「……ハッ」

 魔王の魔法が直撃し、存命を疑われたヴァルツ。
 それでも、土煙の中から無事な姿を見せる。

「ヴァルツ、君……?」
「二度と負けないんじゃなかったのか」

 だがそのヴァルツは、今までとはどこか違った雰囲気を持っていた。

「フッ」

 今のヴァルツは、本来の魂が体を乗っ取った形。
 修行時代に一度だけ見せた姿だ。

「ヴァルツ君、無事だったんだね!」
「……フン」
「!」

 魔法が直撃したヴァルツの部位。
 そこから、ボロボロっと武器の破片が落ちてくる。
 魔王の魔法により、懐刀が崩壊したのだ。

「……」

 その懐刀は、父──ウィンド・ブランシュから授かった物。
 それが身を(てい)したのか、魔王の魔法を防ぎ、ヴァルツの体が崩壊することなく済んだようだ。

「……フッ」

 何を思ったか、ヴァルツは口角を少し上げた。
 それでも、心の内を口から出すことはなく。

 次に発したのは、意味深な言葉。

「これがお前(・・)の未来の結果か」

 それは誰に向けて放った言葉か。
 ヴァルツは胸に手を当てた。

 そうして、魔王が再び声を上げる。

()い者よ≫
「……」
≪運が良い。だが──≫

 魔王が再び魔法を詠唱する。

「……!」

 ヴァルツはとっさに反応し、後退する。
 (えつ)(ひた)っている場合ではない。
 ここはまだ戦場なのだ。

「光野郎」
「え、僕!?」
「下がれ。死ぬぞ」
「う、うん!」

 また、同時にルシアへも指示を出す。
 そんな中で魔王が魔法を発動させた。

≪【邪龍】≫
「「……ッ!」」

 魔王の手から放出されるは、龍。
 邪悪な色を放ち、絶望を感じさせる邪龍だ。
 魔王と同じように、体が全て【闇】の魔力で構成されているようだ。

≪オオオオォォッ!≫

 【邪龍】は一直線にヴァルツへ向かう。

「ヴァルツ君!」
「……」

 だが、ヴァルツはそれを──

「その程度か?」

 頭を上から抑えつけ、【闇】の【弱体化】で破壊。

 動き。
 とっさの判断。
 限りなく正解に近い行動。

 今の一瞬の攻防だけでも、圧倒的戦闘センスが光る。

≪ほう≫

 これには魔王も少し目を見開いた。

 先ほどまでとは何かが違う。
 そう(とら)えたようだ。

≪では、これはどうかな≫
「どれだけ来ようが雑魚は雑魚だ」

 さらに魔力を強める魔王。

 対して、ヴァルツは迎え撃つ構えだ。
 そしてルシアにも指示を出した。

「今は防御だけに専念しろ」
「え、でも……!」
「黙れ。平民がほざくな」

 ヴァルツには考えがあるようだ。

「機は訪れる」







 一方その頃。

「ここは……」

 ヴァルツの体に転生した少年。
 彼はふと目を覚まし、辺りを見渡した。

「そうか」

 そして確信する。
 
 何もない空間。
 無限に広がる暗闇。

 ここは前に一度落ちた、ヴァルツの精神世界のようなものだと。

「僕は……」

 そんな中で、少年は己の行動を振り返る。
 
 ヒーローになりたい。
 傲慢(ごうまん)な態度に強制されるヴァルツの体でも、その気持ちを忘れたことはない。

「……」

 だからこそ、(ごう)を受け入れた。

 魔王からみんなを守るため、王都民から魔力を奪った。
 だが、それでも届かなかった。
 
 しかし、ふと声が聞こえてくる。

『おい』

 それは間違いなくヴァルツの声。
 冷淡で、傲慢なヴァルツの声だ。

『なに寝ぼけてやがる』
「……!」
『お前はまだ死んじゃいねえ』
「……あ」

 本来のヴァルツに言われ、思考を巡らせる少年。
 ヴァルツの体と同期しているからか、魔王の魔法は(まぬが)れたことを理解する。

 そうして、ヴァルツは問う。

『お前はどうなりたい』
「僕は……」 





 

 再び、戦場。

≪よく(ねば)る≫
「チッ!」

 魔王の手から次々と飛び出される魔法。
 【邪龍】、【邪虎】、【邪鮫】など、全てが生きた魔物のようにヴァルツ達を(おそ)う。

 ヴァルツとルシアは、対処するのに精一杯だ。

≪いつまで続くものか≫
「その口もそろそろうぜえ」

 なんとか致命傷は避けている。
 だが、疲労、長く続く戦闘のダメージが重くのしかかる。
 すでにボロボロの体をなんとか動かしているのだ。

「ヴァルツ君、どうすれば!」
「黙ってろ」

 だが、天才的な頭脳を持つ本来のヴァルツ。
 当然、ただ受け身なわけではない。

(考えられる対抗手段はおよそ60……)

 一瞬の(すき)が生死を左右する攻防。
 その間にも、頭では着実に作戦を立てている。
 やはり知能は抜群のものを持つ。

(その内、有効な手段は──)

 しかし、その明晰(めいせき)な頭脳がゆえに理解してしまう。
 
ゼロ(・・)……か)

 現状、勝てる手段が無い(・・)という事実に。

 【闇】だけならばまだしも、【光】まで得てしまった魔王。
 持っている魔力は文字通りの(けた)違い。

 何十回、何百回と脳内でシミュレーションをした。
 だが、何をどうしても勝てるビジョンは見えない。

「フッ」

 その客観的事実に、思わず笑ってしまうヴァルツ。

 それでも、この男は傲慢(ごうまん)
 確定した未来をただ進むような男ではない。

 『勝てる手段がゼロ』という事実。
 しかしそれは、犠牲を考えなかった(・・・・・・・・・)場合の話だ。

「おい」
「どうしたの!」

 激しい攻防の中、ルシアへ声を上げるヴァルツ。
 説明も後に、ヴァルツはそのまま突きつける。

「てめえはどっちだ」

 その究極の選択(・・・・・)を。

「勝ちたいのか、死にたくないのか」
「……!」
「──選べ」

 勝つならば死ぬ。
 死にたくなければ勝てない。

 これはそう聞いているのと同じ。

「僕は……」

 対して、ルシアの回答は──。