「坊ちゃま! こちらです!」

 会場からリーシャを連れ去り、外へ出る。
 そこには、ちょうどメイリィが馬車を回していた。

「よくやった」

 中での騒ぎを聞いたのかな。
 勘が良いのやら悪いのやら。
 
「乗れ」
「は、はい!」

 そのままお姫様だっこにしていたリーシャを乗せ、俺が乗ったのを確認して馬車が走っていく。

 後方を覗くも、追って来る様子はなさそうだ。
 一安心といったところだろう。

「坊ちゃま、いかかでしたか」
「くだらんパーティーだった」
「その割には楽しそうな顔をされてますよ」
「……ぬかせ」

 メイリィはたまに察しが良くて困るな。

「して、お隣の方はどうされたのでしょう」
「ただの成り行きだ」
「……そうですか」

 そう言うと、メイリィはなぜかジト目で俺とリーシャを交互に覗き見る。
 一体何が言いたいんだ。

「ったく」
 
 キツく結ばれたネクタイをほどきながら、後ろに寄りかかる。
 それはそうと、彼女は大丈夫かな。
 
「お前も何か言ったらどうだ」(大丈夫?)
「──ました」
「あ?」

 だけど、言葉がボソボソっとしか聞こえない。
 それに様子も変だ。
 
「ハッキリとしゃべれ」(うまく話せない?)
「惚れてしまいました!」
「は?」

 だけど、ついに思い切って言われたのは、とんでもない言葉だった。
 僕も思わず動揺してしまう。

「何言ってんだてめえは!」
「ダメですか!?」
「……っ」

 しかし、リーシャは恍惚(こうこつ)とした表情を浮かべている。
 からかっている気はなさそうだ。

 え、本当に?

「あの場から救って下さった姿、一瞬にして護衛を倒される力、そしてなにより!」
「!」
「ヴァルツ様の傲慢な態度に惚れてしまいました!」
「……!」

 リーシャは赤い顔のまま、ぐっと顔を近づけて来る。

 サラサラの明るい茶髪には、ドレスがよく似合う。
 メインヒロインとだけあって、魅入ってしまう美しさだ。

 しかも──

「わたしもヴァルツ様色に染めてください!」
「……っ!」

 こんなことまで言われてしまっては、ドキドキしないはずがない。

「は、離れやがれ!」(ち、近いよ!)
「やんっ」

 そんなリーシャを一度離れさせ、僕は冷静に思い出す。

 この子、こんな感じだったっけ。
 リーシャルートに入った後も、デレた後半はともかく、前半はあまり人を信じられずに冷たい態度を取られていたはず。

 だけど、そこでようやく思い至る。

 リーシャは、婚約破棄をされてどん底に落とされる。
 さらに、その後も周りの冷ややかな態度をされることで、人間不信に陥るんだ。
 でも、僕はそうなる前に彼女を救ってしまった。

 つまり、人間不信になる前に、本来のデレが僕に向いてしまった……?

「もうあなた様無しでは生きていけませんっ!」
「……っ」

 自分で言うのもだけど、この傲慢男(ヴァルツ)をうろたえさせるだって?
 相当なものだぞ──なんて考えていた時。

「!?」

 一瞬、前側の席からものすごい殺気を感じた。

「あの、坊ちゃま」
「なんだ」
「そのお嬢様と坊ちゃまは一体どのようなご関係で?」

 か、関係と言われましても。
 本当にただの成り行きでしかないんだ。

「関係など何もな──」
「婚約者です!」
「「は!?」」

 だけど、僕が答え切る前にリーシャが主張した。
 しかもそれだけに留まらず暴走を始める。

「わたしたちは約束された仲なのです!」
「……そうなのですか? 坊ちゃま」

 この子、何を言ってるの!?

「だから違うと言って──」
「そうなのです!」
「おい!!」

 だけど、弁明の余地すらもらえない。
 そんなリーシャを信じたのか、メイリィは一度目を閉じた。
 
「なるほど、そうでございましたか」
「どういう意味だ」
「いえ、わたしもこの時が来るとは覚悟しておりました。ですので、その時は自分の目でしっかりとお相手を確かめようと思っていたのです」

 なんだか話がおかしな方向に行き始めたぞ。
 メイリィがここまで口を出す理由はなんなんだ。

 そうして、じろりとリーシャを覗いたメイリィは、はっきりと言葉にする。

「結論、彼女ではいけませんね」
「あ、あなたに何が分かると言うのですか!?」

 対して、リーシャは咄嗟(とっさ)に身を乗り出す。

「そうでしょう。あなたはヴァルツ様から何か愛情を受け取りましたか?」
「そ、それは今から!」
「現時点でヴァルツ様から選ばれていないあなたは、結婚相手とは認められません」
「うぐぐ……」

 ていうか、メイリィも随分と意地を張っているな。
 何が彼女をここまでさせるんだろうか。

 だが、ピーンと何かを思いついたのか、今度はリーシャから攻撃(?)する。

「わかりました。メイドのあなたは、羨ましいのですね」
「なっ!?」
「ヴァルツ様を取られたくない。ずっと近くにいた主を取られるのは悔しいですものね」
「そ、そんなことメイドとしてあるはずが……!」

 だけど、メイリィは後半でしゅ~と顔を赤くしてしまう。
 このままじゃどうにも(らち)が明かなそうだ。

「おい。そこまでにしておけ」
「「!」」

 僕の言葉には二人とも耳を貸した。
 ならひとまず、事態を収めないと。

「こいつは祖国に返す。そのまま北上しろ」
「かしこまりました」
「えっ!」

 メイリィは頷くが、リーシャは目をハッと開かせた。
 さらに腕に絡みついて声を上げる。

「嫌です! わたしはヴァルツ様と共に帰ります!」
「は? バカなのかお前は」
「なんでですか!」

 そんなのダメに決まっている。
 ニコラのことを含め、せめて両親にはしっかりと経緯を話すべきだ。

「目障りなんだ。さっさと帰れ」(家には帰るべきだよ)
「むー」

 そんな考えがヴァルツの口から出て行くわけもないが、言いたい事は伝わるはず。
 冷静になればやるべきことは分かるだろう。

「では、両親に許可をいただければいいんですか!」
「なぜそうなる」
「では、わたしはどうすればヴァルツ様と一緒になれますか!」
「知らねえよ」

 グイグイ来るリーシャにちょっと身を引いてしまう。
 嫌なわけではないけど、ちょっと困るな。

「わたしはただ……ヴァルツ様と一緒に……」
「!」

 でも、少し言い過ぎたみたいだ。
 つくづく言い方というのは(とげ)になり得るな。
 反省した僕は、ヴァルツにできる最大の譲歩を言葉にした。

「しょうがねえ、許可をもらえたらだぞ」
「……! いいんですか!」
「……ああ」

 条件付きで了承しておく。
 でも、彼女には悪いがおそらく許可が下ることはない。
 リーシャパートでも、あの両親には苦労したからな。
 
「わかったら素直に帰りやがれ」
「はい!」

 リーシャは嬉しそうに返事をした。
 なんとか納得してくれたみたいだ。

「……」

 シナリオはすでに変わってしまったけど、学園ではまた顔を会わせることもあるだろう。
 今はその時を楽しみにしておこう。

 ──と思っていたのに。







 数日後、朝。

「は?」

 いつも通り修行をしていたところに、大荷物を持った少女が一人。
 馬車に乗って来たみたいだ。

「ヴァルツ様~!」
「な、なんでてめえが……?」

 他でもない、リーシャだ。
 彼女の姿にはさすがの僕も修行の手が止まった。

「なにしてやがんだ、てめえ!」
「約束通りこちらを持ってきました!」
「あぁ?」

 渡されたのは手紙だ。
 長々と書かれているけど、内容としては『娘をよろしくお願いします』とのこと。

「これでわたし達も親公認でございますね!」
「な、なに……?」

 おいおい、あのお堅い両親だぞ?
 なんで了承が出る?

「……!」

 そこで僕は、ようやく連れ去った日の仮説に確信を得る。

 リーシャ、そして彼女の両親は最初からお堅い人だったわけじゃない。
 あのパーティーでの婚約破棄を経て、人を警戒するようになってしまったんだ。
 けど、今回はそうなる前に僕が救った。

 ということは……やはり今の彼女は、ルート後半に見せるデレデレのリーシャってこと!?

「あらあら~」
「ヴァルツ様~?」
「!?」

 と、そこに寄ってくるニヤニヤ顔の師匠二人。

「そこのお嬢様はヴァルツ様のお相手ですか~?」
「いいですねえ」
「てめえら……」

 こんな時の大人はめんどくさい。
 知れた仲ならなおさらだ。

「違えよ。こいつはただの──」
「婚約者です!」
「てめえ!」

 いつも通り割り込んで来る彼女に、師匠二人の顔はさらにニヤニヤした。

「「あらあら~」」
「だから違えって!」

 すでに師匠たちは、ヴァルツの傲慢口調には慣れてしまっている。
 もうどうすることもできなかった。

「ヴァルツ様、お相手は大切にですよ」
「そうそう」
「~~~ッ! 勝手にしやがれーーー!」

 こうして、メインヒロインの一人、リーシャ・スフィアが家に住み着きました。