その後、高校についた僕とひまりちゃんは、横並びでの入学式をつつがなく終えると、これまた一緒に教室へと向かう。

 1年1組。
 僕とひまりちゃんは同じクラスだ。

「やった♪ クラスも一緒だし、席もアキトくんの隣の席だし♪」
「いつものことだろ」

 昔は兄妹は別のクラスになるのが常識だったそうだが、昨今は授業参観をまとめて1回で済ませるためなどなど、忙しい親の負担軽減の意味もあって同じクラスになることが多いらしい。

 おかげで兄妹になってからというもの、僕とひまりちゃんはずっと同じクラスだった。
 さらに名字が一緒という事もあって、僕とひまりちゃんの席は隣り合わせになることがほとんどだ。
 なので同じクラスで席も隣というのは、特に珍しいわけでもなんでもない。

「アキトくんの隣だと、勉強がはかどるんだよね。アキトくんって、実は学問の神様だったり?」

「本当に学問の神様だったなら、もっと勉強できるってーの。高校受験もひまりちゃんにお世話になりっぱなしだったしさ。ポイントをまとめてくれたり、コツを教えてくれたり。むしろ学問の神様はひまりちゃんだよ」

 少なくとも僕にとってひまりちゃんは、高校に合格させてくれた学問の神様で間違いない。

「ふふふー、アキトくんのためなら、学問の神様にもなれちゃうかも?」
「僕限定なのか?」

「さすがに見ず知らずの人のためには、そこまでの努力はできないかな」
「それはそうか」

 などと、どうでもいい会話をしていると、

「はーい、皆さん! 入学式お疲れさまでした! 席について静かにしてね。ホームルームを始めるわよ」

 若い女性の担任の先生――たしか鈴木先生だったかな? 入学式の最後に担任紹介でそう名乗っていた――がやってきて、すぐに高校生活最初のホームルームが始まった。

「――――というような感じかな。何か質問はあるかしら? ……ないみたいね。じゃあ次は自己紹介をしましょう。あいうえお順で、1人20秒くらいで簡単に挨拶をしてくれる?」

 鈴木先生が高校生活の何たるかを短く語り終えると、新クラス恒例の行事である自己紹介が始まる。

 クラスメイト達があいうえお順に自己紹介をしていく中、僕はこの時間を使って、これからの高校生活について改めて考えていた。

 僕は本当に平凡な人間だ。
 勉強も運動も秀でたものは何一つない。

 輝く宝石のようなひまりちゃんの隣にいることで、僕はここ数年それを嫌というほどに自覚させられてきた。
 ありていに言えば劣等感を感じてきた。

 夜空を彩る月も星も、ひとたび太陽が出てしまうとまったく見えなくなってしまうように、放つ光が強ければ強いほど、周囲の小さな光はかき消されて見えなくなってしまう。

 僕という小さな光は、ひまりちゃんの太陽のような圧倒的な光量の隣では、輝くことすら難しかった。

 僕は光で周囲を照らす存在じゃなく、ひまりちゃんに照らされて隠れてしまうその他大勢の1つだった。
 それを理解した僕は、いつしか光ろうとすることをやめてしまった。

 光り輝くひまりちゃんの隣で、光ろうとあがくことが怖くなった。

 だけど。
 それでも。

 劣等感を抱えたままで、僕はひまりちゃんの隣にいたくなかった。
 ひまりちゃんが見ている理想の僕に、僕は少しでも近づきたかったのだ。

 ひまりちゃんの兄として紹介された時に、ひまりちゃんが恥ずかしくないように、少しでもいい男になりたかった。

 なにより僕は、ひまりちゃんが昔の恩義とかそういうのを関係なしに、今の僕を好きになって欲しかった。

 そんな男としてのちっぽけなプライドは――小さな小さな光は。
 だけど大きな劣等感に押しつぶされそうになりながらも、僕の中で決して消えることはなかった。

 もちろん、昔の僕はもういない。
 今の僕はひまりちゃんを助けた頃の僕とは大違いだ。
 ひまりちゃんを助けた子供時代のような、身勝手な万能感はもはや僕には存在しない。

 それでも僕は僕にできる全力を尽くして、少しでもいい男になりたかった。
 ひまりちゃんの隣で、少しでも光り返したかった。

 そのために何ができるかを考えて――僕はこのクラスのために積極的に何か貢献をしようと思っていた。
 昔、ひまりちゃんを助けるなんて当たり前のことだと思っていたように、誰かの役に立つ人間になるんだ。

 まぁ今はもう高校生だし、そういうのはなかなか難しいのかもしれないけど、なろうと努力をしようと思う。

 まぁ、結果的になれなくてもいいんだ。
 でもきっと、僕のこの行動はひまりちゃんとの関係にも何かしらの影響を与えると思うから。

 僕の大切な義妹(ひまりちゃん)のために、高校進学をきっかけとして、僕は僕を変えようと思う。

 だからまずは──