進化の後遺症 〜異能警察学校編〜




「まずは子供達の縄を解いてやってくれるかい?」
「サーシャ、解いてやってくれ」
サーシャは『影縛り』を解除した。
「ありがとう、君たち自己紹介をしなさい」

 カレルがそう言うと、ツノの生えた着物の少女が口を開く。
「私は『金土テン』です。14歳で、能力は『(オーガ)』。体の一部を大きくしたり、なんでも……異能すら食べる事が出来ます」

 次に袈裟を纏った黒い翼の生えた少年が話し出す。
「オレは『金土タケマル』。12歳でラグラスは『神通力(ディバインパワー)』。少し未来の光景を見る事が出来て、この背中の翼で空も飛べるんだぜ!」

 そして最後に巫女装束の狐の耳と尻尾を持つ少女。
「わたしは『金土たまも』なのです〜。11歳で能力は『妖狐(フェアリーフォックス)』といって、何にでも変身できる炎を生み出す事ができるのです〜」

「みんなカレルさんと同じ苗字ってことは、あんたの子供なのか?」
「いや、この子達は全員孤児でね。僕が拾った時に苗字が無かったから、僕のをあげたんだ」
「なんで夜の学校に?」
「君たちは先天異能を持って生まれた異形の子供が、世の中でどういう扱いを受けるか知っているかい?」
「あまりいい話は聞かないな……」
「そう。これだけ異能力者に溢れた世界でも、未だに異形の姿で生まれた子供達を差別する風習を拭えないのが、今のこの国の現状なんだ」

「そんな……」
クリスタが悲しそうな表情を浮かべる。
「彼らはそれぞれ親に捨てられ、どこにも行き場がない。だから内緒で僕の研究所に匿っているのさ」
「あんたの能力なら可能か……」
「せめてこの子達が大人になって、自分の足で歩けるようになるまでは面倒をみたいと思っているんだ」
「あなた見かけによらずいい人じゃないの!」
クリスタが無意識に失礼なことを言う。

「ははは、この子達は学校というものを知らない……。だから夜の、僕の母校であるこの異能警察学校で外の世界を教えて、ついでに遊び場にしていたという訳さ」
「じゃああたしも、その遊びに参加してもいいかな?」
サーシャが笑顔で尋ねる。
「いいわね! わたしも参加するわ! ねぇみんなも!」
クリスタがそれに続いた。
「そうだな、ここなら俺達の訓練にもなるかもしれない」

「え! 兄ちゃん達、オレらと遊んでくれるの?」
タケマルが輝いた笑顔で尋ねる。
「わたしもみんなと遊びたいです〜!」
「たまもとタケマルがそう言うなら……」
少し照れた様子でテンも続いた。
 俺達は訓練も兼ねて、翌日から深夜の学校に集まり子供達と遊ぶようになった。

 
 そんな日々が続いたある朝、ニュースで先天異能を持つ人間が連続で殺されるという事件が報道された。その被害者の殺害方法が一致しており、全て毒殺である事から同一犯とされていた。
 その報道に気になる点があり、それは被害者全員に小さな注射痕が2つあったこと、そして抵抗した様子が一切見られなかったことだ。

 その日の帰りにケンちゃんの店に行って、カレルと子供達の話をした。
「カレルは優秀な研究者で大きな研究所の所長を任せられている男なんだけど、5年前に実の娘を失ってから怪しげな研究をしているという黒い噂もあるの」
「怪しげな研究?」
「死者の蘇生にも似た研究と聞いた事があるわ」
「本当にケンちゃんの情報網はすごいな。でも悪い人じゃないと思う。子供達もすごく幸せそうなんだ」
「それならいいんだけど……」

 数日後、村上先生から発表があった。
「先日から発生している異能力者連続殺人事件の犯人の手がかりが掴めないばかりか、未だに犯行が続いている。上層部はこの事態を重く受け止め、特例措置を下す事を決定した。
 本日より異能警察学校学生諸君も防衛措置として、一時的に外部での異能の使用と武器の所持を認める事となった。これは極めて異例の出来事だ。皆も自分の命を守り抜く事を最優先にしてくれ」

 そんな状況でも子供達にせがまれて、夜の学校での遊びは継続していた。俺はカレルに事件が落ち着くまで、しばらくは控えた方が良いのではと伝えてみたのだが、「僕が1人で守るよりも君たちと一緒の方が安全だろう」と返され、それもそうかと納得した。

 今日はサッカーをして遊んでいたが、疲れてきたので先に休んでいた山形と交代してフィールドを出る。休憩中にカレルから、子供達の過去を聞かされた。
 
「テンは今では2人のお姉さんとしてよくやってくれているが、彼女は預けられた施設でも虐められていたんだそうだ。挙句の果てにはその施設が何者かに放火され、唯一生き残ったあの子を犯人だと言う人間もいて、昔は人を信じる事が出来なくなっていた――。
 タケマルにしたって、あの子の親は彼を見せ物小屋に売ったんだよ。そこで酷い仕打ちを受けていたのを、僕が見つけて連れ出したんだ――。
 たまもはおっとりしているが、彼女は親に捨てられてから能力を使い人を騙しながら、1人で生きてきた……」
「酷い話だな……」
「みんな悲しい過去を持つが、今はこんなに楽しそうに笑っている。彼らと仲良くしてくれてありがとう幸近君」
 

 俺は休憩を終えてフィールドに戻った。
「幸兄! ボールそっちにいったぞ!」
タケマルが声を上げる。
「おう! テン受けとれー!」
俺はサッカーボールをテンにパスした。テンはそのパスを受け取る事が出来ずに、ボールは遠くに転がってしまう。
「幸近兄さん! ボール速すぎるのよ!」
「悪い、ちょっと速すぎたか……」
「ちぇっ、せっかくのチャンスだったのに幸兄のノーコン!! ま、すぐ転んじゃうクリスタ姉よりはマシだけど……」
「ちょっとタケマル! 聞き捨てならないわね!」

 その日の別れ際にたまもが声をかけて来た。
「幸近兄様! これあげます〜」
たまもは俺の似顔絵をプレゼントしてくれたのだが、それを受け取ると、俺はある不信感を覚えたのだった。

第1部14話 カレルと孤児 完

《登場人物紹介》
名前:金土(かなつち) テン
髪型:白髪ロングのストレート
瞳の色:金に近い茶色
身長:157cm
体重:44kg
誕生日:2月2日(カレルと出会った日)
年齢:14歳
血液型:O型
好きな食べ物:ぶどう、タケノコ
嫌いな食べ物:イワシ、豆
ラグラス:(オーガ)
体の一部を巨大化できる
どんなものでも食べて消化できる(異能すらも食べて無効化する)




 本日も子供達との約束で夜の学校に来た俺たちだったが、遊んでいる間に雨が降ってきてしまった。
 
「あちゃー、こりゃ今日は外で遊ぶのは無理そうだな」
「嫌だ! まだ来たばっかりじゃん!」
タケマルが駄々をこねる。
「タケマル、わがまま言わないの!」
タケマルを諌める姿に、テンは本当にいいお姉ちゃんをやっていると思った。
「わたしもまだ帰りたくないですぅ……」
「もう……たまもまで……」

「ねぇ幸近! ケンちゃんのお店って今日はやってるわよね? あそこならこの子達を変な目で見るようなお客さんは居ないんじゃないかしら! だってケンちゃんの方がよっぽど変だもの!」
「そうだねクリスタちゃん! ケンちゃんより変な人見たことないもんねぇ!」
この失礼なクリスタとサーシャの言葉を受けて俺はケンちゃんに確認すると、常連しかいないから来てもいいと言ってくれた。

 店に入るとケンちゃんと常連さんは快く迎え入れてくれた。
「幸近兄さん、私こういうお店初めて来たんだけど……」
「気を張らずに、そのままの自然体でいいんだよ」
「そうよテン、ここに居る人はみんないい人だから……」
ソフィもこんな優しい顔をするのか……なんて思ってその顔を見つめていると「何よ?」と、俺に向けられた目はいつも通りの冷たい温度へと戻っていた。

「唯姉様! ジュース貰ったのです〜」
「たまもは本当に可愛いなぁこのこの!」
山形はたまものほっぺをぷにぷにしていた。
「どうだタケマル、ここが俺達の秘密基地なんだ!」
「オレだって研究所の中には秘密基地が沢山あるんだぜ」
「それは見てみたいな」
「じゃあ今度遊びに来てよ! なぁおじちゃんいいだろ?」
「ん? あぁ、かまわないよ」
この話から今週末に研究所を見学することになった。


 週末になり、俺達は電車に乗って研究所までやってきた。到着すると4人が出迎えてくれた。
「あれ、クリスタ姉どうしたの? なんで幸兄におんぶされてるんだ?」
「昨日遅くまでアニメを見ていたらしく電車の中で眠ってしまったんだ」
「夏鈴は来てないの?」
テンがサーシャに尋ねる。
「夏鈴ちゃんは部活があるんだってぇ」
そしてカレルが研究所の施設を案内してくれた。

「この研究所は大きく4つの建物で構成されていて、あの3つある大きいドーム状の建物は異能の検証施設となるんだ。一つひとつが野球のグラウンドくらいの大きさで、能力の測定や検証などに使われるため頑丈に作られている。普段はこの子達の寝室にしている。ドームはちょうど3つあるからね」
「お前ら1人であのでかい建物に住んでるのか?」
「へへっ! いいだろー!」
「おトイレに行くのも大変です〜」

「そして中心にあるこの10階建てのビルが、僕の研究棟さ」
研究所は中心に研究棟を構え、この研究棟を取り囲むように等間隔に3つのドーム状の建物が並んでいた。研究棟に入ると、エレベーターに乗り込むと10階まで上がっていく。
「そして最上階のこの部屋が、僕が主に仕事をしている研究室だよ」
紹介された部屋はとても散らかっていたが、子供達が走り回っている姿を見ると、原因が容易に想像できた。

 その後お昼を一緒に食べようという話になったのだが、
ちょうどその時ソフィのスマホに電話が鳴る。急遽学校からの呼び出しがあったとのことで、お昼ご飯はまたの機会にして全員で学校に戻る事にした。
「みんなもう帰っちゃうのかよ!」
「まだ一緒に遊びたいです〜」
「ごめんなさいね、今日の夜はまた一緒に遊べるから、それまで待っていてくれないかしら?」
ソフィが宥めると、子供達は納得してくれた。

 
 研究所を出てからの俺たちは、ケンちゃんの店で作戦会議を行なっていた。
「それでケンちゃん、率直に聞くがどうだった?」
「状況的に見て、カレルが一連の事件の犯人で間違いないわね」
「やっぱりか……」
「でも今のところ物的証拠は見つからず、状況証拠でしかないわ」
なぜケンちゃんがこんな事を言えるのかというと――。

 研究所見学に参加していたのは、いつもの5人のメンバーに加え、実はケンちゃんも同行していたのだ。だが、カレルだけはそれを知らない。
 なぜならカレル達と合流した瞬間から、クリスタがカレルに向けてケンちゃんを視認させない幻惑をかけていたからだ。
 幻惑をかけた後、近くに隠れていたケンちゃんが何事もなかったかのように俺たちに合流したのだ。だから子供達にはケンちゃんの姿がハッキリと見えていた。

 そして研究室に入った際に、ケンちゃんは研究所内にある研究資料を元に捜査をしてくれていた。
 ケンちゃんのラグラスは『情報処理(ハイスペック)』。目に入った情報を記憶し、その情報から最適な解を導き出せる能力だ。
(この能力はケンちゃんの意識とは関係なく発動してしまうため法に触れる心配はない)

 今回の行動をとった理由は、たまもから絵を受け取った際に、その腕にあった無数の注射痕が気になったからだ。それを皆に話して今回の作戦に協力して貰った。
「このままあの子達を殺人鬼の元に置いておけないわ」
クリスタが体を震わせ怒りを露わにする。
「だがカレル殿が捕まれば、あの子達はまた居場所を失い路頭に迷う事になるのだろうか……」
「そんな悠長なこと言ってられる場合じゃないわ!」
ソフィも気が立っている様子だ。
「幸ちゃん、これ以上この件に首を突っ込むのは危険だわ。この事を警察に話して、後の事は全て任せましょう」
「確かに俺たちに出来る事はここまでなのかな……」


――研究所内――

「今日も楽しかったなー!」
「みんなと夜も遊べるの楽しみです〜」
「2人共、あんまりはしゃぎ過ぎないでよ?」
「出来ました〜! おじちゃん見て下さい! 今日みんなが遊びに来た時の絵を描いてみたのです〜!」
「上手じゃないか――」
カレルがその絵を見ると、その絵には今日居なかったであろう筈のケンちゃんの姿が描かれていた。

(そうか……)
 
第1部15話 秘密基地 完

《登場人物紹介》
名前:金土(かなつち) タケマル
髪型:薄茶、ミディアム
瞳の色:濃い灰色
身長:150cm
体重:43kg
誕生日:10月9日(カレルと出会った日)
年齢:12歳
血液型:O型
好きな食べ物:うどん、ハチミツ
嫌いな食べ物:鯖
ラグラス:神通力(ディバインパワー)
少し先の光景を見る事が出来る
背中から生えている翼で飛行可能



 カフェで会議をしていた幸近のスマホが鳴る――。

 電話をかけてきたのは、いつもとは少し様子の違うカレルだった。
「幸近君やるじゃないか、僕を出し抜くだなんて」
「カレル! あんたの目的はなんだ?」
「まぁ僕の話を聞いてくれよ。まず君達が今日気付いてしまった事を警察に話せば、子供たちの命はないと思ってくれ」
「なんだと……」
 
「そして真実を知った君たちが生きていると僕も都合が悪い……そこで僕とゲームをしようじゃないか?」
「ゲームだと!?」
「明日、僕の目的は達成される予定でね。明日の夜8時、この事実を知った君達だけで研究所に来てくれたまえ」
「そこで何をしようって言うんだ」
「それは来てからのお楽しみだよ。君たちが約束を守ってくれると信じているよ――」
そうして電話は切られた。
「くそっ! 気付かれちまった!」
「なんでバレたのかしら……」
「こうなってしまったら、もう俺達だけでなんとかするしかないか……」

 ケンちゃんは皆に向けて諭すように言った。
「幸ちゃん、それにみんな、聞いて? こうなってしまったからにはあたしも協力するけど、非常に危険な戦いになるわ。こんなこと言いたくはないけど、相応の覚悟もしておいて欲しいの」
「ケンちゃん殿、覚悟とは死ぬ覚悟ということだろうか?」
山形が問うと、ケンちゃんは長い瞬きをして続ける。
「それもそうだけど……あなたたちにはもっと辛いものよ。あの子達や他の仲間に、例え何があったとしても前に進む覚悟よ」

 すると5名は、それぞれ覚悟を決める。
「そうさせない為に俺達は行くんだ」
「あの子達が笑って暮らせる未来を必ず守ってみせるわ」
「あたしも、あの子達とは似た境遇だから助けてあげたい!」
「私も逃げないぞ! この剣に誓って助けてみせる!」
「あんた達、わたしの足引っ張らないでよね!」
ケンちゃんはその覚悟を受けとると、前を向く。
「今日はお店はお休みにするわ。今できる事を考えて、入念に準備をしましょう」

 翌日、約束の時間にオレ達は研究所へとやってきた。すると放送で音声が流れ出す。

「やぁ君たち、約束を守ってくれたようで嬉しいよ」
「子供達はどこだ!」
「そんなに焦るなよ。ではゲームのルールを説明しよう。
 まず子供達の居場所だが、昨日説明した3つのドーム状の建物に1人ずつ子供達はいる。だがその建物は今から30分後に崩壊するようプログラムしておいた。
 それを止めるには研究棟の最上階にある管制室に来なくてはならない。制限時間内に子供達を救出するか、管制室でこのプログラムを解除するか、どちらか好きなほうを選んでくれたまえ。
 僕は昨日の研究室にいるから会いたければここまで来るといい。ではゲームスタートだ」

 放送が鳴り止むと、ケンちゃんが皆に指示を飛ばす。
「みんな、昨日説明した通り相手が分断を測った場合のメンバー編成でいくわよ!
 まず子供達の救出には3チームに分かれましょう。クリスタちゃんと唯ちゃんが向かって左のドーム。ソフィちゃんが向かって右のドームへ。サーシャちゃんは奥にあるドームに向かってちょうだい! あたしと幸ちゃんは研究棟へ向かうわよ!」
「了解!!」
 
 俺達は一斉に走り出した。
「何かあればすぐにインカムでみんなの状況を教えてちょうだい!」
彼等の耳には、常に情報交換が出来るようにインカムがつけられていた。幸近達が研究棟へと向かっていると、唯の異能を使っていち早くドームへ到着したクリスタから通信が入る。

「大変よ! ドームの入口はどこも封鎖されている!」
それを聞いたケンちゃんがそれに応える。
「唯ちゃん! 真剣を使って入口を切り開きなさい!」
「承知した!」
幸近と唯の背中には、真剣が入った刀袋を背負っていた。
「サーシャちゃんとソフィちゃんも! 恐らく同じ状況の筈だから、入口を能力で破壊しなさい!」
「了解」
「了解だよー!」


 唯の剣によって入口を切り開いた2人は、ドームの中へと入る。そこにはいつも笑顔で、少し生意気だけど決して憎めない少年がいた。だが今日のタケマルはいつもの様子とはほど遠く、目を赤く充血させ涎を垂らし憎悪に満ちた表情で2人を威嚇していたのだった。

「タケマル! 助けに来たわよ!」
「私達と一緒に帰ろうタケマル!」
「う゛ぅ゛ぅ゛ぅあ゛ぁ゛ぁ……」
2人の呼びかけも虚しく、呻き声を上げたタケマルは飛行しながら距離を詰め、持っていた杖のような長い棒を振り回しクリスタを殴り飛ばした。
「きゃっあ……」
「クリスタ殿! 大丈夫か!?」

クリスタは、ゆっくりと起き上がりながら答える。
「な、なんとかね……」
「こちら唯! タケマルを発見したが様子がおかしい!」
唯が通信を飛ばすとケンちゃんが尋ねる。
「どうおかしいの?」
「何というか凶暴化していてこちらの声も届いていない様子だ。それに力が今までよりも大幅に強くなっている」
「もしかしたらカレルに何か薬品を投与されているのかもしれないわ」
「どうすればいいだろうか?」
「とりあえず、今は時間が惜しいわ! なんとか無力化して外に連れ出しなさい!」
「心得た!」

 クリスタは宙に浮いているタケマルを指差した。
「あんたとは学校で初めて会った時もこのマッチアップだったわね。覚悟しなさい! 必ずあんたを助ける!」
クリスタがタケマルに向かって発砲すると、タケマルはそれを空中で避けながらスピードを上げて反撃に向かってくる。

 杖を振りかぶった所に、唯は加速(ハイスピード)によってクリスタとタケマルの間に入り込み刀で受けた。唯とタケマルの押し合いになったが、唯が押されていた。
「なんなんだ、この力は……」
「うう゛ぁぁあ゛あ゛あ゛!!」
と、タケマルが唸り声が響かせ、更に力が強まる。

 唯が競り負けそうになったところに、クリスタの銃弾が放たれると、タケマルはそれを避けて距離をとった。
「唯! たぶんタケマルは正気を失っているけど、異能は機能していてわたし達の行動を読めるみたいだわ」
「では闇雲に攻撃しても仕方ないか……」
「あの時と同じようにわたしの能力で動きを止められれば……」
 
「それなら私に考えがある。でもその為には、まずタケマルを地上に降ろす必要がある!」
2人は近づいて作戦を確認しあった。
「なるほど……分かったわ!」
「クリスタ殿、歯を食いしばってくれ! せーのっ!」
唯が思い切り上に向かって振った剣の峰に足を乗せ、クリスタはそれと同時に跳躍をした。タケマルよりも高い位置に到達すると発砲し、標的をは地面近くへと誘導することに成功した。

 そこに目掛けて唯が剣を振るが、それは空を切る。落下中のクリスタが攻撃を避けたタケマルに再度発砲すると今度は翼に当てる事に成功した。
「う゛があ゛ぁ……」
苦しむ声を上げたタケマルだったが、すぐに唯に向かって突撃し、杖を振りかぶって攻撃を仕掛けた。唯はそれを正面から刀で受けたが、吹き飛ばされ壁に叩きつけられてしまう。

 倒れている唯に追い討ちをかけようとするタケマルにクリスタが発砲するが、それを後ろを向いたまま避けると、クリスタに狙いを変え杖の先で腹を突いた。
「がはっ……」
クリスタは目を見開いた苦しい表情を浮かべると、唯とは逆方向の壁に激突した。

 起き上がった唯は『加速』しながらタケマルに向かっていく。
「山形流剣術一の太刀『一閃』!」
その攻撃も容易く避けられてしまい、唯はクリスタのいる反対方向の壁まで一直線に衝突した。猛スピードでぶつかった衝撃により辺りには土煙が舞っていたが、即座に振り返りもう一度『加速』をする。
 だが今度は剣を振るうことはせずに、そのままタケマルの手前で速度を落とし……急停止する。
 するとタケマルの動きが止まった――。
 
「唯! 今よ!」
「山形流剣術一の太刀『一閃』!」
動かなくなったタケマルに唯の剣が、やっと……当たる。
「安心してくれ、峰打ちだ……」
唯が剣を鞘に納めるとタケマルは倒れ込み、そのすぐ傍にいたクリスタに優しく抱き寄せられた。

 唯の1度目の『一閃』は囮で、その真の目的はクリスタを抱えてタケマルに近づくことだった。そして2人一緒に2度目の『加速』によってタケマルに近づき、クリスタが幻惑をかけたのだった。
 
「こちらクリスタ、タケマル確保成功よ!」

第1部16話 ゲームスタート 完

《登場人物紹介》
名前:金土(かなつち) たまも
髪型:黒髪ロング
瞳の色:黒
身長:145cm
体重:38kg
誕生日:4月10日(カレルと出会った日)
年齢:11歳
血液型:O型
好きな食べ物:いなり寿司、卵
嫌いな食べ物:なし
ラグラス:妖狐(フェアリーフォックス)
様々なものに擬態する炎を生み出せる
その炎を纏い自分の姿を変化させる事も可能



 向かって右のドーム担当のソフィは入口を能力で破壊し、侵入に成功した。

 そこには壁に向かって何度も何度も体当たりを続ける、変わり果てたたまもの姿があった。彼女もまた正気を失っており、その傷付いた体は見ていられないほどだった。
「何て酷いことをするの……」
そう呟くと、ソフィはたまもに向かい声をかけた。
「すぐに助けてあげるから……もう少し待っててね」

 たまもはその声を聞き、唸り声をあげてソフィに向かってきた。その最中に、たまもの姿が大きな狐の姿に変わると、分身を始め数を増やし、10体以上の群れとなって襲いかかってきた。

 ソフィは『重力強化(グラビティアッシュ)』(重力を強化して敵の動きを止める技)で無力化をはかるが、たまものスピードが上回り、頭突きを正面から食らってしまう。腕でカードした為なんとか倒れずに持ち堪えることが出来たがすぐに追撃が来る。

 咄嗟に自身にかかる重力を軽減し、跳び上がることで空中へ避けた。――だがその判断は正しくなかった。
 身動きが取れない空中で、ソフィに次の攻撃を避ける術はなく、たまもの体当たりを一身に受けた。

 倒れ込んだソフィはすぐに起き上がる事は出来ず転がったまま、再度『重力強化』を発動させた。今度は動きを止める事に成功し、分身体が消えていく。
「う゛ぅ゛ぅう゛あ゛ぁ゛あ…………゛」
たまもの叫び声に耐えられなくなったソフィは思わず、その力を弱めてしまう。その隙に効果範囲から抜け出したたまもは、もう一度数を増やしソフィを取り囲むように円状に広がった。

 すると狐たちは口を開き、炎を一斉に吐き出した。
 たまもの能力は擬態する炎を生み出すというもの。その炎に触れても、熱は持っていないとソフィは知っていた。だがどういう訳か、その炎は紛れもない本物だった。焼けるような熱さが襲いくる中、煙を吸い込み気管をやられながらも、打開策を考えたソフィは一箇所に向けて攻撃を放つ。
 
重力崩壊(グラビティコア)!」
(重力を圧縮したエネルギー弾を放つ技)

 狐の分身体を破壊してできた一筋の道に向かってひた走り、円の中から抜け出すと、今度はさっきよりも高威力で広範囲の『重力強化(グラビティアッシュ)』を放つ。
「ぎぃぁあ゛あ゛」
と、たまもが苦しむ声をあげ分身体が消える。ソフィは残った本体へ向けて追撃の『重力崩壊』を放つと、うめき声をあげながら変身が解けたたまもが横たわった。

「ごめんね、痛かったわよね……」
ソフィが近づくと、たまもは四つん這いになって起き上がり動物のように毛を逆立たせて威嚇する。
 
(もうこれ以上、傷つけたくないのに……)

 またも分身して襲いかかるたまもに対し、蹴りを放つソフィ。だがそれは分身体で手応えを感じる事なく消滅し、背後から襲ってきた狐の姿の本体に肩を噛みつかれてしまう。
「痛っ……」
食いちぎる勢いで強く噛み付かれていたが、両手で上顎と下顎を掴みなんとか引き剥がすと、もう一度向き合う。

「はぁはぁ……」
ソフィの体力も限界に近く、息が荒くなったところに体当たりを仕掛けるたまも。それを受けたソフィは倒れ、起き上がれずにいた。
 トドメの一撃と言わんばかりに5メートルはあろうかと思われる大きさの狐へと変身をしたたまもは、その前足を振り下ろしてソフィを踏み潰そうとしたのだった。

 ソフィは最後の力を振り絞り、腕を前に向け最大威力で攻撃を放つ。
重力崩壊(グラビティコア)!!」
そのエネルギーが凝縮された球体の攻撃が当たると、たまもの体当たりによって脆くなっていたドームの壁ごと破壊し、彼女は外へと押し出され変身は解け気を失った。

 外へ出てたまもを抱きしめながら無事を確認すると、皆に報告する。
「こちらソフィ、たまもを確保したわ」


 ソフィがたまもと戦闘中、サーシャもドームにたどり着いた。
 覚悟はしていたつもりだったが、優しいサーシャはテンの荒れ狂う姿を見て涙を流してしまった。彼女は3人の子供達が、どこか自分と似た境遇という事もあり、他人とは思えない気持ちで今まで接してきたのだ。
 その分、感じる怒りは人一倍大きかった。

 サーシャは吸血鬼の姿となり、覚悟を決める。
「ブラッドバット!」
(血でできた蝙蝠で攻撃する技)
サーシャが攻撃を放つが、あの時と同じくテンはそれを食べて無効化する。

 テンは強化した足腰で一瞬で距離を詰め、サーシャを殴り飛ばした。地面に叩きつけられたサーシャに尚も向かっていくテンだったが、サーシャも防御技で対抗する。
「ブラッドシールド!」
 (血で作られた盾)
それでもテンは攻撃を続け、血の盾にヒビが入りだした所でサーシャは血で翼を作り空へと飛んで逃れた。

 そして空中から地上のテンに向けて勢いよく近づき、硬化した血を拳に纏うとテンを殴り飛ばす。
 数十メートル飛ばされたテンだったが、倒れる事なく地面に脚をめり込ませながら踏みとどまり、サーシャの元へ走りだすと、腕を巨大化させ殴り返した。

「ブハッ……」
その凄まじい威力にサーシャは壁に叩きつけられ、大量の血を吐き出す。再度襲いくるテンの動きを止めようと、サーシャは自身の影を伸ばしテンの足を掴む。

 身動きの取れなくなったテンが暴れ出すと、サーシャは反撃に出る。
「ブラッドハンマー!」
(血で作られた大きなハンマー)
大きなハンマーがテンの頭上に打ち落とされ、テンは膝をつきしばし動きが止まる。

 顔を上げたテンが恐ろしい形相でサーシャを睨みつけ、叫びを上げる。
サーシャは一瞬怯んでしまうが、血で作られた鎧を腕に纏いパンチを繰り出すと、それを受けたテンは横たわり、苦しみながら悶えた。
「う゛ぅ゛ああ゛……」
また涙を流しそうになり目を瞑った、その一瞬の隙を見逃さなかったテンは、サーシャに飛び蹴りを放つ。

 その後はテンにマウントをとられる状態となり、集中攻撃をサーシャは敢えて受け続けた。殴り続けるテンであったが、その目からは涙が溢れていた。

「テンちゃん……」
テンが殴る。
「辛いよね……」
また殴る。
「苦しいよね……」
殴る、殴る。
「今、助けてあげるからね……」
サーシャの影が伸びていき体中を包みこむと、テンは身動きが取れず大人しくなる。

 そしてサーシャはテンの首元に、その鋭い牙を立てて噛み付いた。血を吸うのではなく、自分の血を送り込み一時的にショックを与え気を失わせたのだ。さらには吸血鬼の血の作用で、目に見えていたテンの外傷が、みるみるうちに癒されていった。
 
「こちらサーシャ、テンちゃん確保したよ!」


 ――皆がそれぞれの戦いに臨んでいる頃、研究棟に向かった幸近とケンちゃんは、最上階へと辿り着いていた。
「ここからは別行動ね、あたしは管制室に向かうから幸ちゃんもくれぐれも気をつけるのよ!」
「分かってる、ありがとうケンちゃん」

 研究室の扉の前に立ち、深く深呼吸をする幸近。インカムから時折聞こえてくる、子供達の叫び声や仲間達が傷つき苦しむ音。その全てが彼の怒りを助長させていた。
 
「カレル!! 俺はあんたを許さない」

第1部17話 俺はあんたを許さない 完

《技名紹介サーシャ編》
吸血鬼の能力を発動すると、血や影を操れる。
持ち前のアニメの知識を参考に技を考えている。
 
『ブラッドバット』
血で作られた無数の蝙蝠を相手に向けて飛ばす技。
相手と距離を取りたい時や牽制技として使用している。

『ブラッドシールド』
血で作られた盾。
強度は防弾ガラス以上を誇り、銃弾をも防ぐ事が可能。

『ブラッドハンマー』
血で作られた10メートルほどの大きなハンマー。
サーシャのお気に入りアニメである「魔女っ子シーちゃん」に登場する主人公シーちゃんの必殺技「シーちゃんハンマー」から抜粋。

『影縛り』
影を自在に操り相手の動きを止める技。

『吸血鬼の血』
目に見える軽度の外傷を、自身の血を分けることで癒すことができる。



 幸近が扉を開けるとそこにカレルの姿はなかった。

(どこだ? 能力を使っているのか……?)
カレルの能力を知る幸近は細心の注意をはらっていた。
すると首元に違和感があり、すぐにその場を離れる。
「すごい反応速度だね。まさか避けられるとは……」
姿を見せたカレルの手には、注射器が握られていた。

「俺は注射が大の苦手でね。その感触は例えあんたの姿が見えてなかろうが関係なく体が拒否反応を示すんだよ」
「僕の能力は僕が話しかけたり、その人に触ると解けてしまうから、一撃入魂であり一撃必殺じゃないと駄目なんだけどなぁ……」
「お前の目的はなんだ? 子供たちに何をした!」

 カレルは不敵な笑みを浮かべ、幸近に問う。
「では少し話しをしようか。君は、大事な人を亡くした経験はあるかい?」
「母を亡くした……」
「それはさぞ悲しかっただろうね……実は僕には本当の娘がいてね。だが娘は不治の病にかかってしまった」
カレルがペンダントに入った娘の写真を見せると、そこに愛らしい少女の姿が写っていた。

 それを大事そうにしまうとカレルは続ける。
「でも僕は諦めきれなくてね。娘を埋葬せず、冷凍保存して何か方法はないか模索したんだ。そして僕は、始まりの少女の能力に目をつけた。
 
 彼女はどうやって人を治療していたのか? それを研究することで1つの答えが生まれた。彼女は人を治療していたのではなく、人を進化させていたのだよ!
 傷や病が治るのは、その副産物でしかなかったのだ。
 だから僕は墓を掘り起こして、始まりの少女に直接進化を与えられた人間達のDNAを調べることで、そのメカニズムの解明に成功した。
 
 そしてそれを薬品として形作るのに必要だったのが、強力な先天異能力者のDNAだったのだよ。あの子達は本当に僕の役に立ってくれた。僕が父親のように見えていたおかげで、僕の言うことならなんだって聞いてくれるし、どんな薬品を投与する事にもなんの疑問も抱かないんだ。

 そしてこれがその『進化薬』さ。これを娘に投与して進化させ生き返らせる。やっと僕の悲願が成就する時が来たんだよ!」

 カレルは研究室のモニターの下にあるスイッチを押した。
「子供達が暴走した原因はなんだ?」
「あの子達はもう用済みだからね。僕の研究過程で発見した進化薬の失敗作を投与した……。ラグラスを一時的に凶暴化させ、死ぬまで暴走を続けるようになる薬品さ。少しでも時間稼ぎになると思ってね」
 
「その薬品の抗体はないのか?」
「ないね。投与されたものは皆少ない時間だが超人的な力を手にして、その後等しく死んだよ」
「一緒に学校で遊んでいる時、あんなに楽しそうだったのも、全部演技だったって言うのか?」
「あれはあの子達のラグラスを最大限引き出すための訓練のようなもので、それ以上でもそれ以下でもないよ」
「もう分かった、お前に同情の余地はない……」
「君の同情など1ミリも求めていないさ」
「俺がお前を、刑務所へ送り込む……!」
「やってみるといい、僕は仕上げに入るとするよ」

 幸近の目からカレルの姿が消える――。
 ひとりでに扉が開いた為、幸近は異能を使われた事を理解し、後を追いかけた。

 部屋の奥に進むと、何もない空間が広がっており、その中心にある1つの大きなカプセルが一際存在感を放っていた。すると、そのカプセルがガタガタと動き出し、それを突き破って人型の、だが人ではない"何か"が現れたのだ。

 そのお世辞にも人とは呼べない生物は、大きく呻き声を上げた。
「幸近君! 見たまえ! 僕は今まで人類の誰も成し遂げた事のない、死者の蘇生に成功したのだよ!」
カレルが喜びのあまり幸近に話しかけ姿を見せる。
「それは……お前の娘なのか……?」
「なんだい? この子の見た目の事を不思議に思っているのかい? あの子達と同じように、人は見た目ではないだろう幸近君!」
「そうだ、人は見た目じゃない、“心"だ! その子に心はあるのか!」
「そんなものは大して重要ではない! 人が別次元の存在に進化することに比べればね!」

 カレルの娘だった何かは幸近へと腕を伸ばす。幸近は刀を取り出し、居合の構えをとった。

「藤堂一刀流居合『虎風』」

 峰打ちでの居合切りに対し、苦しむ様子すら見せずに振り返り、長く伸びた腕をムチのように振り回し幸近を押し除けた。
「いいぞサナ! 素晴らしい攻撃力だ!」
カレルはそれを『サナ』と呼んだ。そしてサナは倒れた幸近の首を掴み持ち上げる。
(ぐっ……なんて力だ……)
「そうだ! そのまま首をへし折ってしまえ!」

 その時天井が崩れ、空から翼を生やしたサーシャが降りてきて、サナに飛び蹴りを放った。
「とおりゃー!!」
サナが倒れると、幸近は解放される。
「サーシャ、助かった!」
「藤堂くん、あれがおじさんの娘なの?」
「あぁ、そうらしい……」
「あの子は生き物じゃないよ」
「どういう事だ?」
「あたしの能力は生き物かそうでないかが本能的に分かるんだ。あれは色んなラグラスが合わさって暴走しているだけの意志を持たない存在……すごく、苦しんでる……」

「何を言うんだ君は! 自分の意志で動いているのは生きている証明だろう!」
「違うよおじさん! これはラグラスの暴走で体が勝手に動いてしまっているだけ! ただの反射だよ!」
「貴様に何が分かる! サナ、こいつらを殺せぇ!」
カレルが取り乱し叫ぶ。
「藤堂くん、はやくあの子を楽にさせてあげよう?」
「分かった。サーシャ、協力してくれ!」
「もちろん!!」

第1部18話 進化薬 完




 サナが叫び声をあげながら向かってくる。

 サーシャが『ブラッドバット』を放つが、腕で簡単に払われてしまった。

「サーシャ! 下がれ! 藤堂一刀流居合『虎風』!」
今度は峰打ちではなく刃を向けた居合切りによって、サナは体から黒い血を噴き出す。苦しむ声を上げるが、腕を硬く鋭利な形状に変化させると反撃を繰り出した。

「藤堂一刀流居合『雲龍』!」

 同時に攻撃を放った両者は共に血を噴き出して膝をつく。相討ちかと思われたが、幸近の手にしていた刀は刃が折れ、刀身を失くしていた。
(強度で負けた……)
幸近はすぐには立ち上がる事が出来ないでいると、背後からサナが攻撃を仕掛ける。

「ブラッドシールド!」
サーシャは盾で幸近を守り、そのまま攻撃へと移る。
「ブラッドハンマー」
大きな血のハンマーをサナの頭上に落とし、サナは地面へと打ちつけられた。
 そしてサーシャが続けて攻撃を仕掛けようとしたその時――背後にいきなり現れたカレルによってサーシャの首に注射針が刺された。
「サーシャ!!」
「あぅ……」
苦しみながらその場に倒れ込んでしまうサーシャ。

「カレル! サーシャに何を打った!」
「一連の事件で使用していた猛毒だよ」
「大丈夫だよ、藤堂くん……」
「君は……なぜまだ喋れる……?」
カレルが驚いた表情で尋ねる。
「あたしは……毒じゃ死なないから……」
「そんなバカな、象でも1分で死に至る猛毒だぞ」
「吸血鬼をなめないで……」
「さすがに暫くは動けないはずだ。それならば直接首を落とすまで――」
そう言って懐からナイフを取り出そうとしたカレルの動きは止まる。

 サーシャは動けないでいたが、影を伸ばしカレルの体を包み込み、その場所から動けないよう固定した。
「藤堂くん、これでおじさんは動けない……。例え姿を消したとしても、あたしがずっと抑えてるから安心して」
「だけど剣が折れちまったんだよな……。流石にあいつの相手は丸腰じゃキツそうだ」
「じゃあ……これを使って……」
サーシャは血で刀を作って飛ばし、それが幸近の足元へと刺さった。

「サンキューサーシャ、恩にきるよ」
幸近はその刀を手に取り強く握りしめ、立ち上がってきたサナと再び向き合う。
「来い!」
サナが唸りながら幸近へと突撃する。
 
「藤堂一刀流居合 奥義『雲龍風虎』!」

 幸近の得意とする居合の型である虎風と雲龍を掛け合わせた、抜刀から十時に刃を振るう剣技が炸裂した。

 それを受けたサナは体に十字の傷を負い、凄まじい断末魔を上げると、その場に倒れる。すると、サナの体は先ほどまでのおぞましい外見から、カレルの娘であった頃のいたいけな少女の姿へと戻ったのであった。
「そんな……サナ……」
「次はあんただ、カレル!」
「や、やめろ……やめてくれ……」
「俺の友達を傷つけた責任とってもらうぞ。藤堂一刀流居合 『虎風』!」
動けないでいたカレルに幸近の峰打ちが打ち込まれ、カレルは静かに目を閉じる。

「サーシャ、大丈夫か?」
「うん、暫く血を循環させれば動けるようになるよ……」
「そうか、よかった……」
そして幸近は通信を入れる。
「こちら幸近、カレルを捕らえた」
「幸ちゃん無事でよかった! こちらも崩壊のプログラムは解除したわ! みんな最上階の研究室に集合してちょうだい!」

 間もなくボロボロになった子供達を連れて皆がこの場所に集合した。3人を川の字に寝かせたが苦しそうに悶え、時折血を吐きだす。子供達は既に正気に戻っていて、少しだけ会話をすることが出来た。

「幸兄、オレ死んじゃうの? まだみんなと遊びたりないよ……」
「たまもは、もっともっとみんなの絵が描きたいです……」
「幸近兄さん、短い間だったけど、本当のお兄さんが出来たみたいで楽しかった……」
「……なんとか助ける方法はないのかしら」
クリスタは目に涙を浮かべている。
「この子たちは何も悪いことしてないのに……」
サーシャは既に泣いていた。
「ケンちゃん殿、どうにかならないだろうか……」
「あたしでも流石に薬品の抗体をつくることまでは……」
「なんの罪のない子供1人救えないで、何が異能警察よ……」
ソフィは自分を責めている様子だった。

「みんな聞いてくれ……。ひとつだけ、方法があるかもしれない」
「まさか幸ちゃん、待ちなさい! その能力は!」
「ケンちゃん!! 俺は……助けられるかもしれないこの子たちを見捨てて、この先どんな顔をして人助けをすればいいのか分からない……。
 俺の夢は異能警察だ。でも目の前の救えるはずの子供を見捨てるくらいなら、こんな夢諦めた方がマシだって……きっと母さんも、そう言うと思うんだ……」
「幸ちゃん……」
俺はみんなに今まで黙っていたラグラスの説明をした。皆は驚いた様子だったが他言無用を約束してくれた。

「幸ちゃん……その説明には足りない部分があるわ」
「それは言わなくてもいいだろう!」
「ダメよ……これはみんなで決めたことなんだから、あなた1人がリスクを背負うのは許さないわ」
「ちょっとあなたリスクってどういうこと? 私にはそんなこと一言も言ってなかったじゃない!」
ソフィが尋ねると、ケンちゃんは事情を察する。
 
「そう……ソフィちゃんにも能力を使ったのね……。幸ちゃんのこのラグラスはね……相手が契約不履行を起こした際の罰は、幸ちゃんにも同じものが降り注ぐの」
「なんでそんな大事なこと、言わなかったのよ!」
ソフィは涙を流しながら問う。
「お前が約束を破る人間には見えなかったから……信じてたんだ、君のこと」
「説明になってないわよ……バカじゃないの……」
「俺は、俺が信じた人間にしかこの能力は使わない。だからみんなも俺を信じてほしい」

「もしその罰とやらが降りかかる事があったなら、わたしはあんたをその罰から必ず守ってみせるわ」
クリスタは俺の目を見てそう言った。
「クリスタちゃんの言う通りよ。この罰にはみんなで向き合っていく必要があるわ」
ケンちゃんが皆の覚悟を問う。
「もちろん私にも異論はない!」
と、山形。
「あたしも、みんなを助けたい……」
サーシャもそれに続く。
「あなた1人に背負わせたりなんてしない……」
睨むように俺を見つめるソフィ。

「みんなありがとう、じゃあ始めるよ……」


――同時刻、研究所の外。

「はぁ、はぁ、はぁ……」
息を切らして走っていたのは、先ほど倒されたはずのカレルであった。彼は能力を使い、幸近一行に気付かれずサナを抱えてあの場から脱出していた。

「この『進化薬』があれば、またサナを生き返らせることが出来る。ここさえ、ここさえ乗り越えればまた……」
その時、暗闇から不気味な笑みを浮かべるスーツの男が現れた。
「やぁ、カレル博士」
「君は……四葉君、なぜ僕の姿が見えるんだ?」
「そんな事はどうだっていいじゃないか。その様子だと、失敗に終わったみたいだね」
「待ってくれ! 進化薬もサナも僕の手元にある! これさえあれば、もう一度やり直すことが出来るんだ!」
「なるほど……それが例の『進化薬』なんだね」
そう言ったスーツの男はカレルの首をナイフで切りつけ、倒れたカレルから進化薬を奪い、静かにその場を立ち去ったのだった。

第1部19話 決戦 完




 あの壮絶な戦いから1週間が経過した――。

「幸近兄さん、朝だよ? 起きないと学校遅刻するよ」
朝7時、いつもと同じく妹に起こされた。

 いつものやかましい声とは打って変わって、静かに優しく起こしてくれる妹の姿がそこにはあった。
「おはようテン……あと5分だけ……」
「ちゃんと起こさないと私が夏鈴に怒られちゃうんだから! ねぇ起きて幸近兄さん!」
なんとか目覚めて1階に降りると、けたたましく走り回る2人の子供の姿があった。

「あ! 幸兄起きたんだ! キャッチボールしよーぜ!」
「違うのですタケマル! 幸兄様はわたしとお絵描きするのです〜」
「おはよう2人とも、俺は学校だからどっちも出来んぞ」
「えー! 幸兄のケチ!」
「タケマル! わがままはダメなのです!」
「お前らも来週から学校なんだから、準備しっかりしとけよ? 勉強ついていけなくなるぞ」
「「はーい」」

 何故この3人が俺の家にいるのかと言うと、俺の家は道場があるくらいなので、そこそこ広いのだ。そこにほぼ夏鈴と2人暮らしな訳で、生活費も親父が毎月かなりの額を振り込んでくれている。子供3人くらいなら養える余裕があったから、俺はこの子たちを家で引き取ることにしたのだ。
 そんなこんなで俺たちはいきなり5人兄弟となったのだ。もちろん夏鈴も快諾してくれて、家族が増えたことを喜んでくれていた。

「あ! お兄ちゃんおはよ! ご飯先食べてて!」
「いただきまーす」
俺は子供達にウチで生活する為の条件として、学校へ行くことを提示した。最初は嫌そうにしていたが、みんなが離れ離れになるくらいなら頑張ると言ってくれた。
 テンは夏鈴と同級生の中学3年生、そしてタケマルは中学1年生、たまもは小学5年生として来週から学校へ通う。
 戸籍上は兄弟ということにはなっていないが、学校など様々な手続きに関してはケンちゃんが協力してくれた。

 そしてコイツらの苗字は未だに金土なのである。
 あの決戦の後、カレルは死体としてサナと共に発見された。何者かに殺害され、進化薬は奪われていたという事だった。この子達に残酷な真実を伝えることは出来ず、カレルがこの子達にした事は伏せてある。テンだけは薄々気付いている様子だったのだが……。

 そして俺がラグラスを使用して、この子達に求めた代償(労働)は、「自由にそして精一杯自分の人生を歩むこと」だった。『真の平等(エガリテ)』とはよく言ったもので、救われるべき人間には、等しく救いの手が差し伸べられるべきなのだ。なかなか粋な事をする能力だと、我ながら感心していた。


「あ、幸近兄さんまた卵焼き残してる。夏鈴に怒られるわよ……?」
「テン……お願い!」
俺はテンに両手を合わせる。
「もう本当にしょうがない兄さんなんだから……」
そう言いながらもテンは俺の卵焼きを食べてくれた。
「なぁテン、ここに来て幸せか?」
「何よいきなり……。私はタケマルとたまもとずっと一緒にいられればそれだけで幸せ……。そして夏鈴も私のことを姉妹だと言ってくれる。
 今まで家族に恵まれなかったけど、本当の家族ってこんな感じかなって、思えるようになってきたと思う……」
「そうか、それなら良かった!」
「それに……頼りになる兄さんもいるし……」
テンは顔を赤く染めながら小声で呟く。
「やば! 遅刻する」
「え! ちょっと兄さんっ!」
「ごめんテン、後片付けよろしく! じゃあ行ってきまーす!」
「もう! 兄さんったら……」
その言葉とは裏腹にテンの顔は笑っていた。


「おはようソフィ!」
「おはよう、なんだか上機嫌ね。何か良いことでもあったのかしら?」
「分かるか? かわいい妹に日替わりで起こされて、俺の1日は朝から活力に満ちているんだ!」
「やっぱりあなたとは距離を置こうかしら……」


「あ! あんた今日日直でしょ! 何呑気に遅刻ギリギリに登校してくれちゃってんの! 先生に怒られるのわたしなんだからね!」
「なぁクリスタ……せっかくのいい気分が、お前のキンキン声で台無しだよまったく……」
「はぁ? あんたいい加減にしなさいよ? そんなんだからあんたはいつまでたっても――」


「お! 幸近! 今日はいい天気だな! こんな日は昼休みに一緒に稽古などいかがだろう?」
「いいぜ! 実は試したい新技があったんだよ!」
「なに!? それは興味深いな!」


「藤堂くん、昨日のアニメみた? ヒロインの変身シーンがすっごく可愛いかったんだよぉ」
「昨日は子供たちの世話で忙しくて見れてないな」
「じゃああたし録画してあるから今日あたしの家きなよー? 作画がねー? もうホントに神なの!」


「やぁ幸近! 今日の実技演習、僕と組まないかい?」
「よぉキリア、今日こそは負けないぜ」
「今日は最大威力で行かせてもらうね?」
「あぁ、臨むところだ!」


 5月の初めのこと、こうして俺の日常は一旦は平穏を取り戻した。だが、俺の波乱に満ちた学生生活は、まだまだ始まったばかりだということをすぐに思い知る事になる。


――デニグレ本部――

「若、進化薬の実験、つつがなく進行しております」
「そうか……なるべく早く複製出来るように頼むよ」
「かしこまりました」
「藤堂くん、君とまた会える日を楽しみにしているよ」
薄暗い部屋でスーツの男は不気味な笑みを浮かべた――。

第1部最終話 幸せの代償 完





「幸兄様朝なのです〜! 早く起きないと遅刻なのです〜」

 朝7時、いつもと同じく妹に起こされた。
「今日はたまもか。おはよう」
「みんなで一緒に朝ご飯を食べるのです〜」
「今行くよ」
リビングに入ると他のみんなはテーブルについていた。
「幸兄遅いよ! ご飯冷めちゃうじゃん!」
「お兄ちゃんおはよーう!」
「おはよう幸近兄さん、はやく食べましょう」
「待たせて悪かったな……」

 朝ご飯を食べていると夏鈴が怪訝なな顔で呟く。
「かりんたち明日から中間テストなんだー……」
「テンはいつも勉強してるから心配はないだろうが、夏鈴は大丈夫なのか?」
「もう全然だめ、テンに勉強教えてもらわないと……」
「私で良ければかまわないけど」
「ありがとう! そう言うお兄ちゃんは試験とかないの?」
「……」
幸近が無言で青ざめる。

「どしたのお兄ちゃん?」
「忘れてた……」
「え?」
「どうしよう夏鈴! 来週から試験なの忘れてたよ!」
「もう兄さんったらなんでそんな大事なことを忘れちゃうの?」
テンは呆れていた。
「幸兄はホントおっちょこちょいだよなー!」
「タケマル! 幸兄様はほんの少し抜けているだけなのです!」
「ははは……」
(たまもよ、それはフォローにはなっていないぞ……)


 学校に着いてからも浮かない顔でいるとクリスタが話しかけてきた。

「はぁ? あんた今から勉強しても間に合うわけないでしょ!」
「だよなぁ……」
「まぁでもどうしてもって言うなら、わたしが勉強みてあげてもいいけど……」
「本当かクリスタ様〜!」
「そうよ! もっとわたしを崇め奉りなさい!」
「なぜか今だけはお前が神様のように神々しく見えるよ〜」
「そりゃそうよ、能力でそう見えるようにしてるんだから」

「そんなくだらない事に能力使うなよ」
「あ! あんた今くだらないっていったわね! そんなこと言ってると――」
「クリスタちゃん、あたしにもお願い……」
涙目のサーシャが話に割り込んできた。
「もうあんたまで……しょうがないわね」
「ソフィは勉強大丈夫なのか?」
隣ですまし顔の彼女にも尋ねてみた。

「当たり前でしょう? 私を誰だと思っているの? 学年主席様よ?」
「ソフィちゃん……助けて〜」
「もうサーシャったら……仕方ないわね」
 
「じゃあせっかくだから試験までの残り1週間、唯も誘ってみんなで勉強会なんてどう?」
と、クリスタが提案する。
「それはとてもありがたい話だが、場所はどうする?」
「そんなの決まってるじゃない、みんなで勉強できる所なんてあんたんち以外どこにあんのよ」
「そうね、テン達にも会いたいしちょうどいいわ」
ソフィもそれに続く。
「なんかパーティみたいで楽しそうだね〜! じゃああたしアニメのブルーレイ持っていくよ〜!」
「「それはやめなさい!!」」
珍しくソフィとクリスタの息が合った。


 その日の放課後、皆が俺の家に集まった。
「もうお兄ちゃんったら、お姉ちゃん達が来るなら連絡してよね! なんの準備も出来なかったじゃない!」
「悪かったよ、突然決まってな……」
 
「ねぇこの写真に写ってるのってあんたの両親よね?」
クリスタがリビングに立て掛けてある写真を指差して言う。
「あぁそうだ」
「あんたの親って見たことないけど何してる人なの?」
「母さんは異能警察だったんだ。無能力者で初のグレイシスト7になった人で俺の憧れだ」
「へー、すごい人なのね」
「10年前、デニグレとの抗争で殉職しちゃったけどな」
「そうなのね……変なこと聞いちゃったかしら……」

「いや、そんな事はない。母さんは自分の仕事を全うして多くの命を救ったんだ。俺はそれを誇りに思ってる」
「じゃああなたが異能警察になりたいのも、お母さんに憧れての事だったのね」
と、ソフィ。
「あぁ。ガキの頃母さんにその夢の話をすると、とても喜んでくれたんだ。それで大人になったら同じ制服を着て一緒に写真を撮ろうって約束したんだ……」

 少しの沈黙が流れたがすぐにそれはかき消された。
「その写真! みんなで撮りましょうよ!」
クリスタが思いついたように話す。
「それはいい考えだなクリスタ殿!」
「あたしたちが一緒に写ってもいいよね藤堂くん?」
「そうね、その為にはこの人を落第させないよう勉強しないとね」
「これは手厳しいですねソフィさん……。みんなありがとう、叶えたい夢がもう一つ増えたよ」
その時、隣にいた夏鈴が俺に向かって嬉しそうに小声で囁く。
「良かったね、お兄ちゃん」
「あぁ」

「ところで幸近のお父様は剣術の師範だと言っていたが、
どこに居られるのだろうか?」
「そう言えば山形には話していたな。俺の父さんはこの剣術道場の跡取りで、母さんとは門下生同士だったんだ」
「ご存命なのだろう?」
「生きてはいるんだが、母さんが亡くなった抗争に父さんも巻き込まれて目を悪くしてな……。それからは家を留守にする時間が増えて、今ではほとんど帰ってこないんだ」
「それは残念だ、是非ご挨拶したかったのだが……」


 その後残りの弟妹も帰って来て、騒がしくなりつつも俺たちは勉強会を始めたのだった。
「あんた何回同じこと言わせるの! だからこれは刑法246条だってば!」
「そんな頭ごなしに怒鳴らなくても……。ソフィさん、クリスタが鬼教官すぎるんだが……」
「何度も同じ問題で間違えるあなたが悪いわ。サーシャ、そこ間違ってるわ、この問題は……」
「なるほどぉ、ソフィちゃん教えるの上手だねぇ」

 ソフィが優しくサーシャに勉強を教える姿を見て幸近がクリスタの方を見る。
「なぁクリスタ、お前もああやって優しく教えてくれてもいいんじゃないか?」
「なによ……じゃああんたもソフィに教えて貰えばいいじゃない」
 
 悔しそうな顔のクリスタを見てタケマルとたまもが茶々を入れる。
「あー! 幸兄がクリスタ姉をいじめてる!」
「幸兄様! 女の子をいじめちゃダメなのです!」
その言葉を聞いて幸近は慌てて弁明する。
「違うぞ! 決してそんなことはしていない! 俺はクリスタに勉強を教えてほしいんだ! お前じゃなきゃダメなんだ!」
「え?」
顔を赤らめて下を向くクリスタ。
「仕方ないわね……そこまで言うならもうちょっと優しく教えてあげるわよ……」

 その時何故かソフィの肘が俺のみぞおちにクリーンヒットした。
「痛っ!!」
「ごめんなさい、肩が凝ったから腕を回そうとしたら偶然肘があなたのみぞおちに当たってしまったわ」
「ぐ、偶然って威力じゃなくないかコレ……」
「何を言っているの偶然よ。あなたレベルになるとこんなこと日常茶飯事でしょう?」
「どんなレベルなのかは知らんが、それは早く経験値周回しないと命の危険を感じる……」
「今は勉強に集中しなさいよ、落第候補生さん」
「なんか怒ってないか?」
「そんな訳ないじゃない」


 勉強がひと段落ついたところで、夏鈴が声をかけてきた。
「みんな今日晩ご飯うちで食べていきなよ! かりんも勉強でご飯作れなかったからお兄ちゃんピザとろう! ピザ!」
「そうだな! みんな遠慮せず食べてってくれ」
その後皆で晩ご飯のピザを囲む賑やかな食卓の風景に、こんな日がいつまでも続けばいいと思う幸近だった。

第2部1話 また、始まる 完

《登場人物紹介》
名前:藤堂 真鈴(とうどうますず)
髪型:黒髪のセミロング
瞳の色:黒
身長:163cm
体重:49kg
誕生日:8月1日
年齢:享年33歳
血液型:B型
好きな食べ物:栗羊羹
嫌いな食べ物:生魚
ラグラス:なし



 あれから俺は1週間の間、みっちりと勉強をした。

 その甲斐あってなんとか赤点は避けられるだろうという程度の低い自信だけは持てるようになっていた。
「お兄ちゃん今日から試験だったよね?」
「とうとうこの日が来てしまったよ……」
「かりんたちはもう終わったから今は開放感でいっぱいだよねテン?」
「そうね、テストって初めて受けたけど結構緊張したから今はホッとしてるわ」

「お前も緊張とかするんだな」
「失礼ね兄さん! もう卵焼き食べてあげないからね!」
「え? お兄ちゃん、テンに卵焼き食べてもらってたの?」
「いや、それは……あの……2人ともごめんなさい!」
「「もう!!」」
「幸兄が怒られてる」
タケマルがニヤつきながらこちらを見ている。
「今のは幸兄様が悪いのです」
たまもも今回は助けてはくれなかった。

 俺はその後の試験週間も乗り越え、クリスタ先生の地獄の特訓の成果もあり、自己採点の結果では赤点は免れたと感じていた。
 ――のだが、昼休み村上先生に呼ばれた。

「藤堂ちょっといいか?」
「はい」
「エマ校長からお前に話があると言われてるんだが、お前何かしたのか?」
「いえ、特段そのようなことは……試験も赤点ではないと思うんですが……」
「赤点ではないってお前……まぁとにかく放課後校長室に行ってくれ」
「分かりました……」

(一体なんの用件なんだ? まさか試験の結果が悪くて退学とか? いやまさかそんなことは……)
俺は考えるのを辞めた。そして放課後恐る恐る校長室の扉を開くと、そこには他に数人の生徒の姿もあった。その中にはよく見知ったいつもの4人の顔も並んでいる。


「これで全員揃ったようだな」
「エマ校長、これは一体?」
ソフィが尋ねる。
「いきなり呼び出してすまない。前々から話したいと思っていたのだが試験が近かった為、終わったこのタイミングで皆に来てもらったのだよ」

「それでご用件は何なのでしょうか?」
赤髪の、恐らく先輩の女性が口を開く。
「君達は近頃の異能犯罪についてどう思う?」
「犯人が検挙されている事件だけ数えても、年々増加傾向にあります」
黒髪で眼鏡をかけた、こちらも恐らく先輩であろう男性が答えた。
「その通りだ、そこで私は活発な異能犯罪に対してこの警察学校でも、近隣の住民を守るべく対応策を練るべきだと考えたのだ」

「どのような対策なのでしょう?」
「私の権限で学内から選抜隊を組織し、その者達には外部での異能使用の認可を与える事とする。そのメンバーがここに集まって貰った8名という訳だ」
「なぜ私達なのだろうか?」
山形が問う。

「君たち1年生5名の異能犯罪者の検挙率は入校1ヶ月程とは思えん素晴らしい成果だ。それを評価し選抜させて貰ったよ」
校長は先輩らしき生徒の方へ視線を移し続けた。
「そしてこの部隊には3名の優秀な2年生にも参加して貰う事とした。この部隊の隊長に任命したいのが、去年の学年主席であるセリーヌ君、後輩達に自己紹介を頼むよ」

 校長がそう言うと先程の赤髪の女性が自己紹介を始めた。
「私は2年生のセリーヌ・フィラデルフィアだ。ラグラスは『氷華(アイスフラワー)』。大気中や水場の水分を凍らせ操ることが出来る」

「そして副隊長にはマルコ君、頼む」
次に眼鏡の男性が話し始めた。
「僕は2年生のマルコ・ベル。ラグラスは『以心伝心(テレパシー)』。離れている特定の相手と心の声で会話が出来る」

「そして残りの2年生の隊員として林君」
もう1人見覚えのない金髪で頭の上部に2つのお団子が印象的な女性がこちらを向いた。
「私は林玲(はやしれい)だよ! よろしくね! ラグラスは『自己再生(セルフヒーリング)』。自分の傷を治すことが出来るの!」

玲はハッとしたような顔で幸近を見る。
「ってあれ? もしかして幸ちんじゃない?」
そう言われた瞬間ふと、この人と昔に会ったことがあるような気がした。
「もしかして玲姉ちゃん?」
「そうだよ! 久しぶりだねー!」
「玲、知り合いなのか?」
セリーヌが尋ねる。
「そうなの! 幸ちんとは同じ小学校でね、私が引っ越すまでは昔よく一緒に遊んだ幼馴染なんだー」
「本当にあなたって、3歩歩けば新しい女の子と出会うのね」
ソフィが怪訝な目を向けてくる。
「そんな言い方よせよ……幼馴染なんだから……」

 そして校長が逸れた話を元に戻す。
「まぁあまり深く考えず、部活動のようなものと思ってくれれば良い」
「どんな活動なんでしょうか?」
「活動内容としては放課後に近所をパトロールしたり、近くで事件が起こった際には緊急の人員として派遣する事もあるだろう」
「願ってもない話だな」
「きっと早くから実践を積むいい経験となるはずだ。気が乗らない者は断って貰っても構わない」


 もちろん任命された全員がこの話を受ける事となり、俺達8人は最初の任務として、自分達の選抜隊の名称を考えてくれと校長からの宿題が出された。そして自己紹介も兼ねて8人で集まり会議をすることになったのだ。
 
「では自己紹介も終わったところで、この部隊の名称を何にするか、良い案がある者はいるか?」
セリーヌ隊長が会議の指揮をとる。
「『ヒーロー戦隊マモルンジャー』なんてどうかしら?」
「おいクリスタ、今はふざける時間じゃないぞ」
「何言ってるの? 大真面目よ」
「……」

「他に案のある者はいないか?」
「『魔法少女隊サーシャーズ』はどう?」
「サーシャ……言いたい事はこれだけじゃないが、男もいるんだが……」
「えー? 可愛いと思うんだけどなぁ……」
「では『武士道一家』などいかがだろうか?」
「山形、お前の案がマシに思えてくるよ……」
「ぷはははは、幸ちんの友達は面白い子ばかりだねぇ」
玲が笑いを堪えられず吹き出してしまう。
 結局その日は纏まらず、明日改めて皆で案を持ち寄る事となり解散となった。

 夕飯の際、夏鈴とテンにその話をしてみた。
「何かいい案ないかな?」
「この前時代劇で見たのだけど『鬼面組』なんてどう?」
「テン……それは警察に捕まる側の名称だよ……」
「じゃあ『妹ラブ隊』にしなよ!」
「どんな羞恥プレイだよ!」
俺は自分で考える事にして、話をすり替えた。
「そう言えば、小学生の頃よく一緒に遊んでた玲姉ちゃんに学校で再会したんだ!」
「誰それ?」
「お前覚えてないのか? 玲姉ちゃんだよ!」
「かりんそんな人知らないよ?」
「まぁお前はまだ小さかったから覚えてなくても仕方ないか……」

 その次の瞬間、タケマルが
「隙ありー!」と俺の皿から唐揚げを奪って頬張った。
「こら! タケマル! 兄さんのおかずとらないの!」
「幸兄様、わたしの唐揚げあげるです〜」
「たまもは自分の分食べていいんだぞ〜」
幸近はたまもの頭を撫でながら言う。
「おいタケマル、後で道場に来いよ、稽古つけてやる」
「幸兄が怒った! 助けてテン姉!」
「タケマルが悪いんだからちゃんと謝りなさい!」

 本日の事件概要――窃盗一件。
 容疑者、金土タケマル。被害者、藤堂幸近。
 藤堂家の食卓は、本日も平和である。

第2部2話 校長の呼び出し 完

《登場人物紹介》
名前:セリーヌ・フィラデルフィア
髪型:赤髪ロングのストレート
瞳の色:紅
身長:171cm
体重:55kg
誕生日:3月30日
年齢:19歳
血液型:O型
好きな食べ物:シーフードパエリア、クロワッサン
嫌いな食べ物:フォアグラ
ラグラス:氷華(アイスフラワー)
大気中や、水場の水分を凍らせ操ることが出来る