「こんなのどう?」
 大学の講義中、オカルト研究会に所属している友人の石田が、スマフォに表示された不可解な文章をこっそり見せてきた。
「なにこれ?」
「なんかネットでホラー小説を募集するコンテストやるって、タイムライン見てたら流れてきてさ。でさ、そこに小説じゃない意味不明な数行だけを応募したら審査員怖がるんじゃねって思って、変な文章考えたみた」彼はいつにも増して悪戯に笑う。
「このコンテスト、大賞になれば書籍化もされるらしいから、それに便乗して呪いを拡散しようとしてる怪異から応募が来た、みたいにして怖がらせてみたい」
授業の退屈凌ぎになりそうな話題だった。かと言って、只のいたずらであるその行為を前向きに肯定する気にもなれずいなそうとしたが、彼は続ける。
「怪異は呪いを伝染させようとするって設定で、それを読んだ読者はーー」友人の言葉に熱がこもり、私語にしては無視できない声量になってきたと感じた瞬間、教壇に立つ教授からお叱りを受けた。あやうく僕まで退席させられてしまうと、咄嗟に謝る僕の隣で石田は小さく、しゅくふく、と呟いたように聞こえた。

 授業が終わり、そのまま一人暮らしのワンルームに帰宅した僕は、デスクトップパソコンの前に座り、いつものようにだらけたネットサーフィンで無駄に時間を過ごした。気付けば外は真っ暗になっていた。カーテンを閉め、食事や入浴など諸々の家事を済ませ、ベッドに横になりながら、昼の講義中のことを思い出した。彼は本当にあの文章を応募するのだろうか。様子がいつもと少し違ったのも気になる。
 ふと時計に目をやると、23時を回ろうとしていた。まだ起きているだろうと、スマフォからメッセージを送ってみた。
"今何してる?ちょっと話さない?"
 数分待ってみたが、既読は付かなかった。まだ寝る気にならなかったので、彼の言っていた小説のコンテストについても調べてみることにした。
 彼が言っていたキーワードでSNSで検索をかけ、結果をスクロールしているとそれらしき投稿を見つけた。
"モキュメンタリーホラー小説のコンテストを開催します"
彼が講義中力説していた時、実は少し興味はあった。特にこれという趣味もなくサークルにも所属していなかった僕は、この鬱蒼とした日々を打開するために創作に興じてみてもいいかもしれないと思った。しかし小説はおろか、日記すらまともに書いたことのない僕は何から始めればいいか分からなかった。
 とにかくまずは題材を探すことにした。文章力や表現方法などは後からついてくるだろうという安易な考えから出発した。書き方や構成など、それこそ生まれたての赤ん坊のようにまだ何も知らなかった僕は、ひとまず小説の投稿サイトを確認してみた。モキュメンタリーの書き方についての記事があったのでリンクを踏んでみる。
"モキュメンタリーとは、「モック(擬似的な)」と「ドキュメンタリー」を合わせた造語です。
つまり、ドキュメンタリーの演出法を取り入れつつ、フィクショナルな作品を作るとき、そこにはしばしば「モキュメンタリー」という言葉が用いられます。"
本当に起こっていることのような話を作ればいいということなのだろう。
"フィクションと現実の境界線を揺るがす不気味な作品をお待ちしています。"
 初めて書く小説にしてはなかなかに難しいテーマだった。ひとまず募集サイトを閉じ、その足でネットで有名な都市伝説や実際に起きた奇妙な事件などについて軽く調べてみた。実際に有名な怖い話を小説に組み込むことができれば、モキュメンタリーとして成り立つのではないかと考えたからだ。
 検索結果には、巨大掲示板で有名な洒落怖を筆頭に、異界に繋がるエレベーター、きさらぎ駅、ひとりかくれんぼなど、それこそモキュメンタリーにはもってこいな怖い話に溢れている。しかし、どれもひとつの話として完成度が高すぎるが故に、素人が中途半端にそれらを元ネタに創作しても、リアリティーに欠けてしまわないか。
 そこで、あることを思い出した。大学の部室棟の準備室に、歴代のオカルト部員たちの体験談や資料を集めたファイル等が保管されていると、石田が言っていた気がする。部員が体験した本当の話を下敷きに書いたらリアリティーが出るのではないか。そう考えた僕は、次に彼に会った時に見せてもらえるように頼んでみることにした。