向かって右のドーム担当のソフィは入口を能力で破壊し、侵入に成功した。

 そこには壁に向かって何度も何度も体当たりを続ける、変わり果てたたまもの姿があった。彼女もまた正気を失っており、その傷付いた体は見ていられないほどだった。
「何て酷いことをするの……」
そう呟くと、ソフィはたまもに向かい声をかけた。
「すぐに助けてあげるから……もう少し待っててね」

 たまもはその声を聞き、唸り声をあげてソフィに向かってきた。その最中に、たまもの姿が大きな狐の姿に変わると、分身を始め数を増やし、10体以上の群れとなって襲いかかってきた。

 ソフィは『重力強化(グラビティアッシュ)』(重力を強化して敵の動きを止める技)で無力化をはかるが、たまものスピードが上回り、頭突きを正面から食らってしまう。腕でカードした為なんとか倒れずに持ち堪えることが出来たがすぐに追撃が来る。

 咄嗟に自身にかかる重力を軽減し、跳び上がることで空中へ避けた。――だがその判断は正しくなかった。
 身動きが取れない空中で、ソフィに次の攻撃を避ける術はなく、たまもの体当たりを一身に受けた。

 倒れ込んだソフィはすぐに起き上がる事は出来ず転がったまま、再度『重力強化』を発動させた。今度は動きを止める事に成功し、分身体が消えていく。
「う゛ぅ゛ぅう゛あ゛ぁ゛あ…………゛」
たまもの叫び声に耐えられなくなったソフィは思わず、その力を弱めてしまう。その隙に効果範囲から抜け出したたまもは、もう一度数を増やしソフィを取り囲むように円状に広がった。

 すると狐たちは口を開き、炎を一斉に吐き出した。
 たまもの能力は擬態する炎を生み出すというもの。その炎に触れても、熱は持っていないとソフィは知っていた。だがどういう訳か、その炎は紛れもない本物だった。焼けるような熱さが襲いくる中、煙を吸い込み気管をやられながらも、打開策を考えたソフィは一箇所に向けて攻撃を放つ。
 
重力崩壊(グラビティコア)!」
(重力を圧縮したエネルギー弾を放つ技)

 狐の分身体を破壊してできた一筋の道に向かってひた走り、円の中から抜け出すと、今度はさっきよりも高威力で広範囲の『重力強化(グラビティアッシュ)』を放つ。
「ぎぃぁあ゛あ゛」
と、たまもが苦しむ声をあげ分身体が消える。ソフィは残った本体へ向けて追撃の『重力崩壊』を放つと、うめき声をあげながら変身が解けたたまもが横たわった。

「ごめんね、痛かったわよね……」
ソフィが近づくと、たまもは四つん這いになって起き上がり動物のように毛を逆立たせて威嚇する。
 
(もうこれ以上、傷つけたくないのに……)

 またも分身して襲いかかるたまもに対し、蹴りを放つソフィ。だがそれは分身体で手応えを感じる事なく消滅し、背後から襲ってきた狐の姿の本体に肩を噛みつかれてしまう。
「痛っ……」
食いちぎる勢いで強く噛み付かれていたが、両手で上顎と下顎を掴みなんとか引き剥がすと、もう一度向き合う。

「はぁはぁ……」
ソフィの体力も限界に近く、息が荒くなったところに体当たりを仕掛けるたまも。それを受けたソフィは倒れ、起き上がれずにいた。
 トドメの一撃と言わんばかりに5メートルはあろうかと思われる大きさの狐へと変身をしたたまもは、その前足を振り下ろしてソフィを踏み潰そうとしたのだった。

 ソフィは最後の力を振り絞り、腕を前に向け最大威力で攻撃を放つ。
重力崩壊(グラビティコア)!!」
そのエネルギーが凝縮された球体の攻撃が当たると、たまもの体当たりによって脆くなっていたドームの壁ごと破壊し、彼女は外へと押し出され変身は解け気を失った。

 外へ出てたまもを抱きしめながら無事を確認すると、皆に報告する。
「こちらソフィ、たまもを確保したわ」


 ソフィがたまもと戦闘中、サーシャもドームにたどり着いた。
 覚悟はしていたつもりだったが、優しいサーシャはテンの荒れ狂う姿を見て涙を流してしまった。彼女は3人の子供達が、どこか自分と似た境遇という事もあり、他人とは思えない気持ちで今まで接してきたのだ。
 その分、感じる怒りは人一倍大きかった。

 サーシャは吸血鬼の姿となり、覚悟を決める。
「ブラッドバット!」
(血でできた蝙蝠で攻撃する技)
サーシャが攻撃を放つが、あの時と同じくテンはそれを食べて無効化する。

 テンは強化した足腰で一瞬で距離を詰め、サーシャを殴り飛ばした。地面に叩きつけられたサーシャに尚も向かっていくテンだったが、サーシャも防御技で対抗する。
「ブラッドシールド!」
 (血で作られた盾)
それでもテンは攻撃を続け、血の盾にヒビが入りだした所でサーシャは血で翼を作り空へと飛んで逃れた。

 そして空中から地上のテンに向けて勢いよく近づき、硬化した血を拳に纏うとテンを殴り飛ばす。
 数十メートル飛ばされたテンだったが、倒れる事なく地面に脚をめり込ませながら踏みとどまり、サーシャの元へ走りだすと、腕を巨大化させ殴り返した。

「ブハッ……」
その凄まじい威力にサーシャは壁に叩きつけられ、大量の血を吐き出す。再度襲いくるテンの動きを止めようと、サーシャは自身の影を伸ばしテンの足を掴む。

 身動きの取れなくなったテンが暴れ出すと、サーシャは反撃に出る。
「ブラッドハンマー!」
(血で作られた大きなハンマー)
大きなハンマーがテンの頭上に打ち落とされ、テンは膝をつきしばし動きが止まる。

 顔を上げたテンが恐ろしい形相でサーシャを睨みつけ、叫びを上げる。
サーシャは一瞬怯んでしまうが、血で作られた鎧を腕に纏いパンチを繰り出すと、それを受けたテンは横たわり、苦しみながら悶えた。
「う゛ぅ゛ああ゛……」
また涙を流しそうになり目を瞑った、その一瞬の隙を見逃さなかったテンは、サーシャに飛び蹴りを放つ。

 その後はテンにマウントをとられる状態となり、集中攻撃をサーシャは敢えて受け続けた。殴り続けるテンであったが、その目からは涙が溢れていた。

「テンちゃん……」
テンが殴る。
「辛いよね……」
また殴る。
「苦しいよね……」
殴る、殴る。
「今、助けてあげるからね……」
サーシャの影が伸びていき体中を包みこむと、テンは身動きが取れず大人しくなる。

 そしてサーシャはテンの首元に、その鋭い牙を立てて噛み付いた。血を吸うのではなく、自分の血を送り込み一時的にショックを与え気を失わせたのだ。さらには吸血鬼の血の作用で、目に見えていたテンの外傷が、みるみるうちに癒されていった。
 
「こちらサーシャ、テンちゃん確保したよ!」


 ――皆がそれぞれの戦いに臨んでいる頃、研究棟に向かった幸近とケンちゃんは、最上階へと辿り着いていた。
「ここからは別行動ね、あたしは管制室に向かうから幸ちゃんもくれぐれも気をつけるのよ!」
「分かってる、ありがとうケンちゃん」

 研究室の扉の前に立ち、深く深呼吸をする幸近。インカムから時折聞こえてくる、子供達の叫び声や仲間達が傷つき苦しむ音。その全てが彼の怒りを助長させていた。
 
「カレル!! 俺はあんたを許さない」

第1部17話 俺はあんたを許さない 完

《技名紹介サーシャ編》
吸血鬼の能力を発動すると、血や影を操れる。
持ち前のアニメの知識を参考に技を考えている。
 
『ブラッドバット』
血で作られた無数の蝙蝠を相手に向けて飛ばす技。
相手と距離を取りたい時や牽制技として使用している。

『ブラッドシールド』
血で作られた盾。
強度は防弾ガラス以上を誇り、銃弾をも防ぐ事が可能。

『ブラッドハンマー』
血で作られた10メートルほどの大きなハンマー。
サーシャのお気に入りアニメである「魔女っ子シーちゃん」に登場する主人公シーちゃんの必殺技「シーちゃんハンマー」から抜粋。

『影縛り』
影を自在に操り相手の動きを止める技。

『吸血鬼の血』
目に見える軽度の外傷を、自身の血を分けることで癒すことができる。