちらもヨハネスさんがクラスでぶっちぎりのトップだったらしい。

 そしてついにこの時が来てしまった――。身長と体重を測り終え、視力検査の待ち時間のこと。

「なぁキリア、医学はこんなにも日々進歩しているというのに、未だに採血に注射器を使うのは一体どういう了見なんだろうか?」
「幸近は注射が怖いのかい? 意外だね」
「わざわざ血を抜かなくても尿や頭髪とかでどうにか調べることは出来ないんだろうか」
「看護師さんに頼んでみたらどうだい?」
キリアは爽やかにはにかんでいた。
「お前はよく平気な顔をしていられるな? もうじき体の中に異物を混入させられるんだぞ? ダメだ……想像したら気分が悪くなってきた……」
「意外とすぐに終わるものだから、もう少しの辛抱だよ」

 すると俺たちのすぐ後ろに並んでいたヨハネスさんが立ち上がり、「すみません。気分が悪いので退室してもいいですか?」と言って教室を出て行ってしまったのだ。

「…………俺のせいだろうか?」
「あとで謝ったほうがいいかもね」
ヨハネスさんも注射が苦手だったとしたら悪いことをしたと考えていると、採血の順番が回ってきた。
「では手を握って下さい」
「ぐっ……」
なんとか情けない声は出さずに済んだが、やはり気分が悪くなったので、キリアと別れ俺は保健室へと向かった。

 保健室に入ると保険医の先生はいないようだったが、ヨハネスさんが椅子に腰掛けていた。
「あの、さっきはごめん! 俺のせいで気分悪くさせちゃった?」
「いえ……違うの。あなたの言動とは関係なく、ただ気分が悪くなっただけだから……」
こちらを向いてはいるが、また目が合わない。怒らせてしまったのかと心配になり、とりあえずこの気まずい時間をどうにかしようと焦った俺は、咄嗟に自己紹介を始めた。

「あの……改めて俺は藤堂幸近っていうんだ。これからよろしく」
「ソフィ・ヨハネスです。こちらこそ」
「ヨハネスさん、さっきの体力測定はすごかったね」
「ソフィでいいわ、苗字で呼ばれるのはあまり好きじゃないの」
「そっか、ソフィはなんで異能警察に?」
「私は自分が一人前の大人になった時、自分の子供を安心して育てられる世の中にしたいの」
想像よりも大人な返答が返ってきた事に、流石の学年主席様は考えていることも立派だと思った。

「じゃあ将来の夢はお嫁さん……とか?」
半分冗談混じりで聞いてみた。
「結婚したいとかは、今は別に思わないわ。血が繋がっていなくても子供は持てるし」
「そっか。ソフィは子供が好きなんだな」
「いいえ。そういう訳でもないわ」
「じゃあどういう訳?」
「父と母がそうしてくれたように、私も自分の大切な家族に愛情を注いで生きていきたいの」

 そう淡々と語る彼女とまだ目が合わないことに流石に不思議に思い、意を決して確認してみることにした。
「ソフィ、君もしかして目が悪いのか?」
ソフィは驚いた様子で「なぜそう思うの?」と尋ねた。
「俺の親父も目が不自由なんだ」
「そうだったのね……」
「昨日、木にぶつかっていたのもそのせいか」
「そういえば、それも見られていたわね」

 その瞬間、昨日の先生の話しが蘇ったと共に、宇宙飛行士は宇宙から帰還すると視力が落ちるという記事を目にした事を思い出した。
「重力と視力……もしかしてそれって、ラグラスの後遺症なんじゃ……先生たちは知ってるのか?」

 その瞬間ソフィの顔つきが変わった。
「お願い! 誰にも言わないで! ラグラスの後遺症が出た能力者は、病院に隔離されて治療に専念させられてしまうわ……。今は……そうなる訳にはいかないの!」
「なんでそうまでして……このままじゃ失明するかもしれないんだぞ!」
「昔の話、してもいいかしら……?」
俺が小さく頷くと、ソフィは自分の過去を語り出した。

「……私は昔、5人家族だったのだけれど、母は紛争に巻き込まれて亡くなったわ。
 それからは父と兄と弟の4人になり、家はとても貧しかったから、私が5歳の時に父はお金を稼ぐために傭兵として家を出たの。
 私たち兄弟は1人ずつ違う親戚の家に預けられて……それで家族はバラバラ。ずっと父には会えず、お金だけは送ってくれていたのだけど、2年前に戦場で亡くなったわ。弟も体を悪くして、寝たきりの状態になってしまった。
 私はずっと……私が強くなれば、家族が離れ離れになる必要はなくなるのにって思ってた。そしたら、このラグラスを手に入れたわ。
 でもこの強すぎるラグラスは私から視力を少しずつ奪っていって、今ではほとんど見えないけれど……私はこの能力(ちから)で弟の治療費を稼がなきゃいけない。それに……こんな思いをする人を1人でも減らせるように、私は異能警察を選んだの。だからまだ、ここを離れる訳にはいかないわ……」

 ――彼女の覚悟が痛いほど伝わってきた。

「どうして君は、そんなに頑張れるんだ?」
「昔、母に言われた言葉があるわ。あの頃は意味が分からなかったけれど、今なら分かる。――女にとって忍耐は、これ以上ない武器なのよ――」

 俺はこの言葉を聞いて、ある決断をする。
「……もし俺が君の力になれるかもしれないと言ったらどうする?」
「何を言っているの? 冷やかしなら辞めてちょうだい」
「君がほんの少しでも俺を信じてくれるなら、俺は君の力になりたい。でもそれには……ここは人目につき過ぎるから、どこか人気のないところに行きたいんだけど……」

「あなた自分が何を言っているのか分かっているの?」
俺は自分の放った言葉を思い返し、急に恥ずかしくなった。
「けっ、決してそーゆーつもりで言ったんじゃないぞ? それにお前なら俺がよからぬ事をしようとしても、簡単に無力化出来るだろ?」
「それもそうかしら……。いいわ、騙されたと思って聞いてあげる。でも、嘘だったら承知しないわ」

 俺たちは学校の敷地内にある学生寮にやってきた。なんとソフィさんのお部屋に入れていただけるというのだ。
「少しここで待っててちょうだい」

 俺は夢の国の入り口に立ち、まるでアトラクションの待ち時間のような気持ちでソワソワとしていた。
「お待たせ、入って」
「お邪魔しまぁーす」
部屋はピンクを基調としていて、家具やインテリアが調和する、まさに『女の子の部屋』がそこにはあった。ビニール袋に空気を入れて、お土産に持って帰りたいと思うくらい、いい匂いがした。

「とても可愛らしいお部屋ですね」
「お世辞はいいから本題に入りなさい」
「はい……。これは他言無用でお願いしたいんだが……俺が無能力と言ったのは覚えているか?」
「えぇ。クラスであなただけだったものね」
「あれは嘘なんだ」
「なぜ自分に不利な嘘をつく必要があるの? この学校を卒業するには異能がある方が有利の筈よ」

「ちょっと……特殊なんだよ。俺のラグラスは、『真の平等(エガリテ)』っていうんだ」
「初めて聞くわ」
俺は自分の能力について解説をした。
 
 それは、「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」というものだ。何かを求めた人間に対して、払った代償(労働)に応じた恩恵を与える能力。
 この能力は誰にでも有効という訳ではなく、代償が払えない人間にはなんの作用ももたらさない。
 逆に俺と契約した相手がその働きを怠った場合には、相応の罰が下るため、この能力を使う事は極力避けている。
 契約に提示されるのは支払う代償(労働)と期限、それを相手が了承することで契約相手の体に約束の刻印が刻まれる。
 使い方によっては危険な能力の為、いつもは無能力で通していることを伝えた。

「それで私が支払う代償はなんなの?」
()てもいいか?」
「えぇ……」
俺は異能を発動させた。
「視えたんだが……聞くか?」
「聞くに決まっているじゃない」
「君の視力を回復させる為に必要な労働は……1年以内に、100人の命を救う事だ……」

「分かったわ。では始めてちょうだい」
「おい、そんな即答でいいのか? この代償からすると恐らく未達の時のリスクはかなり大きい」
「私のモットーは、一日一善よ。1日1人助けるだけでお釣りが来るわ」
「お前はガンジーとかマザーテレサ的な何かなのか?」
「そんな立派なものではないわ。私はただ自分の為に自分の出来る事をしているだけ……結局ただの自己満足なのよ……」
「そうだとしても、助けられた側の人間は感謝しているはずだ」
「別に感謝なんて求めてないわ。いいからさっさと始めてちょうだい」

「じゃあ始めるぞ――」
「えぇ……」
幸近の手が、不思議な光を放つ。そして幸近は、頭に浮かんでくる台詞を口にする。
「では契約を始める――汝、ソフィ・ヨハネスは、我、藤堂幸近の名に従い1年後の4月5日を期限に、百の命を救いたもうことを誓うか?」
「はい、誓います……」
「今この時をもって契約を締結とす――」
彼女の心臓の辺りに光が灯り、幸近のかざした手と繋がると、約束の刻印が刻まれた。

 ソフィはゆっくりと目を開ける。
「……良く……見えるわ」
そう言って立ち上がるとソフィは窓の外を眺めた。
「もう桜を綺麗と思うこともないと思っていたわ」
彼女は静かに涙を流していた。
「まだまだ綺麗なもの、たくさん観ないとな」
「藤堂くん、ありがとう……。返しきれるか分からないけれど……必ず、お礼をするわ……」
「それはいいから、くれぐれもこの事は内密に頼むよ」
「えぇもちろんよ。2人だけの秘密ね――」
「そ、それはいい響きですね!」
たぶん俺の鼻の下は今、きっと伸びている。

 ソフィはしばらく泣いていたが、落ち着くとお茶をご馳走してくれ、またゆっくりと話し出した。
「この国では『目は口ほどに物を言う』ってことわざがあるけれど、私はこの言葉はあまり好きじゃないの」

「そりゃまたどうして?」

「私は目が不自由であろうとなかろうと、相手の目や雰囲気を読んで言いたいことを我慢するなんてしたくない。やっぱり言いたい事は自分の言葉でしっかりと伝えたいと思うから……もう一度言わせて? 本当にありがとう……」
彼女はそれを――俺の目をしっかりと見て、初めて見せた笑顔で告げた。

第1部2話 目は口ほどに物を言う 完

《登場人物紹介》
名前:藤堂 幸近
髪型:黒髪ベリーショート
瞳の色:黒
身長:174cm
体重:66kg
誕生日:1月10日
年齢:18歳
血液型:A型
好きな食べ物:ウナギ、和食
嫌いな食べ物:納豆、生卵
ラグラス:真の平等(エガリテ)
「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」
何かを求めた人間に対して、払った代償(労働)に応じた恩恵を与える能力。代償が払えない人間にはなんの作用ももたらさない。契約した相手がその働きを怠った場合には、相応の罰が下る。提示されるのは支払う代償と期限、それを了承することで相手に約束の刻印が刻まれる。