なぜ僕が門番をするか?
 それはもちろん、ひまりちゃんがとても可愛いからだ。

 アイドル顔負けに可愛いひまりちゃんだ。
 着替え中の無防備であられもない姿を覗こうとする不逞の輩が現れても、なんら不思議ではない。

 実際、体育の時間もクラスの男子たちの視線は、ひまりちゃんに釘付けだった。
 僕も兄として、そういうことに注意しておくに越したことはないのである。

 もちろん普通の服屋さんと違ってここはランジェリーショップだから、男はそうはいないはずだけど、現に今、男の僕がここにいるわけで油断はできなかった。

 だからこれは兄として妹を守るという大切な役目であって、決して過保護なわけでもないし、独占欲が強いとかシスコンとかそういうのでもないのだ。

 そこんところ、勘違いしないように!

 僕が並々ならぬ使命感に燃えていると、試着室のカーテンが小さく開いて、

「アキトくん、感想欲しいなー」

 ひまりちゃんがひょこっと顔だけ外に出して、そんなことを言ってきた。

「感想って?」
「もちろんスポブラの感想ー。ちょっと見てみて、感想ちょうだーい」

「いやいや、それはいらないでしょ。下着は見せるためのものじゃないんだから。ひまりちゃんが好きなのを選んだらいいと思うよ」

「着替えの時とかにクラスの女の子には見られるわけでしょ? だから他の人の意見は大事だと思うなー」

「あ、なるほど。それは、たしかに……。いや、でも……」

「アキトくんのトランクスはわたしが選んだわけだから、逆にわたしのスポブラはアキトくんの意見を参考にするの。ね、これでフェア・トレードでしょ?」

「う、うーん……」

 ちなみにフェア・トレードという言葉は本来、交渉力の強い先進国と弱い発展途上国が公正な取引をしましょう、という概念なのだが、まぁ今はそれはいい。

「似合ってないのは付けたくないしー! ね~え~! アキトくんの感想が聞きたいな~~! ね~え~!」

 ここぞとばかりに甘えたモードになって、ゴネゴネし始めるひまりちゃん。
 ご飯をいっぱいお口に詰め込んだリスのように、ほっぺをプクーとしてしまう。

 もちろん、ちゃんと声量は落としているので、他のお客さんの迷惑になることはないだろうけど、長々とやっていると店員さんが見に来てしまうかもしれない。

 妹が下着を選んで欲しいって甘えてきてるんです、などと説明するのはちょっと──いやかなり恥ずかしかった。

「ああもう、分かったよ。でもちょっとだけだからね?」
「やった♪」

 ひまりちゃんが笑顔で試着室の中に引っ込んだので、代わりに僕はカーテンの隙間から試着室の中へと顔を入れる。

 試着室の狭い室内にはもちろん、ブラウスを脱いで上半身がスポブラだけになったひまりちゃんがいた。

 機能性特化のシンプルな黒のスポブラと、しっとりときめ細やかで真っ白なひまりちゃんの肌が、美しいコントラストを醸し出している。

 まさに女神。
 そのあられもない姿に、僕の心臓がドキリと跳ねた。

 似合っているかどうかで言えば、もちろん似合っている。

 というかひまりちゃんくらい可愛ければ、何を着ても似合うんだろうけど、ひまりちゃんはただただ「僕の意見」が聞きたいんだろうから、そこはちゃんとお付き合いしてあげないといけない。