進化の後遺症 〜異能警察学校編〜




 山形家の居間に入ると、卓上には肉じゃがや焼き魚、ほうれん草のお浸しなど、とても美味そうな和食の数々が並んでいた。
 昔ながらの木の丸テーブルを3人で囲み、親父さん特製の手料理をご馳走になりながら、こんな会話をした。
 
「幸近君は真の強さとはなんだと思う?」
難しい質問だったが、素直に思った事を答えた。
「そうですね……強さの定義にも力が強い、精神力が強い、丈夫で壊れにくい、など色々ありますが、一貫して言えるのは『折れない』という事でしょうか」
「素晴らしいよ幸近君、唯の婿に来ないか?」
思わぬ不意打ちに、飲んでいた味噌汁を吹き出す山形。
「父上! 何を言っているのだっ! すまない幸近、父が変なことを……」
「ははは……」

 親父さんは笑顔で続ける。
「まぁそれは冗談としても、私にとって強さとは『逃げない』ことだ。だがこれは君の強さを否定している訳ではなく、真の強さとは人それぞれ違って良いのだよ。
 君の強さは折れないことで、私の強さは逃げないことだ。
 ただこれは私の強さだから、もし唯や私の大事な人が危険な事に巻き込まれたなら、その時は逃げて欲しいと思う。
『逃げるは恥だが役に立つ』これ即ち、自分の戦う場所を自分自身で選べという事なんだ」

 俺は剣の道の先輩の言葉を、しっかりと心に焼き付けていた。親父さんが便所と言って席を立つと、山形に君の親父さんはすごい人だと伝えた。
「剣の事ばかり考えている人なんだ。そんな父に憧れて、私も己の剣だけを信じてここまで大きくなったのだ」
「山形の剣が真っ直ぐな理由が分かった気がするよ」
「そう言ってもらえると嬉しいな……」
山形は照れたように頬を染めた。
「親父さん……遅いな」

 すると、まるで猛スピードの車同士が正面衝突した時のような大きな音が響いた。
「なんだこの音?」
「道場の方からだ!」
 山形は竹刀を持って立ち上がり、2人で道場の様子を見に行った。
 
 そこに居た親父さんの体はボロボロで、道場の壁にめり込んでいるような状態だった。
「父上っ!」
「親父さんっ!」
すぐに駆けよると、小さな声で「逃げろ……」と言い残し気を失った。

 こんな事をしでかしたであろう奴らは2人組で、1人は白い袖なしの道着に金髪のガタイの良い、一見丸腰の男。もう1人はクノイチのような服装で、鬼の面を頭の側面につけたクナイを持つ女。
 恐らく異能犯罪者の道場破りと見て間違いないだろう。

「おい日鏡(ひかがみ)! 話が違うじゃねーか! この道場には1人しかいないんじゃなかったのか?」
と、男が女に文句を言っている事から、女の名前は日鏡というのだろう。
「確かにその筈だったんだが……」
「まぁ楽しみが増えたと思えばラッキーだな」
 
 俺は男に向かって声をかけた。
「おいおっさん、親父さんをやったのはお前か?」
「あぁそうだ、剣士ってのは剣を折られるとつくづく何も出来ない生き物だな。だからこの道場の剣は、ついでに全て折ってやったぞ」

 その言葉を聞き、俺は山形に指示を出す。
「俺があの男を抑えるから、お前はあっちの女を頼む」
「分かった……だが幸近、君は剣を持っていないが大丈夫なのか?」
「なんとか時間を稼ぐから、お前の方が片付いたらその竹刀貸してくれよ」
「承知した……」

 俺達はそれぞれの標的と向かい合った。
「おい山形! 分かってると思うがこんなチンピラ相手に絶対異能なんか使うんじゃねーぞ! 俺たちは異能警察になるんだ。認可エリア外で異能を使えば、こいつらと同類になっちまう」
「分かっている」
 
「オレの相手はお前か坊主? オレの名は気倉井(きぐらい)だ。よろしく頼むぜ」
「お前なんかに名乗る名はねぇよ」
「オレも殺す相手の名前なんか興味ねぇよ。お前を殺す男の名だけ覚えとけ」
そう言って繰り出された拳は、壁にめり込んでいた。

「身体強化のラグラスか……」
「あぁ、オレのラグラスは『肉体強化(ビッグマッスル)』。最も強く、最も理に適った最強の能力だ。
 オレにかかればどんな武闘家も相手にはならん! オレを楽しませてくれる強い相手をずっと求めているってぇのに、どいつもこいつも雑魚ばかりで退屈してたところだ。
 お前はオレを楽しませられるのか?」
「楽しませる訳ないだろ……ただ刑務所に送り込むだけだよ」
「威勢のいいガキだな。すぐに殺してやるよ」

 消えたように素早く移動して距離を詰めてきた気倉井に、俺は殴り飛ばされてしまう。その一撃が重く、すぐには立ち上がれない。
 肉体強化のラグラス持ちは、その使いやすさと汎用性の高さから性格まで暴力的になると聞いた事がある。
「幸近ー!!」
と、俺を心配する山形の叫び声が聞こえた。

 鍔迫り合いをしていた2人だが、日鏡が「油断していいのか?」と、言った次の瞬間――彼女の体から強烈な光が発せられ、唯の目は眩まされてしまう。
 そして腹に蹴りをいれられた唯は仰向けに倒れ込んでしまった。

(まずい……目が開かない……)
「私のラグラスは『閃光(フラッシュ)』。直視すればしばらく目を開けることは出来ないわよ」
 剣士や武闘家にとって目を潰されることは、負けを意味すると言っても過言ではない為、その初見殺しの能力に唯は焦っていた。
(どうすればいい……奴がくる……どこから来る?)

 その様子を見ていた幸近は、ゆっくり立ち上がりながら唯に声をかける。
「俺がお前の目になって指示を出す! 奴とはまだ距離がある! 早く立つんだ」
「分かった……」
唯は周囲を警戒しながら立ち上がる。
「オレと戦いながらそんな事できると思ってんのか?」
今度は上段に蹴りを繰り出す気倉井。幸近は身を屈ませながら「正面2メートル先に胴だ!」と叫ぶ。
 次に頭上から拳が降ってくるのを2度後転して距離をとる。
「後ろを振り返りながら面を思い切り振り下ろせ!」
幸近がそう叫ぶと、驚いた様子で日鏡は後退し距離を取った。
 
「なんで貴様は私がまだ動く前にこいつに指示が出せる?」
「答える必要はない」
自分の動きが先読みされ焦った日鏡は叫んだ。
「気倉井、早くその男を始末しろ!」
「言われなくてもそうするさ……」
気倉井が距離を詰めながら殴りかかってきたその時――

「藤堂一刀流居合 無刀『(うつろ)』!」
 
ちょうど心臓の位置に幸近の手刀による強烈な突きが炸裂し、気倉井は数メートル後方へと吹き飛ばされた。
「なんだ……今のは……?」
驚いた気倉井がそう呟く。
「それにも答える必要はない。山形! 2時の方向に突き! その後振り返ってお前の1番の剣を叩きつけろ!」

 それを聞いた日鏡は、相手の動きが先に分かっていればそれを利用できると考え、突きが終わり唯が振り返った際に背後から攻撃しようとした。
 だが唯の突きは、日鏡が想像していたものとは違った。異能など使わなくても彼女の突きのスピードは、桁違いに疾かったのだ。
 その疾さで真っ直ぐに向かってくる突きを避ける事だけに必死だった日鏡はあっという間に唯に追い越され、すぐさま振りかぶってきた彼女の渾身の一撃を避ける術はなかった。
 
「山形流剣術一の太刀『一閃(いっせん)』」

 頭の横に付けていた鬼の面に竹刀が直撃し、面は割れ日鏡は気を失った。
「やったのか……?」
唯はそう呟くと慣れてきた目を開き、幸近の方を見る。ちょうど起き上がった気倉井が、幸近に襲い掛かろうとしている瞬間だった。

「藤堂一刀流居合 無刀……」
「またさっきの攻撃か、2度も喰らうかよ」
「『(むなし)』!」

 先ほどの剛の手刀とは打って変わり、柔らかな軌道を描いた幸近の柔の手刀は、攻撃してきた気倉井の拳をいなして掴み、うつ伏せに倒した後、腕の関節を極めていた。
「さっきから、この見た事のない技はなんなんだ!」
「何度も言うが、お前なんかに教える事は何もない」
「馬鹿にしやがって……」
骨の折れる鈍い音が響いたと同時に、気倉井が勢いよく立ち上がった。

「こいつ、自分で自分の腕を折りやがった……」
「お前なんぞ腕1本ありゃ充分だ……」
「幸近っ! 受け取れ!」
声と共に竹刀が幸近の元へと投げられた。
「サンキュー、山形」
幸近はそれを受け取り構えると、向かってくる気倉井をギリギリまで引きつけて技を放つ。

「藤堂一刀流居合『虎風』!」

「ぐぁはっ……」
幸近の居合切りが顔面側部に決まり、気倉井は倒れた。
 
 それから15分程で救急隊と警察が駆けつけた。救急隊に連れて行かれた親父さんは、命の危険はないという事だったので、俺と山形は2人共道場に残って異能警察から事情聴取を受けた。
 
「私は異能警察のレナードだ」
名刺を受け取ると、肩書には警部とあった。
「君たちは異能警察候補生なのか。一応聞いておくが、異能は使用していないな?」
「はい、俺は無能力ですし、山形も剣術しか使っていません」
「それにしてもこの道場破りはかなりの腕で、現役の異能警察官も何人かやられていてね。それを学生2人が異能も使わずに倒したとなれば我々の面目は丸潰れだな」
 
「いえ、たまたま運が良かっただけですよ」
「村上の教え方が良いのかな? あいつとは警察学校からの同期でね」
「それはそうと、君は無能力なのにどうしてわざわざ異能警察を目指しているんだ?」
「憧れの人がいて、同じ土俵でもう一度会いたいんです」
「それは頼もしい限りだ。協力ありがとう、また会える日を楽しみにしているよ」

 警察が帰っていくと、俺達は散らかった道場を片付けながら少し話をした。
「幸近、あの刀を使わない技はなんなのだ?」
「こんな時代だ、いつどこで敵に襲われるか分からないだろ? でも俺の得意な刀を携帯出来ないこの国で、どこであろうと大事な人を守る方法を考えたんだ。
 この無刀の型は、居合術と合気道を融合させた俺のオリジナルなんだ。俺は無能力だけど、これがあったから異能警察学校に入校出来たんだよ」
 
「幸近の努力の賜物なのだな……」
「俺にはラグラスがない。でも同じステージに立っているライバル達は皆それを持っている……だからと言って、その事実だけを言い訳にしたくはなかったんだ」
「幸近……君は私が思っていたよりも、ずっと強いのだな」
そう言った山形の顔は、月明かりに照らされとても美しかった。

「俺は強くはないよ、ただ『折れない』それだけさ――」
「そう言えば、なぜ私の目が見えない時、あんなに正確な指示を飛ばす事が出来たのだ?」
「あぁ……あれはただ山形の努力と強さを信じただけさ」

 片付けをしていて遅くなり終電を逃してしまった為、この日は山形の実家に泊めてもらう事になった。

第1部6話 逃げるは恥だが役に立つ 完

《登場人物紹介》
名前:村上 智
髪型:青髪でサイドが長い
瞳の色:青
身長:178cm
体重:70kg
誕生日:3月10日
年齢:27歳
血液型:O型
好きな食べ物:焼肉 寿司
嫌いな食べ物:バナナ
ラグラス:なし



 山形の実家に泊めてもらった翌朝、山形は実家から直接学校へ行くという事だったので、俺は先に始発で家に帰って来た。

 昨夜にメールで連絡はしておいたが朝帰りだ。夏鈴からどんな仕打ちを受けるのか、ある程度は覚悟していた。音を立てずに静かに家に入ると、洗濯カゴを持った夏鈴と鉢合わせてしまった。

「た、ただいま……」
「あ、おかえりお兄ちゃん。もうすぐご飯できるから着替えて待ってて!」
あれ? なぜだ? こんな筈では……。
 考えられる理由は2つ。
 俺が朝帰りをしたということ自体を忘れている? いや普通にさっきおかえりって言っていたな……。
 では何らかの影響で過去が塗り変わっている? そうだな、普通に考えて……それ以外考えられない。

 着替えて食卓についた。テーブルにはいつもと同じ場所に俺の食器が並んでいる。
「なぁ夏鈴、食器が全部空っぽなんだが……」
「何言ってるのお兄ちゃん、ちゃんとあるじゃない?」
自分の茶碗をよーく見てみると、ご飯が一粒だけ茶碗に盛られていたのだった。

「やっぱ怒ってるじゃん!」
「当たり前じゃない! 妹歴14年の人生史上一番の出来事だよ!」
「だから何があったか詳しくメールで説明しただろ! あれ打ち込むのに1時間かかったんだぞ!」
「じゃあ電話すれば良かったじゃない!」
「夜遅かったからメールにしたんだよ!」
「嘘だね、電話してまたかりんがヒスるのが面倒だと思ったんでしょ!」

 俺は真面目な顔で、夏鈴の目を見て語りかけた。
「なぁ夏鈴、俺は大切な妹に心配をかけたくなかっただけなんだよ……」
「大切な妹?」
「あぁ。俺はお前が大事で大事で仕方なくて、本当なら家から一歩も外に出したくないとすら思っている」
「ホント?」
「勿論だとも」
「もう仕方ないなぁ、ご飯茶碗かして!」
「あ、お願いします……」
「でも、遊園地のこと忘れてないからね? 今日部活のスケジュール確認して電話するから」
「分かったよ」

 朝の修羅場をくぐり抜け学校へ辿り着いて教室に向かう途中、女子トイレから出て来たソフィと遭遇した。
 その手には俺のプレゼントしたハンカチが握られており、 俺の心のヒットポイントはかなり回復していた。

 席に着くと山形が隣のクラスから訪ねてくる。
「幸近! 今日私の家に泊まった時に着替えたTシャツを洗濯したから持ってきたぞ!」
「ちょっと待て山形、ここでそんな事言ったら……」
「ちょっとぉお!! 今のどういう事ぉお!?」
クリスタが血相変えてやってきた。
「あなた……やっぱり日替わり定食だったのね」
隣で般若のような顔をしたソフィさん。

 2人から思いつく限りの罵詈雑言を一斉に浴びせられたが、なんとか落ち着かせて山形と一緒に事情を説明したのだった。
「――という訳なんだ」
「そうならそうと早く言いなさいよ!」
「そういう事だったのね……」
「そう言えばお2人とは初対面だったな! 私は隣のクラスの山形唯だ、よろしく頼む!」
「クリスタ・フィールドよ」
「ソフィ・ヨハネスよ、よろしく」
「友人が増えて嬉しい限りだ!」
チャイムが鳴り山形が帰っていくと授業が始まる。

「今日はまず、今まで学校に来られていなかったクラスメイトを紹介する」
村上先生がそう言うと、俺の前の席がずっと空席だったことの謎が解けた。教室の扉が開き、空色の長髪をふわりとなびかせながら美少女が入ってきた。

「ではブラッド、自己紹介を頼む」
「皆さん初めまして、サーシャ・ブラッドです。今日からよろしくお願いします」
「あ、キリア君、久しぶりだね」
「ひ、久しぶり……」
ブラッドさんはキリアと知り合いらしいが、珍しくキリアは少し挙動不審になっていた。
「ではブラッドはその空いている席に座れ」
俺の前に座ったブラッドさんが振り返り「よろしくね」と、挨拶をしてくれた。

「全員揃ったということで今日は学級委員を決める。男子と女子からそれぞれ1名ずつ選んでくれ」
するとクリスタが立候補して、他に立候補者がいなかった為、女子はクリスタに決定となった。だが男子に立候補者はおらず、会議が停滞するとクリスタが挙手をする。
「男子の学級委員は藤堂くんがいいと思います!」
「おい、クリスタ!」
まんまとクリスタに嵌められ、賛成多数により学級委員は、女子はクリスタ、男子は俺に決定してしまった。

 そして授業が終わり、俺は村上先生に呼び出された。
「昨日の事件のこと聞いたよ、災難だったな。だが無事に犯人も捕まって御手柄だったじゃないか」
「本当に運が良かっただけですよ」
「校長も藤堂に会いたいと言っていたから、校長室まで行ってきてくれるか?」
「分かりました」

 初めて入る校長室に緊張しながらノックをする。
「どうぞ」
「失礼しまーす……」
「君が藤堂君か、なるほど良い顔つきをしている。道場破りの件、大義だったな。こらからもその調子で励んでくれ」
「ありがとうございます」
「それと君のクラスのサーシャ・ブラッドのことなんだが……あやつも訳ありでな、何かあれば面倒をみてやってくれるか?」
「俺に出来る事であれば努力します」
「うむ、よろしく頼むぞ」


 昼休みになり学級委員の初仕事を任せられた俺とクリスタが資料室で作業をしていると、夏鈴から電話が鳴る。
「お兄ちゃん、遊園地の日だけど部活がお休みなの日曜日になったからよろしくね」
「日曜だな、了解。じゃあチケット取っておくから」
そう言って電話を切るとクリスタが近付いてきた。

「電話だれから?」
「妹だよ、日曜日に2人で遊園地に行く約束があってな」
クリスタの目が、キラリと光った。
「わたしも行くわ」
「何を言ってるんだお前は……」
「この前妹に会わせるって約束したわよね?」
そういえばそんな約束をした気がする。 夏鈴に電話で確認すると「人数が多い方が楽しいからいいよ」とのことだったので、クリスタも参加することに。

 3人だと奇数になってしまい、アトラクションで1人になった人が可哀想だと思い、ダメ元でソフィも誘ってみた。
「別にいいわよ」
と、予想外の返事が。なんてこった……当日に雨が降らなければ良いけれど……。

 天気の心配も杞憂に終わり、皆と合流すると夏鈴とクリスタは、意気投合しすぐに仲良くなっていた。
「クリスタお姉ちゃん、ジェットコースター乗ろう!」
「いいわね! 10回は乗るわよ夏鈴!」
ジェットコースターを2周したところで、もう1回乗ろうと言い出す夏鈴とクリスタについていけず、俺とソフィはベンチに座って待っていることにした。

 俺が苦しそうにしていると、ソフィが飲み物を買って手渡してくれた。
「妹さん、可愛いじゃない」
「あぁ、自慢の妹だよ」
「そう言えば、あなたとの契約を達成するのに最適な方法を思いついたの」
「どんな方法なんだ?」
「半年後に行われるグレイシスト7選抜試験に、参加しようと思うの」
「確かにグレイシスト7になれば早く現場に出られて、1年で目標を達成出来る可能性は高くなるし、主席のソフィなら現実味のある話だな……応援するよ!」
「こんなこと言っても、あなたは笑わないのね……」
「笑う訳ないだろ? むしろ涙を呑んで見送るよ」
「ありがとう。先に行って、あなたを待っている事にするわ」

 時刻は夕方になり、俺の大嫌いなお化け屋敷に入ると言って聞かないおてんば娘2人に必死で抵抗したが、それも虚しく強引に入場させられてしまった。
 俺を無理やり連れてきたくせに、夏鈴とクリスタはスタスタと先に進んで行く始末。

「なぁソフィ、なるべくゆっくり歩いてくれないか?」
その時、お化けが驚かしてきて俺は情けない声を上げるとソフィに抱きついてしまった。
「ちょっとあなた、どこ触ってるのよ! 潰すわよ!」
ソフィは顔を赤らめながら俺の手を掴み引き剥がした。
「すまん! ホントにわざとじゃないんだ……」
俺はこの瞬間に気付いてしまったんだが、ソフィの手も同じように震えていたのだ。

「ソフィ今だけ、ここから出るまでの間だけ手を繋ごう」
「はぁ? 何言ってるの? 張り倒すわよ」
「俺が怖いんだ、だから頼むよ……」
「仕方ないわね。ここから出るまでだから……」
俺達ははぐれないように手を繋いで、小走りでこの暗闇を抜け出した。なんとも小っ恥ずかしいし、怖いし本当に散々なお化け屋敷だったが、そこを出た後には少しの名残惜しさを感じている自分もいたのだった。

 最後にみんなで観覧車に乗ることになった。観覧車が1番高いところに到達する頃、夏鈴の呼ぶ声がする。
「お兄ちゃん、ソフィお姉ちゃんこっち向いてー!」
夏鈴はスマホをインカメにして、みんなの集合写真を撮ろうとしていた。
「はい、チーズ!」
「ほら見て! みんなよく写ってるよー? この写真かりんの宝物にする!」
「そんな大袈裟な……」
「大袈裟じゃないよ! お兄ちゃんの友達と遊ぶの初めてだったけど、かりん今日はすっごく楽しかった!」

 国宝級? いや世界遺産級? いやいや宇宙一の笑顔を俺に向ける妹の姿がそこにはあった。

第1部7話 守りたい、この笑顔 完

《登場人物紹介》
名前:藤堂 夏鈴
髪型:黒髪ショート
瞳の色:黒
身長:155cm
体重:44kg
誕生日:8月1日
年齢:14歳
血液型:A型
好きな食べ物:駄菓子
嫌いな食べ物:なし
ラグラス:なし


 



 週が明けて最初の登校日、ブラッドさんは本日もお休みだった。村上先生から昼休みに学級委員2人で、彼女の様子を見てきて欲しいと頼まれた。

「この部屋か……」
「あんたなに緊張してんのよ、どきなさい」
クリスタがインターホンをおす。
「ふぁあ、どちら様ですかー?」
欠伸をしながらブラッドさんが出てきた。その服装がかなり薄着で乱れていて、俺は目のやり場に困った。
「ちょっとあなたなんて格好してるの!? 部屋に入りなさい! あんたはここで待つ! 分かった?」
「わ、分かりました……」

 クリスタがブラッドさんを部屋の中へ押し戻してから5分ほど経つと、部屋の中へと呼ばれた。俺たちは少し世間話をする。
「それでね、こいつったらお化け屋敷が怖くて、ずっと入りたくないって駄々こねてたの、おかしいでしょ?」
「フフッ、藤堂くんはお化けが苦手なんだね……」
「ホントに子供よね、あんたって」
「誰にだって苦手なものくらいあるだろ……」

「それで、今日はなんの用事でここへ来たの?」
意外にもブラッドさんの方から本題を聞き出してきた。
「あなたが学校に来ない理由はなに? 先生もクラスのみんなも心配しているわ」
「あたしね、朝起きるのが苦手なの……生まれつき夜型の体質だから、いつも寝坊ばかりしちゃって」
「でもあなた、今のままじゃ卒業どころか進級も出来ないわよ?」
「そうだねぇ……もうそれでもいいかも――」

 クリスタが目線を外して憎まれ口を叩いた。
「そんな生半可な気持ちでこの学校へ来たのなら、辞めてしまった方がいいかもしれないわね」
「おいクリスタ、なんてこと言うんだ!」
「だってそうでしょ? ここへ来る人はみんなそれぞれ努力してるのよ。その努力をバカにするような態度は許さないわ!」
「ごめんね……そんなつもりじゃないの……」

 クリスタの厳しい言葉を受け、ブラッドさんが本心を語り出す。
「あたしね……体質の問題で高校も2年留年してて、どんな顔して学校に行っていいのか分からないんだ……」
「ってことは、あなた歳上だったの? 言葉遣い変えた方がいいのかしら?」
「ううん。気を使わないで、そのままでいいよ」
「ブラッドさんは学校に行きたくないのか?」
「普通に登校したいとは思ってるよ」

 俺はそれならばと、クリスタを指差しながらある提案をした。
「じゃあ毎朝、俺とこいつで朝起こしにくるよ!」
隣でクリスタが顔を赤らめながら驚いた顔をする。
(え? それって毎朝一緒に登校出来るって事……?)
「そんなぁ、でも迷惑でしょ?」
クリスタは食い気味に被せる。
「め、め、迷惑じゃないわよ! 仕方ないわね! クラスメイトの為だから、明日から毎日来てあげるわ!」

 それからしばらくの間、女子寮の前で待ち合わせをしてブラッドさんを起こしに行く日々が始まったのだった。
「あんたってホントお人好しよね。堕落していく人間なんて放っておけばいいのに」
「もしお前が本当に困っている時、誰も助けてくれない世界に希望なんて持てるのか?」
「それは本当に助けを求める人だけに与えられる希望であるべきだわ」
「俺達がなろうとしているのは、助けられる側がどう思っていようが、例え望んでいなくても『一旦助ける』。そういう仕事だろ?」
「あんたの言う通りだわ……」

 1週間ほど経過して、ブラッドさんがある程度クラスに馴染んできた時のこと、ある噂が流れた。
 それは「サーシャ・ブラッドは人殺し」と書かれた紙が学校の掲示板に貼られていた事が原因だった。それからというもの、俺とクリスタが起こしに行っても、ブラッドさんは扉を開こうとしてくれなくなった。

「一体誰があんなことをしたんだろうか……」
「早く犯人をとっ捕まえてあの子に謝らせましょう! 異能探偵クリスタにかかればこんな事件朝飯前よ!」
お調子者のおチビさんが言う。
「でもクリスタ殿、私も色々な人に聞き込みをしてみたのだが、なんの情報も得られなかったのだ……」
山形もこの件に協力してくれていた。
「でも、人殺しってどういう意味なのかしらね……」
ソフィも珍しく協力的だった。

 俺たちは4人で頭を捻らせたのだが、いかんせん情報が少なすぎて進展はなかった。その時、俺は校長との会話を思い出し、話を聞こうと皆で校長室まで向かった。

「それで、話というのは一体なんだ?」
「ブラッドさんのことなんですが、彼女には一体何があったんでしょうか?」
「あの貼り紙についてだな?」
「……! ご存知だったんですね……」
「あぁ。犯人の目星もだいたいついておる」
「じゃあそいつを教えてください!」
クリスタが前のめりになって聞き出そうとするが、校長は無言で首を横に振った。

「話はそんなに単純なものではないのだよ。彼女には深い闇が眠っておるのだ……」
「校長は俺に言いましたよね、彼女の力になってやってくれと。その為には彼女のことを少しでも知る必要があるんです」
「それもそうだな……」

 校長は立ち上がると、神妙な面持ちで語り出した。
「彼女のラグラスは、『吸血鬼(ヴァンパイア)』。数あるラグラスの中でも、先天異能として特異で強力なものだ。
 彼女が元いた国は5年前、そのラグラスを自分達の兵器として利用しようと目論み内輪揉めとなり、そして滅んだんだ。
 この学校にはその元国民の生徒も在籍しておるから、彼女を逆恨みして嫌がらせをしているのだ。だが奴等を取り締まっても本質的な解決にはならん。
 彼女を救うのに必要なのは、自分の運命に一緒に立ち向かってくれる仲間を見つける事だと私は考えているのだ」

 校長室を後にすると、皆は何も語らなかったが、全員の想いは同じだったと思う。俺達はそのまま彼女の部屋の前までやってきた。相変わらずインターホンを鳴らしても返事はない。
「ちょっとそこどいて」
ソフィは能力を使って鍵を内側から開けたのだ。
「お前のその能力、もはやチートの域を超えていないか?」
「だって私、最強だもの……」
したり顔でそう言ったソフィの表情は、まるで子供のようだった。

 全員で家の中へ突撃すると、彼女はテレビにかぶりついてアニメを見ていた。
「な、なんで? どうやって入ってきたの……?」
「ブラッドさん、話があるんだ」
俺は校長から話を聞いてここに来た事を伝えた。
「そう……びっくりしたでしょ? あの貼り紙はあながち間違ってないんだよ」
「俺達はブラッドさんが吸血鬼であろうと、どれだけ強い力を持っていようと、1人の人間として付き合っていきたいんだ」

 彼女はテレビを消すと、何の脈絡もない話を始めた。
「ねぇ藤堂くん、ゾンビって知ってる?」
「あの死体が動くってやつだろ?」
「じゃあゾンビに噛まれたらどうなるか知ってる?」
「噛まれたら、そいつもゾンビになるイメージだな」
「吸血鬼もそれに当てはまるんだ……」
「何が言いたいんだよ」
「じゃあゾンビってどうやったらなれるの?」
「だから噛まれたらなるんじゃないのか」
「じゃあ1番最初のゾンビはどうやったら生まれると思う?」
「それはし……」
「気付いたんだね、そう……あたしは一度死んだんだよ……。そして吸血鬼になって生き返った」
「どうして死んだんだ?」
 
「殺されたんだよ。あたしの一族は吸血鬼の能力を目覚めさせるために皆殺しになったの。
 でも一族の中でその能力(ちから)に目覚めたのは、あたし1人だけだった……。この先天異能を持っているかどうかは、一度死なないと分からない。それくらい珍しくて強力な能力らしいから、多少の犠牲を払ってでも見つけ出したかったんだって。
 でも目覚めたあたしは、家族を殺した国に協力する気にはなれなくて、ずっと引きこもっていたの。
 すると各地で内乱が起こり国の代表が殺されて、小さい国だったから頭をなくした国は滅亡の一途を辿って、それでこの国に引き取られて今に至るの。
 でもやっぱりあたしは化物だから、正体を知ればみんなから怖がられて友達も出来ないし、段々と学校にも行きたくなくなって、高校を2年も留年しちゃった。
 もう諦めてるから……最近は開き直ってわざと明るくしてみてるけど……あたしの正体はただの引きこもり……。
 本当は外になんて、もう出たくないの……」

「じゃあなんで君はこの学校にきたんだ? ここには強い異能を持つ奴らが集まってくるから、仲良くなれる奴がいるかもしれないと思ったんじゃないのか?」
「でもやっぱり怖いんだよ。せっかく仲良くなれる人ができたとしても、正体がバレて離れていってしまうのが怖い……なら最初から1人の方がマシじゃない……」
 
「ブラッドさんは、好きなものはないのか?」
「アニメと漫画が好きだよ。あとは……自分の名前が好き。あたしの故郷の言葉で『自由』って意味なの。あたしが唯一、今も持ってる故郷と家族との思い出の品がこの名前なんだぁ」
「じゃあ俺にもブラッドさんの好きな漫画やアニメを教えてくれないか?」
「いいよ……でもどうして?」
「友達っていうのは苦手なものじゃなくて、好きなものを共有するもんなんだよ」
その時サーシャ・ブラッドの目が潤んだ。
「あたしは君の嫌いな化物だよ……? 藤堂くんのこと間違えて殺しちゃうかもしれないよ……?」
「俺もいい名前だと思うよ、サーシャ」

 綺麗な青色の瞳から、一筋の涙がスーっと流れた。
「藤堂くんって随分お人好しなんだね……」
「違うよ、俺はどこにでもいる普通の学生で、サーシャのクラスメイトで、友達で、そして学級委員長だ」
幸近の言葉に少女達も続く。
「学級委員はそいつだけじゃないわよ! あなたにはわたし達もついてる!」
「私はサーシャ殿とはきっと良い友人になれる気がするぞ!」
「あなたをいじめる奴がいたら、私が全て押し潰してやるわ」

「なぁサーシャ、俺達は君とこの学校を一緒に卒業したい。俺達のわがままに、付き合ってくれないかな?」
世にも美しい吸血鬼(ヴァンパイア)は、透き通った綺麗な涙を流しながら、こう答えた。
「もう仕方ないなぁ……あたしの方がお姉さんなんだから……そのお願い聞いたげる……」

 その日から、サーシャは本当の意味で俺たちのクラスメイトになった。

第1部8話 引きこもりの吸血鬼 完

《登場人物紹介》
名前:サーシャ・ブラッド
髪型:空色ロングのストレート
瞳の色:青
身長:160cm
体重:48kg
誕生日:4月12日
年齢:21歳 (初登場時20歳)
血液型:?型
好きな食べ物:アイリッシュラム、赤ワイン
嫌いな食べ物:にんにく
ラグラス:吸血鬼(ヴァンパイア)
ヴァンパイアの力を解放すると肉体強化、影や血を操るなど様々な能力を得る。発動の際には牙が伸び、青い瞳が紅く染まる。






 ある日の学校の帰り道、野太く甲高い声に呼び止められた。

「あらぁ、もしかして幸ちゃんじゃない?」
「……?」
「やっぱり幸ちゃんだわ!」
「ひ、久しぶりケンさん……」
「ちょっとぉ、何がケンさんよぉ! あたしのことはケンちゃんって呼んでって昔から言ってるじゃないの、やぁねぇ〜!」

 大きなサングラスをかけ、妙な話し方をするその人物は、広い歩幅で近寄ってくる。
「今暇? 暇でしょ? 暇ならお店きなさいよぉ、珈琲ご馳走するから」

 この人はケンちゃん。本名『南郷謙(なんごうけん)』、いわゆるオカマだ。
 なぜ俺がこのオカマと知り合いなのかと言うと、昔から家族ぐるみの付き合いといった感じなのである。
 お店というのはケンちゃんが経営している昼はカフェ、夜はバー形態のお店の事である。

 俺はカウンターに座り、ケンちゃんが淹れてくれた珈琲を頂いていた。
晴臣(はるおみ)さんは元気? 最近会ってるの?」
「親父は全然帰ってこないよ、夏鈴がかわいそうだ」
真鈴(ますず)が亡くなってから、晴臣さんなりに思うところがあるのよ……」
「一体どこで何をやっていることやら……」

ケンちゃんはサングラスを外し、目線を合わせ尋ねる。
「幸ちゃんも真鈴との約束……叶えられそうなの?」
「日々の訓練は欠かさずやってるよ」
「お友達はできた?」
「あぁ……面白い奴らがたくさん居て、いい刺激を貰えてる」
「それはなによりね……。そういえば聞いたわよ! 例の道場破りを捕まえたって」
「相変わらず、すごい情報網だな」
「オカマの情報網なめないでっ!」


「その事件を担当していたレナードって警部いたでしょ? あいつには気を付けなさい、奴の異能はかなり厄介な能力だから」
「どんな能力なんだ?」
「さすがに学生相手に能力を使ったとは思えないけど、あいつは『嘘』を見抜けるの。幸ちゃんのラグラスの秘密は隠し通しなさい?」
「分かっているよ……」
 ……
「それともう一つ、その道場破りは異能犯罪組織の一員だったのよ。組織名は『カタストロフ』。規模は数人程度の少人数組織なんだけど、そこのボスがまぁヤバい奴で元々はデニグレの幹部を務めていた男なの」
「……」
「半年前、異能警察官を殺害した脱獄犯の事件があったの覚えてるかしら?」
「なんとなく覚えてるような」
「名をレッド・ビスク。ラグラスは『人狼(ワーウルフ)』という強力な先天異能の持ち主よ」
(吸血鬼の次は狼男かよ……)

「もしかしたら……幸ちゃんに報復に来るかもしれないから気を付けてね」
「強いのか?」
「奴の実力はグレイシスト7に相当するとも言われているから、遭遇した時は必ず逃げなさい」
「肝に銘じておくよ」

 店を出ると同い年くらいの黒いスーツの男が話しかけてきた。
「君が藤堂君かな」
「お前は誰だ?」
「これは失礼した。僕は『四葉信久(よつばのぶひさ)』。どうぞよろしく」
「それでなんで俺の名前を知ってる? 俺に何の用だ」
「特段用があった訳ではないんだが、どんな人物なのか少し気になったものでね……。今日は挨拶だけでもしておこうかと思い声をかけたんだ」
「お前、どこかで会ったことあるか……?」
「いや初対面だよ。ではまた機会があれば……」
そう言って男は去っていった。不吉で不穏な雰囲気を纏った奴だと幸近は感じていた。


 ――薄暗い倉庫内。

 そこは犯罪組織カタストロフのアジトであった。襟足の長い白髪で巨体の男が椅子に座り骨付き肉を貪り食っている。
 そこへ先ほど幸近と会話していたスーツの男が現れた。

「お前は……もしかして若なのか?」
「久しぶりだねレッド」
「おう随分とでかくなったもんだ、こっちにきて一緒に飯を食おうじゃないか」
「生憎、先ほど夕食は済ませてしまってね」
「それは残念だ、良い肉を仕入れていたんだが……」
そう言って骨を投げ捨てると、そこには様々な動物の骨が溜まっており、その中には人骨らしきものも見られた。

「今日はひとつ、お知らせしたい事があって来たんだ」
「どんな内容だ?」
「君のところの気倉井と日鏡をやった学生のこと……知りたくないかい?」
「ほぅ……それは興味深いな……」
スーツの男は気味の悪い笑みを浮かべた。

第1部9話 オカマの情報屋 完

《登場人物紹介》
名前:南郷 謙
髪型:パステルカラーの水色でショートボブ(恐らくウィッグ)
瞳の色:ブラウン
身長:190cm
体重:59kg
誕生日:6月10日
年齢:42歳
血液型:O型
好きな食べ物:色気があってガタイの良い男
嫌いな食べ物:無口でクールぶってる男
ラグラス:情報処理(ハイスペック)
脳内の情報処理能力が高く、本であればパラパラと捲るだけでほぼ記憶することができる
状況に応じて瞬時に明確な解答をだせる






 



 2人の男の怪しげな会話と時を同じくして、この男はいつも通りの騒がしい食卓を囲んでいた。

「だーかーらー! 好き嫌いしちゃいけないっていつも言ってるでしょ!?」
「苦手なものは苦手なんだよ! だいたいなんで卵焼きにわざわざ納豆なんて混ぜ込むんだよ! 俺の苦手なものに苦手なもの混ぜるなんて、もはや嫌がらせの領域じゃないか!」
「かりんは……お兄ちゃんが苦手なもの克服できるようにと思って頑張って工夫してるのに……」
と、涙目になる夏鈴。

 それを見た幸近は、急ぎ卵焼きを一口でほうばる。
「う、うまい! 実際食べてみたら、こんなにうまい卵焼きは初めてだ!」
「ホント? じゃあ明日の朝もこれ作ってあげるね!」
「あ、あぁ……それは楽しみだなぁ……」
幸近は涙目になりながら飲み込んだ。


 その翌日、学校から帰る際に下駄箱付近でソフィに呼び止められる。
「あなた今日、何か予定あるのかしら?」
「特にないが、どうしたんだ?」
「クリスタとサーシャからアニメ鑑賞会とやらに誘われているのだけれど、あまり気乗りしないから早く帰る口実にあなたも一緒にどうかと思ったの……」
「お前ら、最近仲良いよな」

 ソフィは眉間に薄くシワを寄せて返す。
「何言ってるの? これも全てあなたが原因じゃないの」
「でもその誘いをバッサリ断らないのは、お前もあいつらのこと大事に思ってるってことだろ?」
「と……友達……だから」
と、照れながら斜め下を見つめるソフィ。
「お前も可愛いとこあるじゃん」
「な、何言ってるの! 埋めるわよ!」
「まぁ女子会に俺がお邪魔するのも――」
彼が言葉を詰まらせたのは、そのタイミングで届いた1通のメールが原因だった。

「すまんソフィ! 急用ができたっ!!」
慌てた様子で幸近は走り出す。
「ちょっと! 何かあったの?」
「すまんっ! 急ぎなんだっ!」
そのメールは夏鈴のアドレスからだったが、縛られている夏鈴の写真が添付されており、本文には「妹を返して欲しくば1人で来い」と場所が指定されていたのだ。

 幸近は息を切らして指定された倉庫までやってきた。
「はぁ……はぁ、夏鈴っ! 夏鈴! どこだー!」
「本当に1人で来たようだな、感心だ小僧……」
椅子に腰掛けていたレッドが立ち上がった。
「お前が犯人か! 夏鈴はどこだ!」
「そこで眠ってるさ……」
レッドの指差す方向には、倉庫2階で繋がれている夏鈴の姿があった。

「てめぇ俺の妹にこんなことして、ただですむと思うなよ!」
「お前もオレの部下に随分な事してくれたみてぇじゃねぇか」
「お前がレッドか……」
「ほぅ……オレのことを知っているのか。なら話は早ぇな」
(ごめん、ケンちゃん……)
「お前をぶっ飛ばして、俺は今日も夏鈴のうまい飯を食う!」
「いい返事だ……」

 するとレッドの巨体は更に大きく膨れ上がり上半身の服が破れ、毛深い人狼の姿となった。レッドがその鋭い爪を向けながら幸近へと襲いかかる。

「藤堂一刀流 居合 無刀『(むなし)』」
(柔の手刀で敵の攻撃をいなし、腕を掴んで敵を倒し関節を極める技)

 幸近オリジナルの居合と合気道の融合技『無刀の型』が決まり、レッドをうつ伏せに倒すまでは成功した幸近だったが、人間離れした体格のレッドに対して関節を極めきることに苦戦した。
(なんだこいつの体……固く、そして重い……)
うまく極めきれず、レッドは立ち上がり鋭い爪を伸ばしてきた。

「藤堂一刀流 居合 無刀『(うつろ)』!」
(剛の手刀で敵を突く、相手の攻撃が強ければ強いほど威力が増す技)

 幸近の頬に爪が擦り傷がついたが、手刀はレッドの心臓の位置に直撃した。2メートルほど後ろに飛ばされたレッドであったが、すぐに起き上がってきた。

「なるほど……この技で気倉井たちをやったのか」
(くそっ……全然効いてねぇ……)
「無能力にしてはやるじゃねぇか。人間の姿なら今のでやられていたかもな」
幸近は周りを見渡した。 ちょうどいい鉄パイプを見つけてそれを拾おうとしたが、人間離れしたスピードのレッドに胴の辺りを殴られた。

「お返しだ」
「ぐっ……」
その衝撃で10メートル以上後方へ吹き飛ばされ、水切りの石のように何度か地面を跳ねて転がる幸近。腕を立てながら起きあがろうとするが、血を吐き出す。
 ちょうど転がった位置に落ちていた鉄パイプを手に取り、それを杖代わりになんとか立ち上がり構えた。
 
「打たれ強い奴だな、オレの攻撃を食らって立てるのか」
「いつも食らってる妹の蹴りの方が、100倍痛ぇよ犬野郎……」
「減らず口だけは達者なようだ、もう楽にして食ってやるよ」
その巨体から想像できない速度で向かってくるレッド。

「東堂一刀流 居合『虎風(とらかぜ)』」
2人が交差すると、間もなくレッドは膝をついて頭から血を流した。だが、頭を押さえながらすぐにこちらを振り返り話し出す。

「お前の顔とその剣術からは、あの忌々しい女の顔を思い出す……貴様もしかしてあの女の血族か?」
「誰のことを言っている……」
「元グレイシスト7の『藤堂真鈴』だよ」
「……! 母さんを知っているのか?」

「俺を監獄へ送り込んだ女だ……。俺は奴を殺す為にわざわざ檻から出てきたっていうのに、あいつは10年も前に死んだって言うじゃねぇか。目的を失って、憂さ晴らしを続ける毎日だったが……そうか、ガキがいたのか」
 
(ケンちゃん……報復ってそう言うことかよ)

「お前があの女のガキならば、オレにとっては好都合だ。妹共々食ってやるよ」
爪を立てて向かって来るレッドの腕を鉄パイプで弾くが、もう一方の腕が下段から上段へ振られ、その鋭利な爪は幸近の胴を斬り裂いた。
 咄嗟の判断で後退していた事が功を奏し、致命傷にはならなかったが、中々の出血量だった。
 
「しぶとい奴だ、次で終わりにしてやるよ」
レッドが幸近に追い討ちをかけようと爪を立てて向かっていった次の瞬間――。

重力強化(グラビティアッシュ)!」
聞き馴染みのある声が響くと共にレッドの動きが止まる。

 幸近が振り返ると、そこにはソフィの姿があった。
「何でここに……っておいお前っ! こんな所で異能を使うなんてバカなのか!」
「控えおろう、この認可証が目に入らぬかー」
と、手に持っている異能使用認可証をかざした。
「なんでお前が認可証を……」
「学年主席の特権なのよ。私はこれが欲しかったから、主席を取るために努力したの」
「そんなものがあったのか……」
「無能力のあなたには関係のない代物ね……それ以前に"学年最下位には関係ない"が正しいかしら?」
「ビリじゃねぇよ! たぶんだけどビリじゃねぇよ!」

「そんなことより藤堂くん。あなた随分と危ない目にあっているみたいだけど、なぜ私にひと言も相談してくれなかったのかしら……?」
「突然で焦ってたんだよ……」
「嘘ね……あなたは落ち着いていても1人で行ってしまったはずよ」
「それは……」
「あなたは何か勘違いしているようだけど、クリスタや唯、サーシャと同じように、私はあなたのことだって……大切なお友達だと思っているわ……。だから今度こんな事があった時、私に相談しなかったら……その時は絶対に許さない……」

 そう言ったソフィの表情には、怒りと悲しみが同居しているように感じた。いつも向けてける氷のような冷たい目なんて比じゃないくらいに、大層お怒りなのがひしひしと伝わってきたが、俺にはそれがとても頼もしく思えた。
「手を貸してくれソフィ!」
「当たり前よ――」

第1部10話 人狼 完
 
《登場人物紹介》
名前:レッド・ビスク
髪型:白髪で長い襟足
瞳の色:灰色
身長:193cm
体重:90kg
誕生日:3月5日
年齢:51歳
血液型:AB型
好きな食べ物:肉
嫌いな食べ物:肉以外
ラグラス:人狼(ワーウルフ)
人狼に変化し身体強化に加え、鋭い爪と牙を持つ






「お前ら、何いい気になってやがるんだ?」

 レッドはソフィの重力強化(グラビティアッシュ)によってその場から動けないでいたが、自力でその効果範囲から抜け出した。

「ところであの狼男は一体何者なのかしら?」
「異能犯罪者で脱獄犯のレッドって男だ」
「それはまた随分な大物を相手にしていたのね」
「おい女、お前は殺しがいがありそうな能力してるじゃねぇか。こいつらを食った後のデザートにしてやるよ」
「ごめんなさい、私は獣の言葉を存じていないの……」

 この言葉を聞いてレッドの目つきが変わった。
「オレは生意気な女が嫌いなんだ。てめぇら、仲良く殺してやらぁ!!」
ソフィに勢いよく向かっていくレッドの間に入りソフィに指示を飛ばす。
「ソフィこいつは俺がしばらく抑える! その間に2階の夏鈴を頼んでもいいか?」
「分かったわ!」

 幸近はレッドの腕を弾き、技を繰り出す。
「山形流剣術 一の太刀『一閃』!」
幸近は唯との日々の剣術修行により、この技を習得していた。レッドの脇に攻撃が当たり、少し苦しがったがすぐにまた襲いくる。

「藤堂一刀流 居合 『虎風』」
交差した2人はその後、両者ともに膝をついた。レッドは口から血を吐き、幸近は左腕に切り傷を負った。
「俺の居合の間に攻撃を当てられたのは初めてだ……」
「その技は初見じゃねぇからな……。てめぇの母親のその技にオレは敗れたんだ」
「じゃあもう一度、母さんの代わりに俺がお前を刑務所に送ってやるよ」
「やってみろ……小僧」

「山形流剣術――」
幸近が剣技を繰り出す前に、レッドが距離を詰めて渾身の一撃を放つ。
狼拳(ろうけん)っ!!」
巨大な……そして強靭な上半身のバネを最大限に利用した強烈な拳が直撃し、幸近は倉庫の横幅いっぱいまで吹き飛ばされ壁に激突する。
「がはっあ……」
その衝撃で辺り一面に砂塵が舞った。
「この技を正面から受けて立った奴はいねぇ。さぁ女ぁ次はお前だ、降りてこい」

「まだ、終わってないみたいだけど?」
「なにぃ?」
レッドが振り返ると幸近は立ち上がっていた。
「藤堂くん、夏鈴ちゃんは無事よ! ここから援護するからもう遠慮せずにやりなさい」
「しつこい奴だ、さっさとくたばりやがれぇ!」
重力強化(グラビティアッシュ)!」

 幸近の元へ向かうレッドの動きはソフィの能力により止まった。
「ぐわっ……く、さっきより重い……」
「今最大出力で動きを止めているわ!」
「サンキュー、ソフィ……」
「おいおっさん、居合っていうのは心の武術なんだ。その想いと心を落ち着かせる時間が長ければ長い程、力を増す」
レッドの前でゆっくりと構える幸近。
「くそっ、くそっ! うごけんっ……」
 
「藤堂一刀流 居合 『雲龍(うんりゅう)』!」

 藤堂一刀流の居合には2種類の型があり、虎風は抜刀の後、横に振る剣。そして雲龍は抜刀の後、縦に振る剣である。
 ソフィの重力強化が作用しているこの瞬間に、心を落ち着かせる時間を充分にとった幸近の雲龍は、レッドの頭上に重く、さらに重く打ちつけられた。

「ぐはぁっ……」
レッドは倒れ気を失うも、その後も重力強化によって地面へとめり込まされていた。
「おいソフィ、こいつもう気を失ってるぞ」
「分かっているわよ」
「わざとかよ……お前ちょっとは敵にも情け……」
先ほどまでのダメージがたたり、その場に倒れ込む幸近。
「藤堂君っ!!」

 
 目が覚めると、そこは病院だった。
「藤堂くんっ!」
「お兄ちゃん!!」
「待ってて! すぐお医者さん呼んでくるから」
そう言ってソフィは病室を出ていった。

 俺は元気そうな妹の姿に安堵する。
「夏鈴、無事で良かった……」
夏鈴は泣いていた。
「お兄ちゃん……よかった生きてて……。ホントに心配したんだから……ホントにホントに心配……したんだから……」
「ごめんな夏鈴。大丈夫……兄ちゃん体だけは丈夫なんだよ」
「もう無茶しないで……絶対にお母さんみたいに居なくならないで……」
「俺は夏鈴をおいていかない……あの時、そう約束したろ?」
「うん……。助けてくれてありがとう……」
「可愛い妹を助けるのなんて、兄にとってはご褒美みたいなもんなんだよ」
「お兄ちゃんのバカ……」

 その後、病室にはクリスタ、山形、サーシャ、キリアも見舞いに来てくれた。俺は1週間ほど入院だそうだ。
 
 同級生が帰っていくとレナード警部が事情聴取にやってきてレッドをはじめ、カタストロフの残党も1人を除いて逮捕した事を教えてくれた。
「藤堂君、まだ学生の君にあんな大物を捕らえられてしまっては、本当に私たちの面目は潰れっぱなしだよ」
「アイツは昔、俺の母が捕まえたって聞きました……。以前俺が言った同じ土俵で会いたい人がいるってのは、あれは母の事なんです」
「そうだったのか……」

「俺は小さい頃……母と同じ異能警察官になって、同じ制服を着て一緒に写真を撮ると約束したんです。だから俺はどんな事があろうと、必ずその制服を着てみせます」
「君のような勇敢な同僚と共に働ける日を楽しみに待っているよ。でもしばらくは、ゆっくり静養してくれ」

 
 ――薄暗い路地裏。
「まさかレッドを倒すだなんて、やるじゃないか藤堂君」
不気味に笑うスーツの男はそう言って闇に紛れた。

第1部11話 約束 完
 
名前:レナード・ローレン
髪型:青髪ベリーショート
瞳の色:黒
身長:182cm
体重:80kg
誕生日:7月5日
年齢:27歳
血液型:AB型
好きな食べ物:カレー
嫌いな食べ物:ピーマン
ラグラス:嘘発見器(ポリグラフ)
対象の嘘を見抜くことができる




 1週間の入院期間中は、たくさんの人がお見舞いにきてくれたおかげで特に退屈せずに済んだ。夏鈴を1人にするのは危険だと判断し、俺の入院中はソフィ達が交代で家に泊めてくれていた。
 
 退院を明日に控え、俺は最後の試練に立ち向かう。
「優しくしてください」
「では、いくわよ……」
「ぐぅぁぁあ」
「はい終わり! こんな大怪我負っておいて今さら注射にビビるなんてあなたホントに変わってるわね」
最後の儀式を終え、病室に戻るとサーシャが来ていた。

「あ、藤堂くん! よかった会えた」
「来てくれてたのかサーシャ。でも明日には退院だからまたすぐ学校で会えるのに」
「入院中暇かなぁって思ってオススメの漫画持ってきたんだぁ」
「それは助かる、この前のやつはもう読み終わってたんだ」
「どうだった?」
「あの主人公がかっこよくて面白かった!」
「でしょー? アレはすっごい名作なの!」
その後もしばらく話をしてラグラスの話題になった。

「藤堂くんの闘った相手、人狼の能力者だったんだよね?」
「あぁ」
「あたしと同じ先天異能の能力を実際に見て、あたしのこと怖くなってない?」
「当たり前だろ、友達を怖いなんて思うかよ」
「これでも?」

 サーシャの口元から牙が伸び、目が紅く光った。
「お前の目、宝石みたいだな」
サーシャはすぐ元に戻り顔を赤くさせた。
「藤堂くんの女ったらし……」
顔を背けて小さく呟いた。
「え? 今なんて言った?」
「なんでもないよバカっ!」
「いきなりバカってなんだよ、痛っ……」
「大丈夫? どこが痛むの?」
「腹の傷が……」
「見せて!」
サーシャは俺に跨り服を脱がそうとしてきた。
「ちょっと、サーシャさん? 待てって!」
「いいから脱いでっ!」

 ナイスなのかバッドなのか分からないタイミングでクリスタが病室に入ってきた。
「お見舞いに来てあげたわよー! ってちょっとあんた達なにやってんのぉお!!」
俺とサーシャは正座をさせられて事情聴取を受けた。
「あたしには傷を治す力もあるから治療してあげようと思って……」
「たとえ治療であっても能力は外で使っちゃダメなの!」
「ごめんなさい……」
「あんたもあんたで何鼻の下伸ばしてるのよ!」
「申し開きもございません……」
 
「もういいわ。これ今日の課題のプリント!」
「毎日悪いな」
「学級委員なんだから当然よ」
「クリスタちゃん毎日自分から立候補して、藤堂くんにプリント届けてるんだよー?」
「ちょっとサーシャ! 黙りなさいっ! も、もう面会時間終わるからそろそろ帰るわよ! あんたもゆっくり休んで早く治しなさいよね! それじゃ!」
「藤堂くんじゃあねー」
こうして2人は嵐のように去っていった。


 久しぶりに学校に登校すると、放課後に退院祝いをしてくれるというので、みんなでケンちゃんのお店に行くことになった。

「あらぁ〜、この可愛い子ちゃんたちが幸ちゃんのお友達なの〜?」
ケンちゃんと皆はすぐに打ち解けた、流石はオカマだ。
「で? 本命は誰なの?」
ケンちゃんが小声で耳打ちをする。
「そんなんじゃないよ。みんな友達だ」
「照れちゃって、幸ちゃんもお年頃ねぇ〜」
「……」
俺は無言で珈琲をすする。

「それはそうと幸ちゃん……。レッド討伐おめでとうと言いたいところだけど、今回の件で幸ちゃんの名前は裏の世界に知れ渡っちゃったの……。今後あなたを狙う犯罪者も増えるかも知れないわ」

「大丈夫ですよケンちゃん。藤堂くんには私たちがついていますから……」
ソフィが自信に満ちた表情でそう言うと、クリスタもそれに続いた。
「そうね。次はわたしも……あんたを守るわ」
唯は「任せてくれ!」と、拳を胸に当てる。
「もしも怪我をしたら、あたしが治してあげる……」
サーシャは優しい笑顔を幸近へ向けて微笑んだ。
 今は亡き親友の息子が立派に成長し、心強い仲間に囲まれている姿を目にしたケンちゃんは、サングラスの向こう側を静かに濡らし、これからの彼等の成長を友の代わりに見届けようと決意する。
「みんな……幸ちゃんをよろしくね」



 家に帰ると夏鈴が御馳走を用意してくれていた。
「今日はお兄ちゃんの退院祝いだから、お兄ちゃんの好物フルコースだよー!」
「やっぱり夏鈴の飯は最高だなぁ……」
「良かったぁ! たくさんおかわりあるからね!」
「夏鈴、おかわりをちょうだい」
「はーい! クリスタお姉ちゃん」
何故か今日の藤堂家の食卓には、いつもより椅子が1つ多かった。
「なんでお前がここにいるんだ?」
「なにか問題ある?」
「あるだろ普通に」

 クリスタは、お行儀悪く箸の先端を俺に向ける。
「わたしはあんたにじゃなくて夏鈴に会いにきたのよ」
「お兄ちゃん! クリスタお姉ちゃんはもうかりんのお姉ちゃんなの!」
「「ねー?」」
2人は笑みを浮かべ顔を見合わせている。
「いつの間にそんなに仲良くなったんだか……」
「あんた、食べ終わったら模擬戦に付き合いなさい」
「俺はまだ病み上がりなんだが……」
「軽くよ軽く」

 
 ――藤堂家道場――

「じゃあ行くぞ」
「ええ」
幸近は竹刀を持ち、クリスタは銃を構えた。
 クリスタは相手が遠距離系の能力だった場合、不利になることを自覚しており、戦闘ではゴム弾を装填した銃を使用する。

 勝負が始まるとクリスタは距離をとり、銃を撃って牽制する。俺は剣でそれを受け流しながら距離を詰めていく。剣士である俺の勝機は、クリスタの幻惑にかかるリスクを負ってでも近づくしかない。
 彼女の能力効果範囲に入った途端、クリスタが大量に分身した。
「幻惑か……」
 
「山形流剣術一の太刀『一閃』4連撃!!」
幸近は四方へと攻撃を放つ。クリスタの能力効果範囲は対象者から約3メートルほど。その効果範囲全てに向けて無作為に攻撃したのだ。するとクリスタは咄嗟に上へと飛んで避け、幻惑が解けた。

 その一瞬を逃さず、すぐさま距離を詰めて幸近が『一閃』を繰り出し、寸止めしたところで勝負は決した。
「負けたわ……」
「なんでいきなり模擬戦なんて言いだしたんだ?」
「今日はあんたを守るって言ったけど、わたしにはまだまだ実力が足りない……。あんたとソフィは大物犯罪者を捕まえちゃうし、わたしだけ置いていかれちゃったような気がしたのよ……」

「俺がお前の能力の詳細を知らなかったら、勝ち目はないと思うんだけどな……」
「でも、あんたばっかり先に進んでる気がするの……」
「俺達は別に競い合ってる訳じゃなくて、共に戦う仲間だろ?」
「だって……もしそれで足手纏いになったら、それこそ耐えられないわ」
「俺に足りない所をクリスタが、クリスタに足りない所を俺が。そうやってお互いを補い合える関係になる事が、一緒に未来を想像するって事なんじゃないか? 責任とれって言ったお前が先に投げ出すなよ」
「覚えててくれたんだ……」
「同盟なんだろ? 俺たち」
「ねぇ、あんたってさ……」
クリスタは何かを言いかけ、途中で詰まらせた。
「ん? どうかしたか?」
「ううん、やっぱりなんでもない……。
 ありがとう幸近――」

 この時、クリスタに初めて名前を呼ばれた事に気が付いた。

第1部12話 一時の平穏 完

《登場人物紹介》
名前:エマ・サリヴァン
髪型:紫髪ロング
瞳の色:赤みがかった黒
身長:164cm
体重:52kg
誕生日:2月23日
年齢:不明
血液型:A型
好きな食べ物:ハンバーガー
嫌いな食べ物:ピクルス
ラグラス:年齢操作(エイジマニュピレーション)
年齢を自由に変化させられる(自身のみ)

 



「幽霊?」

 俺がそう尋ねると、クリスタは話しを続けた。
「そうなのよ! 隣のクラスの子が昨日の夜、忘れ物をとりに学校に忍び込んだらしいの……。
 廊下を歩いている時、ふと窓の外を見ると空を飛ぶ黒い影を見かけて、慌てて逃げ出すと廊下の奥には無数の人魂が浮いてたんだって……。
 そしてなんとか忍び込んだ非常口まで辿り着いたんだけど、そこにはツノの生えた鬼がいたって言うのよ……」
 
「バカらしい、その子の見間違いでしょう」
冷たくあしらうソフィ。
「でも本当ならぜひ手合わせしてみたいものだ!」
と、脳筋な山形。
「あたしとお友達になってくれるかなぁ……」
サーシャは……まぁなんでもいい。

「だから今日の夜みんなで幽霊退治に行きましょう!」
クリスタのこの発言にオレとソフィは大反対をした。だがノリノリな残り3名のバカ達のせいで多数決に負け、今晩俺たちはゴーストハントへ出動する事になったのだ。

 夕食を食べながら夏鈴にその話をする。
「お兄ちゃん怖いの苦手なのに大丈夫なの?」
「大丈夫な訳ないだろ。今すぐにでも風邪をひきたい気分だよ……」
「仕方ないなぁ。じゃあかりんもついてってあげる」
俺は知っている。こいつのこの顔は決して俺を心配している訳ではなく、ただ楽しそうだからついて行きたいだけだという事を。

 約束の時間に学校へ集まった俺達は、クリスタの提案で3チームに分かれることに。反対してもどうせ多数決で負ける為、俺とソフィは諦めて覚悟を決めていた。今だけは民主主義を壊したい。
 なぜか準備良く紙とペンを持っていたクリスタが即席でくじを作った。
 
「じゃあ、せーので引きなさい? せーのっ!」
くじ引きの結果、このような組み合わせになった。
 クリスタ&山形ペアが校舎の外。
 ソフィ&夏鈴ペアが校舎の中1階。
 サーシャ&幸近ペアが校舎の中2階。
 こうして俺たちの深夜の大冒険は始まったのだった。


――校舎外のクリスタ&唯ペア――

「夜の学校ってなんか雰囲気あるわね……」
「クリスタ殿、もし本当に幽霊が出てきたら竹刀は当たるのだろうか……」
「どうなのかしら、一応お札を作ってきたわ!」
「それは心強い!」
その時、地面に映る大きな影が素早く動き、それと同時に風が吹き上がる。
「「キャーー!!」」

――校舎1階のソフィ&夏鈴ペア――

「い、今何か聞こえなかったかしら……?」
「え? 聞こえなかったよソフィお姉ちゃん」
「か、夏鈴……もう少しゆっくり歩きましょう?」
ソフィは夏鈴にしがみついていた。
「もしかしてソフィお姉ちゃんも怖いの苦手なの? なんだかお兄ちゃんみたい」
「わ、私には怖いものなんてないわ……」
ソフィが慌てて夏鈴から手を離し進んで行くと、廊下の先に人魂が1つ、2つと次々に灯ったのである。
「「キャーー!!」」

――校舎2階のサーシャ&幸近ペア――

「おい、サーシャさんや……もう少しゆっくり……」
「みんなで肝試しなんて楽しいねぇ♪」
「なんでそんなにルンルンなんだ……」
「今藤堂くんの隣にいるのは幽霊みたいなものだよ? 今さら何を怖がるの?」
「お前は幽霊じゃなくて友達だ。くそっ、なんでこんな事に……」
 
「ねぇ藤堂くん、あの子誰だろ?」
そう言ってサーシャの指差した方を見ると、着物を着た少女がそこには立っていた。特筆して言うことがあるとすれば、その少女の額からは長いツノが生えていたということだろう。
「お、鬼……」
そう言って、俺は気を失った。

 幸近達に気づいたその鬼の少女は、逃げようとしたが吸血鬼の力を解放したサーシャが『ブラッドバット』(血で作られた複数の蝙蝠を飛ばす技)を放つ。鬼の少女は振り返ると、輪郭よりも膨れ上がった大きな口を開け、その技を「バクンっ」と、一口で食べてしまった。
 少女はまた逃げようとしたが、今度はサーシャの『影縛り』(影を縄のようにして相手を捕らえる技)によって動きを封じられ捕らえられた。


――校舎外、クリスタ&唯ペア――

 動いた影を目で追うと、そこには黒い翼を生やし、袈裟に身を包んだ小学校高学年くらいの少年が、ふわふわと宙に浮いていたのだ。
 クリスタは咄嗟に銃でその少年を撃ったが、それはヒラリと簡単に避けられた。避けた先へ、すぐさま唯の加速(ハイスピード)を伴った『一閃』が向けられる。
 だがその少年は、常人ならば目では追えない速度の剣技を空中で避けると「ふぁあ……」と、退屈そうに欠伸をしたのだ。驚いた2人だったが、避けた先はクリスタの異能効果範囲だった。
 幻惑にかけられた少年の動きは止まり、唯の『一閃』を額に受けた少年は気を失った。

――校舎1階、ソフィ&夏鈴ペア――

 人魂を見たソフィは、腰を抜かして座り込んでしまった。
 夏鈴は動けないソフィに代わって、その正体を確かめるべく人魂に走って近づいた。するとそれは恐ろしいナマハゲのような姿の化け物に変身したのだが、夏鈴は恐れずにそのままのスピードで化け物に飛び蹴りを食らわせたのだった。
「ふぎゃぁあ……」
そう声を上げた化け物が倒れると、その姿は狐の耳と尻尾が生えた、巫女装束の少女に変わっていた。


 皆と連絡を取り合い校庭に集まると、捕らえた子供達をどうするか話し合いになった。
「まさか幽霊の正体が、こんな子供たちだったなんてね……」
クリスタは少し残念そうにしていた。
「見たところ、みんな先天異能の持ち主のようね」
ソフィが冷静に子供達を観察する。
「とにかく、警察に保護してもらうのが1番じゃないか?」

 すると、今まで俺達しかいなかった筈のこの場所に、突如として1人の男が姿を現したのだ。
「やぁ、こんばんわ。僕の子達が迷惑をかけてしまって申し訳ない」
「お前は誰だ!? どこから現れた!」
「怪しいものではないよ。僕は『金土(かなつち)カレル』。異能警察内部で研究者をしているものだ」

 そう言って名刺を差し出すと、男は続ける。
「驚かせてすまない、僕のラグラスは『迷彩(カモフラージュ)』。自分がそこにいる事に気付かれず、どんな所にも紛れ込む事が出来る能力なんだ。ちなみに僕の周りにいる人間も任意で効果の対象にする事が出来る」
「って事は、あんたずっとそこにいたのか?」
「あぁ、様子を見させてもらっていたよ」
「この子達はあなたの子供なの?」
クリスタが問う。
「少し長い話になる。良かったらみんな座って聞いてくれるかな?」

 カレルは地面に腰を下ろし、話を始めた――。

第1部13話 学校の怪談 完

《登場人物紹介》
名前:金土(かなつち) カレル
髪型:飴色ベリーショート
瞳の色:黒
身長:168cm
体重:72kg
誕生日:3月8日
年齢:44歳
血液型:A型
好きな食べ物:すき焼き、お茶菓子
嫌いな食べ物:タコ、くらげ
ラグラス:迷彩(カモフラージュ)
自分の存在を他者に認識させない
自身の周りであればその能力は指定した他者にも及ぶ





「まずは子供達の縄を解いてやってくれるかい?」
「サーシャ、解いてやってくれ」
サーシャは『影縛り』を解除した。
「ありがとう、君たち自己紹介をしなさい」

 カレルがそう言うと、ツノの生えた着物の少女が口を開く。
「私は『金土テン』です。14歳で、能力は『(オーガ)』。体の一部を大きくしたり、なんでも……異能すら食べる事が出来ます」

 次に袈裟を纏った黒い翼の生えた少年が話し出す。
「オレは『金土タケマル』。12歳でラグラスは『神通力(ディバインパワー)』。少し未来の光景を見る事が出来て、この背中の翼で空も飛べるんだぜ!」

 そして最後に巫女装束の狐の耳と尻尾を持つ少女。
「わたしは『金土たまも』なのです〜。11歳で能力は『妖狐(フェアリーフォックス)』といって、何にでも変身できる炎を生み出す事ができるのです〜」

「みんなカレルさんと同じ苗字ってことは、あんたの子供なのか?」
「いや、この子達は全員孤児でね。僕が拾った時に苗字が無かったから、僕のをあげたんだ」
「なんで夜の学校に?」
「君たちは先天異能を持って生まれた異形の子供が、世の中でどういう扱いを受けるか知っているかい?」
「あまりいい話は聞かないな……」
「そう。これだけ異能力者に溢れた世界でも、未だに異形の姿で生まれた子供達を差別する風習を拭えないのが、今のこの国の現状なんだ」

「そんな……」
クリスタが悲しそうな表情を浮かべる。
「彼らはそれぞれ親に捨てられ、どこにも行き場がない。だから内緒で僕の研究所に匿っているのさ」
「あんたの能力なら可能か……」
「せめてこの子達が大人になって、自分の足で歩けるようになるまでは面倒をみたいと思っているんだ」
「あなた見かけによらずいい人じゃないの!」
クリスタが無意識に失礼なことを言う。

「ははは、この子達は学校というものを知らない……。だから夜の、僕の母校であるこの異能警察学校で外の世界を教えて、ついでに遊び場にしていたという訳さ」
「じゃああたしも、その遊びに参加してもいいかな?」
サーシャが笑顔で尋ねる。
「いいわね! わたしも参加するわ! ねぇみんなも!」
クリスタがそれに続いた。
「そうだな、ここなら俺達の訓練にもなるかもしれない」

「え! 兄ちゃん達、オレらと遊んでくれるの?」
タケマルが輝いた笑顔で尋ねる。
「わたしもみんなと遊びたいです〜!」
「たまもとタケマルがそう言うなら……」
少し照れた様子でテンも続いた。
 俺達は訓練も兼ねて、翌日から深夜の学校に集まり子供達と遊ぶようになった。

 
 そんな日々が続いたある朝、ニュースで先天異能を持つ人間が連続で殺されるという事件が報道された。その被害者の殺害方法が一致しており、全て毒殺である事から同一犯とされていた。
 その報道に気になる点があり、それは被害者全員に小さな注射痕が2つあったこと、そして抵抗した様子が一切見られなかったことだ。

 その日の帰りにケンちゃんの店に行って、カレルと子供達の話をした。
「カレルは優秀な研究者で大きな研究所の所長を任せられている男なんだけど、5年前に実の娘を失ってから怪しげな研究をしているという黒い噂もあるの」
「怪しげな研究?」
「死者の蘇生にも似た研究と聞いた事があるわ」
「本当にケンちゃんの情報網はすごいな。でも悪い人じゃないと思う。子供達もすごく幸せそうなんだ」
「それならいいんだけど……」

 数日後、村上先生から発表があった。
「先日から発生している異能力者連続殺人事件の犯人の手がかりが掴めないばかりか、未だに犯行が続いている。上層部はこの事態を重く受け止め、特例措置を下す事を決定した。
 本日より異能警察学校学生諸君も防衛措置として、一時的に外部での異能の使用と武器の所持を認める事となった。これは極めて異例の出来事だ。皆も自分の命を守り抜く事を最優先にしてくれ」

 そんな状況でも子供達にせがまれて、夜の学校での遊びは継続していた。俺はカレルに事件が落ち着くまで、しばらくは控えた方が良いのではと伝えてみたのだが、「僕が1人で守るよりも君たちと一緒の方が安全だろう」と返され、それもそうかと納得した。

 今日はサッカーをして遊んでいたが、疲れてきたので先に休んでいた山形と交代してフィールドを出る。休憩中にカレルから、子供達の過去を聞かされた。
 
「テンは今では2人のお姉さんとしてよくやってくれているが、彼女は預けられた施設でも虐められていたんだそうだ。挙句の果てにはその施設が何者かに放火され、唯一生き残ったあの子を犯人だと言う人間もいて、昔は人を信じる事が出来なくなっていた――。
 タケマルにしたって、あの子の親は彼を見せ物小屋に売ったんだよ。そこで酷い仕打ちを受けていたのを、僕が見つけて連れ出したんだ――。
 たまもはおっとりしているが、彼女は親に捨てられてから能力を使い人を騙しながら、1人で生きてきた……」
「酷い話だな……」
「みんな悲しい過去を持つが、今はこんなに楽しそうに笑っている。彼らと仲良くしてくれてありがとう幸近君」
 

 俺は休憩を終えてフィールドに戻った。
「幸兄! ボールそっちにいったぞ!」
タケマルが声を上げる。
「おう! テン受けとれー!」
俺はサッカーボールをテンにパスした。テンはそのパスを受け取る事が出来ずに、ボールは遠くに転がってしまう。
「幸近兄さん! ボール速すぎるのよ!」
「悪い、ちょっと速すぎたか……」
「ちぇっ、せっかくのチャンスだったのに幸兄のノーコン!! ま、すぐ転んじゃうクリスタ姉よりはマシだけど……」
「ちょっとタケマル! 聞き捨てならないわね!」

 その日の別れ際にたまもが声をかけて来た。
「幸近兄様! これあげます〜」
たまもは俺の似顔絵をプレゼントしてくれたのだが、それを受け取ると、俺はある不信感を覚えたのだった。

第1部14話 カレルと孤児 完

《登場人物紹介》
名前:金土(かなつち) テン
髪型:白髪ロングのストレート
瞳の色:金に近い茶色
身長:157cm
体重:44kg
誕生日:2月2日(カレルと出会った日)
年齢:14歳
血液型:O型
好きな食べ物:ぶどう、タケノコ
嫌いな食べ物:イワシ、豆
ラグラス:(オーガ)
体の一部を巨大化できる
どんなものでも食べて消化できる(異能すらも食べて無効化する)