「二人で倒そう……!」

 もう一手がほしい。
 そんな場面にルシアが駆けつける。

「ハッ、いらねえよ……!」

 対して傲慢(ごうまん)な声を上げるヴァルツ。
 だが、その表情はニヤリとしている。

(いける! ルシアとなら!)

 苦戦を強いられていたヴァルツに、ついに反撃の狼煙(のろし)が上がる。
 
「足は引っ張んじゃねえぞ!」
「もちろんだよ!」

 ヴァルツとルシア、二人は同時に動き出した。
 正反対に見えて、(かか)げる思いは同じの二人。
 何度か共闘や対決を繰り返してきたことで、お互いの意志は完全に通じ合っていた。

「【光・身体強化】」
「【太陽・身体強化】」

 準備を整え、魔王へ一心に向かっていく。
 その中で、ヴァルツが指示を出す。

「あいつに物理は通じねえ」
「……!」
「だから俺がやる」
「わかった!」

 相変わらずの口下手だ。
 それでも、ルシアはヴァルツの意思を()み取った。

 ルシアは有効な魔法攻撃は持っていない。
 ならばと自らのやるべきことを理解する。

 ルシアが隙を作り、ヴァルツが大規模魔法を決める。
 二人の作戦が固まった。

「うおおおおおおお!」
 
 【太陽】の恩恵により、速さにおいてはトップのルシア。
 その剣閃はまさに一点突破の構えだ。

 しかし魔王からすれば、真正面から向かってくるなどもってのほか。

≪愚策≫
「いいや?」
 
 ──ヴァルツがいなければ(・・・・・)の話だが。

≪……!≫
「悪くない」

 ルシアはあくまで(おとり)
 あえて真正面から行くことで、ヴァルツが別方向から攻撃できるのだ。

「死ね」(くらえ!!)

 ヴァルツはその手に込めた魔法を解放する。

「──【混沌の魔力(カオスマター)】」

 【闇】と【光】が入り混じった球。
 これは、暴走したキュオネの魔力を喰らい尽くした時の技だ。

 最初は小さな球だが、相手の魔力を(むさぼ)るほどに大きくなり、やがて相手の魔力が()れるまで体内で暴れ続ける。
 
 だが、今回は違う点(・・・)が一つ。

「特別サービスだ」

 最初から巨大な球ということ。
 王都民から預かった魔力の恩恵だ。
 当然、球が大きいほど喰らう魔力は大きくなる。

「さあ、悲鳴を聞かせてみろ」

 ──それが魔王に直撃する。

「……!」
「やった……!?」

 目を見開くヴァルツとルシア。
 「【混沌の魔力(カオスマター)】」はその性質上、魔力が尽きるまで消えない。
 当たれば勝ち確定の技。

 ──のはずだった。

≪これごときが、奥の手だと?≫
「「……ッ!」」

 直撃したはずの【混沌の魔力(カオスマター)】。
 それがなぜか消失した。

「……ハッ」

 技の開発者であるヴァルツは理解した。
 起きるはずがないと考えて履いたが、この技には解決法が一つだけ存在する。

「ぶつけ合ったか……!」
≪ほう。見抜くか≫

 それは「【混沌の魔力(カオスマター)】」同士で喰い合うこと。
 互いに魔力を喰らう性質を持った球は、ぶつかり合えば互いに消える。

「……ふざけやがって」

 だが、だからこそおかしい(・・・・・・・・・)
 【混沌の魔力(カオスマター)】は【闇】と【光】の融合技。 
 
 つまり、【光】を持たないはずの魔王には真似できるはずがない。
 
≪こんなところで役に立つとは≫

 邪悪な笑みを浮かべる魔王。
 手に灯したのは──【光】。

「そ、そんな……!」
「さすがに笑えねえ冗談だな」

≪『勇者の(ほこら)』を探った甲斐(かい)があったようだ≫

 ヴァルツが王都から消えた間、ルシア達は『勇者の祠』を訪れていた。
 そこで祠が封印されていることに気づく。
 その仕業が魔王だったというわけだ。

「……チッ」

 『属性は人の本質を表す』という、この世界の(ことわり)
 魔王は明らかに【光】を持つ本質をしていない。

 だが、それでも魔王は【光】を持ってしまった。

「クソチート野郎が……!」

 これは魔王の『構造』と『力』が関係している。

 魔力の塊であるという構造。
 魔力を人の根源から奪い取るという力。

 その二つが起因し、魔王は『勇者の祠』から【光】を奪い取ったのだ。

≪我も思わぬ副産物であったがな≫
「そうかよ……!」

 魔王は勇者を復活させまいと祠を襲った。
 それが思わぬ形で【光】を手にしたようだ。

「ヴァルツ君……」
「ああ……」

 二人は今一度、剣を強く握り締める。

 状況はイーブン。
 ここからが本番だと。

 だが、それは間違い(・・・)だった。

自惚(うぬぼ)れるな≫
「「……!」」

 魔王が魔法を詠唱する。

≪【暗黒門】≫
「……!」

 先程まではギリギリ(かわ)せていた魔法。
 それが数段速い(・・・・)

 これは魔王が【光】を混ぜたから。
 特性である【強化】の効果により、魔法の射出速度が速くなっていたのだ。
 
 さらに、魔王に接近したことで距離も近くなっていた。
 
「ヴァルツ君……!」

 ヴァルツの目の前に魔法が迫る。
 それはどうあがこうと避けられない距離。
 厄介なヴァルツから狙うのは魔王としては当然。

「……ッ!」

 視界がゆっくりと動く感覚。
 まるで走馬灯を見ているかのようだ。
 そんな中で、ヴァルツは悟った。

(僕はここで……)

 王都中から魔力を奪い、(ごう)を背負うと決めた。
 あと一手がほしい場面でルシアも駆けつけた。

 これならと思った矢先、魔王は【闇】と【光】の両属性を持っていた。
 
 人間と魔王、元のスペックは圧倒的に違う。
 相手が同じ条件ならば望みは薄い。

(みんな、ごめ──)

 そうして謝りかけた時、心の奥底から声が(ひび)く。

『おい』
(……?)

 聞こえてきたのは、冷徹(れいてつ)な声。

『約束が違うんじゃねえか』
(この声は……!)

 自分と同じ声、同じ音。
 ただし、本質的に何かが違う声。

 その声は傲慢に命令した。

『代われ』
(……!?)
『そこで反省してろ』

 そうして、ヴァルツは意識を失う。

 戦場ではルシアが大声を上げた。

「ヴァルツ君ー!!」

 ヴァルツに魔法が衝突したのだ。
 彼は土煙に包まれ、様子が分からない。

 ──だが次の瞬間、

「まさかとは思うが」
「……え?」

 土煙を払う剣が見えた。

「俺の心配をしたわけじゃないだろうな」

 冷淡な声色。
 人を本質的に見下したような目付き。

「ハッ」

 いつものヴァルツとは明らかに様子が違う。

「ヴァルツ、君……?」
「二度と負けないんじゃなかったのか」

 姿を見せたのは、元の人格のヴァルツだった──。