「ほら、空の食器をよこしな」
カウンターを挟んだ厨房から、父さんの手が伸びてくる。
「あの、すごく、美味しかったです。あ、ありがとうございました」
「ははは、そいつはどうも。喜んでもらえて嬉しいよ。ほら、のどが渇いたろ、口直しに飲みな」
父さんがお店の冷蔵庫から紙パックのフルーツ牛乳を2つ取り出すと、カウンターにポンと置いた。
「サンキュー!」
「あ、ありがとうございます!」
ひまりちゃんと並んでストローを刺し、チューチューする。
「ふわっ! 美味しいです!」
「これはね、食べた後に甘いフルーツ牛乳を飲むと、食後のデザートみたいで特に美味しく感じるんだ」
僕は父さんから教えて貰ったことを、そのまま受け売りで話して聞かせる。
「アキトくん、すごく物知りです……! 学校でも簡単に論破しちゃうし」
「あはは、そうでもないよ」
「なぁアキト」
「なに、父さん?」
フルーツ牛乳を最後の最後まで飲み干すべくパックをギューギューと握って絞っていた僕に、ちゃちゃっと洗い物を終えた父さんが、すごく真面目な顔をして言った。
「ひまりちゃんに何かあったらアキトが守ってやるんだぞ。それができるなら、毎日学校帰りにうちに連れて来い。いろいろ食べさせてやるからよ」
「マジで!? 約束だよ!?」
「お前こそ、これは男と男と、天国にいる母さんとの約束だからな」
うちはお母さんがいない。
僕が小学校に入る少し前に、病気で亡くなった。
だから今のは、父さんと約束するだけじゃなくて、死んだ母さんに顔向けできないようなことはするなって意味だ。
「それくらいお安いごようさ! まぁ僕に任せてよ」
だけど当時の僕は、自分が選ばれしスーパーマンだと思っていたので、臆することなく胸を張ってそう答えた。
女の子を守ってあげろだなんて、この僕に対して何を当たり前のことを聞いてるんだろうって、当時の僕は本気で思っていたから。
どんだけ自意識過剰なんだ。
穴があったら入りたい。
「えっと、あの、さすがにそれは……」
「バーロー。子供が遠慮なんかするんじゃねぇ。なーに、代金はちゃんとアキトのお年玉から引いておくからよ。ひまりちゃんが気にすることはねぇ」
「ちょ、ちょっと父さん!? それはないでしょ!? お年玉を減らすなんて、人権侵害だよ! 子供の権利条約違反だよ!」
お年玉から引かれると聞いて、僕は慌てて待ったをかけた。
最近知った――名前を知っただけでどんな中身かは全く知らない――専門用語も使ってみる。
なにせ当時の僕はマセガキだったので、こういう「いかにもな言葉」を背伸びして使うことに、果てしない魅力を感じていたのだ。
「ああもう、冗談だっての。まったく、口達者な割に、肝っ玉の小さい奴なんだからよぉ、お前は」
「なんだもう、冗談かよ。びっくりさせないでよね父さん」
「で、でも毎日食べさせてもらうなんてことしたら、お母さんがなんて言うか……」
「ならおうちの電話番号を教えてくれるかい? ひまりちゃんのお母さんには俺がちゃーんと伝えておくから、ひまりちゃんはなにも気にしなくていいからな」
「えっと……」
「大人の話は、大人に全部任せときゃいい。子供が気にする必要なんてないのさ。そんなことよりほら、食後の杏仁豆腐だ。食ってけ。これも俺の手作りなんだぞ」
「うっそ、ジュースだけじゃなくてデザートもついてんの!? マジで!? デザートは原価高いからって、滅多に食べさせてくれないのに!」
「え、そんなものを貰っていいんですか?」
「ぜひとも、女の子の感想を聞かせてもらいたいところだな」
「ひまりちゃんひまりちゃん、父さんの杏仁豆腐はマジ美味いからさ、早く食べてみてよ!」
父さんはお酒が飲めない代わりに、甘いものが大好きだ。
お店のメニューにも、「ほろ苦カラメルの自家製プリン」だの「家庭の味コーヒーゼリー」だの「食べ切りサイズのミドル盛りチョコレートパフェ」だの、大衆食堂にはやや場違いなスイーツがいくつも並んでいる。
その中でも特に杏仁豆腐は、いつも売り切れる大人気メニューだった。
ひまりちゃんは小さな小皿に盛られたまっ白なプルプルを一すくいすると、そっと口に入れた。
「……!! 冷たくて、優しい甘さで、すごく美味しいです!」
「そいつは良かった。お代わりもあるから、好きなだけ食べていきな」
「えっと、いっぱい食べさせてもらったので、さすがにたくさんは食べれられないかもです」
父さんの気っ風のいい言葉に、ひまりちゃんが思わずと言ったように苦笑した。
「じゃあ代わりに僕がいっぱい食べるよ!」
「お前は1人前だけに決まってるだろ、べらんめぇ!」
「ひどっ!?」
「ふふっ……なんだかコントみたいです……ふふっ、ふふふふふ――!」
僕と父さんのやり取りを見たひまりちゃんが、それはもう楽しそうに笑った。
カウンターを挟んだ厨房から、父さんの手が伸びてくる。
「あの、すごく、美味しかったです。あ、ありがとうございました」
「ははは、そいつはどうも。喜んでもらえて嬉しいよ。ほら、のどが渇いたろ、口直しに飲みな」
父さんがお店の冷蔵庫から紙パックのフルーツ牛乳を2つ取り出すと、カウンターにポンと置いた。
「サンキュー!」
「あ、ありがとうございます!」
ひまりちゃんと並んでストローを刺し、チューチューする。
「ふわっ! 美味しいです!」
「これはね、食べた後に甘いフルーツ牛乳を飲むと、食後のデザートみたいで特に美味しく感じるんだ」
僕は父さんから教えて貰ったことを、そのまま受け売りで話して聞かせる。
「アキトくん、すごく物知りです……! 学校でも簡単に論破しちゃうし」
「あはは、そうでもないよ」
「なぁアキト」
「なに、父さん?」
フルーツ牛乳を最後の最後まで飲み干すべくパックをギューギューと握って絞っていた僕に、ちゃちゃっと洗い物を終えた父さんが、すごく真面目な顔をして言った。
「ひまりちゃんに何かあったらアキトが守ってやるんだぞ。それができるなら、毎日学校帰りにうちに連れて来い。いろいろ食べさせてやるからよ」
「マジで!? 約束だよ!?」
「お前こそ、これは男と男と、天国にいる母さんとの約束だからな」
うちはお母さんがいない。
僕が小学校に入る少し前に、病気で亡くなった。
だから今のは、父さんと約束するだけじゃなくて、死んだ母さんに顔向けできないようなことはするなって意味だ。
「それくらいお安いごようさ! まぁ僕に任せてよ」
だけど当時の僕は、自分が選ばれしスーパーマンだと思っていたので、臆することなく胸を張ってそう答えた。
女の子を守ってあげろだなんて、この僕に対して何を当たり前のことを聞いてるんだろうって、当時の僕は本気で思っていたから。
どんだけ自意識過剰なんだ。
穴があったら入りたい。
「えっと、あの、さすがにそれは……」
「バーロー。子供が遠慮なんかするんじゃねぇ。なーに、代金はちゃんとアキトのお年玉から引いておくからよ。ひまりちゃんが気にすることはねぇ」
「ちょ、ちょっと父さん!? それはないでしょ!? お年玉を減らすなんて、人権侵害だよ! 子供の権利条約違反だよ!」
お年玉から引かれると聞いて、僕は慌てて待ったをかけた。
最近知った――名前を知っただけでどんな中身かは全く知らない――専門用語も使ってみる。
なにせ当時の僕はマセガキだったので、こういう「いかにもな言葉」を背伸びして使うことに、果てしない魅力を感じていたのだ。
「ああもう、冗談だっての。まったく、口達者な割に、肝っ玉の小さい奴なんだからよぉ、お前は」
「なんだもう、冗談かよ。びっくりさせないでよね父さん」
「で、でも毎日食べさせてもらうなんてことしたら、お母さんがなんて言うか……」
「ならおうちの電話番号を教えてくれるかい? ひまりちゃんのお母さんには俺がちゃーんと伝えておくから、ひまりちゃんはなにも気にしなくていいからな」
「えっと……」
「大人の話は、大人に全部任せときゃいい。子供が気にする必要なんてないのさ。そんなことよりほら、食後の杏仁豆腐だ。食ってけ。これも俺の手作りなんだぞ」
「うっそ、ジュースだけじゃなくてデザートもついてんの!? マジで!? デザートは原価高いからって、滅多に食べさせてくれないのに!」
「え、そんなものを貰っていいんですか?」
「ぜひとも、女の子の感想を聞かせてもらいたいところだな」
「ひまりちゃんひまりちゃん、父さんの杏仁豆腐はマジ美味いからさ、早く食べてみてよ!」
父さんはお酒が飲めない代わりに、甘いものが大好きだ。
お店のメニューにも、「ほろ苦カラメルの自家製プリン」だの「家庭の味コーヒーゼリー」だの「食べ切りサイズのミドル盛りチョコレートパフェ」だの、大衆食堂にはやや場違いなスイーツがいくつも並んでいる。
その中でも特に杏仁豆腐は、いつも売り切れる大人気メニューだった。
ひまりちゃんは小さな小皿に盛られたまっ白なプルプルを一すくいすると、そっと口に入れた。
「……!! 冷たくて、優しい甘さで、すごく美味しいです!」
「そいつは良かった。お代わりもあるから、好きなだけ食べていきな」
「えっと、いっぱい食べさせてもらったので、さすがにたくさんは食べれられないかもです」
父さんの気っ風のいい言葉に、ひまりちゃんが思わずと言ったように苦笑した。
「じゃあ代わりに僕がいっぱい食べるよ!」
「お前は1人前だけに決まってるだろ、べらんめぇ!」
「ひどっ!?」
「ふふっ……なんだかコントみたいです……ふふっ、ふふふふふ――!」
僕と父さんのやり取りを見たひまりちゃんが、それはもう楽しそうに笑った。