「はい、到着っと♪」

 ひまりちゃんに連れられてやってきた学生向けの下着売り場は、先ほどまでのカラフルなランジェリーとは違って、黒やグレー、ベージュに白といった落ち着いた色合いで、装飾も少なくシンプルな形状のものがほとんどだった。

 機能性を重視していることをアピールしている商品も少なくない。

 おかげで女性ランジェリーショップという超絶アウェー空間にありながら、僕はかなりの落ち着きを取り戻すことができていた。

 目的だったスポーツブラも、それなりの種類が並んでいる。

「けっこう置いてくれてるね。これならひまりちゃんに合うのも在りそうだ」
「需要があるんだろうねー。アキトくんみたいに」

「その言い方だと、まるで僕がこれを付けようとしているかのように聞こえちゃうから、やめてね? あくまで僕は、ひまりちゃんに着けてもらいたい、ってだけだからね? ここは僕にとってアウェーなんだから、ひまりちゃんの適切な配慮が欠かせないんだよ?」

 僕が軽く苦言を呈すと、

「はーい♪」
 ひまりちゃんは素敵な笑顔で元気よく返事をした。

 過去の経験上、ひまりちゃんがこのように笑顔で元気よく返事する時は、1/2くらいの確率で右から左にスルーしている。

 今回も多分そうだ。

 というのも、スルーする時はだいたいが僕をからかって遊びたい時だから。

 僕がランジェリーショップという極限のアウェー戦を強いられている状況は、ひまりちゃんが僕をからかうのにはうってつけに違いない。

 まあ?
 からかってきたり、構って構ってと甘えんぼしてくるひまりちゃんはすごく可愛いから、それはそれでいいんだけどね。

 なんてついほっこりしてしまうあたり、僕は自分で思っている以上に、結構な兄バカなのかもしれない。

 それはさておき。

「じゃあ早速、スポブラをチェックしよっと。あ、これとか良さそう。揺れをケアすることに、徹底してこだわってるんだって」

 ひまりちゃんが手に取ったのは、ひときわ目立つところに置いてあった、大きな胸にも対応する最先端のスポブラだ。

「これか。これはたしか、胸の縦揺れと横揺れを別々にケアしているのがウリなんだよ」
「へー、そうなんだ」

 僕はひまりちゃんに商品のセールスポイントを説明してあげる。

「スポーツ工学に基づいて設計されているから、動かしやすくてずれにくいんだ。吸汗速乾・抗菌防臭だから汗をかいても不快感が少ないし、大きく身体を動かしても着け心地が悪くならないらしいよ。運動する女の子のためだけを考えて作られたんだってさ。口コミの評価もいいのが圧倒的に多かったし」

「ねぇ、アキトくん」
「なに?」

「なんでそんなにスポブラに詳しいの? やっぱりアキトくん、ほんとは自分が欲しいんじゃ――」

 ひまりちゃんがクワッ! と、実にわざとらしく驚いた振りをして目を見開いた。
 早速からかってくる気満々のようだ。

「違うからね。ひまりちゃんが身体に合わない物を選んじゃって、着けるのを嫌がったら意味がないから、昨日の夜に軽く調べてきただけだから」

 僕が身に着けもしないスポブラについて詳しかった理由を説明すると、ひまりちゃんは目に見えて上機嫌になった。

「もう、アキトくんってばわざわざ調べてくれるなんて、本当に優しいんだから~♪ えへへ~~♪」

「調べたのは有名どころだけだし、そんなにたいした手間じゃないよ」
「もう照れなくたっていいってば~♪」

「照れてもないからね。そんなことより、どれにするか選ぼうよ」
「とりあえず、これかな? アキトくんのお勧めなんでしょ?」

「僕のじゃなくて、ネットのね。さっきも言ったけど、評判はすごく良かったから」
 僕は着けたことがないので、個人的な評価は分かりません。 

「じゃあ試しにこれ着けてみるね。アキトくんは見張りよろしく~」
「了解」

 ひまりちゃんと連れだって試着室に向かうと、僕は試着室の入り口の前で、門番として立ち塞がった。