「勝ちたいのか、死にたくないのか、選べ」

 ヴァルツからルシアへ。
 その究極の選択を突きつける。

「僕は──」

 対するルシアは、まさに即答(・・)
 
「僕は勝ちたい」
「……!」

 一瞬の迷いすらなく答えてみせたのだ。

「フッ」

 今のヴァルツの人格は本来のもの。
 その傲慢(ごうまん)さは普段どころの話ではない。

「悪くない答えだ」
 
 そんなヴァルツが笑った。
 彼もまたルシアを認めていたのかもしれない。

「ならば、言う通りにしろ」
「うん……!」

 そうして、ヴァルツはルシアへ指示を与えた。
 全ては魔王に勝つために。

「魂を全て【太陽】に(ささ)げろ」







<ヴァルツ視点>

 ずっと続く暗闇の中。
 僕は本来のヴァルツと対話をしていた。

『お前はどうなりたい』
「僕は……」

 でも、その答えは決まっている。
 初めからずっと変わらないものだから。

「みんなを守るヒーローになりたい」
『……フッ。悪くない』

 ヴァルツが笑った。
 傲慢で、決して笑顔を見せないようなあのヴァルツが。

「ヴァルツ……」

 その様子がなんとなく最期(・・)を思わせる。
 だから僕は聞いた。

「君に聞きたいことがあるんだ」
『……なんだ』

 何度も考えたことがある。
 以前、人格を乗っ取られた時、どうしてまた僕に返したのだろうと。

 あの時、君は『長くは持たない』と言っていた。
 でも、実はあのまま返さないこともできたんじゃないかと思う。

 だけど、その答えがようやく分かった。
 同じ体だからか、嫌でも君の感情が伝わってくるんだ。

「君は寂しかったんじゃないか?」
『……!』

 君はずっと孤独なままだった。

 だからこそ、傲慢な口調ながら周りを気にかける僕に体を返してくれた。
 君は本性をさらけ出せない。
 それでも、周りに人がいることに温かさを感じたかったから。

『……』

 原作最後の「俺は……!」というセリフ。
 あれはプレイヤーであるルシアが、複数人でヴァルツと対峙(たいじ)した時じゃないと起きない。

 「俺はお前らみたいになりたかった」。
 あれはそう言いたかったんだと思う。

 それでも、ヴァルツは最後まで肯定はしなかった。

『そんなわけねえだろ』
「そっか」

 だけど伝わってくる。
 おそらく本音を隠していることを。
 最後まで傲慢な奴だよ、君は。

『直に俺は消える』
「……うん」
『見せてみろよ。お前の行き着く先を』

 暗闇が次第に明るくなっていく。

 そんな中、おぼろげに聞こえたような気がした。
 それは、傲慢なヴァルツからは決して聞けないような優しい言葉。

『お前は間違いなくヒーローだ。俺も救われた一人だからな』

 そうして、視界が白色に(おお)われた──。






「……ッ!」

 目の前が一気にクリアになる。

 ここは学院。
 僕は戻ってきたんだ。

 そして、前方には──魔王。

≪終わらせようぞ、この戦いを≫
()もそう思っていたよ」

 口調が強制されない。
 やはりそうか。
 本来のヴァルツは消えたんだ。

 最後に()を残して。

「君の力、使わせてもらうよ」

 体の奥底に感じる魔力。
 このとてつもなく深い【闇】。
 明らかに今までのものとは違う。

 僕はそれを右手に宿す。

「──【太陰(たいいん)】」

 それと共に伝わってくる。
 ヴァルツの最後の伝言だ。

『てめえの【闇】が覚醒しないのは、お前が“本質的な悪”ではないからだ。そんな役は俺に任せておけばいい』

 ヴァルツは自らの魂を捧げて、【闇】を【太陰】に覚醒させた。

 そして、もう一つ。

「ルシア」

 すでにルシアの姿はない。
 代わりに浮かぶのは【太陽】の巨大な(かたまり)

 彼もまた魂を捧げたんだ。
 僕に【太陽】を授けるために。

「……ありがとう」

 僕がヴァルツの精神世界に落ちている間の出来事。
 それがヴァルツの記憶を通して伝わってくる。

 ヴァルツは今のままでは『勝ち目がない』と踏んだ。
 誰より優れた頭脳だ。
 おそらくそれは正しかったのだろう。
 
 だからこそ、ルシアの魂、そして自身の魂を犠牲にした。
 【太陽】と【太陰】を僕に授けるために。

 ヴァルツは【太陰】に覚醒させることはできた。
 それでも、【太陽】を操ることはできない。

 【光】と【闇】。
 二つを操ってきたのは僕だ。
 同時に扱うのは僕にしか出来ない。

 だから二人は託してくれた。
 【太陽】と【太陰】という特別な属性を。

「……っ」

 泣いている暇など無い。
 二人の想いに報いるためにも。

≪な、なんだそれは……!≫

 見たことがないであろう覚醒属性。
 魔王は焦った様子を見せる

巫山戯(ふざけ)るな!≫
「……!」

 魔王が魔力を溜める。
 これまでで一番の大きさだ。

≪見せてやろう≫
「望むところだ……!」

 ここで勝負が決まる。

≪【破滅の闇】≫

 魔王が最後の魔法を放った。
 それは学院全てを(おお)うような巨大な【闇】。
 今までの比ではない。

「……ふぅ」

 対して僕は、【太陽】と【太陰】を融合した。

「お前の敗因を教えてやる」
 
 全ての属性の始まりとされる【光】と【闇】。
 その覚醒属性である【太陽】と【太陰】。
 双極であるはずの二つの属性が交わり、爆発的な力を生む。

「想いの力だ」

 ヴァルツ、ルシア。
 僕の周りにいてくれた人たち。
 そして、王都の人々。

 全ての魔力が今、僕の体に乗っている。

「──【天地創造(ビッグバン)】」
 
 これまでの集大成。
 全ての想いが乗った魔法だ。

≪ぐうおおおおおおおおお≫
「はあああああああああ!」

 二つの魔法が宙でぶつかる。

 僕の後ろは学院、そして王都がある。
 僕が負けることがあれば、王都は消えてなくなるだろう。

 ──それでも、負けるはずがない。

「うおおおおおおおおおお!」
≪……!≫

 ほんの少し、僕の魔法が押した。
 それを機に一気に決着はつく。

「終わりだあああああ!!」
≪バカな……!≫

 まばゆい光を放つ【太陽】。
 深淵(しんえん)の闇に染まる【太陰】。

 その二つが入り混じった【天地創造(ビッグバン)】。

 唯一無二の色をした魔法が、魔王もろとも突き抜ける。
 それはやがて王都の空を貫いた。

「……!」

 魔王が発動させた各地の魔法陣が消え失せる。
 それと同時に、僕も魔力を使い切って【二律背反(アンチェイン)】が消えた。

「空が……」

 そして、空が晴れる。
 さっきまでの暗い世界はどこかへ行き、代わりにまぶしい陽が差し込んだ。

「勝ったんだな、僕は」

 安堵(あんど)から、その場にへたり込む。
 だけど、それと同じぐらい喪失感は残った。

「ヴァルツ、ルシア……」

 失ったものは大きい。
 それでも、前を向いて歩かなければならない。
 彼らが託してくれた未来のために。

 僕には守ったものもあるのだから。