1週間の入院期間中は、たくさんの人がお見舞いにきてくれたおかげで特に退屈せずに済んだ。夏鈴を1人にするのは危険だと判断し、俺の入院中はソフィ達が交代で家に泊めてくれていた。
 
 退院を明日に控え、俺は最後の試練に立ち向かう。
「優しくしてください」
「では、いくわよ……」
「ぐぅぁぁあ」
「はい終わり! こんな大怪我負っておいて今さら注射にビビるなんてあなたホントに変わってるわね」
最後の儀式を終え、病室に戻るとサーシャが来ていた。

「あ、藤堂くん! よかった会えた」
「来てくれてたのかサーシャ。でも明日には退院だからまたすぐ学校で会えるのに」
「入院中暇かなぁって思ってオススメの漫画持ってきたんだぁ」
「それは助かる、この前のやつはもう読み終わってたんだ」
「どうだった?」
「あの主人公がかっこよくて面白かった!」
「でしょー? アレはすっごい名作なの!」
その後もしばらく話をしてラグラスの話題になった。

「藤堂くんの闘った相手、人狼の能力者だったんだよね?」
「あぁ」
「あたしと同じ先天異能の能力を実際に見て、あたしのこと怖くなってない?」
「当たり前だろ、友達を怖いなんて思うかよ」
「これでも?」

 サーシャの口元から牙が伸び、目が紅く光った。
「お前の目、宝石みたいだな」
サーシャはすぐ元に戻り顔を赤くさせた。
「藤堂くんの女ったらし……」
顔を背けて小さく呟いた。
「え? 今なんて言った?」
「なんでもないよバカっ!」
「いきなりバカってなんだよ、痛っ……」
「大丈夫? どこが痛むの?」
「腹の傷が……」
「見せて!」
サーシャは俺に跨り服を脱がそうとしてきた。
「ちょっと、サーシャさん? 待てって!」
「いいから脱いでっ!」

 ナイスなのかバッドなのか分からないタイミングでクリスタが病室に入ってきた。
「お見舞いに来てあげたわよー! ってちょっとあんた達なにやってんのぉお!!」
俺とサーシャは正座をさせられて事情聴取を受けた。
「あたしには傷を治す力もあるから治療してあげようと思って……」
「たとえ治療であっても能力は外で使っちゃダメなの!」
「ごめんなさい……」
「あんたもあんたで何鼻の下伸ばしてるのよ!」
「申し開きもございません……」
 
「もういいわ。これ今日の課題のプリント!」
「毎日悪いな」
「学級委員なんだから当然よ」
「クリスタちゃん毎日自分から立候補して、藤堂くんにプリント届けてるんだよー?」
「ちょっとサーシャ! 黙りなさいっ! も、もう面会時間終わるからそろそろ帰るわよ! あんたもゆっくり休んで早く治しなさいよね! それじゃ!」
「藤堂くんじゃあねー」
こうして2人は嵐のように去っていった。


 久しぶりに学校に登校すると、放課後に退院祝いをしてくれるというので、みんなでケンちゃんのお店に行くことになった。

「あらぁ〜、この可愛い子ちゃんたちが幸ちゃんのお友達なの〜?」
ケンちゃんと皆はすぐに打ち解けた、流石はオカマだ。
「で? 本命は誰なの?」
ケンちゃんが小声で耳打ちをする。
「そんなんじゃないよ。みんな友達だ」
「照れちゃって、幸ちゃんもお年頃ねぇ〜」
「……」
俺は無言で珈琲をすする。

「それはそうと幸ちゃん……。レッド討伐おめでとうと言いたいところだけど、今回の件で幸ちゃんの名前は裏の世界に知れ渡っちゃったの……。今後あなたを狙う犯罪者も増えるかも知れないわ」

「大丈夫ですよケンちゃん。藤堂くんには私たちがついていますから……」
ソフィが自信に満ちた表情でそう言うと、クリスタもそれに続いた。
「そうね。次はわたしも……あんたを守るわ」
唯は「任せてくれ!」と、拳を胸に当てる。
「もしも怪我をしたら、あたしが治してあげる……」
サーシャは優しい笑顔を幸近へ向けて微笑んだ。
 今は亡き親友の息子が立派に成長し、心強い仲間に囲まれている姿を目にしたケンちゃんは、サングラスの向こう側を静かに濡らし、これからの彼等の成長を友の代わりに見届けようと決意する。
「みんな……幸ちゃんをよろしくね」



 家に帰ると夏鈴が御馳走を用意してくれていた。
「今日はお兄ちゃんの退院祝いだから、お兄ちゃんの好物フルコースだよー!」
「やっぱり夏鈴の飯は最高だなぁ……」
「良かったぁ! たくさんおかわりあるからね!」
「夏鈴、おかわりをちょうだい」
「はーい! クリスタお姉ちゃん」
何故か今日の藤堂家の食卓には、いつもより椅子が1つ多かった。
「なんでお前がここにいるんだ?」
「なにか問題ある?」
「あるだろ普通に」

 クリスタは、お行儀悪く箸の先端を俺に向ける。
「わたしはあんたにじゃなくて夏鈴に会いにきたのよ」
「お兄ちゃん! クリスタお姉ちゃんはもうかりんのお姉ちゃんなの!」
「「ねー?」」
2人は笑みを浮かべ顔を見合わせている。
「いつの間にそんなに仲良くなったんだか……」
「あんた、食べ終わったら模擬戦に付き合いなさい」
「俺はまだ病み上がりなんだが……」
「軽くよ軽く」

 
 ――藤堂家道場――

「じゃあ行くぞ」
「ええ」
幸近は竹刀を持ち、クリスタは銃を構えた。
 クリスタは相手が遠距離系の能力だった場合、不利になることを自覚しており、戦闘ではゴム弾を装填した銃を使用する。

 勝負が始まるとクリスタは距離をとり、銃を撃って牽制する。俺は剣でそれを受け流しながら距離を詰めていく。剣士である俺の勝機は、クリスタの幻惑にかかるリスクを負ってでも近づくしかない。
 彼女の能力効果範囲に入った途端、クリスタが大量に分身した。
「幻惑か……」
 
「山形流剣術一の太刀『一閃』4連撃!!」
幸近は四方へと攻撃を放つ。クリスタの能力効果範囲は対象者から約3メートルほど。その効果範囲全てに向けて無作為に攻撃したのだ。するとクリスタは咄嗟に上へと飛んで避け、幻惑が解けた。

 その一瞬を逃さず、すぐさま距離を詰めて幸近が『一閃』を繰り出し、寸止めしたところで勝負は決した。
「負けたわ……」
「なんでいきなり模擬戦なんて言いだしたんだ?」
「今日はあんたを守るって言ったけど、わたしにはまだまだ実力が足りない……。あんたとソフィは大物犯罪者を捕まえちゃうし、わたしだけ置いていかれちゃったような気がしたのよ……」

「俺がお前の能力の詳細を知らなかったら、勝ち目はないと思うんだけどな……」
「でも、あんたばっかり先に進んでる気がするの……」
「俺達は別に競い合ってる訳じゃなくて、共に戦う仲間だろ?」
「だって……もしそれで足手纏いになったら、それこそ耐えられないわ」
「俺に足りない所をクリスタが、クリスタに足りない所を俺が。そうやってお互いを補い合える関係になる事が、一緒に未来を想像するって事なんじゃないか? 責任とれって言ったお前が先に投げ出すなよ」
「覚えててくれたんだ……」
「同盟なんだろ? 俺たち」
「ねぇ、あんたってさ……」
クリスタは何かを言いかけ、途中で詰まらせた。
「ん? どうかしたか?」
「ううん、やっぱりなんでもない……。
 ありがとう幸近――」

 この時、クリスタに初めて名前を呼ばれた事に気が付いた。

第1部12話 一時の平穏 完

《登場人物紹介》
名前:エマ・サリヴァン
髪型:紫髪ロング
瞳の色:赤みがかった黒
身長:164cm
体重:52kg
誕生日:2月23日
年齢:不明
血液型:A型
好きな食べ物:ハンバーガー
嫌いな食べ物:ピクルス
ラグラス:年齢操作(エイジマニュピレーション)
年齢を自由に変化させられる(自身のみ)