「ヴァルツ様、口を開けてもらえますか?」

 昼食の時間帯。
 リーシャの手料理を、彼女自らあーんと僕の口に運ぶ。

「……ああ」

 朝にやって来て、早速昼食を作る行動力は素直にすごい。
 それに応えて、僕もここは素直に従った。

「い、いかがでしょうか?」
「!」
 
 噛んだ瞬間に伝わってくる温かさ。
 専属シェフに聞いたのか、僕の好みのバッチリ抑えた味付け。

 これは正直に言って──

「悪くない」(美味しい!)
「本当ですか!」

 めちゃくちゃ美味しかった。

「嘘は言わん」(本当だよ!)
「嬉しいです……!」

 リーシャはぱあっと明るい笑顔を見せる。
 相当嬉しかったのか、「次も次も」と僕の口に運びながら、リーシャは話し始めた。

「今まではやらされるがままでしたが、ヴァルツ様の役に立つなら私、もっとお料理を勉強します!」
「……好きにしろ」(良いと思う!)
「はい!」

 そういえば、リーシャはかなり家庭的な女の子だったなあ。

 元々、リーシャは手先は器用だった。
 だけど、婚約破棄された彼女は、嫁修行のやる意義を感じられなくて途中で投げ出した、とかいう設定があったはず。

 でも、リーシャルートを進めていくと、また勉強し直して成長していくんだよね。
 それゆえかファンの間では、リーシャルートの後半を『ママルート』と呼ぶ人さえいた。
 
「こちらもいかがですか!」
「……及第点だな」(すごく美味しいよ!)
「~~~っ!」

 今の時点でこんなに美味しい料理なんだ。
 これからさらに上手になると思うと、すごく楽しみだ……って。
 なにリーシャとの将来を想像してるんだ僕は!

 自分で恥ずかしい妄想をしていることに気づき、思わずガタっと体が動いた。

「あの、ヴァルツ様?」
「な、なんでもないっ!」

 急に恥ずかしくなり、リーシャの料理を一気に平らげる。

「ヴァルツ様、そんな急いでは!」
「ぐっ、問題ない!」

 そうして席を立つ。

「ご、ご……──ッ!」

 本当は「ごちそうさま」が言いたいけど、喉を出て行かない。
 ならばと僕は背を向けて言葉にした。

「……また作れ。俺の為にな」
「~~~っ! はいっ!」

 顔は見てないけど、笑顔だったことだろう。







 昼食後。

「お、出てきたか~ヴァルツ様!」
「なんだ、その顔は」

 修行をしに庭に出てくると、ニヤニヤしたダリヤさんがいた。

「お昼はどうだった?」
「だまれ。特に何事もねえ」
「えーそうですか~」
「チッ」

 本当にダリヤさん(この人)は。
 なんてうんざりしていると、後ろからまたも彼女の声が。

「ヴァルツ様ー!」
「な、なぜお前が……?」

 手を振ってやってくるのは、リーシャだ。
 それを説明するよう、彼女の隣にいるマギサさんが口を開く。

「彼女も修行をしたいって」
「はい! ヴァルツ様と共に!」
「お前という奴は……」

 でも、考えてみればそうだ。
 結局彼女も二年後には学園へ行くことになる。
 それなら鍛えておいて損はないのか。

「邪魔だけはすんじゃねえぞ」(気を付けてね)
「はい!」

 そうして、僕はいつも通りダリヤさんとの修行を開始する。
 その間、リーシャはマギサさんから見てもらうことになった。

 マギサさんの修行はかなりきついから、途中でリタイアしてしまうかもな。
 ──なんて思ってたんだけど。




「リーシャ様! まだ魔力を上げられますか!」
「は、はい……!」

 休憩のタイミングで、リーシャの修行を覗く。
 汗もかき、魔力も()(かつ)気味だ。

「もう少し踏ん張るのよ!」
「はい!」

 それでも、リーシャは弱音を上げない。
 あの状態はハッキリ言ってかなりキツいはずだが、執念かのように魔力を出し続けている。

「……」

 そんなリーシャの姿を見て思わず感心してしまう。
 正直、ここまでとは思っていなかった。

「嫁さんの観察ですかい? ヴァルツ様」
「黙れ」
「あの子、あれ相当やりやがるな。ただのお嬢様じゃねえぜ」
「……」

 それは見ててわかる。
 何が彼女にそこまでさせるんだろう。

「そこまでだよ、リーシャ様!」
「は、はい……ハァ、ハァ」
「よく頑張ったね。初めてでここまでできる子は中々いないよ」

 マギサさんがフラつくリーシャを支える。
 それからマギサさんが僕の方を指すと、リーシャは弱弱しく手を振った。

「私、頑張り、ました!」
「……!」

 褒める言葉は出て行かないけど、彼女の気持ちは伝わっている。
 修行をするからには、自分だけ甘くてはいけない。
 そう思うからこそ、あんなに頑張っているんだ。

「フッ」

 それなら、せめて気持ちだけでも褒めてあげたい。
 直接渡すことはできないが、僕は回復薬を放った。

「無様な姿を見せるな」(これで休憩してね)
「……! ありがとうございます!」

 それからダリヤさんの元に戻る。
 気持ちをさらに高めて。

「さっさと再開するぞ」
「お、いつもより休憩が短いな。嫁さんに良い所を見せるつもりで?」
「うるさい! ボコボコにするぞ!」
「へっへ、望むところです」

 否定はするけど、実際ダリヤさんの言う通りだ。

 リーシャがいると修行に集中できないかと不安はあった。
 でも、それは全くの逆だった。
 頑張る彼女を見て僕もさらに頑張ろうと思えている。

「行くぞ」
「どこからでも! ヴァルツ様!」

 良い影響を与えてくれたな、リーシャは。







<三人称視点>

 夕食の席に着き、ヴァルツは軽く周りを見渡している。
 だが、座っているのがダリヤとマギサだけなことに気が付き、口を開いた。

「あの女はどうした」(リーシャは?)
「ああ、それなら……」

 マギサさんがそういえばと答える。

「部屋で眠ってしまったみたい」
「そうか」
「あら。リーシャ様のご夕食が食べたかった?」
「……!」

 ヴァルツは身を乗り出して声に出す。

「そんなわけないだろう!」
「あらあら、そこまで否定しなくても」
「……チッ」
 
 そうして、ヴァルツは食べ始める前に席を立つ。

「おや、どこへ?」
「……手洗いだ」
「その料理を持って?」
「ああ、そうだよ!」

 そのままバンっと強く扉を閉めて、出て行った。
 だが、もちろん二人とも行く場所は分かっている。

「素直じゃなねえなあ、ヴァルツ様は」
「ええ。でも……」

 そんなヴァルツに、マギサはふふっとした顔で口にした。

「良い影響にはなってるんじゃないかしら」
「かもなあ」



 リーシャの部屋の前で、ヴァルツは部屋をノックする。

「……う、うん? ハッ!」

 それにようやく目を覚まし、リーシャはすぐさま扉を開く。
 寝すぎたことに気が付いたのか、慌てている様子だ。

「ヴァ、ヴァルツ様! すみません私、夕食の時間を──」
「構わん。そこで寝てろ」
「ですが!」

 人の家に来ておいて夕食を欠席する。
 それが失礼なことを自覚しているリーシャだが、ヴァルツは特に(とが)めない。

 そして、ヴァルツは持ってきた料理のプレートを手渡した。

「俺の口には合わん。お前が食べろ」
「え?」

 しかし、それはどう見ても出来たてほくほくの料理。
 リーシャの為に作られたことは、一目瞭然だった。
 わざわざリーシャのために運んできたことが口に出せないのだ。

「それと、そのまま寝るなよ。風邪を引けば俺に被害が出る」
「……は、はい」

 これも「風呂にしっかり入れ」の意味である。

「では俺は行くぞ」
「あ、ヴァルツ様!」
「なんだ」
「えと、その……」

 ヴァルツが夕食に戻る間際、リーシャは彼の袖を掴む。
 すると、眠ってしまう前に考えていたことを口にした。

「やっぱり私、邪魔ではないですか?」
「……」

 勢いでアタックしにきてしまったものの、少し申し訳なさもあったようだ。
 対して、ヴァルツは傲慢な言葉を返す。

「邪魔には決まっているだろう」
「……っ」

 それでも。

「だが、これ以上邪魔しなければ家に返すことはしない」
「!」
「せいぜい励むんだな」
「……! はいっ!」

 そうして、ヴァルツは戻っていく。

 相変わらず口は悪くとも、リーシャにはしっかり伝わっていた。
 “やることをやれば居てもいい”。
 そう言われたことが何より嬉しかったのだ。

「私、もっと頑張ります!」

 こうして、ヴァルツはリーシャを正式に家に迎え入れたのだった。

「ヴァルツ様とご結婚できるように!」

 それが叶うかはまた別の話だが──。