<三人称視点>

「坊ちゃま……」

 メイドの格好をした少女──『メイリィ』は心配そうにつぶやく。

「そんなもんか! ヴァルツ様!」
「なわけねえだろ!」

 庭で修行をするヴァルツをそーっと覗いていたからだ。

「すごいです……!」

 ヴァルツの様子に、メイリィは激しく感心する。。
 それもそのはず、彼女はヴァルツが力を磨くことをずっと心待ちにしていたのだ。
 
 ヴァルツが才能の塊であることは、前々から知られていた。
 数々の逸話があるからだ。

 ある時、初めて剣を持ったヴァルツは、試しにその辺の領民をボコボコにした。
 まだ八歳の子が、Cランクという元冒険者の男を相手に。

 またある時は、魔力量を計る機関の者が「なんだこの量は……」と驚いた。
 剣だけではなく、魔法の才能もあったのだ。

 だが、ヴァルツは修行をしなかった。
 その才能にあぐらをかき、磨こうとはしなかったのだ。
 
 しかし、メイリィはそれでも良かった。
 一度心に決めた家に仕える者として、坊ちゃまがそれで良いなら。

「ですが!」

 ヴァルツは変わった。
 自ら修行をしたいと爺やに言い出し、毎日ボロボロになるまで修行をしている。
 傲慢な態度は崩さないが、どれだけ負けても必死に。

 その姿が、メイリィにはより輝かしく見えたのだ。 

「素晴らしいです……!」

 そして、メイリィの中には忘れられない光景がもう一つ。
 ヴァルツが師匠をつけるよう、爺やに頼んだ時のことだ。

『ごめんなさい、爺やさん』

 それは、とてもヴァルツとは思えない優しい声だった。
 両手もしっかりと合わされ、心から謝っていたように見えた。

(あの時はびっくりしました……)

 メイリィは目を真ん丸にして驚いた。
 なにか「良い人になってしまう弱体魔法(デバフ)」でも掛けられたのではないかと、思わず疑ってしまったほどだ。

(ですが、違ったんですね)

 思えば、ヴァルツが明確に変わったのはあの日からだ。
 相変わらず口は悪いものの、あの日は転びそうになった自分を助けてくれた。
 修行にも真摯(しんし)に向き合っている。

 そんな変わった姿を見て、メイリィは思った。

(坊ちゃまは究極の“ツンデレ”だったのですね……!)

 表では虚勢(きょせい)を張っているが、それはあくまで外側の部分。
 本当の中身は優しいただの少年なのだと。

 圧倒的すぎる才能は人を孤独にする。
 理解してくれる者がいないからだ。

 だから、坊ちゃまは内側と外側で違う人格が生まれてしまったのだと、そう考えてしまった。
 もちろん激しい勘違いである。

「それなら私は。私だけは──」

 それでも、メイリィは固く決意した。

「坊ちゃまの良き理解者に!」

 坊ちゃまを一人にはしない。
 主は、違う人格が生まれるほど孤独になってしまった。
 そんな彼を支えてあげられるのは自分だけだと心に決める。

「私がどこまでも付いていきます!」

 メイリィは母性本能に目覚めていた。
 彼女は今年で十八歳。
 ヴァルツより少し年上であり、背伸びしたい時期なのだ。

「坊ちゃま……!」

 ヴァルツが「やめろ」と言った『坊ちゃま』という呼び方をやめないのもこんな想いからである。

 自分だけは内側にいる本当に優しいヴァルツを理解してあげたい。
 この決意を胸に、今日もメイリィは“坊ちゃま”に仕える。