午後の講義も全て終わり、日も傾き始めた頃、僕は石田に会ってオカルト研究会の資料を見せてもらうために部室棟へ向かった。今日授業では石田に会うことができなかった。休んでいなければ、部室には顔を出していてもおかしくない。
一昨日送っていたメッセージにはいつしか既読がついていたが、返信はまだない。僕は足取りを早めた。
部室棟は4階建てで、オカルト研究会はその3階にあった。建物はしばらく改装されておらず、外壁は苔が生え所々黒ずんでいたり、ヒビが入っている。サークルに所属していない僕は初めてこの建物に入った。廊下や内壁も年季が入っている。当然エレベーターもなく、階段を3階まで上がった。
石田から、オカルト研究会は階の一番端だと聞いたことがあった。扉の前に立ち、一呼吸置いてノックした。
どうぞー、と中から声がしたので入ると、川上という先輩の部員が迎え入れてくれた。部員の石田の友人だと説明し、石田は来ているか聞いてみた。
「あいつここ数日来てないよ。元からそんな頻繁に来るやつでもなかったけど」
「次いつ来るか分かりますか」
「わかんないね、連絡つかないの?」
「メッセージ送っても返信がなくて」
「そのうち来ると思うけどね」
川上先輩は机に向かい、レポートのようなものを書きながら応えている。ついでにオカルト部の体験談などの資料についても聞いてみた。
「見たいんだったら、4階の一番端が準備室で、そこの書棚にあるから勝手に見ていいよ」川上先輩は机の引き出しから書棚の鍵を取り出して僕に放り投げた。
「ナイスキャッチ。見たらちゃんと鍵かけといてねー」
礼を言い、部室を後にして階段を上がった。一番端ということは、オカルト部のちょうど真上の部屋ということになる。
誰もいないらしいが、一応ノックをして入った。オカルト部の部室はお世辞にも綺麗とは言えなかったが、この部屋は更に酷かった。おそらく、満足に換気も掃除もされていないからか、空気は澱んでいて埃っぽく薄暗い。
明かりのスイッチを入れ、カーテンと窓を少し開けた。古い蛍光灯はチカチカと点滅している。
奥に進むとそれらしい書棚を見つけた。スライド式のアクリルの扉の書棚だった。渡された鍵を刺して回した。スライドする際に、ガタガタガタと立て付けの悪い音と共に埃が散った。
中にはいくつかのファイルと、大学ノートが並べられていた。そこから適当にノートを一冊取り出した。表紙には"部員体験談④"と書かれている。
ページをペラペラと捲っていると、途中不自然に癖のついた見開きのページがあった。そのページをずっと開けていたような、上から押さえつけていたような癖がついていた。よく見ると、ページが一枚破り取られたようになっている。
あとで小説を書く際に見返しやすいように、スマフォでその見開きのページの写真を撮り、破られたページの左隣に書かれた体験談を読んでみることにした。
記録 ◯◯県◯◯市の廃旅館
2021年10月21日(木) 深夜2時
記録者 近藤
山田、佐竹、近藤の3人で廃旅館に肝試しに行く。かなり廃れていて、肝試しに来る人間も多いのかゴミも散乱していた。3階建てのこじんまりした感じの旅館だった。中は壁が剥がれ、天井も一部崩れ落ちていた。経年劣化や老朽化による荒廃もあるだろうが、誰かに荒らされたという印象も受けた。3人で1階から順に見ていくことにした。入口から少し進んだところで地面に盛り塩のような小さな山があることに気づいた。よく見ると、おそらく灰であることが分かった。懐中電灯で前方を照らすと、奥の方まで、所々にぽつぽつと灰の山は続いていた。ここで、奥から線香のような匂いが漂っていることに気づく。廃墟だから多少変な匂いがしてもおかしくないので気にせずそのまま奥に進む。匂いを辿って一番奥の部屋まで進むと、その一番奥に盛られた灰の山は、さっきまで燃えていたような跡があり、手をかざすとほのかに暖かかった。まるで誰かがいて、今の今まで燃やしていたような灰だった。匂いもこの部屋が一番きつかった。当然3人の懐中電灯以外の明かりは無く、電気も通っていなく真っ暗で誰もいないはずだった。ここで佐竹がその灰の山を蹴飛ばした。そのとき、指に灰をつけて書いたような跡で"おはな して ください"という落書きが壁に書かれているのが目に入った。この瞬間に上の階から足音が聞こえたような気がして、入り口まで戻ることにした。入り口に向かう途中で、所々に盛られた灰の山が踏み潰されていることに気づいた。ついていた足跡はさっきまでいた奥の部屋の方向に向かっていた。誰も灰の山を踏んでいないことを確認し、そのまま入口から走り出すように逃げる。すると、廃墟から「おーーーい」と呼ぶような声がして、走りながら振り返ると大きな人型の黒い影がすごい勢いで走って来たが、なんとか車に乗り逃げる。
追記 振り返ればこの日からだったと思うが、鼻が一切利かなくなった。耳鼻科でも原因不明らしい。
3年前の体験談だ。◯◯県と言うと隣の県だ。◯◯市の廃旅館は地元では有名な廃墟と聞いたことがある。これは小説のネタになるかもしれない。
そのとき、いきなり部屋の扉が開く音がした。反射的にしゃがみ、身を潜めた。静かに様子を伺っていると、近づいてくる人影に名前を呼ばれた。川上先輩だった。
「そろそろバイトだから帰らないといけないんどけどさー。どう?見たいもの見れた?」
「はい、ありがとうございます」
「何見てたの?」
「◯◯市の廃旅館についての体験談です」
川上先輩の目から少し光が消えた気がした。
「そこ、興味あるの?」
「いえ、たまたま開いたのがこのページだったんですけど、何か知ってるんですか?」
川上先輩は少しばかりの逡巡の末、口を開いた。
「そこ、数日前に肝試しに行ったんだよね。俺と林ってやつと、あと石田と」
「石田も一緒に行ったんですか」
寝耳に水だった。石田も行ったというのなら、彼からも体験談を聞きたい。だとしたらやはり、早く彼に会いたい。
「何故か石田が珍しく言い出したんだよね。そこに行きたいって」
「そうなんですね。石田にも連絡しておきます。ちなみに、この廃旅館どんな感じでしたか?」
川上先輩からも体験談を聞いておきたかった。しかし川上先輩は渋る素振りを見せた。
「体験談が聞きたいなら、一緒に行った林に聞くといいよ。あいつの方が話せること多いと思うから」
川上先輩は、林先輩の住所を教えてくれた。
「こいつから聞いた方がいい。しばらくは大学に来ないって言ってたから、ここを訪ねるといいよ。林には俺から言っとくから」
「あ、ありがとうございます」
「じゃあそろそろ帰るか」
鍵を渡し、一緒に部屋を出て、1階まで降りた。川上先輩は去り際に足を止め、振り返った。
「そういえば、その廃旅館、営業当時に利用したって先生がいたな。その人からも何か聞けるかもな。たしか、長谷川先生だったかな」
「ありがとうございます、話を聞いてみます」
「おう、じゃあな」
既に暗くなった学内に、後ろ姿は溶けていった。
長谷川先生には今度聞くことにして、今日は話をまとめることにした。
家に帰り、すぐにパソコンを開いた。ブックマークしておいた小説の投稿サイトにアクセスし、廃旅館の体験談を下敷きに小説を書き始めた。
書いている合間に石田とのやり取りを見返した。やはり返信は来ていなかったが、メッセージを送ってみることにした。
"元気か?いまどこにいる?"
送った瞬間、すぐに既読がついた。たまたまこのタイミングで返信しようとしていたのかもしれないと思い、しばらく待ってみたが返信は来なかった。結局この日も返信が来ることはなかった。
一昨日送っていたメッセージにはいつしか既読がついていたが、返信はまだない。僕は足取りを早めた。
部室棟は4階建てで、オカルト研究会はその3階にあった。建物はしばらく改装されておらず、外壁は苔が生え所々黒ずんでいたり、ヒビが入っている。サークルに所属していない僕は初めてこの建物に入った。廊下や内壁も年季が入っている。当然エレベーターもなく、階段を3階まで上がった。
石田から、オカルト研究会は階の一番端だと聞いたことがあった。扉の前に立ち、一呼吸置いてノックした。
どうぞー、と中から声がしたので入ると、川上という先輩の部員が迎え入れてくれた。部員の石田の友人だと説明し、石田は来ているか聞いてみた。
「あいつここ数日来てないよ。元からそんな頻繁に来るやつでもなかったけど」
「次いつ来るか分かりますか」
「わかんないね、連絡つかないの?」
「メッセージ送っても返信がなくて」
「そのうち来ると思うけどね」
川上先輩は机に向かい、レポートのようなものを書きながら応えている。ついでにオカルト部の体験談などの資料についても聞いてみた。
「見たいんだったら、4階の一番端が準備室で、そこの書棚にあるから勝手に見ていいよ」川上先輩は机の引き出しから書棚の鍵を取り出して僕に放り投げた。
「ナイスキャッチ。見たらちゃんと鍵かけといてねー」
礼を言い、部室を後にして階段を上がった。一番端ということは、オカルト部のちょうど真上の部屋ということになる。
誰もいないらしいが、一応ノックをして入った。オカルト部の部室はお世辞にも綺麗とは言えなかったが、この部屋は更に酷かった。おそらく、満足に換気も掃除もされていないからか、空気は澱んでいて埃っぽく薄暗い。
明かりのスイッチを入れ、カーテンと窓を少し開けた。古い蛍光灯はチカチカと点滅している。
奥に進むとそれらしい書棚を見つけた。スライド式のアクリルの扉の書棚だった。渡された鍵を刺して回した。スライドする際に、ガタガタガタと立て付けの悪い音と共に埃が散った。
中にはいくつかのファイルと、大学ノートが並べられていた。そこから適当にノートを一冊取り出した。表紙には"部員体験談④"と書かれている。
ページをペラペラと捲っていると、途中不自然に癖のついた見開きのページがあった。そのページをずっと開けていたような、上から押さえつけていたような癖がついていた。よく見ると、ページが一枚破り取られたようになっている。
あとで小説を書く際に見返しやすいように、スマフォでその見開きのページの写真を撮り、破られたページの左隣に書かれた体験談を読んでみることにした。
記録 ◯◯県◯◯市の廃旅館
2021年10月21日(木) 深夜2時
記録者 近藤
山田、佐竹、近藤の3人で廃旅館に肝試しに行く。かなり廃れていて、肝試しに来る人間も多いのかゴミも散乱していた。3階建てのこじんまりした感じの旅館だった。中は壁が剥がれ、天井も一部崩れ落ちていた。経年劣化や老朽化による荒廃もあるだろうが、誰かに荒らされたという印象も受けた。3人で1階から順に見ていくことにした。入口から少し進んだところで地面に盛り塩のような小さな山があることに気づいた。よく見ると、おそらく灰であることが分かった。懐中電灯で前方を照らすと、奥の方まで、所々にぽつぽつと灰の山は続いていた。ここで、奥から線香のような匂いが漂っていることに気づく。廃墟だから多少変な匂いがしてもおかしくないので気にせずそのまま奥に進む。匂いを辿って一番奥の部屋まで進むと、その一番奥に盛られた灰の山は、さっきまで燃えていたような跡があり、手をかざすとほのかに暖かかった。まるで誰かがいて、今の今まで燃やしていたような灰だった。匂いもこの部屋が一番きつかった。当然3人の懐中電灯以外の明かりは無く、電気も通っていなく真っ暗で誰もいないはずだった。ここで佐竹がその灰の山を蹴飛ばした。そのとき、指に灰をつけて書いたような跡で"おはな して ください"という落書きが壁に書かれているのが目に入った。この瞬間に上の階から足音が聞こえたような気がして、入り口まで戻ることにした。入り口に向かう途中で、所々に盛られた灰の山が踏み潰されていることに気づいた。ついていた足跡はさっきまでいた奥の部屋の方向に向かっていた。誰も灰の山を踏んでいないことを確認し、そのまま入口から走り出すように逃げる。すると、廃墟から「おーーーい」と呼ぶような声がして、走りながら振り返ると大きな人型の黒い影がすごい勢いで走って来たが、なんとか車に乗り逃げる。
追記 振り返ればこの日からだったと思うが、鼻が一切利かなくなった。耳鼻科でも原因不明らしい。
3年前の体験談だ。◯◯県と言うと隣の県だ。◯◯市の廃旅館は地元では有名な廃墟と聞いたことがある。これは小説のネタになるかもしれない。
そのとき、いきなり部屋の扉が開く音がした。反射的にしゃがみ、身を潜めた。静かに様子を伺っていると、近づいてくる人影に名前を呼ばれた。川上先輩だった。
「そろそろバイトだから帰らないといけないんどけどさー。どう?見たいもの見れた?」
「はい、ありがとうございます」
「何見てたの?」
「◯◯市の廃旅館についての体験談です」
川上先輩の目から少し光が消えた気がした。
「そこ、興味あるの?」
「いえ、たまたま開いたのがこのページだったんですけど、何か知ってるんですか?」
川上先輩は少しばかりの逡巡の末、口を開いた。
「そこ、数日前に肝試しに行ったんだよね。俺と林ってやつと、あと石田と」
「石田も一緒に行ったんですか」
寝耳に水だった。石田も行ったというのなら、彼からも体験談を聞きたい。だとしたらやはり、早く彼に会いたい。
「何故か石田が珍しく言い出したんだよね。そこに行きたいって」
「そうなんですね。石田にも連絡しておきます。ちなみに、この廃旅館どんな感じでしたか?」
川上先輩からも体験談を聞いておきたかった。しかし川上先輩は渋る素振りを見せた。
「体験談が聞きたいなら、一緒に行った林に聞くといいよ。あいつの方が話せること多いと思うから」
川上先輩は、林先輩の住所を教えてくれた。
「こいつから聞いた方がいい。しばらくは大学に来ないって言ってたから、ここを訪ねるといいよ。林には俺から言っとくから」
「あ、ありがとうございます」
「じゃあそろそろ帰るか」
鍵を渡し、一緒に部屋を出て、1階まで降りた。川上先輩は去り際に足を止め、振り返った。
「そういえば、その廃旅館、営業当時に利用したって先生がいたな。その人からも何か聞けるかもな。たしか、長谷川先生だったかな」
「ありがとうございます、話を聞いてみます」
「おう、じゃあな」
既に暗くなった学内に、後ろ姿は溶けていった。
長谷川先生には今度聞くことにして、今日は話をまとめることにした。
家に帰り、すぐにパソコンを開いた。ブックマークしておいた小説の投稿サイトにアクセスし、廃旅館の体験談を下敷きに小説を書き始めた。
書いている合間に石田とのやり取りを見返した。やはり返信は来ていなかったが、メッセージを送ってみることにした。
"元気か?いまどこにいる?"
送った瞬間、すぐに既読がついた。たまたまこのタイミングで返信しようとしていたのかもしれないと思い、しばらく待ってみたが返信は来なかった。結局この日も返信が来ることはなかった。