それから少しの間。

 キリキリとした痛みを連打し、速やかなるエネルギー補給を要求するお腹をなんとかなだめすかしながら、ベッドで横になっていると、コンコンとドアがノックされて、2人が戻ってきた。

「アキトくん、できたよー」
 ひまりちゃんが相変わらずのノータイムでドアを開けると、

「お待たせしました」

 うどんの入った丼が載ったお盆を、両手で慎重に持った雪希が、ゆっくりと入ってきた。

 雪希が勉強机の上にお盆ごと置いてくれたので、俺はベッドから起き出して椅子に座る。

 丼からは白い湯気が立ち上ぼっており、かぐわしい出汁の匂いが鼻腔をくすぐってやまない。

 柔らかそうなお餅が乗っているから力うどんだった。

 ぐ~~~~!!
 ご馳走を前に、ペコペコのお腹がひと際大きく鳴る。

「おおー! これはすごく美味しそうだ!」
 僕の目もお腹も、もう完全にうどんに釘付けだった。

「2人で丹精込めて作ったからねー」
「消化にいいように、うどんは柔らかめに茹でてますよ」

「いろいろと気を使ってくれてありがとう」

「そんなの気にしないでいいってー」
「当然のことをしたまでですから」

「お餅が載っているから力うどんだね。すごく久しぶりに食べるかも。いつ以来だろ?」

 マジで記憶にないくらい前だと思う。

「うちはお店の食材の余り物で作ったものが多いから、うどん自体あんまり食べないもんねー。お父さんがついで作ってくれるから、ご飯を作る手間も省けるし」

「お二人のお弁当もついでなんですよね? すごく合理的ですけど、少し食事が偏ってしまいそうです」

「ま、その辺はお店を経営している家族あるあるなのかな? 夏場とか結構な頻度で晩ご飯が、冷やし中華プラス何かだし」

「ちなみにわたしはいつもエピチャーハンを作ってもらってます。夏とか冬とか関係なく」
「ふふっ、ひまりさんは本当にエビチャーハンが好きなんですね」

「わたしはエビチャーハンの伝道師だから」
「それだけ食べていれば、伝道師を名乗るのにも納得です」

 相も変わらずのひまりちゃんの言葉に、雪希がおかしそうに笑った。

「ちょっと話が逸れちゃったけど、アキトくんの食欲がかなり戻ってるみたいだったから、消化に良くて腹持ちのいいものってことで、お餅も入れたの」

「他にも色々入れたので、栄養はそれなりにあると思います」

 うどんにはお餅の他にも、きざみネギ、とろろ昆布、梅干し、かまぼこ、油揚げ、ゆで卵が綺麗に添えられていた。

 さてと。
 もういい加減、我慢ができないよ。

「じゃあ早速、いただきます」

 僕はお箸を取ると、2人が作ってくれたうどんを食べ始めた。

 僕の反応が気になるからだろう、ひまりちゃんと雪希がジッと見つめてくるが、今はぜんぜん気にはならない。

 すきっ腹に、ズズッズズッとうどんを次々にかきこんでいく。
 柔らかめに茹でられた麺はコシはないものの、とても食べやすくて、噛まなくていいので過労で弱った身体にはうってつけだ。

「お餅がとけちゃうから早めに食べてね」
「了解」

 お餅も柔らかくて、飲み込むように食べることができた。

 油揚げの優しい甘さが、空腹に染み入ってくる。
 かまぼこの素朴な味でほっこりし、梅干しの酸っぱさに顔がキュー(>_<)となった。
 汁気でとけたとろろ昆布も最高に美味しかった。

 もう箸が止まらない――!

 ズルズル、ズズッ。
 ズルズル、ズズズッ。

「ごちそうさまでした。すごく美味しかったよ」

 お出汁もしっかり飲んで、食後のお茶もいただいて、2人の作ってくれた力うどんを、僕は大満足で完食したのだった。

「けっこうな量だったけど、完食だね♪ いぇい♪」
「お粗末さまでした」

「おかげで一気に体調が良くなった気がするよ」

 温かい食べ物を食べたことで空腹が収まるとともに、身体が熱を持ち始め、活力がどんどんと戻ってきたのを感じていた。

「はいはい。そんなこと言って、まだまだ回復途上なんだから、薬を飲んでしっかりと寝ないとだよアキトくん」

「そうですよ、病み上がりが一番ぶり返しやすいんですから」

「うん、わかってる。火曜日の校外学習までに万全な体調に戻せるように、今はしっかりと身体を休めることに専念するから、安心して」

「ならばよし!」
 ひまりちゃんが可愛らしくウインクしながらグー! とサムズアップした。

「それでは私たちは部屋に戻って、遠足のしおりの最後の仕上げに取り掛かりましょう」

「だね。じゃあアキトくん。おやすみなさい」
「おやすみなさい暁斗くん」

「おやすみ、ひまりちゃん、雪希」

 2人が部屋からいなくなり、静かになった部屋で僕は再びベッドに戻って、目を閉じた。

「さあ、これ以上なくしっかりと寝て、体調を完全に戻してみせる!」

 それが僕が今できる唯一にして最良の「自己満足」だ――!