僕が腕の上に頭を載せて、息も絶え絶えに机に臥せっていると、

 コンコン。
 ノックの音がしたと同時に、部屋のドアがガチャリと開いた。

 こんな風に、返事も聞かずに僕の部屋のドアを開けるのは、世界広しと言えどひまりちゃんだけだ。

「アキトくん、何かしてるみたいだけど、一日寝て元気になったの?」

 僕の容態が良くなったと思ったのだろう、軽い口調で声をかけてきたひまりちゃんに、僕は重い頭をなんとか動かして視線を向けた。

「ああ、いや……」
 言葉を発しようとしたけれど、しんどくて上手く口が動いてくれない。

 苦しさを隠せないまま、勉強机で臥せっている僕を見たひまりちゃんは、慌てて僕の所にやってくると、僕のおでこに手を当てた。

「ちょっとアキトくん! 熱あるじゃない! テストも終わったんだし、パソコンなんてしてないで、寝てないとだめだよ!」 

 珍しく怒ったように強い口調で言ったひまりちゃんは、僕を椅子からベッドに連れて行こうと、有無を言わさず脇の下に手を入れてきた。

 だけどここで休んでしまうわけにはいかないんだ。

「校外学習があるから」
 なんとか言葉を絞り出す。

「だからその校外学習のために、今は身体を休めないといけないんでしょ? ――って、なにこれ。神戸の情報を見てたの? ……ううん、これ、もしかして情報をまとめてたの?」

 パソコン画面に映し出されていた、遠足のしおりの作りかけ――まだほとんどできていない――を見たひまりちゃんが、僕をベッドに連れて行こうとする動きを止めて、パソコンをまじまじと見つめた。

「遠足のしおりを作ろうと思ってさ……僕はクラス委員だから」

 考えるのも話すのもしんどくて、過程をすっ飛ばしにすっ飛ばした言葉足らずな僕の説明。
 ――だけど。

「ふふっ、アキトくんってそういうところあるよね。責任感が強くて、誰かのために進んで行動できちゃうの。やっぱりアキトくんはアキトくんだね。うん!」

 ひまりちゃんはしっかりと意図を汲み取ってくれたみたいだった。
 本当にひまりちゃんは、僕のことを誰よりも分かってくれる。
 でも。

「そんな大層なもんじゃないよ……これは僕の単なる自己満足だから……」

 僕がしたかったからした。
 役立ってくれたら嬉しいなって思った。

 本当にただ、それだけなんだ。

「つまり自己満足で、みんなの役に立ったらいいなって、アキトくんは思ったんでしょ?」
「そうだけど……」

「誰かのためにする自己満足って、そんなに悪いことかな? わたしはそうは思わないけどなー」

「ぁ――」

「自己満足でもなんでも、誰かのために行動に移せちゃう。それがアキトくんのすごいとこだって、わたしはあの日からずっと思っているから」

「……」
 あの日、それはきっと僕がひまりちゃんを助けた日のことを言っているのだろう。

「アキトくん、わたしと一緒の高校に入るために毎日すごく勉強してくれたでしょ? 球技大会のために特訓だってしたよね。誰もやりたがらなかったクラス委員にだって立候補しちゃうし、ナンパされたわたしや雪希ちゃんも助けてくれた。そんな風に行動できちゃうアキトくんが、わたしはすっごく凄いと思うな」

「……そっか」

「うん、そう。ものすごい行動力だもん。誰にも真似できない、アキトくんのカッコいいところ。わたしはちゃんと知ってるから」

「ははっ、なんだか少し肩の力が抜けた気がした」

 気が楽になったからか、頭痛も少し収まった気がする。
 脳の疲労が一気に抜けたのかもしれない。