「えへへー♪ アキトくん、どうどう? 新しい制服似合ってる?」
僕――神崎暁斗(かんざき・あきと)の可愛い可愛い義妹のひまりちゃんが、さっき届いたばかりの白陵台高校の真新しい制服に早速着替えて、ファッションショーでもしているみたいにくるりと回った。
落ち着いた茶色のブレザーの下に、明るめの青のベスト。
胸元には可愛らしい赤リボン。
チェックのスカートが遠心力でひらひらと舞い踊る。
結構短めのスカートなので、真っ白な太ももがグッと際立ち、つい見とれそうになってしまった僕は、慌てて視線を上げた。
「すごく似合ってるよ。まるでひまりちゃんのために作られた制服みたいだ」
「やった♪」
ひまりちゃんは嬉しそうにピョコンと小さく跳ねると、僕の右腕をぎゅっと抱くようにして身体をくっつけてきた。
ひまりちゃんの柔らかい女の子の部分が、これでもかと自己主張してくる。
「ひ、ひまりちゃん、なにして――」
「初制服の記念写真を撮ろうと思っただけど? ほらほら、アキトくんも笑って笑って」
「ああ、うん。そういうことな……」
ひまりちゃんはスマホを持った右手を前に伸ばすと、2人がいい感じにフレームインしたタイミングを見計らってパシャリ。
「うん、可愛く撮れたしー♪ アキトくんにも送っとくね」
「サンキュー」
ひまりちゃんの言葉通り、ズボンのポケットに入れていたスマホから、ピコンと可愛らしいラインの着信音が聞こえてくる。
ひまりちゃんの初めての高校の制服姿。
後でじっくりと鑑賞させてもらおう。
「それで、アキトくんは制服着ないの?」
「中3の春休みに、わざわざ高校の制服は着ないよ」
「え~! 見たい~! アキトくんの制服姿、見たい~!」
「そんなの入学したら毎日でも見れるだろ? 家も高校も同じなんだしさ」
「今見たいの~! 今~! 今~!」
「ええぇ……」
「今見たいの~! アキトくんの制服姿が見たいの~!」
「わかったわかった。着替えてくるよ」
普段はすごく聞きわけがいいのに、珍しく駄々をこねるひまりちゃんに根負けした僕は、苦笑すると、制服に着替えるために自分の部屋へと向かった。
僕とひまりちゃんは血のつながっていない兄妹――いわゆる義理の兄妹だ。
女神のように可愛くて、要領も良くて、勉強も運動もできるひまりちゃんと。
取り立てて秀でたものがない平々凡々な僕。
そんな僕とひまりちゃんがどうして義理の兄妹になったのかというと――
◇
僕――神崎暁斗が小学校の低学年のころ、クラスに母子家庭の女の子がいた。
神谷ひまりという名前の少女で、ガリガリに痩せていて、何度も繕ったであろうボロボロの古着を着ていたこともあって、
「貧乏神が来たぞ~!」
「貧乏が移っちまう! 逃げろ~!」
心ない男子たちからは名前をもじって貧乏神なんて呼ばれていた。
「うっ、ぐすっ……」
ひまりちゃんは言い返すでもなく、いつも鼻をすすりながら俯いてしまう。
そして当時の僕はというと、自分は特別な人間だと思い込んでいたのもあり、この子と同じように父子家庭だったこともあって、
「おまえら、そういうのやめろよな。ひまりちゃんが泣いてるだろ」
ひまりちゃんがバカにされているのを見かけるたびに、僕は助けに入っていた。
今じゃとても信じられないが、当時の僕は心の底から本気で自分が神様に選ばれた特別な人間なのだと思っていた。
だから泣いている女の子を助けるなんて、へっちゃらへーのへっぴっぴーで楽勝問題だったのだ。
「なんだよアキト? かっこつけてんのか? 貧乏神と一緒にいて、お前まで貧乏になっても知らないぞ?」
「それなら僕は最近ずっとひまりちゃんと一緒にいるけど、ちっとも貧乏になんてなってないもんね。父さんの食堂も順調だし。だからひまりちゃんは貧乏神じゃないってーの。はい論破」
「ぐぬぬぬ……」
「ほら、ひまりちゃん。アイツらなんて放っといて一緒に帰ろうよ」
「う、うん」
僕はひまりちゃんをからかうアホ男子どもを華麗に論破すると、ひまりちゃんの手を取って歩きだした。
当時の僕はなにせマセガキで背伸びしまくっていたので──ネットで論破王ひろゆきや安芸高田市の石丸市長が討論で相手をボコボコにする動画を見ては、真似して悦に浸っていた──同年代のアホな男子を論破するくらいはお手のものだったのだ。
「アキトくん。いつも、助けてくれてありがとうございます」
ひまりちゃんが恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、だけどすごく一生懸命に、繋いでいない方の手を胸元でギュッと握りながら言った。
「あはは、気にすんなって。男の子は女の子を守ってあげる生き物なんだから。父さんがいつも言ってるんだ」
今では本当に信じられないが、当時の僕はアホほどマセていたので、そんなセリフがサラリと言えてしまう。
本当に信じられない。
誰だこいつ。
本当に僕なのか。
と、そこでひまりちゃんのお腹がグ~~っ! と力強く鳴った。
なんかもう気合十分! って感じの鳴り方。
「ひまりちゃん、お腹減ってる? もう放課後だもんね」
「えっと、今のは違くて……あの、その……」
顔を真っ赤にするひまりちゃん。
「前から言おうと思ってたんだけど、ねぇねぇひまりちゃん、うちに来ない?」
「え?」
「実は僕んち食堂をやってるからさ。一緒にご飯食べようぜ」
「あの、でも、わたし、お金、ないから……うち、貧乏で……おこづかいもなくて……」
「あはは、僕だって学校にはお金なんて持って行かないよ? お金なら気にしないで。食堂って言っても、僕んちだからへーきへーき!」
「でもアキトくんのおうちの人にご迷惑じゃ……」
「父さんはそういうの気にしない人だから! ま、細かいことは気にしないでいいってば。ほら早く早く! 話してたら、俺もすっごくお腹が空いてきたからさ!」
僕は遠慮しているひまりちゃんの手をグイグイと引っ張ると、家へと続く帰り道を歩き始めた。
僕――神崎暁斗(かんざき・あきと)の可愛い可愛い義妹のひまりちゃんが、さっき届いたばかりの白陵台高校の真新しい制服に早速着替えて、ファッションショーでもしているみたいにくるりと回った。
落ち着いた茶色のブレザーの下に、明るめの青のベスト。
胸元には可愛らしい赤リボン。
チェックのスカートが遠心力でひらひらと舞い踊る。
結構短めのスカートなので、真っ白な太ももがグッと際立ち、つい見とれそうになってしまった僕は、慌てて視線を上げた。
「すごく似合ってるよ。まるでひまりちゃんのために作られた制服みたいだ」
「やった♪」
ひまりちゃんは嬉しそうにピョコンと小さく跳ねると、僕の右腕をぎゅっと抱くようにして身体をくっつけてきた。
ひまりちゃんの柔らかい女の子の部分が、これでもかと自己主張してくる。
「ひ、ひまりちゃん、なにして――」
「初制服の記念写真を撮ろうと思っただけど? ほらほら、アキトくんも笑って笑って」
「ああ、うん。そういうことな……」
ひまりちゃんはスマホを持った右手を前に伸ばすと、2人がいい感じにフレームインしたタイミングを見計らってパシャリ。
「うん、可愛く撮れたしー♪ アキトくんにも送っとくね」
「サンキュー」
ひまりちゃんの言葉通り、ズボンのポケットに入れていたスマホから、ピコンと可愛らしいラインの着信音が聞こえてくる。
ひまりちゃんの初めての高校の制服姿。
後でじっくりと鑑賞させてもらおう。
「それで、アキトくんは制服着ないの?」
「中3の春休みに、わざわざ高校の制服は着ないよ」
「え~! 見たい~! アキトくんの制服姿、見たい~!」
「そんなの入学したら毎日でも見れるだろ? 家も高校も同じなんだしさ」
「今見たいの~! 今~! 今~!」
「ええぇ……」
「今見たいの~! アキトくんの制服姿が見たいの~!」
「わかったわかった。着替えてくるよ」
普段はすごく聞きわけがいいのに、珍しく駄々をこねるひまりちゃんに根負けした僕は、苦笑すると、制服に着替えるために自分の部屋へと向かった。
僕とひまりちゃんは血のつながっていない兄妹――いわゆる義理の兄妹だ。
女神のように可愛くて、要領も良くて、勉強も運動もできるひまりちゃんと。
取り立てて秀でたものがない平々凡々な僕。
そんな僕とひまりちゃんがどうして義理の兄妹になったのかというと――
◇
僕――神崎暁斗が小学校の低学年のころ、クラスに母子家庭の女の子がいた。
神谷ひまりという名前の少女で、ガリガリに痩せていて、何度も繕ったであろうボロボロの古着を着ていたこともあって、
「貧乏神が来たぞ~!」
「貧乏が移っちまう! 逃げろ~!」
心ない男子たちからは名前をもじって貧乏神なんて呼ばれていた。
「うっ、ぐすっ……」
ひまりちゃんは言い返すでもなく、いつも鼻をすすりながら俯いてしまう。
そして当時の僕はというと、自分は特別な人間だと思い込んでいたのもあり、この子と同じように父子家庭だったこともあって、
「おまえら、そういうのやめろよな。ひまりちゃんが泣いてるだろ」
ひまりちゃんがバカにされているのを見かけるたびに、僕は助けに入っていた。
今じゃとても信じられないが、当時の僕は心の底から本気で自分が神様に選ばれた特別な人間なのだと思っていた。
だから泣いている女の子を助けるなんて、へっちゃらへーのへっぴっぴーで楽勝問題だったのだ。
「なんだよアキト? かっこつけてんのか? 貧乏神と一緒にいて、お前まで貧乏になっても知らないぞ?」
「それなら僕は最近ずっとひまりちゃんと一緒にいるけど、ちっとも貧乏になんてなってないもんね。父さんの食堂も順調だし。だからひまりちゃんは貧乏神じゃないってーの。はい論破」
「ぐぬぬぬ……」
「ほら、ひまりちゃん。アイツらなんて放っといて一緒に帰ろうよ」
「う、うん」
僕はひまりちゃんをからかうアホ男子どもを華麗に論破すると、ひまりちゃんの手を取って歩きだした。
当時の僕はなにせマセガキで背伸びしまくっていたので──ネットで論破王ひろゆきや安芸高田市の石丸市長が討論で相手をボコボコにする動画を見ては、真似して悦に浸っていた──同年代のアホな男子を論破するくらいはお手のものだったのだ。
「アキトくん。いつも、助けてくれてありがとうございます」
ひまりちゃんが恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、だけどすごく一生懸命に、繋いでいない方の手を胸元でギュッと握りながら言った。
「あはは、気にすんなって。男の子は女の子を守ってあげる生き物なんだから。父さんがいつも言ってるんだ」
今では本当に信じられないが、当時の僕はアホほどマセていたので、そんなセリフがサラリと言えてしまう。
本当に信じられない。
誰だこいつ。
本当に僕なのか。
と、そこでひまりちゃんのお腹がグ~~っ! と力強く鳴った。
なんかもう気合十分! って感じの鳴り方。
「ひまりちゃん、お腹減ってる? もう放課後だもんね」
「えっと、今のは違くて……あの、その……」
顔を真っ赤にするひまりちゃん。
「前から言おうと思ってたんだけど、ねぇねぇひまりちゃん、うちに来ない?」
「え?」
「実は僕んち食堂をやってるからさ。一緒にご飯食べようぜ」
「あの、でも、わたし、お金、ないから……うち、貧乏で……おこづかいもなくて……」
「あはは、僕だって学校にはお金なんて持って行かないよ? お金なら気にしないで。食堂って言っても、僕んちだからへーきへーき!」
「でもアキトくんのおうちの人にご迷惑じゃ……」
「父さんはそういうの気にしない人だから! ま、細かいことは気にしないでいいってば。ほら早く早く! 話してたら、俺もすっごくお腹が空いてきたからさ!」
僕は遠慮しているひまりちゃんの手をグイグイと引っ張ると、家へと続く帰り道を歩き始めた。