「おはよう。サラ」
お母さんがぎゅっと抱っこしていた布団をおもいっきりもぎ取る。バッと開けられたカーテンからの朝日が目にささる。
「………」
「ぼーっとしてないで早く用意しなよ。二度寝しちゃダメだからね」
ダルイな… 今日もいつもの一日が始まる。今だにはっきりしない頭を揺り起こしながら制服に着替える。
朝起きて、パン食べて、歯を磨いて… 行ってきます。
教室に着けば親友のモリンとユーちゃんが、いつものように上下の席でスマホをのぞいている。『はいはい、おはよ〜』っと二人に手を振りかえし席につくと、二人は私の目の前にスマホをすっと差し出した。
「サラ、今日放課後、どう? おけっ?」
とりあえず『うん』と頷く。
「サラはいいって言うと思ったんだよね〜。やった〜。これでまたフォロワー増えるー」
そう、私達三人は放課後に動画を撮っては面白半分にSNSへ上げている。って、視聴者三十二人… ほぼ身内なんだけどね。微妙な数字ではあるけれども、ただはしゃいで、楽しけりゃいいってだけの身内動画。まぁ、みんなこんなもんだよ。
と、思いながら私がフォロワー数を指差しているのに気がついたのか、モリンがプンスカ怒りだした。
「数字じゃないんだよ、サラ! わかってないなぁ。これはJK の一種のお仕事なんだ。こんなのさぁ今しか出来なんだよ? キラリン青春しようぜ」
『あははっ。キラリンってダサっ』と返す。それでもまぁ面白いし、『うん』と了承すると予鈴と共に一限目が始まった。
*〜*〜*〜*〜*
「サラ、お昼行こうっか」
私達はお弁当を持って食堂へ向かった。今の時期(梅雨)は食堂が大人気なのだ。扇風機があるからね。ジメジメした教室よりは快適にお弁当が食べられる。はずが… みんな同じ事を考えてるから、やっぱり結構混んでいる。
私たちは食堂の入り口で席を確保すべく、ウロウロとしていたら誰かに押された拍子に、私が後ろの人の足を思いっきり踏んでしまった。
「っ、ぃったぁ!」
ちょっとイラついた男子の声が聞こえる。あちゃー、謝らなきゃと振り向くと、去年のミスターコン優勝者! キラキラエフェクトがかかりまくりの長身イケメンが苦笑いでつま先を押さえていた。
「「岬先輩!!」」
いつの間にかモリンとユーちゃんも振り返っていて、ほんのり顔が赤くになっている。
「ご、ごめんなさい。この子、ちょいどんくさくて」
ユーちゃんが代わりに謝ってくれた。
「あぁ、いいよ。そうでもなかったわ、今度から気をつけて」
岬先輩はニコニコと私の頭をポンとした。
『☆○✳︎33%→!!!』
目ん玉飛び出そう! と、人生初の頭ポンポンに固まっている私に、岬先輩の肩に肘をかけてニヤニヤとしているもう一人の先輩が
「てか、お前さぁ自分で謝れないの? 赤い顔して下向いちゃってさぁ。演技派かよ、それともわざとかなぁ? 君もこいつの信者だろ?」
『はぁ?』
いきなりなんなのこの人! ムカッとしたのも一瞬で、モリンが先に先輩に噛み付いた。
やばい。
「あの、先輩! 足をわざと計算して踏むとか普通ありえないっしょ? てか、信者(笑)とか。どんだけ自惚れてんの?」
『キッ』ともう一人の先輩を睨みつけてから、モリンは岬先輩に
「改めてすみませんでした。じゃっ」
私の袖を引っ張ってモリンは私とユーちゃんを引っ張って行く。私は引っ張られながらも、何度もお辞儀をしながらその場を去った。
渡り廊下まで来て、やっと手を離したモリンはまだ怒っている。
「何なの! あいつ!」
「そうだよねー。あれは無いわぁ」
『まぁまぁまぁ』と二人をなだめつつ、私も悪かったと反省する。
「まっ、あんなやつの事はさっさと忘れよ。それよりさぁ、頭ポンだよ! 岬先輩に頭ポン!」
「そだそだ。サラ、今日は頭洗っちゃダメだぞ。レアアイテムゲットだぜ」
『何だそれ〜!』 イヤイヤ、頭は洗うよ。あはは、流石に。まっ、それだけの事。ラッキー程度かな。
「てかさぁ、今日は体育館にでも行く? あそこも窓開けたら風入るしちょっとマシだよね?」
と、ユーちゃんの一言で私達は体育館へ進路を変えた。
ちらほらとお弁当を食べながらだべっているグループがいるだけで、結構空いていた。ちょうど壇上が空いていたので、私たちはそこで食べる事にした。
一息ついて、楽しくお弁当を囲っていたら、
「うわー、やべぇ。マジ空いてるじゃん。最高じゃん!」
デカイ声と共に、ガヤガヤと体育館に入って来た三人組はさっきの例の先輩達だった。
「うっわっ、最悪」
眉間にシワを寄せぼそっと呟いたのはユーちゃんだった。
『確かに』
と、私も思わず頬が引きつる。私達はお互いに目配せし、先輩達に気づかれる前にそろーっとその場で回れ右をして背中を向けた。
「何なの、あいつら? 誰か呪われてんじゃない?」
「呪いか… あながち間違ってないな」
『ふふふ』
コソコソ話していると、ちょんと誰かがモリンの肩を突いてきた。
何となく、いや、誰だかわかってはいるが、恐る恐るそーっと後ろを振り向く。と、やっぱりのニコニコ顔の岬先輩だった。
ですよね〜。
「ねぇ、さっきの子達だよね? よかったら一緒に食べない?」
モリンは『何言ってんだこいつ?』って感じで眉間にシワが寄って、言葉を失って固まっている。その後ろで、遅れてやって来たあいつがまたしても私をロックオンした。ニヤッと嫌な笑顔で
「あー、さっきのダンマリちゃんじゃん」
「ぷぷっ。すんごい顔だね二人共。女子でそんな顔初かも。ぷぷぷ」
もう一人の先輩が超絶ウザい顔の私達をからかう。私とモリンは顔を見合わせてからその先輩達を睨みつけた。が、いつの間にか私達の周りに勝手に座り出す先輩達。
モリンの横に岬先輩。岬先輩の反対側はユーちゃん、私。そして私の横にあいつ。前にはもう一人の先輩。
何なの、この配置。謎なんだけど。てか、体育館に人が少なくて良かった。マジ、信者(笑)のお姉様方が居なくて良かったよ。こんなところを見られた日には… ふ〜。
「なぁ、ダンマリちゃん。一年か? 名前は? 俺達の事知ってる?」
私は困った顔でユーちゃんを見る。
「あの、先輩。さっきもそうですがダンマリちゃんって… 初対面の人になかなか失礼じゃないですか? てか、自分は? 岬先輩が有名でもあなたは有名じゃ無いですよ。学校は一学年でも五百人は居ますしね」
ユーちゃんはため息を思いっきり吐きながらあいつに言い返す。
「なっ!」
真っ赤になって肘で口を抑える先輩。おぉ! クリーンヒットじゃない? ユーちゃんナイス!
「あはは、言うねー君。てか、俺達、結構有名だと思ってたんだけど? 一年生にはまだまだなのかな? ごめんねー。偉そうなこいつはミキ。俺はケン。で、かの有名な岬先輩はトモだよ。知ってると思うけど二年だ。で? 君達は何ちゃんかな?」
タレ目の優しい感じだけどいかにもチャラそうな、前に座っているフェロモン先輩が自己紹介したので、モリンがしょうがなくイヤイヤ返事をした。
「私はモリン、サラ、ユーちゃん」
「モリン? 名前じゃないよね?」
岬先輩がモリンに突っ込む。いやいや、先輩。当たり前でしょ。
「教える必要が?」
食堂では顔を赤くしていたモリンは、今や般若一歩手前だ。めっちゃイライラしてる。
「えー。じゃぁ僕もモリンって呼ぶね。いつも体育館で食べてるの?」
岬先輩はあからさまに嫌がられているにも関わらず、モリンへ次々に話しかけている。モリンは『そうですね〜』と、終始適当だ。
私はモグモグとひたすら目の前のお弁当に集中だ。早く食べて早く教室に戻りたい。
「おい、ダンマリちゃん」
殺気ダダ漏れのユーちゃんがクワッと睨んだ。
「あっ、いや。サラ? か。何で喋んないの? もしかして男が嫌いとか?」
私はどうでもいいので、うんと頷いておく。
「へぇ〜珍しいね。トモもダメ?」
ケン先輩が優しく問いかけて来るが、ケン先輩… イケメンなら男嫌いは無くなるのか? 違うだろ? イケメンも男だよね? それともイケメン過ぎて頭おかしくなったのかな?
そっと岬先輩を見るとモリンに喰い付いている。珍しく心なしかモリンの腰が引けていた。
とりあえず、ケン先輩にうんと頷く。このまま男嫌いで通そう。『は〜』と横で私にユーちゃんが呆れている。
「てかさぁ今日の放課後空いてる? せっかくだしさ遊ぼうよ」
ケン先輩はイラついている私達を余所にお構い無しに誘って来る。ん? もしかして空気読めない系? いや、わざと読んでない系か?
「先輩、今日の放課後は予定があるのでせっかくですがパスです。てか、信者(笑)を誘ったらいかがです?」
ユーちゃんはもうイラつきを隠さずケン先輩に塩対応だ。
「え〜、信者(笑)って… 実はさ、トモが去年ミスターコン採ってからマシな女子が寄って来なくってさ。俺達めっちゃヒマなんだよね。せっかくの高校生活が… ねぇ遊んでよ」
う〜ん。なんか引っかかるな、この言い草。岬先輩のせいじゃないよね? まともな女子が寄ってこないのは自分のせいでは? 多分、こいつらもそこそこモテるはず。3人共顔だけはいい。
「だ〜か〜ら〜予定があるって言ってるじゃん!」
我らがモリン様がついにキレてしまった。
「そもそも何なんですか? いきなり絡んで来て。さっき、サラが足踏んだのは謝りましたよね?」
「それはもういいよ、今は痛くもないし。いやぁ、ここまで普通に、いや、ちょっと切れ気味に相手されたのが新鮮でさ。自分で言うのもなんだけど『きゃ〜』とか『こっち向いて』とか隠し撮りとか、物なくなったりとか… まともに女子と話すのを半ば諦めてたと言うか… さっきの食堂での『自惚れんな』は効いたよね。ふふふ。 だからさ、モリン、友達になってよ」
岬先輩はスパッとモノを言うモリンがお気に召したみたい。そかそか『珍しい女子み〜つけた』って感じ?
私とユーちゃんは目が合ったこの一瞬で意見が一致した。モリンを捧げる事にしよう。うん。
「では岬先輩。モリンと友達って事で。はい、解散」
「はぁぁぁぁぁ?」
モリンは驚愕してこっちに抗議をして来たが、ユーちゃんは話が終わったとばかりに先輩達を追い出そうとする。
「おいおい、ユーちゃん待ってくれ。俺はこいつと話してみたいんだ。そうだ、サラ、俺らも友達になろうぜ」
いやいや、嫌だよ。何で私に飛び火? あいつ… ミキ先輩が私のポニテの先をクルクルしながらニヤついている。
「無理ですね。まずはその態度を改めて下さい。あと、さっき言ったようにサラは男嫌いです」
「ははっ。嘘だろ? だって髪触っても怒んないじゃん」
しまった。相手したくなくて放置したのが仇になってしまった。思いっきり『しまった』って顔をしていたんだろう、ミキ先輩がお腹を抱えて笑っている。
「ユーちゃん、結構辛口だね。彼氏出来ないよ?」
ケン先輩がわざとユーちゃんを挑発する。ケン先輩、ユーちゃんは敵に回さないほうがいいよ。うん。
「お構いなく。彼氏居るんで」
「え? そうなの?」
ケン先輩はなぜか目がランランになってユーちゃんに興味津々だ。彼氏の話を根掘り葉掘り聞き出し始めた。
「なぁ、サラ。お前は何で喋んない? 俺とは話したくないってか? なぁ、なぁ」
足を広げて体育座りをしているミキ先輩は、私の髪をクルクルしながらどんどん近づいて来る。
どうしよう。モリンは岬先輩に捕まっているし、ユーちゃんもケン先輩と喧嘩? と言うか話してるし…
「なぁ、サラ? お前も彼氏とかいんの?」
いね〜よ。てか、関係ないじゃん。髪触んなよ。う〜、どうしよう。
「サラちゃん、サラ、サラ、サ〜ラ、なぁこっち向けよ」
と、ミキ先輩が私を向かい合わせにしようと両腕を掴んだ時、私はついにプッツンしてしまった。
両手をバッと挙げてミキ先輩の手を振りほどき立ち上がる。そして『ダン』と片足で大きな音を発てると矢継ぎ早に両手を動かす。
『馴れ馴れしいんだよ! あっち行け! Fa○k』
フンと顔を背けて、モリンとユーちゃんを見てから私はお弁当を持ってその場から立ち去った。
「… あぁ、そう言う事かぁ」
ケン先輩は合点がいったと目を見開いてボソッと呟いた。ミキ先輩と岬先輩は口を空けたままフリーズしていた。
「今更ですね。隠すつもりはありませんが、言いふらす事でもないので。って事で、ミキ先輩、今後一切サラには近づかないで下さいね」
ユーちゃんはモリンに目配せして、2人は私と同じ様にその場を立ち去った。
追いかけて来てくれた2人は私を両サイドから肩抱っこする。
「絡む奴が久しぶりだったから気を抜いてた。ごめんよ」
「私も。岬先輩があんなウザキャラだとは思わなかった。ごめん」
私は手話で『いいよ』と返事する。
私の世界には『自分の声』がない。慣れたとはいえこう言う時は心が沈む。『ダンマリちゃん』… 小さい頃はよくからかわれたり、嫌な事がたくさんあった。でも、中学でこの2人に会ってから私の『世界』は広がっていった。1人っきりで閉じこもってた『世界』に対して1歩、2歩と『外』に私を連れ出してくれた。色んな『普通』を教えてくれたのはこの2人だ。だから一緒に居られる様に高校受験も頑張った。2人がいるから私は普通の女子高生で居られるのだ。私はそれだけで幸せ。毎日、同じルーティーンだけど、私はこの普通な日常がとっても幸せだった。
「なぁ、おい」
体育館と本館をつなぐ渡り廊下を、息を切らせて走って来たのはミキ先輩だった。後ろの方に岬先輩とケン先輩もいる。
「まだ何か用?」
モリンが私を隠すようにミキ先輩に対峙する。
「いや… サラ、すまん。嫌な思いをさせた。マジでごめん」
直角に頭を下げるミキ先輩。その後ろでも2人の先輩が『ごめん』とペコっとしている。
「もう現れんなって言いましたよね?」
次はユーちゃんが前に出てミキ先輩に怒鳴っている。
「ちゃんと謝りたくて… あと…」
ミキ先輩は目線を下にして何かを言い淀んでいる。
「何? はっきり言えよ。男だろ」
モリンはもう敬語ですらない。ははは。
「あぁ… 実はさっき、俺がこいつらを体育館へ誘ったんだ。トモもあんたに興味があったみたいだし… てか、ちょっと退いてくんない?」
ミキ先輩はモリンとユーちゃんを押しのけて、私の前まで来て目をじっと見つめてきた。
「俺、一目惚れって言うのか? サラ、食堂で見たお前の下向いた感じの赤い顔が可愛くてさ… 追いかけてしまったんだ。でも知らないとはいえ傷つけた事は申し訳ないと思っている。ごめん。でもさぁ、こんな俺でもまた話したり出来ないかな?」
真っ直ぐだ。過去のトラウマ男子達のからかっている顔ではない。って、今サラッと言ったけど一目惚れって!
後ろの先輩達は顔を見合わせて驚きながらも、微笑ましい顔でミキ先輩を見ている。私は、顔が顔が熱い、熱いよ。
「なぁ、お願いだ。これっきりにしたくないんだ」
顔が真っ赤の私は、ユーちゃんのカーデガンをちょんと引っ張ると手話で話をする。
「ん? あぁ。うん。え? 私が伝えるの?」
私がうんと頷くとユーちゃんは苦笑いしながらミキ先輩へ私の言葉を伝えてくれた。手話がわかるモリンはちょっと困惑している。
「えっと、ミキ先輩。サラが『さっきの事は許す。でも、手話をマスターしてから出直して来て下さい。話すとかはそれからです』って」
ミキ先輩はパッと明るい顔になって『わかった』と喜んでいる。
「サラ、どうせ口だけだって」
モリンはやっぱり反対のようだ。
私は手話でモリンに話す。
『手話ってムズイじゃん。時間もかかるし。だからそこまでしても話せない私と友達? になりたいなら… 多分だけどいい人じゃない? モリンやユーちゃんみたいに。ね?』
「「サラ…」」
モリンとユーちゃんは私に抱きついて来た。この2人は手話をある程度わかってくれている。私が教えたのもあるけど、わざわざ勉強してくれたのだ。
「え〜っと。ちょっとサラちゃんが何て言ったかわからないけど、ミキは許してもらえたのかな?」
岬先輩とケン先輩が近づいて来た。
「そうですね。謝罪は受け付けましたね。あとはミキ先輩のがんばり次第ですので。岬先輩もケン先輩もそれまで話しかけないで下さいね。私達にも」
ユーちゃんはしれっとウザい先輩2人も遠ざける。うんうんとモリンも頷いている。
「ん? ミキ、何の約束? それ、俺ら関係なくない?」
「モリン、他は名前なのに… 僕もトモって呼んで欲しいな。てか、本名教えてよ〜」
先輩2人はやっぱり自由人だった。友情とかないの? こいつらには?
「トモ先輩!!! って呼ばれたかったらミキ先輩を応援するなり、一緒に勉強するなりして下さい。本名はミキ先輩が約束を守ったら教えてあげます。では」
心なし頬を赤らめながらモリンは、私とユーちゃんの腕を掴んで早々にその場を立ち去った。
「よっしゃ〜!!!」
一つ間をおいて、ミキ先輩の雄叫びが後ろの方で聞こえている。
「「あはははははっ」」
お母さんがぎゅっと抱っこしていた布団をおもいっきりもぎ取る。バッと開けられたカーテンからの朝日が目にささる。
「………」
「ぼーっとしてないで早く用意しなよ。二度寝しちゃダメだからね」
ダルイな… 今日もいつもの一日が始まる。今だにはっきりしない頭を揺り起こしながら制服に着替える。
朝起きて、パン食べて、歯を磨いて… 行ってきます。
教室に着けば親友のモリンとユーちゃんが、いつものように上下の席でスマホをのぞいている。『はいはい、おはよ〜』っと二人に手を振りかえし席につくと、二人は私の目の前にスマホをすっと差し出した。
「サラ、今日放課後、どう? おけっ?」
とりあえず『うん』と頷く。
「サラはいいって言うと思ったんだよね〜。やった〜。これでまたフォロワー増えるー」
そう、私達三人は放課後に動画を撮っては面白半分にSNSへ上げている。って、視聴者三十二人… ほぼ身内なんだけどね。微妙な数字ではあるけれども、ただはしゃいで、楽しけりゃいいってだけの身内動画。まぁ、みんなこんなもんだよ。
と、思いながら私がフォロワー数を指差しているのに気がついたのか、モリンがプンスカ怒りだした。
「数字じゃないんだよ、サラ! わかってないなぁ。これはJK の一種のお仕事なんだ。こんなのさぁ今しか出来なんだよ? キラリン青春しようぜ」
『あははっ。キラリンってダサっ』と返す。それでもまぁ面白いし、『うん』と了承すると予鈴と共に一限目が始まった。
*〜*〜*〜*〜*
「サラ、お昼行こうっか」
私達はお弁当を持って食堂へ向かった。今の時期(梅雨)は食堂が大人気なのだ。扇風機があるからね。ジメジメした教室よりは快適にお弁当が食べられる。はずが… みんな同じ事を考えてるから、やっぱり結構混んでいる。
私たちは食堂の入り口で席を確保すべく、ウロウロとしていたら誰かに押された拍子に、私が後ろの人の足を思いっきり踏んでしまった。
「っ、ぃったぁ!」
ちょっとイラついた男子の声が聞こえる。あちゃー、謝らなきゃと振り向くと、去年のミスターコン優勝者! キラキラエフェクトがかかりまくりの長身イケメンが苦笑いでつま先を押さえていた。
「「岬先輩!!」」
いつの間にかモリンとユーちゃんも振り返っていて、ほんのり顔が赤くになっている。
「ご、ごめんなさい。この子、ちょいどんくさくて」
ユーちゃんが代わりに謝ってくれた。
「あぁ、いいよ。そうでもなかったわ、今度から気をつけて」
岬先輩はニコニコと私の頭をポンとした。
『☆○✳︎33%→!!!』
目ん玉飛び出そう! と、人生初の頭ポンポンに固まっている私に、岬先輩の肩に肘をかけてニヤニヤとしているもう一人の先輩が
「てか、お前さぁ自分で謝れないの? 赤い顔して下向いちゃってさぁ。演技派かよ、それともわざとかなぁ? 君もこいつの信者だろ?」
『はぁ?』
いきなりなんなのこの人! ムカッとしたのも一瞬で、モリンが先に先輩に噛み付いた。
やばい。
「あの、先輩! 足をわざと計算して踏むとか普通ありえないっしょ? てか、信者(笑)とか。どんだけ自惚れてんの?」
『キッ』ともう一人の先輩を睨みつけてから、モリンは岬先輩に
「改めてすみませんでした。じゃっ」
私の袖を引っ張ってモリンは私とユーちゃんを引っ張って行く。私は引っ張られながらも、何度もお辞儀をしながらその場を去った。
渡り廊下まで来て、やっと手を離したモリンはまだ怒っている。
「何なの! あいつ!」
「そうだよねー。あれは無いわぁ」
『まぁまぁまぁ』と二人をなだめつつ、私も悪かったと反省する。
「まっ、あんなやつの事はさっさと忘れよ。それよりさぁ、頭ポンだよ! 岬先輩に頭ポン!」
「そだそだ。サラ、今日は頭洗っちゃダメだぞ。レアアイテムゲットだぜ」
『何だそれ〜!』 イヤイヤ、頭は洗うよ。あはは、流石に。まっ、それだけの事。ラッキー程度かな。
「てかさぁ、今日は体育館にでも行く? あそこも窓開けたら風入るしちょっとマシだよね?」
と、ユーちゃんの一言で私達は体育館へ進路を変えた。
ちらほらとお弁当を食べながらだべっているグループがいるだけで、結構空いていた。ちょうど壇上が空いていたので、私たちはそこで食べる事にした。
一息ついて、楽しくお弁当を囲っていたら、
「うわー、やべぇ。マジ空いてるじゃん。最高じゃん!」
デカイ声と共に、ガヤガヤと体育館に入って来た三人組はさっきの例の先輩達だった。
「うっわっ、最悪」
眉間にシワを寄せぼそっと呟いたのはユーちゃんだった。
『確かに』
と、私も思わず頬が引きつる。私達はお互いに目配せし、先輩達に気づかれる前にそろーっとその場で回れ右をして背中を向けた。
「何なの、あいつら? 誰か呪われてんじゃない?」
「呪いか… あながち間違ってないな」
『ふふふ』
コソコソ話していると、ちょんと誰かがモリンの肩を突いてきた。
何となく、いや、誰だかわかってはいるが、恐る恐るそーっと後ろを振り向く。と、やっぱりのニコニコ顔の岬先輩だった。
ですよね〜。
「ねぇ、さっきの子達だよね? よかったら一緒に食べない?」
モリンは『何言ってんだこいつ?』って感じで眉間にシワが寄って、言葉を失って固まっている。その後ろで、遅れてやって来たあいつがまたしても私をロックオンした。ニヤッと嫌な笑顔で
「あー、さっきのダンマリちゃんじゃん」
「ぷぷっ。すんごい顔だね二人共。女子でそんな顔初かも。ぷぷぷ」
もう一人の先輩が超絶ウザい顔の私達をからかう。私とモリンは顔を見合わせてからその先輩達を睨みつけた。が、いつの間にか私達の周りに勝手に座り出す先輩達。
モリンの横に岬先輩。岬先輩の反対側はユーちゃん、私。そして私の横にあいつ。前にはもう一人の先輩。
何なの、この配置。謎なんだけど。てか、体育館に人が少なくて良かった。マジ、信者(笑)のお姉様方が居なくて良かったよ。こんなところを見られた日には… ふ〜。
「なぁ、ダンマリちゃん。一年か? 名前は? 俺達の事知ってる?」
私は困った顔でユーちゃんを見る。
「あの、先輩。さっきもそうですがダンマリちゃんって… 初対面の人になかなか失礼じゃないですか? てか、自分は? 岬先輩が有名でもあなたは有名じゃ無いですよ。学校は一学年でも五百人は居ますしね」
ユーちゃんはため息を思いっきり吐きながらあいつに言い返す。
「なっ!」
真っ赤になって肘で口を抑える先輩。おぉ! クリーンヒットじゃない? ユーちゃんナイス!
「あはは、言うねー君。てか、俺達、結構有名だと思ってたんだけど? 一年生にはまだまだなのかな? ごめんねー。偉そうなこいつはミキ。俺はケン。で、かの有名な岬先輩はトモだよ。知ってると思うけど二年だ。で? 君達は何ちゃんかな?」
タレ目の優しい感じだけどいかにもチャラそうな、前に座っているフェロモン先輩が自己紹介したので、モリンがしょうがなくイヤイヤ返事をした。
「私はモリン、サラ、ユーちゃん」
「モリン? 名前じゃないよね?」
岬先輩がモリンに突っ込む。いやいや、先輩。当たり前でしょ。
「教える必要が?」
食堂では顔を赤くしていたモリンは、今や般若一歩手前だ。めっちゃイライラしてる。
「えー。じゃぁ僕もモリンって呼ぶね。いつも体育館で食べてるの?」
岬先輩はあからさまに嫌がられているにも関わらず、モリンへ次々に話しかけている。モリンは『そうですね〜』と、終始適当だ。
私はモグモグとひたすら目の前のお弁当に集中だ。早く食べて早く教室に戻りたい。
「おい、ダンマリちゃん」
殺気ダダ漏れのユーちゃんがクワッと睨んだ。
「あっ、いや。サラ? か。何で喋んないの? もしかして男が嫌いとか?」
私はどうでもいいので、うんと頷いておく。
「へぇ〜珍しいね。トモもダメ?」
ケン先輩が優しく問いかけて来るが、ケン先輩… イケメンなら男嫌いは無くなるのか? 違うだろ? イケメンも男だよね? それともイケメン過ぎて頭おかしくなったのかな?
そっと岬先輩を見るとモリンに喰い付いている。珍しく心なしかモリンの腰が引けていた。
とりあえず、ケン先輩にうんと頷く。このまま男嫌いで通そう。『は〜』と横で私にユーちゃんが呆れている。
「てかさぁ今日の放課後空いてる? せっかくだしさ遊ぼうよ」
ケン先輩はイラついている私達を余所にお構い無しに誘って来る。ん? もしかして空気読めない系? いや、わざと読んでない系か?
「先輩、今日の放課後は予定があるのでせっかくですがパスです。てか、信者(笑)を誘ったらいかがです?」
ユーちゃんはもうイラつきを隠さずケン先輩に塩対応だ。
「え〜、信者(笑)って… 実はさ、トモが去年ミスターコン採ってからマシな女子が寄って来なくってさ。俺達めっちゃヒマなんだよね。せっかくの高校生活が… ねぇ遊んでよ」
う〜ん。なんか引っかかるな、この言い草。岬先輩のせいじゃないよね? まともな女子が寄ってこないのは自分のせいでは? 多分、こいつらもそこそこモテるはず。3人共顔だけはいい。
「だ〜か〜ら〜予定があるって言ってるじゃん!」
我らがモリン様がついにキレてしまった。
「そもそも何なんですか? いきなり絡んで来て。さっき、サラが足踏んだのは謝りましたよね?」
「それはもういいよ、今は痛くもないし。いやぁ、ここまで普通に、いや、ちょっと切れ気味に相手されたのが新鮮でさ。自分で言うのもなんだけど『きゃ〜』とか『こっち向いて』とか隠し撮りとか、物なくなったりとか… まともに女子と話すのを半ば諦めてたと言うか… さっきの食堂での『自惚れんな』は効いたよね。ふふふ。 だからさ、モリン、友達になってよ」
岬先輩はスパッとモノを言うモリンがお気に召したみたい。そかそか『珍しい女子み〜つけた』って感じ?
私とユーちゃんは目が合ったこの一瞬で意見が一致した。モリンを捧げる事にしよう。うん。
「では岬先輩。モリンと友達って事で。はい、解散」
「はぁぁぁぁぁ?」
モリンは驚愕してこっちに抗議をして来たが、ユーちゃんは話が終わったとばかりに先輩達を追い出そうとする。
「おいおい、ユーちゃん待ってくれ。俺はこいつと話してみたいんだ。そうだ、サラ、俺らも友達になろうぜ」
いやいや、嫌だよ。何で私に飛び火? あいつ… ミキ先輩が私のポニテの先をクルクルしながらニヤついている。
「無理ですね。まずはその態度を改めて下さい。あと、さっき言ったようにサラは男嫌いです」
「ははっ。嘘だろ? だって髪触っても怒んないじゃん」
しまった。相手したくなくて放置したのが仇になってしまった。思いっきり『しまった』って顔をしていたんだろう、ミキ先輩がお腹を抱えて笑っている。
「ユーちゃん、結構辛口だね。彼氏出来ないよ?」
ケン先輩がわざとユーちゃんを挑発する。ケン先輩、ユーちゃんは敵に回さないほうがいいよ。うん。
「お構いなく。彼氏居るんで」
「え? そうなの?」
ケン先輩はなぜか目がランランになってユーちゃんに興味津々だ。彼氏の話を根掘り葉掘り聞き出し始めた。
「なぁ、サラ。お前は何で喋んない? 俺とは話したくないってか? なぁ、なぁ」
足を広げて体育座りをしているミキ先輩は、私の髪をクルクルしながらどんどん近づいて来る。
どうしよう。モリンは岬先輩に捕まっているし、ユーちゃんもケン先輩と喧嘩? と言うか話してるし…
「なぁ、サラ? お前も彼氏とかいんの?」
いね〜よ。てか、関係ないじゃん。髪触んなよ。う〜、どうしよう。
「サラちゃん、サラ、サラ、サ〜ラ、なぁこっち向けよ」
と、ミキ先輩が私を向かい合わせにしようと両腕を掴んだ時、私はついにプッツンしてしまった。
両手をバッと挙げてミキ先輩の手を振りほどき立ち上がる。そして『ダン』と片足で大きな音を発てると矢継ぎ早に両手を動かす。
『馴れ馴れしいんだよ! あっち行け! Fa○k』
フンと顔を背けて、モリンとユーちゃんを見てから私はお弁当を持ってその場から立ち去った。
「… あぁ、そう言う事かぁ」
ケン先輩は合点がいったと目を見開いてボソッと呟いた。ミキ先輩と岬先輩は口を空けたままフリーズしていた。
「今更ですね。隠すつもりはありませんが、言いふらす事でもないので。って事で、ミキ先輩、今後一切サラには近づかないで下さいね」
ユーちゃんはモリンに目配せして、2人は私と同じ様にその場を立ち去った。
追いかけて来てくれた2人は私を両サイドから肩抱っこする。
「絡む奴が久しぶりだったから気を抜いてた。ごめんよ」
「私も。岬先輩があんなウザキャラだとは思わなかった。ごめん」
私は手話で『いいよ』と返事する。
私の世界には『自分の声』がない。慣れたとはいえこう言う時は心が沈む。『ダンマリちゃん』… 小さい頃はよくからかわれたり、嫌な事がたくさんあった。でも、中学でこの2人に会ってから私の『世界』は広がっていった。1人っきりで閉じこもってた『世界』に対して1歩、2歩と『外』に私を連れ出してくれた。色んな『普通』を教えてくれたのはこの2人だ。だから一緒に居られる様に高校受験も頑張った。2人がいるから私は普通の女子高生で居られるのだ。私はそれだけで幸せ。毎日、同じルーティーンだけど、私はこの普通な日常がとっても幸せだった。
「なぁ、おい」
体育館と本館をつなぐ渡り廊下を、息を切らせて走って来たのはミキ先輩だった。後ろの方に岬先輩とケン先輩もいる。
「まだ何か用?」
モリンが私を隠すようにミキ先輩に対峙する。
「いや… サラ、すまん。嫌な思いをさせた。マジでごめん」
直角に頭を下げるミキ先輩。その後ろでも2人の先輩が『ごめん』とペコっとしている。
「もう現れんなって言いましたよね?」
次はユーちゃんが前に出てミキ先輩に怒鳴っている。
「ちゃんと謝りたくて… あと…」
ミキ先輩は目線を下にして何かを言い淀んでいる。
「何? はっきり言えよ。男だろ」
モリンはもう敬語ですらない。ははは。
「あぁ… 実はさっき、俺がこいつらを体育館へ誘ったんだ。トモもあんたに興味があったみたいだし… てか、ちょっと退いてくんない?」
ミキ先輩はモリンとユーちゃんを押しのけて、私の前まで来て目をじっと見つめてきた。
「俺、一目惚れって言うのか? サラ、食堂で見たお前の下向いた感じの赤い顔が可愛くてさ… 追いかけてしまったんだ。でも知らないとはいえ傷つけた事は申し訳ないと思っている。ごめん。でもさぁ、こんな俺でもまた話したり出来ないかな?」
真っ直ぐだ。過去のトラウマ男子達のからかっている顔ではない。って、今サラッと言ったけど一目惚れって!
後ろの先輩達は顔を見合わせて驚きながらも、微笑ましい顔でミキ先輩を見ている。私は、顔が顔が熱い、熱いよ。
「なぁ、お願いだ。これっきりにしたくないんだ」
顔が真っ赤の私は、ユーちゃんのカーデガンをちょんと引っ張ると手話で話をする。
「ん? あぁ。うん。え? 私が伝えるの?」
私がうんと頷くとユーちゃんは苦笑いしながらミキ先輩へ私の言葉を伝えてくれた。手話がわかるモリンはちょっと困惑している。
「えっと、ミキ先輩。サラが『さっきの事は許す。でも、手話をマスターしてから出直して来て下さい。話すとかはそれからです』って」
ミキ先輩はパッと明るい顔になって『わかった』と喜んでいる。
「サラ、どうせ口だけだって」
モリンはやっぱり反対のようだ。
私は手話でモリンに話す。
『手話ってムズイじゃん。時間もかかるし。だからそこまでしても話せない私と友達? になりたいなら… 多分だけどいい人じゃない? モリンやユーちゃんみたいに。ね?』
「「サラ…」」
モリンとユーちゃんは私に抱きついて来た。この2人は手話をある程度わかってくれている。私が教えたのもあるけど、わざわざ勉強してくれたのだ。
「え〜っと。ちょっとサラちゃんが何て言ったかわからないけど、ミキは許してもらえたのかな?」
岬先輩とケン先輩が近づいて来た。
「そうですね。謝罪は受け付けましたね。あとはミキ先輩のがんばり次第ですので。岬先輩もケン先輩もそれまで話しかけないで下さいね。私達にも」
ユーちゃんはしれっとウザい先輩2人も遠ざける。うんうんとモリンも頷いている。
「ん? ミキ、何の約束? それ、俺ら関係なくない?」
「モリン、他は名前なのに… 僕もトモって呼んで欲しいな。てか、本名教えてよ〜」
先輩2人はやっぱり自由人だった。友情とかないの? こいつらには?
「トモ先輩!!! って呼ばれたかったらミキ先輩を応援するなり、一緒に勉強するなりして下さい。本名はミキ先輩が約束を守ったら教えてあげます。では」
心なし頬を赤らめながらモリンは、私とユーちゃんの腕を掴んで早々にその場を立ち去った。
「よっしゃ〜!!!」
一つ間をおいて、ミキ先輩の雄叫びが後ろの方で聞こえている。
「「あはははははっ」」