その日の夜。

「アキトくん、お話しよー♪」

 宿題やら、晩ご飯やら、お風呂やら、明日の用意やらを終えたひまりちゃんが、僕の部屋に遊びに来た。

 お気に入りのジェラピケのもふもふパジャマで、にへらーと笑うひまりちゃんに、僕はあることを告げるべく口を開いた。

「ひまりちゃん、その、なんだ……」
「なになに、アキトくん? どしたの?」

「だから、その……」
「うん、なに?」

 ああもう、イチイチ恥ずかしがるなっての!
 僕は腹をくくって告げた。

「体育がある日は、スポーツブラをつけた方がいいと思うんだ」
「え、なんで?」

「なんでって。そんなの少し考えたらわかるだろ?」
「え~、わかんな~い♪ アキトくんに説明して欲しいなぁ~?」

 くっ、この妙に楽しそうな態度。
 絶対わかって言ってるだろ!

「だから……」
「だから~?」

「だから、その……」
「だから、その~?」

「だから! 飛んだり跳ねたりしたらひまりちゃんの胸が揺れちゃうから、揺れないようにしないとダメってこと! ひまりちゃんの胸、ここ1年でかなり大きくなったでしょ! ちゃんと対策しないといけないよね!」

 僕は恥ずかしさを必死に押し殺しながら、早口でまくし立てるように伝えた――のだが。

「やだ」
 ひまりちゃんは僕の必死の提案を、たったの一言で断った。

「やだって、なんでだよ?」
「だってスポブラって圧迫感あるんだもん。だから、やだ」

「少しくらいは我慢しなよ。スポブラって運動用だからズレにくいし、通気性もいいし、速乾効果とかもあって意外と悪くないらしいよ?」
「やだ」

 説得するために、使いもしないスポーツブラについてせっかく調べたのに、聞く耳すら持ってくれないひまりちゃん。

「そこをなんとか、な?」
「やだ」

 くっ!
 いつもはすごく聞きわけがいいのに、今日のひまりちゃんはどうしてこんなに頑固なんだ!

「あのね、ひまりちゃん。今日の体育のバスケの時も、男子に見られてたんだよ? 知ってる?」

「え、なになに? つまりアキトくんの独占欲ってこと? 他の男の子にはみられたくないって? もぅアキトくんったら、ヤキモチ焼いてたんだー♪」

「別に、ヤキモチとかそういうんじゃないからね」
「ふーん?」

「ほんとだよ」

「あーあー。正直に言ってくれたらなー。アキトくんのお願いを聞いてあげてもいいのになー」

 いつの間にか、ひまりちゃんはニマニマと小悪魔な笑みを浮かべていた。
 やだやだ言っていたのは、どうやらこの展開に持っていきたかったかららしい。

 まったく、ひまりちゃんは本当に頭の回転が速いんだから。

「はいはい。ひまりちゃんの言った通りです。僕がひまりちゃんの胸が揺れるのを、他の男子に見られたくないので、スポーツブラをつけて欲しいんです」

「はーい♪ だったら仕方ないよね♪ アキトくんがヤキモチ魔人になって世界を滅ぼしちゃったら困るしー♪」

「世界を滅ぼすって、僕はどんだけ強烈なヤキモチ焼きなんだよ……。でもま、やっと納得してくれたね」
「うん。そういうわけだから、今度一緒に選んでね♪」

「選んでねって、まさか――」
「今週の土曜日って予定ないよね? じゃあスポーツブラお買い物デートにレッツ・ゴー♪」

 あれよあれよという間に、なぜかそんなことになってしまいました。