「ゴミどもが……」(緊張する……) 

 会場に着いて、早速いつものヴァルツの口調が出ていく。
 挨拶を交わす、多くの人々が目に付いたからだ。

「ごきげんよう」
「これはこれは」
「ようこそいらっしゃいました」

 ここはとあるパーティー会場。
 僕が住む『アルザリア王国』をはじめ、周辺数ヶ国の貴族たちが集まるパーティーが行われる場所だ。
 ここには招待されたのは同年代の貴族たちに、関係者のみ。

「チッ」(うぐっ)

 転生前は思い出せないけど、絶対こんな場所に来たことは無い。
 それは、この緊張具合が物語っている。

 そわそわして落ち着かない中、唐突に後ろから感触がした。
 
「あ、すみません!」
「あぁ?」(ん?)
「ひっ! こ、これはヴァルツ・ブランシュ様! た、たた、大変な失礼を!」

 少女がつまづいてぶつかったみたいだ。
 
「……」
「あ、ああ、あの……?」

 少女は頭を下げ、涙目で(おび)える。
 僕の悪い噂が他国まで広まっているからだろう。

 だったら、ここは紳士にそっと導くように……。

「さっさと散れ。殺すぞ」(大丈夫ですよ)
「ひいいいいっ!」

 だけど、飛び出した言葉が怖すぎて、少女は去ってしまった。

「……」

 おいー!!
 なに口走ってんだ、この傲慢男はー!!

「クソが」(はあ)

 絶対こうなると思った。
 あの怯え方なら、顔も相当に怖かったんだろう。
 こうなるから、パーティーなんかノリ気じゃなかったんだ。

 また、周りからヒソヒソと声が聞こえてくる。

「あれがヴァルツ様か」
「噂通りね」
「傲慢非道なお坊ちゃまだとか」
「権力があるからって偉そうに」

 今のやり取りを聞いていたんだろう。

 そもそも僕が過度に緊張しているのに、出て行くのはこの傲慢な口調だ。
 さすがにハードモードが過ぎる!
 もう行動する度に悪い予感しかしない!

「チッ」(うぅ)

 もうダメだ。
 端の方でおとなしくしていよう。




 それからしばらく。
 したくもないオラついた態度で周りを(にら)みつけいると、パっと会場の照明が消えた。

「あ?」(ん?)

 すると、すぐに前のステージのみが明るく照らった。
 どうやらメインステージが始まるようだ。

「皆の者、本日はお集まりいただきありがたく思う」

 若干上から挨拶をするのは、いかにも位を持った男だ。
 年齢は同じぐらい……ていうか見たことあるぞ、あの顔。

 メインキャラではない。
 誰だったっけな。

「ご存じの通り、僕はグラドール公爵家が長男『ニコラ』だ」

 あー、思い出した。
 なんか学園でも出てきたような気がする。
 たしか中盤ぐらいで登場する名前付きの(ネームド)キャラだ。

 国は違えど、僕と同じ位を持つ公爵家か。

「……」

 ていうか、待てよ。
 ニコラってなんで学園に登場したんだっけ。

「本日は重大な発表がある。まずは、来たまえ」
「はい」

 微妙に思い出せない中、ニコラに呼ばれて少女がステージに現れた。

「!」

 明るめの茶色を後ろで留めた髪型。
 スラリとしたスタイルに、よく似合う白ドレス。
 見るからに綺麗な少女だった。
 
「紹介しよう、我が婚約者『リーシャ・スフィア』だ」
「……よろしくお願いします」

 そのまま隣に並んだ彼女は、(うつむ)いたままお辞儀をする。
 あれ、ちょっと待てよ、この展開って……。

「だが、それもたった今まで(・・・)!」
「……」
「私はこの場で、彼女との婚約を破棄する!」

 その言葉で、ようやく僕は思い出す。

「……!」

 リーシャは作中のメインヒロインの一人だ。
 ゲーム開始前に婚約破棄をされ、立場が悪くなった彼女は学校で冷遇を受ける。
 特に女子陣から。

 そんな彼女を主人公が手を差し伸べることで、リーシャルートが解放されるんだ。
 本編開始前の婚約破棄はここで起きていたのか!

「……」(あいつ!)

 この唐突に行われた宣言。
 途端に、周りの者が口を揃えて言う。

「これはもう、ねえ……」
「残念だけど絶望的だわ」
「こんな場で宣言されちゃね」
「可哀そうだけど救いようがないわ」

 婚約破棄は大きく名誉を失わせる。
 それは相手の方が上の立場であれば、なおさらだ。
 自分には釣り合わないと堂々と宣言されたその不名誉は、一生付きまとってしまう。

 宣言の後、ヘラヘラしたニコラは手を払った。

「分かったらさっさと行け!」
「……はい」
「ククッ」

 その態度を見てさらに思い出す。

 こいつがリーシャとの婚約を破棄をするのは、裏での浮気相手と結婚するため。
 加えて、わざわざこんな場所で宣言した目的は、リーシャを(おとし)めることだ。

 つまり彼女は、自分がスカっとしたいがために利用された、ただの被害者だ。

「今後あの子との交友は控えましょ」
「そうですね」
「関係を絶つべきだわ」

 周りの者はすぐにそんな話を始める。

「……っ」

 当然気づいたリーシャはその場で動けなくなってしまった。
 行き場所を失ったんだ。

 そうか。
 ニコラ(君は)はこうなる姿が見たかったんだね。

「……」

 ここで何か行動を起こせば、今後大きく運命は変わる。
 そんなことは分かっていた。

 でも、関係ない。
 震える彼女を見て、僕の体はすでに動いていた。

「──【閃光弾】」

 端の席から光属性魔法を上方に撃つ。

「きゃっ!」
「わあっ!」
「なんだ!?」

 一瞬ピカっと光るだけの簡単な魔法だ。
 少し眩しいが、人体に影響はない。

 けど、その一瞬があれば十分。

「おい」
「……え?」

 【光・身体強化】を足に集約させた高速移動だ。
 光った間にステージに着いた僕は、フラつくリーシャを支えていた。

「顔を上げろ」(大丈夫?)
「え? は、はい……?」

 リーシャは混乱している。
 当たり前だろう、結婚破棄された上、目の前に初対面の男がいるのだから。
 しかし、周りからは声が上がった。

「あれはヴァルツ・ブランシュ様!?」
「どうして前に!?」
「あの子をかばったのか!?」

 小声ではあるが、動揺を見せているみたいだ。
 そんな中、ニコラが一目散に声を上げる。

「ヴァルツ・ブランシュ! なぜ貴様がここに!」
「……」

 僕は口角が自然と上がったのを感じながら返す。

「俺が前に来ちゃ悪いか?」
「当たり前だ! それに、なぜお前がそいつを(かば)うのかと聞いているんだ!」

 他国とはいえ、さすがは公爵家様だな。
 ヴァルツを前にしても引かないらしい。

「お前が婚約を破棄したんだろう? なら誰がどうしても構わないだろ」
「ええい、勝手な事を! お前たち!」

 すると、ニコラの護衛たち十数人が裏から出てくる。
 全員が武器を持ち、すでに臨戦態勢だ。

「そのバカ者を捕らえろ!」
「「「はっ!」」」

 対して、僕も腰に携えた剣を抜いた。

「フラつくな」(一瞬だけ立ってて)
「え?」

 十数人が一斉に向かってくる。
 だけど、所詮は数だけだ。
 こんなのはダリヤ一人に遠く及ばない。

「──【光の太刀】」
「「「……っ!?」」」

 ほぼ一瞬、光魔法を織り込んだ剣筋に、護衛は全員膝をつく。

「これで終わりか?」
「バ、バカな!? 僕の護衛たちだぞ!?」
「口ほどにもない」
「ぐっ……」

 ニコラは屈辱の目を向けたまま、こちらを指差して大声で叫んだ。

「なぜだ! なぜ僕の邪魔をする!」
「……フッ」

 その言葉には、思わず笑いを浮かべた。

「フッフッフ……ハーハッハッハ!」
「なっ!」

 顔を真っ赤にしたニコラはさらに声を上げる。

「何がおかしい!」
「ったく、バカかてめえ。今に知ったことじゃねえだろ」

 そして、今だけは思う。
 転生したのがヴァルツ(この男)でよかったと。

「俺は悪い奴(・・・)なんだよ」
「な、なに……?」

 ニコラに顔を近づけて宣言する。
 ヴァルツという男を最大限に活用して、この場を切り抜ける考えを。

「だから俺は好き勝手をする。こいつももらっていく。ただそんだけだ」

 婚約破棄をされたリーシャが、これ以上大衆の目に晒され続けるのは可哀そうだ。
 ならば、ここは強制的に連れ出してでもさっさと離れるべきだろう。

「ふ、ふざけるな! そんなの──」
「あ?」
「ひっ!」

 それでも楯突こうとするニコラに、剣を向ける。

「文句があるなら直接こい」
「……ッ!」
「ハッ、口ほどにもないな」

 そうして、リーシャをお姫様だっこにして、俺は外を向いた。

「掴まってろ」(掴まってて)
「は、はい!」
「──【閃光弾】」

 そうして再び、カッと光る弾の隙に外へ。
 僕はそのままパーティー会場を去った。

「〜〜〜!!」

 どうしてか、顔が赤くなっているようなリーシャを抱えながら。