「だよね。そんな感じがしたから僕も出ていったんだ。なんにせよ、無事に済んでよかった。ひまりちゃんが暴力でも振るわれて、怪我でもしたら大変だから」

「それはそうだけど~! あの人たちムカつく~! なんなのあの言い方! うちのお店をバカにして!」

「それも大丈夫。父さんのエビチャーハンを食べたら、絶対に美味しいって言ってくれるから。話した感じだと、それなりに言葉は通じるタイプみたいだったからさ」

 中途半端にイキっていて、中途半端に理性的。

 ミシュランの格付けのような権威が好きなタイプだから、うちがテレビや新聞に取り上げられたって情報を伝えれば、勝手に想像を働かせて権威にひれ伏してくれるはずだ。

 もっとも取り上げられたのはローカルな地域ニュースかつ、取材のメインは看板娘のひまりちゃんだったんだけど、敢えて彼らに教えてあげる必要などもちろんない。

 嘘も言っていない。
 詳しい説明をほんの少し省いただけだ。

 もしこれが漫画やラノベなら、便利で扱いやすい「噛ませ犬」だと読者に認識されること間違いなしだね。

 たかが噛ませ犬。
 幼い頃にひろゆキッズとして小学校と近隣にその名を馳せた黒歴史持ちの僕の相手ではない。

「でも~~!」

「はいはい、愚痴でも何でも後でいくらでも聞いてあげるから、今はスマイルスマイル。今日は千客万来で、ひまりちゃんがいないとお店は回らないし、なによりひまりちゃんは笑ってる方が可愛いからさ」

 僕はぷくー! とフグのようにほっぺを膨らませてむくれるひまりちゃんを、なんとかなだめすかそうとしたのだが――。

「ほんと? じゃあ今日は徹夜でお話しようね♪」

 ひまりちゃんが途端に満面の笑みを浮かべた。

「……ひまりちゃん、わざと怒ってるふりを続けてたね?」

「最初は怒ってたよ?」
 それがどうしたのって感じで、けろっとした顔で答えるひまりちゃん。

「最初は、ね……。つまり途中からは、ひまりちゃんをなだめようと僕がご褒美を用意するのを、今か今かと待ち構えていたわけだ?」

「やったー♪ 今日はアキトくんとベッドでぬくぬく朝までお話だ~♪ 楽しみだな~♪」

 聞いちゃいねぇ!

「ひまりちゃん。僕は愚痴なら聞くって言っただけだよ」

「違いますー! 愚痴でも『何でも』って言いましたー! 何でもは何でもですぅー」

「うぐっ」

 言った。
 たしかに言ってしまっていた。

 それとちゃんと話、聞いてるじゃん!
 さっきのは都合が悪いからスルーしたな!

 事実関係の認定において致命的な不利を背負ってしまい、やり込められそうになった僕は、すかさず道徳的観点へと論点ずらしを行う。

「僕はひまりちゃんのことをすごく心配していたのに、騙すなんてよくないと思うな」

 しかし僕がそう言った途端に、ひまりちゃんは捨てられた子犬みたいな顔になってしまった。

「ひどい……」
「えっと、ひどいのはひまりちゃんだと思うんだけど……」

「だって最初はすごく悔しかったんだもん。許せなかったんだもん」
「その気持ちは僕も同じだよ。でも機嫌が直ったんなら、ちゃんとしないと」

「ぐすん……。アキトくんは、そんなにわたしとお話するの嫌だったんだ……ぐすすっ……」

「そ、そんなことは言ってないでしょ? ひまりちゃんとおしゃべりするのは僕だってすごく楽しいよ」

「じゃあいいよね♪」
 ひまりちゃんがまたもや満面の笑みを浮かべた。

「……だからそういうのをやめようねって、僕は言ってるんだけど?」

「はーい♪」
 ひまりちゃんが元気よく返事をする。
 間違いなく、99.99999999999%聞く気がないのが分かる返事だった。