正義のヒーローになりたい。
みんなを守って、みんなを笑顔にするような。
前世のことはもうあまり思い出せない。
でも、その気持ちだけは心に残り続けている。
……なのに。
──なのに!
「どうして、よりによってこいつなんだよーーー!!」
僕は鏡を見ながら盛大に叫んだ。
こうなるきっかけは、ほんの十数分前。
「はっ!」
目を覚ますと、そこは知らない天井。
どうやらベッドに横たわっているみたいだ。
「あれ? 僕は何をしてたんだっけ……」
頭を抑えながらベッドを出る。
だけど、隣にあった姿見を見た瞬間、思わず目を疑った。
「え!?」
色が抜けたような白髪。
整った顔ではあるものの、威圧感を与える目付き。
いかにも貴族のような格好。
「ヴァルツ・ブランシュ……?」
この姿に見覚えがあったからだ。
それも、悪い意味で。
ヴァルツ・ブランシュ。
学園RPG『リバーシブル』に出てくる、悪役のラスボスキャラだ。
努力家で平民の主人公とはまるで真逆。
最上位貴族という地位の上、あらゆる才能にあふれる。
いや、あふれ過ぎていたんだ。
だからこそ、努力なんてせずとも、いずれ来る学園パートで好き放題する。
それに腹を立てる者もいるけど、圧倒的才能の前には誰も勝てない。
作中一の傲慢で非道なキャラだ。
だけど、最後には努力を続けた主人公と戦って敗北する。
努力が才能に勝る、主人公にとっては、まさにサクセスストーリーってわけだ。
そして、彼は「俺は……!」と言葉すら残せずに破滅することになる。
色々と考察されているものの、どうせ非道な言葉だろうと予想されていた。
と、そんな感じのキャラだったはず。
「そのヴァルツに……僕が!?」
手足の感覚を確認しながら、ようやく理解する。
僕は転生してしまったんだ。
このヴァルツ・ブランシュという男に──。
そんなこんなで、今に至る。
「……はあ」
理解はできても、やっぱり納得はできない。
僕は正義のヒーローになりたい。
きっかけは思い出せないけど、前世からこの気持ちに変わりはない。
なのに、こんな悪役非道なキャラになるなんて。
僕の目指すヒーロー像とはまるで真反対のキャラじゃないか。
「これからどうすれば……」
と、顔を下げていたところに──
「坊ちゃま!」
「……!」
ほとんどノックしたかしてないかぐらいの後、急いで一人の女性が部屋に入ってくる。
服装からして、僕のメイドさんだと思う。
「先程の叫び声はいかがいたしましたか!」
「!」
しまった!
さっきの、気持ちが高ぶって出た声が響いていたらしい!
僕は慌てて弁明しようとする。
「なんでもな……っ!?」
あれ!?
今、たしかに「なんでもないよ」って言おうとしたのに!
「どうされましたか?」
「だ、だから、……っ!」
やっぱりだ、思ったように声が出せない!
一体どういうこと!?
「やはりお熱でもあるのでは!」
「そうじゃねえ! ──!?」
そして、思わず出た声に自分でびっくりする。
今の“汚い言葉遣い”は『悪役ヴァルツ』の口調そのものだ。
「……」
そこである仮説が頭に浮かぶ。
もしかしてこいつ、優しい言葉を出せない!?
それも人前限定で!
本当になんて傲慢なキャラなんだ!
「坊ちゃま……?」
こうなったら仕方がない。
自分の意思を伝えるのは変えず、口調は出てくるままに……。
「おいメイド」
「は、はい!」
「さっさと俺の部屋から出て行け。“切られたく”なかったらな」
そう言うとヴァルツは、親指を下に、首を切る仕草を見せた。
ちょっ!?
そこまでひどいことは思ってないよ!?
だけど、メイドの反応はごく普通だった。
「良かったです。いつもの坊ちゃまですね」
「は?」
「では、私はこれで」
ばたんと扉を閉め、そのまま出て行ってしまったのだ。
「……」
なにこれ。
今ので良かったのかな。
ま、まあ、それよりもさっきの仮説の続きを考えよう。
「あー、あ~。僕は~」
うん、やっぱりだ。
人がいないところでは思考通りに話せる。
だけど、“人前”だと口調は傲慢に、一人称も「俺」になる。
「もはや尊敬するよ」
中身が僕になってなお、人前ではまだ傲慢であり続けるなんて。
我ながら(?)すごい人だ。
「……少し歩くか」
これじゃ正義のヒーローなんてなれるわけがない。
モヤモヤする気持ちを変えるため、一旦部屋を出る。
「広い家だなあ」
ヴァルツの家系──ブランシュ家は公爵家。
王家の次に偉い地位を持つ、最上位貴族様だ。
だからこの、こんな態度でもお咎めがなかったんだろう。
彼が傲慢であり続けたのは、この環境のせいもあるのかもしれない。
──なんて考えていた時。
「ん」
曲がり角の先で、さっきのメイドの姿が見える。
ティーセットを乗せたプレートを持っているみたいだ。
僕の部屋に持ってくるつもりだったのかな。
「あ、坊ちゃま!」
「おい、だから部屋には来るなと」
「わっ!」
「──!」
だけど、僕の姿を見たからかプレートをひっくり返しそうになる。
あぶない!
そう思った瞬間、僕の体は自然に動いていた。
「坊ちゃま……?」
「……!」
ハッと気が付けば、右腕でメイドさんを支え、左手にはプレートを持っていた。
もしかして、僕が助けたのか?
「!」
そこで、ようやく僕は思い至る。
そうか、そうだった。
ヴァルツはたしかに傲慢で非道なキャラだ。
「……フッ」
だけど、力だけはある。
剣や魔法はもちろん、知力、権力においても、作中では他の追随を許さないほどに。
それは物語が証明している!
「あ、あの……?」
そっとメイドを優しく下ろし、お礼を伝える。
怪我をしたら危ないからね。
「クズなりによくやった」(気づかせてくれてありがとう)
そして決意する。
だったら、なってやろうじゃないか。
僕がずっと憧れていたものに。
「フッフッフ」
こんな態度じゃ、結局待つのは破滅の未来だけかもしれない。
だけど、僕はそれでも構わない。
たとえそうだとしても、僕は最後まで人々を救って死ぬだけだ。
そう、正義のヒーローのように!
「フワーハッハッハー!」
笑い方は悪役のそれだけどー!!
でも、この時の僕はまだ知らなかった。
この決意が、結果的に破滅の未来を回避する行動に繋がっているとは──。
「さて、何から始めるべきかな」
ヴァルツの力を使って正義のヒーローになる。
そんな決意を固め、僕は一旦部屋に戻った。
「まずは情報からまとめてみるか」
僕が転生した男──ヴァルツ・ブランシュ。
混ざった記憶から、現在の年齢は十三歳だ。
「学園は二年後だな」
ゲーム本編が開始されるのは十五歳から。
それほど時間があるわけではないけど、何か始められることはあるはず。
「となれば、鍛えるしかない!」
正義のヒーローには力が必要だ。
ただ口走っているだけでは綺麗事に過ぎない。
物事を解決できる力があって、初めて人はヒーローになれる。
……まあ、原作のこいつは才能だけで解決していたけどね。
「よし!」
ヴァルツは貴族の中でも最上位である、公爵家の人間だ。
権力はあると言っていい。
その上、両親は王都に別居を構えていて、この家は実質僕一人。
割と自由な環境ではある。
「それなら、まずは『爺や』からだな」
記憶を頼りに、家の中央部とある部屋を訪ねる。
ノックにはすぐ返事が返ってきた。
「はい。どなたでしょう」
「俺だ」
「ぼ、坊ちゃま!? ただいまお開けします!」
「ああ」
扉が開き、顔を見せたのは爺や。
この家の執事たちを仕切る存在だ。
「坊ちゃま! いかがなさいましたか!」
「ふむ」
ここに来た理由は一つ。
「最高の師を呼べ。剣と魔法、両方だ」
(剣と魔法の師匠を呼んでもらえませんか!)
相変わらず口が悪いのは諦めるとしても、意図は伝わったはず。
その瞬間、爺は驚くように見上げて来た。
「ま、まさか坊ちゃまがご修行とは!」
「悪いのか?」
「いやはや感心いたしました。では僭越ながら、私めが招かせていただきます」
「なるべく早くしろ」
加えて、気になることがもう一つ。
「それと、その『坊ちゃま』とかいう呼び方をやめさせろ。俺はいつまでもガキじゃない」
「こ、これは失礼を! 厳しく伝えておきます!」
「わかればいい」
「ははっ!」
用件を伝え終え、少し急ぎ気味に扉を閉める。
僕の方がもう限界だったからだ。
「~~~っ!」
この傲慢野郎め!
爺やさん、めちゃくちゃ良い人じゃないか!
どうしてこんな態度を取っちゃうんだ!
「……もう」
呼び方に関しても、別にあんなつもりじゃなかったのに。
前世には貴族が無かったから、『坊ちゃま』と呼ばれるのがむずがゆかっただけなんだ。
なんで、いちいちケチをつけるかなあ、ヴァルツは。
「いずれ慣れる……かなあ」
こんなんじゃ正義のヒーローは程遠い。
なんだか行動する度に遠ざかってる気がする。
「でも!」
ヒーローは挫けない。
こんな時だからこそ、前に進まないとな。
そんな気持ちを持って、まずは扉に向き直った。
「ごめんなさい爺やさん。態度が悪くて」
一応、扉超しに謝っておく。
今はこれぐらいしかできないけど、いずれ認めてもらえるように。
「よし。また部屋に戻って作戦タイムだ」
そうして、この場を去った。
だけど、この時の僕は気づかなかった。
周囲の探知はおろか、異世界での生活は知らないから仕方ない。
とはいえ、多少は周りに気を遣っておくべきだったと思う。
「はわわわわ……」
まさか、この姿をメイドさんに見られていたなんて──。
★
一週間後。
約束通り、首都から剣と魔法それぞれの師が家に訪れた。
「ハッ、あなたがヴァルツ様ねえ」
剣の師匠──『ダリヤ』さん。
柄が悪そうな、髭をそり残したおじさんだ。
それでも、冒険者として最高ランクであるSランクパーティーの元一員だそうだ。
現在でもトップレベルの剣士だとか。
「失礼でしょう、ダリヤ」
続いて、魔法の師匠──『マギス』さん。
綺麗な紫の長い髪に、いかにも魔法使いの帽子を被っている。
見た目も若々しく、魔法のスペシャリストだ。
ただ、ダリヤさんと元同じパーティーとなると、年齢は三十……いや、これ以上はよしておこう。
「つってもよ、マギス。あのヴァルツ様だぜ」
「それはそうだけど……」
二人の視線は痛い。
ヴァルツのこれまでの噂を聞いてきたんだろう。
でも、これぐらいで立ち止まるわけにはいかないんだ。
「……」
心の中で深呼吸をして、僕は二人に向き直る。
そして、頭を下げ、下げ……下げられない!
ええい仕方ない、気持ちだけでも!
「せいぜい上手く教えろや」(ご教授ください!)
と思ったのに、いきなりガンを飛ばしてしまう。
人前の態度の悪さは相変わらずだ。
「ほう。噂通りの傲慢さだな」
「だから、その態度は失礼でしょダリヤ」
「お前もイラついてんじゃねえのか?」
「……別に」
うん、明らかにお二方ともイラついている。
爺やさんのことだし、おそらく高い金をもらって依頼されているんだ。
だったら、傲慢なままでも応えるまで!
「さっさと始めるぞ、愚図ども」
(早速やりましょう!)
「「!」」
僕の言葉にやる気を感じたかのか、師匠たちは目の色を変えた。
二人はニッと笑って口にする。
「コテンパンにしてやりますよ」
「付いてきてみなさい」
「……クックック」
喜ぶべきか悲しむべきか。
この時、初めて僕とヴァルツは意気があった。
「面白え」(よろしくお願いします……!)
こうして、僕──ヴァルツ・ブランシュの修行が始まった。
「そんなもんか! ヴァルツ様!」
二人の師匠が来てから、早一週間。
今日も僕は二人に修行をつけてもらう。
「なわけねえだろ!」
ダリヤさんがタメ口なのは、僕がそうしてほしかったから。
貴族だからと遠慮してほしくなかったんだ。
「もっと向かって来い!」
「うっせえ!」
相変わらず口を飛び出す言葉は悪い。
でも、ここ一週間は毎日が楽しいんだ。
なぜか。
「オラよ! お望みの一発だ!」
ヴァルツの才能もあり、着実に成長を実感できているからだ。
今の一撃も、もう少しでダリヤさんを捉えられた。
「また鋭くなりやがって、ヴァルツ様!」
「あたりめえだ!」
しかし、やはり相手は最高峰の剣士ダリヤさん。
すぐに追い抜くのは、そう簡単なではなかった。
そうして打ち合っていたところに、家の方から声が聞こえる。
「そろそろ交代の時間よー」
「おっと、もうそんな時間かよ」
マギスさんの声だ。
剣と魔法の修行は交代制。
いつも時間になったらマギスさんが呼びに来る。
でも、僕はまだ……!
「よそ見すんじゃねえぞ、クソが!」
「させるヴァルツ様が悪い」
「……ッ! ぶっとばす!」
剣の修行は、型の練習から始まった。
実戦では自由に斬り合っているように見えて、全ての基礎は型からきているのだという。
正しい型ができれば、後半はひたすらダリヤさんとの対人戦だ。
だけど、僕はまだ一本を取ったことがない。
「良い成長ぶりだけどなあ!」
「黙れ!」
さすがは元トップレベルの剣士だ。
でも、僕だって悔しくないわけがない。
「ほらよ」
「……ぐっ!」
そうして、地面に打ち付けられた上から、顔の横に剣を差される。
──今日も僕の負けだ。
そんな僕に、ダリヤさんは声をかける。
「ヴァルツ様の成長速度はハッキリ言って異常だぜ」
「だからどうした」
その表情は清々しいほどに笑っていた。
「自信を持っていい」
「……チッ」
ダリヤさんは剣をしまい、マギスさんと場所を代わった。
「あんたは手加減ないわねえ」
「……お前ほどじゃねえよ」
「あら、そうかしら」
立ち上がろうとする僕を、マギスさんは覗き込んでくる。
剣で体力を使い果たしたけど、ここから魔法の訓練が始まるんだ。
正直、修行のキツさに音を上げそうだ。
「あら、疲れてそうね。今日はやめるかしら」
「……なわけねえだろ」
でも、こんなところで負けてられない。
僕の目指すヒーローになるためには。
「ふふふっ、それでこそヴァルツ様ね」
「あたりめーだ!」
僕は再び顔を上げた。
魔法の修行方法は至極簡単。
『魔力』と言われる、魔法の素になるものを限界まで出し続けること。
これだけである。
魔力は筋肉のようなもので、限界まで使うほど総量が上がるらしい。
総量が上がれば、魔法の持続が増え種類も出せるようになるんだとか。
「まずは【身体強化】からね」
使うのは【身体強化】や【魔力弾】といった『無属性魔法』。
この世界にはそれぞれ固有の『属性』も存在していたはず。
それでも、まずは総量を上げることが何より大切だそうだ。
魔力が切れれば立っているのも辛くなるので、実戦でそうならない為に。
「さ、どんどん行くわよ~」
「……ああ」
相変わらず出ていく口は悪いけど、思考と言動は一致している。
「さっさと指示出せや!」(まだまだいけます!)
「ふふ。その意気よ」
こうして今日も、気を失いかけるまで魔力を酷使するのであった。
★
<三人称視点>
その夜、ブランシュ邸の隣。
「今日は晩酌かしら。ダリヤ」
一人椅子に座っていたダリヤに、後方からマギスが声をかける。
「ああ、そうだな」
「付き合うわよ」
ならばとマギスも隣に腰かけ、二人は晩酌を始めた。
それぞれ酒を一口味わった後に、マギスから話しかける。
「どう思うかしら、ヴァルツ様は」
「口が悪すぎるだろ。なんだあのガキ」
「ふふっ。否定はしないわ」
ここ一週間のことを思い出し、二人はふっと笑みを浮かべる。
レジェンド冒険者である二人は慣れたことだが、ここまで歪んでいるのは久しぶりに見たらしい。
「……けど、まあ」
「まあ?」
「聞いてた話とは違えな」
「ふっ、そうね」
だが反対に、ヴァルツを認めている部分もあるようだ。
「どれだけ打ちのめされても向かってくるあの目。嫌いじゃねえ」
「同感よ」
二人が聞いていたのは悪徳なヴァルツ・ブランシュだ。
努力など一切しないくせいに、上から物を言うだとか。
貴族の仕事は行わず、全て執事に丸投げだとか。
その上、気に入らない者はすぐにクビするだとか。
とにかく自分で動かず、私腹を肥やすばかり。
「そんな公爵家のお坊ちゃま様が、まさかあんなに根性あるとはなあ」
「ええ、まさに」
それがどうだろうか。
ふたを開けてみれば、どんなに厳しく修行をしても付いて来る。
それどころか、「まだまだ」と求めてさえくるのだ。
「あんな無茶苦茶な修行、俺が同じ年なら耐えられねえぞ」
「私もそうね。さすがに無理だわ」
「……特にお前の修行について言ってるんだがな」
「あらそう」
それから同時に一飲み。
次の酒に手を出したダリヤは、口角を上げながらつぶやいた。
「──二年だな」
「なんの話?」
「あの調子なら、二年で俺なんて抜く」
「……! それほどなの? あんただって、まだ五指には入る剣士だと思うけど」
ずっと隣にいたからか、マギスもダリヤの実力は誰より認めいている。
彼の実力を知っているからこそ、驚きを隠せなかったのだ。
剣においては圧倒的才能を持つダリヤですら、このレベルに到達するは何十年とかかった。
それをわずか二年で超すとは、とても信じ切れなかったのだ。
「つーか、魔法の方はどうなんだよ」
「……まあ異常よ。魔力量だけで言えば、すでにそこらの上級魔法職なんて目じゃないわ」
「ハッハッハ! だろ?」
「天は二物を与えず。この言葉を作った人がヴァルツ様を見れば、ひっくり返るでしょうね」
剣と魔法、それぞれ最高戦力級である二人がここまで言う。
それほどにヴァルツの才能は飛び抜けていたのだ。
だからこそ、なおさらあのヴァルツの態度が気になる。
マギスは不思議そうに口を開いた。
「あれだけ根性があって何で態度はああなのかしら」
「まー、そうだな」
「あそこまで一致していないのも不思議なものだけど」
だがダリヤは、細い目で窓の外を見上げたまま口にする。
「……いや?」
「え?」
そうして放った言葉に、マギスは思わず聞き返す。
対して、ダリヤはぐびっと飲みながら答えた。
「いずれ一つになる時がくる。俺にははそんな予感がする」
「どういう意味?」
「ハッ、さあな。ただのじじいの戯言だ。気にすんな」
そのままニヤリとしながら酒を飲み続ける。
だが、その顔は何かを考えているようだ。
(態度と口調、真逆のようで実はそうでもねえ)
「面白えじゃねえの」
二人の師匠はヴァルツの輝かしい将来を想像しながら、酒を進める。
明日のヴァルツの成長も楽しみにするように──。
<三人称視点>
「坊ちゃま……」
メイドの格好をした少女──『メイリィ』は心配そうにつぶやく。
「そんなもんか! ヴァルツ様!」
「なわけねえだろ!」
庭で修行をするヴァルツをそーっと覗いていたからだ。
「すごいです……!」
ヴァルツの様子に、メイリィは激しく感心する。。
それもそのはず、彼女はヴァルツが力を磨くことをずっと心待ちにしていたのだ。
ヴァルツが才能の塊であることは、前々から知られていた。
数々の逸話があるからだ。
ある時、初めて剣を持ったヴァルツは、試しにその辺の領民をボコボコにした。
まだ八歳の子が、Cランクという元冒険者の男を相手に。
またある時は、魔力量を計る機関の者が「なんだこの量は……」と驚いた。
剣だけではなく、魔法の才能もあったのだ。
だが、ヴァルツは修行をしなかった。
その才能にあぐらをかき、磨こうとはしなかったのだ。
しかし、メイリィはそれでも良かった。
一度心に決めた家に仕える者として、坊ちゃまがそれで良いなら。
「ですが!」
ヴァルツは変わった。
自ら修行をしたいと爺やに言い出し、毎日ボロボロになるまで修行をしている。
傲慢な態度は崩さないが、どれだけ負けても必死に。
その姿が、メイリィにはより輝かしく見えたのだ。
「素晴らしいです……!」
そして、メイリィの中には忘れられない光景がもう一つ。
ヴァルツが師匠をつけるよう、爺やに頼んだ時のことだ。
『ごめんなさい、爺やさん』
それは、とてもヴァルツとは思えない優しい声だった。
両手もしっかりと合わされ、心から謝っていたように見えた。
(あの時はびっくりしました……)
メイリィは目を真ん丸にして驚いた。
なにか「良い人になってしまう弱体魔法」でも掛けられたのではないかと、思わず疑ってしまったほどだ。
(ですが、違ったんですね)
思えば、ヴァルツが明確に変わったのはあの日からだ。
相変わらず口は悪いものの、あの日は転びそうになった自分を助けてくれた。
修行にも真摯に向き合っている。
そんな変わった姿を見て、メイリィは思った。
(坊ちゃまは究極の“ツンデレ”だったのですね……!)
表では虚勢を張っているが、それはあくまで外側の部分。
本当の中身は優しいただの少年なのだと。
圧倒的すぎる才能は人を孤独にする。
理解してくれる者がいないからだ。
だから、坊ちゃまは内側と外側で違う人格が生まれてしまったのだと、そう考えてしまった。
もちろん激しい勘違いである。
「それなら私は。私だけは──」
それでも、メイリィは固く決意した。
「坊ちゃまの良き理解者に!」
坊ちゃまを一人にはしない。
主は、違う人格が生まれるほど孤独になってしまった。
そんな彼を支えてあげられるのは自分だけだと心に決める。
「私がどこまでも付いていきます!」
メイリィは母性本能に目覚めていた。
彼女は今年で十八歳。
ヴァルツより少し年上であり、背伸びしたい時期なのだ。
「坊ちゃま……!」
ヴァルツが「やめろ」と言った『坊ちゃま』という呼び方をやめないのもこんな想いからである。
自分だけは内側にいる本当に優しいヴァルツを理解してあげたい。
この決意を胸に、今日もメイリィは“坊ちゃま”に仕える。
<ヴァルツ視点>
修行開始から早三か月。
「今日も張り切っていこ~!」
「は?」
朝の修行の時間になり、剣を持って庭に踊り出た。
だけど、そこにいたのはマギサさんだ。
「何してんだてめえ。じじいはどこいった」
「今日は剣はお休みっ。魔法の次のステップに進むためにね」
「あ?」
マギサさんは、嬉しそうに人差し指を立てて説明を始める。
なんだか僕をいじめるのが楽しくなってない?
そんな思いはよそに、彼女は話を進めた。
「なんと今日は、属性魔法に移ります!」
「……!」
「ほら驚いたでしょ」
「……なわけねえだろ」
口からはこう出ていくけど、内心すごく驚いている。
属性魔法はこの世界の醍醐味。
人それぞれに固有のものが存在するんだ。
僕の解釈に付け足すよう、マギサさんが口にした。
「ご存じ、魔力は自分に合うよう変換することで属性になります」
「ああ」
「そう、私なら【毒】!」
「……!」
マギサさんの手から、紫のドロドロの物が出て来る。
手に込めていた魔力を属性に変換したんだ。
「自分で言うのもだけど強力よ? ほれっ!」
「……ほう」(うわっ!)
マギサさんが、ドロドロとした物を地面に落とす。
その瞬間、当たった部分だけ草が枯れた。
これが【毒】属性の効果ってわけだ。
「属性はまさに多種多様。人の数だけ存在するわ。【炎】と【火】みたいに、似たものもたくさんあるけどね!」
「ああ」
「それと~……」
マギアさんが少し言葉をためる。
いかにも重要そうな事を言う顔だ。
「これはあまり伝わっていない話だけど、属性は人の本質を表すと言われている説も存在するの」
「……!」
すごいな、この情報を知っているのか。
というのも、これはゲーム本編の後半で出て来る情報だ。
本来なら、属性はランダムに生まれ持つと言われる。
それがこの世界の常識だ。
だけど、本当は違う。
マギサさんが言ったように「属性は人の本質を表す」。
これは主人公たちがイベントで明らかにする。
「面白い話よねえ」
「……」
その説明でさらに情報を思い出す。
この世界で言い伝えられる“逸話”のことだ。
属性はほぼ無数に存在するけど、中でも特別な二属性がある。
人々に“希望”をもたらす【光】。
人々に“絶望”をもたらす【闇】。
この二つを発現させたのは、過去に一人ずつのみ。
勇者の【光】。
魔王の【闇】。
今から何百年も前のこと。
争い合った両者のみが持っていたとされ、以来、伝説となった属性だ。
学園が始まるまでは。
「……」
そして、ヴァルツは悪役でありラスボス。
後に判明することだけど、実は魔王の系譜を持っている。
ゆえに、発現させるのは──【闇】。
「やってみな、ヴァルツ」
「……ああ」
マギサさんに言われ、目を閉じる。
魔力を属性に変換するコツは学んだ。
あとは魔力を込め、心の奥底にあるイメージを──放つ!
「……!」
魔力が色を持った感覚があり、目を開く。
──その瞬間、
「嘘でしょう!?」
マギサさんがひっくり返るほどに驚く。
だけど、一番驚いているのは紛れもない僕だ。
だって、だってこの属性は……!
「【光】……?」
それはヴァルツが持つはずもない、輝かしい色を放っていたのだから──。
「【光】……?」
僕の手元に灯ったのは、輝かしい属性。
ヴァルツが本来持つはずの【闇】とは、対極の属性だったのだ。
「まじかよ!」
「これが【光】属性なの!?」
マギサさん、そしていつの間にかそこまで来ていたダリヤさんが目を見開いて驚く。
そうなって当然だ。
だって、この属性はかつての勇者のみに許された属性なのだから。
「すげえな……」
「ええ……」
だけど、ならば二人は見たことすら無いはず。
それでもこれが【光】属性であると直感できたのは、そう思わせるほどの一寸の淀みすら感じない輝きからだろう。
「……っ」
かくいう僕も固まってしまっていた。
色々な考えが過ってんだ。
これは原作を変えてしまったのか?
中身が僕だから?
正義のヒーローになりたいという想いが【光】属性として表れたのか?
「とにかくすげえぜ、ヴァルツ様!」
「早速試しましょ!」
「……ああ」
だけど──
「ッ!?」
一瞬、体の奥底に何か黒いものを感じる。
【光】とは何か真逆のドス黒いようなものを。
「どうしたんだ? ヴァルツ様」
「……いや」
「それなら早く!」
「あ、ああ」
すぐに消え去ったそれは忘れることにした。
「どうした、ダリヤ!」
「うおっ!」
僕の【光】属性が発現して、すぐに修行を再開した。
そして、その効果は驚くほどすぐに現れた。
「手ぇ抜いてんならぶっとばすぞ!」
「まじかよ、ヴァルツ様……!」
僕の木刀がダリヤさんを剣ごと飛ばす。
態勢を立て直したダリヤさんは、高揚するような顔を見せた。
「これが伝説の【光】属性なのかよ!」
属性にはそれぞれ『効果』が存在する。
特徴といってもいいかもしれない。
たとえば、マギサさんの【毒】なら『溶解』。
触れたものを溶かすのだそう。
他にも【火】系統なら『燃焼』、【土】系統なら『地形変化』など。
覚える必要はないけど、それぞれ何かしらの特徴を持つ。
「さすが勇者様が持ってた属性だぜ!」
「……ああ」
そして、【光】属性の効果は──『強化』。
一見単純に聞こえるかもしれないけど、他の属性とは一線を画す。
強化量がケタ違いなんだ。
人々の希望となるその属性は、人々を奮い立たせ、戦う力を与える。
まるで太陽のような属性だ。
「──【光・身体強化】」
【光】属性に変換した上での【身体強化】。
効果は並みのそれとは比べものにならない。
「ダリヤ」
「?」
「俺の勝ちだ」
「──ッ!?」
瞬時に後ろを取り、剣をダリヤの首の横スレスレに立てる。
ぶらんと剣を下ろしたダリヤは笑い始めた。
「ハハッ! まじかよ!」
「……」
「俺の負けだ、ヴァルツ様」
「……!」
傲慢なこの口からは出て行かないけど、僕は心底喜んでいた。
勝ったんだ!
初めて最高峰の剣士ダリヤさんから、一本を取ったんだ!
「ハッハッハー!」(やったーーー!!)
感情が爆発する。
笑い方は変換されても、喜んでいることには変わりなかった。
「むしろ遅えぐらいだ」(ようやくやったんだ!)
「「……」」
「って、なんだてめえら」
だけど、僕が声を上げたのをよそに、二人の師匠は顔を見合わせる。
それから──
「「あはははは!」」
二人して大声で笑い始めた。
「なっ!? 何笑ってんだ、てめえら!」
「あはは、ごめんなさいね」
マギサさんが腹を抱えながら肩に手を乗せてくる。
「今のはさすがにツンデレに見えたから」
「はあっ!?」
「嬉しかったんですよね。ダリヤに勝ったのが」
「……っ! ぶ、ぶっ殺すぞ!」
ここまで口が悪くはないけど、恥ずかしさから思わず否定する。
「……」
それと同時に思う。
今のヴァルツはどんな顔をしていたんだろう。
きっと原作では見なかったような顔だったんだろう。
「……チッ」
しようと思っていない舌打ちが勝手に口から出ながら、空を見上げた。
僕はこいつが嫌いだった。
だけど、ほんの少し素直になるだけでこんな未来もあったんじゃないか。
そんな他人事のような同情をしてしまう。
「もう一本やるぞゴラ」(もう一本お願いします!)
それでも破滅の未来は待っているかもしれない。
でも、僕は進み続ける。
困っている人を助けるため、みんなを笑顔にするヒーローになるため。
「おう! ヴァルツ様!」
「どれだけでも付き合うわよ!」
この日は、初めてヴァルツが人を笑顔にした。
そう思うと、我ながら少し嬉しくなった。
「ゴミどもが……」(緊張する……)
会場に着いて、早速いつものヴァルツの口調が出ていく。
挨拶を交わす、多くの人々が目に付いたからだ。
「ごきげんよう」
「これはこれは」
「ようこそいらっしゃいました」
ここはとあるパーティー会場。
僕が住む『アルザリア王国』をはじめ、周辺数ヶ国の貴族たちが集まるパーティーが行われる場所だ。
ここには招待されたのは同年代の貴族たちに、関係者のみ。
「チッ」(うぐっ)
転生前は思い出せないけど、絶対こんな場所に来たことは無い。
それは、この緊張具合が物語っている。
そわそわして落ち着かない中、唐突に後ろから感触がした。
「あ、すみません!」
「あぁ?」(ん?)
「ひっ! こ、これはヴァルツ・ブランシュ様! た、たた、大変な失礼を!」
少女がつまづいてぶつかったみたいだ。
「……」
「あ、ああ、あの……?」
少女は頭を下げ、涙目で怯える。
僕の悪い噂が他国まで広まっているからだろう。
だったら、ここは紳士にそっと導くように……。
「さっさと散れ。殺すぞ」(大丈夫ですよ)
「ひいいいいっ!」
だけど、飛び出した言葉が怖すぎて、少女は去ってしまった。
「……」
おいー!!
なに口走ってんだ、この傲慢男はー!!
「クソが」(はあ)
絶対こうなると思った。
あの怯え方なら、顔も相当に怖かったんだろう。
こうなるから、パーティーなんかノリ気じゃなかったんだ。
また、周りからヒソヒソと声が聞こえてくる。
「あれがヴァルツ様か」
「噂通りね」
「傲慢非道なお坊ちゃまだとか」
「権力があるからって偉そうに」
今のやり取りを聞いていたんだろう。
そもそも僕が過度に緊張しているのに、出て行くのはこの傲慢な口調だ。
さすがにハードモードが過ぎる!
もう行動する度に悪い予感しかしない!
「チッ」(うぅ)
もうダメだ。
端の方でおとなしくしていよう。
それからしばらく。
したくもないオラついた態度で周りを睨みつけいると、パっと会場の照明が消えた。
「あ?」(ん?)
すると、すぐに前のステージのみが明るく照らった。
どうやらメインステージが始まるようだ。
「皆の者、本日はお集まりいただきありがたく思う」
若干上から挨拶をするのは、いかにも位を持った男だ。
年齢は同じぐらい……ていうか見たことあるぞ、あの顔。
メインキャラではない。
誰だったっけな。
「ご存じの通り、僕はグラドール公爵家が長男『ニコラ』だ」
あー、思い出した。
なんか学園でも出てきたような気がする。
たしか中盤ぐらいで登場する名前付きのキャラだ。
国は違えど、僕と同じ位を持つ公爵家か。
「……」
ていうか、待てよ。
ニコラってなんで学園に登場したんだっけ。
「本日は重大な発表がある。まずは、来たまえ」
「はい」
微妙に思い出せない中、ニコラに呼ばれて少女がステージに現れた。
「!」
明るめの茶色を後ろで留めた髪型。
スラリとしたスタイルに、よく似合う白ドレス。
見るからに綺麗な少女だった。
「紹介しよう、我が婚約者『リーシャ・スフィア』だ」
「……よろしくお願いします」
そのまま隣に並んだ彼女は、俯いたままお辞儀をする。
あれ、ちょっと待てよ、この展開って……。
「だが、それもたった今まで!」
「……」
「私はこの場で、彼女との婚約を破棄する!」
その言葉で、ようやく僕は思い出す。
「……!」
リーシャは作中のメインヒロインの一人だ。
ゲーム開始前に婚約破棄をされ、立場が悪くなった彼女は学校で冷遇を受ける。
特に女子陣から。
そんな彼女を主人公が手を差し伸べることで、リーシャルートが解放されるんだ。
本編開始前の婚約破棄はここで起きていたのか!
「……」(あいつ!)
この唐突に行われた宣言。
途端に、周りの者が口を揃えて言う。
「これはもう、ねえ……」
「残念だけど絶望的だわ」
「こんな場で宣言されちゃね」
「可哀そうだけど救いようがないわ」
婚約破棄は大きく名誉を失わせる。
それは相手の方が上の立場であれば、なおさらだ。
自分には釣り合わないと堂々と宣言されたその不名誉は、一生付きまとってしまう。
宣言の後、ヘラヘラしたニコラは手を払った。
「分かったらさっさと行け!」
「……はい」
「ククッ」
その態度を見てさらに思い出す。
こいつがリーシャとの婚約を破棄をするのは、裏での浮気相手と結婚するため。
加えて、わざわざこんな場所で宣言した目的は、リーシャを貶めることだ。
つまり彼女は、自分がスカっとしたいがために利用された、ただの被害者だ。
「今後あの子との交友は控えましょ」
「そうですね」
「関係を絶つべきだわ」
周りの者はすぐにそんな話を始める。
「……っ」
当然気づいたリーシャはその場で動けなくなってしまった。
行き場所を失ったんだ。
そうか。
ニコラはこうなる姿が見たかったんだね。
「……」
ここで何か行動を起こせば、今後大きく運命は変わる。
そんなことは分かっていた。
でも、関係ない。
震える彼女を見て、僕の体はすでに動いていた。
「──【閃光弾】」
端の席から光属性魔法を上方に撃つ。
「きゃっ!」
「わあっ!」
「なんだ!?」
一瞬ピカっと光るだけの簡単な魔法だ。
少し眩しいが、人体に影響はない。
けど、その一瞬があれば十分。
「おい」
「……え?」
【光・身体強化】を足に集約させた高速移動だ。
光った間にステージに着いた僕は、フラつくリーシャを支えていた。
「顔を上げろ」(大丈夫?)
「え? は、はい……?」
リーシャは混乱している。
当たり前だろう、結婚破棄された上、目の前に初対面の男がいるのだから。
しかし、周りからは声が上がった。
「あれはヴァルツ・ブランシュ様!?」
「どうして前に!?」
「あの子をかばったのか!?」
小声ではあるが、動揺を見せているみたいだ。
そんな中、ニコラが一目散に声を上げる。
「ヴァルツ・ブランシュ! なぜ貴様がここに!」
「……」
僕は口角が自然と上がったのを感じながら返す。
「俺が前に来ちゃ悪いか?」
「当たり前だ! それに、なぜお前がそいつを庇うのかと聞いているんだ!」
他国とはいえ、さすがは公爵家様だな。
ヴァルツを前にしても引かないらしい。
「お前が婚約を破棄したんだろう? なら誰がどうしても構わないだろ」
「ええい、勝手な事を! お前たち!」
すると、ニコラの護衛たち十数人が裏から出てくる。
全員が武器を持ち、すでに臨戦態勢だ。
「そのバカ者を捕らえろ!」
「「「はっ!」」」
対して、僕も腰に携えた剣を抜いた。
「フラつくな」(一瞬だけ立ってて)
「え?」
十数人が一斉に向かってくる。
だけど、所詮は数だけだ。
こんなのはダリヤ一人に遠く及ばない。
「──【光の太刀】」
「「「……っ!?」」」
ほぼ一瞬、光魔法を織り込んだ剣筋に、護衛は全員膝をつく。
「これで終わりか?」
「バ、バカな!? 僕の護衛たちだぞ!?」
「口ほどにもない」
「ぐっ……」
ニコラは屈辱の目を向けたまま、こちらを指差して大声で叫んだ。
「なぜだ! なぜ僕の邪魔をする!」
「……フッ」
その言葉には、思わず笑いを浮かべた。
「フッフッフ……ハーハッハッハ!」
「なっ!」
顔を真っ赤にしたニコラはさらに声を上げる。
「何がおかしい!」
「ったく、バカかてめえ。今に知ったことじゃねえだろ」
そして、今だけは思う。
転生したのがヴァルツでよかったと。
「俺は悪い奴なんだよ」
「な、なに……?」
ニコラに顔を近づけて宣言する。
ヴァルツという男を最大限に活用して、この場を切り抜ける考えを。
「だから俺は好き勝手をする。こいつももらっていく。ただそんだけだ」
婚約破棄をされたリーシャが、これ以上大衆の目に晒され続けるのは可哀そうだ。
ならば、ここは強制的に連れ出してでもさっさと離れるべきだろう。
「ふ、ふざけるな! そんなの──」
「あ?」
「ひっ!」
それでも楯突こうとするニコラに、剣を向ける。
「文句があるなら直接こい」
「……ッ!」
「ハッ、口ほどにもないな」
そうして、リーシャをお姫様だっこにして、俺は外を向いた。
「掴まってろ」(掴まってて)
「は、はい!」
「──【閃光弾】」
そうして再び、カッと光る弾の隙に外へ。
僕はそのままパーティー会場を去った。
「〜〜〜!!」
どうしてか、顔が赤くなっているようなリーシャを抱えながら。
「坊ちゃま! こちらです!」
会場からリーシャを連れ去り、外へ出る。
そこには、ちょうどメイリィが馬車を回していた。
「よくやった」
中での騒ぎを聞いたのかな。
勘が良いのやら悪いのやら。
「乗れ」
「は、はい!」
そのままお姫様だっこにしていたリーシャを乗せ、俺が乗ったのを確認して馬車が走っていく。
後方を覗くも、追って来る様子はなさそうだ。
一安心といったところだろう。
「坊ちゃま、いかかでしたか」
「くだらんパーティーだった」
「その割には楽しそうな顔をされてますよ」
「……ぬかせ」
メイリィはたまに察しが良くて困るな。
「して、お隣の方はどうされたのでしょう」
「ただの成り行きだ」
「……そうですか」
そう言うと、メイリィはなぜかジト目で俺とリーシャを交互に覗き見る。
一体何が言いたいんだ。
「ったく」
キツく結ばれたネクタイをほどきながら、後ろに寄りかかる。
それはそうと、彼女は大丈夫かな。
「お前も何か言ったらどうだ」(大丈夫?)
「──ました」
「あ?」
だけど、言葉がボソボソっとしか聞こえない。
それに様子も変だ。
「ハッキリとしゃべれ」(うまく話せない?)
「惚れてしまいました!」
「は?」
だけど、ついに思い切って言われたのは、とんでもない言葉だった。
僕も思わず動揺してしまう。
「何言ってんだてめえは!」
「ダメですか!?」
「……っ」
しかし、リーシャは恍惚とした表情を浮かべている。
からかっている気はなさそうだ。
え、本当に?
「あの場から救って下さった姿、一瞬にして護衛を倒される力、そしてなにより!」
「!」
「ヴァルツ様の傲慢な態度に惚れてしまいました!」
「……!」
リーシャは赤い顔のまま、ぐっと顔を近づけて来る。
サラサラの明るい茶髪には、ドレスがよく似合う。
メインヒロインとだけあって、魅入ってしまう美しさだ。
しかも──
「わたしもヴァルツ様色に染めてください!」
「……っ!」
こんなことまで言われてしまっては、ドキドキしないはずがない。
「は、離れやがれ!」(ち、近いよ!)
「やんっ」
そんなリーシャを一度離れさせ、僕は冷静に思い出す。
この子、こんな感じだったっけ。
リーシャルートに入った後も、デレた後半はともかく、前半はあまり人を信じられずに冷たい態度を取られていたはず。
だけど、そこでようやく思い至る。
リーシャは、婚約破棄をされてどん底に落とされる。
さらに、その後も周りの冷ややかな態度をされることで、人間不信に陥るんだ。
でも、僕はそうなる前に彼女を救ってしまった。
つまり、人間不信になる前に、本来のデレが僕に向いてしまった……?
「もうあなた様無しでは生きていけませんっ!」
「……っ」
自分で言うのもだけど、この傲慢男をうろたえさせるだって?
相当なものだぞ──なんて考えていた時。
「!?」
一瞬、前側の席からものすごい殺気を感じた。
「あの、坊ちゃま」
「なんだ」
「そのお嬢様と坊ちゃまは一体どのようなご関係で?」
か、関係と言われましても。
本当にただの成り行きでしかないんだ。
「関係など何もな──」
「婚約者です!」
「「は!?」」
だけど、僕が答え切る前にリーシャが主張した。
しかもそれだけに留まらず暴走を始める。
「わたしたちは約束された仲なのです!」
「……そうなのですか? 坊ちゃま」
この子、何を言ってるの!?
「だから違うと言って──」
「そうなのです!」
「おい!!」
だけど、弁明の余地すらもらえない。
そんなリーシャを信じたのか、メイリィは一度目を閉じた。
「なるほど、そうでございましたか」
「どういう意味だ」
「いえ、わたしもこの時が来るとは覚悟しておりました。ですので、その時は自分の目でしっかりとお相手を確かめようと思っていたのです」
なんだか話がおかしな方向に行き始めたぞ。
メイリィがここまで口を出す理由はなんなんだ。
そうして、じろりとリーシャを覗いたメイリィは、はっきりと言葉にする。
「結論、彼女ではいけませんね」
「あ、あなたに何が分かると言うのですか!?」
対して、リーシャは咄嗟に身を乗り出す。
「そうでしょう。あなたはヴァルツ様から何か愛情を受け取りましたか?」
「そ、それは今から!」
「現時点でヴァルツ様から選ばれていないあなたは、結婚相手とは認められません」
「うぐぐ……」
ていうか、メイリィも随分と意地を張っているな。
何が彼女をここまでさせるんだろうか。
だが、ピーンと何かを思いついたのか、今度はリーシャから攻撃(?)する。
「わかりました。メイドのあなたは、羨ましいのですね」
「なっ!?」
「ヴァルツ様を取られたくない。ずっと近くにいた主を取られるのは悔しいですものね」
「そ、そんなことメイドとしてあるはずが……!」
だけど、メイリィは後半でしゅ~と顔を赤くしてしまう。
このままじゃどうにも埒が明かなそうだ。
「おい。そこまでにしておけ」
「「!」」
僕の言葉には二人とも耳を貸した。
ならひとまず、事態を収めないと。
「こいつは祖国に返す。そのまま北上しろ」
「かしこまりました」
「えっ!」
メイリィは頷くが、リーシャは目をハッと開かせた。
さらに腕に絡みついて声を上げる。
「嫌です! わたしはヴァルツ様と共に帰ります!」
「は? バカなのかお前は」
「なんでですか!」
そんなのダメに決まっている。
ニコラのことを含め、せめて両親にはしっかりと経緯を話すべきだ。
「目障りなんだ。さっさと帰れ」(家には帰るべきだよ)
「むー」
そんな考えがヴァルツの口から出て行くわけもないが、言いたい事は伝わるはず。
冷静になればやるべきことは分かるだろう。
「では、両親に許可をいただければいいんですか!」
「なぜそうなる」
「では、わたしはどうすればヴァルツ様と一緒になれますか!」
「知らねえよ」
グイグイ来るリーシャにちょっと身を引いてしまう。
嫌なわけではないけど、ちょっと困るな。
「わたしはただ……ヴァルツ様と一緒に……」
「!」
でも、少し言い過ぎたみたいだ。
つくづく言い方というのは棘になり得るな。
反省した僕は、ヴァルツにできる最大の譲歩を言葉にした。
「しょうがねえ、許可をもらえたらだぞ」
「……! いいんですか!」
「……ああ」
条件付きで了承しておく。
でも、彼女には悪いがおそらく許可が下ることはない。
リーシャパートでも、あの両親には苦労したからな。
「わかったら素直に帰りやがれ」
「はい!」
リーシャは嬉しそうに返事をした。
なんとか納得してくれたみたいだ。
「……」
シナリオはすでに変わってしまったけど、学園ではまた顔を会わせることもあるだろう。
今はその時を楽しみにしておこう。
──と思っていたのに。
★
数日後、朝。
「は?」
いつも通り修行をしていたところに、大荷物を持った少女が一人。
馬車に乗って来たみたいだ。
「ヴァルツ様~!」
「な、なんでてめえが……?」
他でもない、リーシャだ。
彼女の姿にはさすがの僕も修行の手が止まった。
「なにしてやがんだ、てめえ!」
「約束通りこちらを持ってきました!」
「あぁ?」
渡されたのは手紙だ。
長々と書かれているけど、内容としては『娘をよろしくお願いします』とのこと。
「これでわたし達も親公認でございますね!」
「な、なに……?」
おいおい、あのお堅い両親だぞ?
なんで了承が出る?
「……!」
そこで僕は、ようやく連れ去った日の仮説に確信を得る。
リーシャ、そして彼女の両親は最初からお堅い人だったわけじゃない。
あのパーティーでの婚約破棄を経て、人を警戒するようになってしまったんだ。
けど、今回はそうなる前に僕が救った。
ということは……やはり今の彼女は、ルート後半に見せるデレデレのリーシャってこと!?
「あらあら~」
「ヴァルツ様~?」
「!?」
と、そこに寄ってくるニヤニヤ顔の師匠二人。
「そこのお嬢様はヴァルツ様のお相手ですか~?」
「いいですねえ」
「てめえら……」
こんな時の大人はめんどくさい。
知れた仲ならなおさらだ。
「違えよ。こいつはただの──」
「婚約者です!」
「てめえ!」
いつも通り割り込んで来る彼女に、師匠二人の顔はさらにニヤニヤした。
「「あらあら~」」
「だから違えって!」
すでに師匠たちは、ヴァルツの傲慢口調には慣れてしまっている。
もうどうすることもできなかった。
「ヴァルツ様、お相手は大切にですよ」
「そうそう」
「~~~ッ! 勝手にしやがれーーー!」
こうして、メインヒロインの一人、リーシャ・スフィアが家に住み着きました。
「ヴァルツ様、口を開けてもらえますか?」
昼食の時間帯。
リーシャの手料理を、彼女自らあーんと僕の口に運ぶ。
「……ああ」
朝にやって来て、早速昼食を作る行動力は素直にすごい。
それに応えて、僕もここは素直に従った。
「い、いかがでしょうか?」
「!」
噛んだ瞬間に伝わってくる温かさ。
専属シェフに聞いたのか、僕の好みのバッチリ抑えた味付け。
これは正直に言って──
「悪くない」(美味しい!)
「本当ですか!」
めちゃくちゃ美味しかった。
「嘘は言わん」(本当だよ!)
「嬉しいです……!」
リーシャはぱあっと明るい笑顔を見せる。
相当嬉しかったのか、「次も次も」と僕の口に運びながら、リーシャは話し始めた。
「今まではやらされるがままでしたが、ヴァルツ様の役に立つなら私、もっとお料理を勉強します!」
「……好きにしろ」(良いと思う!)
「はい!」
そういえば、リーシャはかなり家庭的な女の子だったなあ。
元々、リーシャは手先は器用だった。
だけど、婚約破棄された彼女は、嫁修行のやる意義を感じられなくて途中で投げ出した、とかいう設定があったはず。
でも、リーシャルートを進めていくと、また勉強し直して成長していくんだよね。
それゆえかファンの間では、リーシャルートの後半を『ママルート』と呼ぶ人さえいた。
「こちらもいかがですか!」
「……及第点だな」(すごく美味しいよ!)
「~~~っ!」
今の時点でこんなに美味しい料理なんだ。
これからさらに上手になると思うと、すごく楽しみだ……って。
なにリーシャとの将来を想像してるんだ僕は!
自分で恥ずかしい妄想をしていることに気づき、思わずガタっと体が動いた。
「あの、ヴァルツ様?」
「な、なんでもないっ!」
急に恥ずかしくなり、リーシャの料理を一気に平らげる。
「ヴァルツ様、そんな急いでは!」
「ぐっ、問題ない!」
そうして席を立つ。
「ご、ご……──ッ!」
本当は「ごちそうさま」が言いたいけど、喉を出て行かない。
ならばと僕は背を向けて言葉にした。
「……また作れ。俺の為にな」
「~~~っ! はいっ!」
顔は見てないけど、笑顔だったことだろう。
★
昼食後。
「お、出てきたか~ヴァルツ様!」
「なんだ、その顔は」
修行をしに庭に出てくると、ニヤニヤしたダリヤさんがいた。
「お昼はどうだった?」
「だまれ。特に何事もねえ」
「えーそうですか~」
「チッ」
本当にダリヤさんは。
なんてうんざりしていると、後ろからまたも彼女の声が。
「ヴァルツ様ー!」
「な、なぜお前が……?」
手を振ってやってくるのは、リーシャだ。
それを説明するよう、彼女の隣にいるマギサさんが口を開く。
「彼女も修行をしたいって」
「はい! ヴァルツ様と共に!」
「お前という奴は……」
でも、考えてみればそうだ。
結局彼女も二年後には学園へ行くことになる。
それなら鍛えておいて損はないのか。
「邪魔だけはすんじゃねえぞ」(気を付けてね)
「はい!」
そうして、僕はいつも通りダリヤさんとの修行を開始する。
その間、リーシャはマギサさんから見てもらうことになった。
マギサさんの修行はかなりきついから、途中でリタイアしてしまうかもな。
──なんて思ってたんだけど。
「リーシャ様! まだ魔力を上げられますか!」
「は、はい……!」
休憩のタイミングで、リーシャの修行を覗く。
汗もかき、魔力も枯渇気味だ。
「もう少し踏ん張るのよ!」
「はい!」
それでも、リーシャは弱音を上げない。
あの状態はハッキリ言ってかなりキツいはずだが、執念かのように魔力を出し続けている。
「……」
そんなリーシャの姿を見て思わず感心してしまう。
正直、ここまでとは思っていなかった。
「嫁さんの観察ですかい? ヴァルツ様」
「黙れ」
「あの子、あれ相当やりやがるな。ただのお嬢様じゃねえぜ」
「……」
それは見ててわかる。
何が彼女にそこまでさせるんだろう。
「そこまでだよ、リーシャ様!」
「は、はい……ハァ、ハァ」
「よく頑張ったね。初めてでここまでできる子は中々いないよ」
マギサさんがフラつくリーシャを支える。
それからマギサさんが僕の方を指すと、リーシャは弱弱しく手を振った。
「私、頑張り、ました!」
「……!」
褒める言葉は出て行かないけど、彼女の気持ちは伝わっている。
修行をするからには、自分だけ甘くてはいけない。
そう思うからこそ、あんなに頑張っているんだ。
「フッ」
それなら、せめて気持ちだけでも褒めてあげたい。
直接渡すことはできないが、僕は回復薬を放った。
「無様な姿を見せるな」(これで休憩してね)
「……! ありがとうございます!」
それからダリヤさんの元に戻る。
気持ちをさらに高めて。
「さっさと再開するぞ」
「お、いつもより休憩が短いな。嫁さんに良い所を見せるつもりで?」
「うるさい! ボコボコにするぞ!」
「へっへ、望むところです」
否定はするけど、実際ダリヤさんの言う通りだ。
リーシャがいると修行に集中できないかと不安はあった。
でも、それは全くの逆だった。
頑張る彼女を見て僕もさらに頑張ろうと思えている。
「行くぞ」
「どこからでも! ヴァルツ様!」
良い影響を与えてくれたな、リーシャは。
★
<三人称視点>
夕食の席に着き、ヴァルツは軽く周りを見渡している。
だが、座っているのがダリヤとマギサだけなことに気が付き、口を開いた。
「あの女はどうした」(リーシャは?)
「ああ、それなら……」
マギサさんがそういえばと答える。
「部屋で眠ってしまったみたい」
「そうか」
「あら。リーシャ様のご夕食が食べたかった?」
「……!」
ヴァルツは身を乗り出して声に出す。
「そんなわけないだろう!」
「あらあら、そこまで否定しなくても」
「……チッ」
そうして、ヴァルツは食べ始める前に席を立つ。
「おや、どこへ?」
「……手洗いだ」
「その料理を持って?」
「ああ、そうだよ!」
そのままバンっと強く扉を閉めて、出て行った。
だが、もちろん二人とも行く場所は分かっている。
「素直じゃなねえなあ、ヴァルツ様は」
「ええ。でも……」
そんなヴァルツに、マギサはふふっとした顔で口にした。
「良い影響にはなってるんじゃないかしら」
「かもなあ」
リーシャの部屋の前で、ヴァルツは部屋をノックする。
「……う、うん? ハッ!」
それにようやく目を覚まし、リーシャはすぐさま扉を開く。
寝すぎたことに気が付いたのか、慌てている様子だ。
「ヴァ、ヴァルツ様! すみません私、夕食の時間を──」
「構わん。そこで寝てろ」
「ですが!」
人の家に来ておいて夕食を欠席する。
それが失礼なことを自覚しているリーシャだが、ヴァルツは特に咎めない。
そして、ヴァルツは持ってきた料理のプレートを手渡した。
「俺の口には合わん。お前が食べろ」
「え?」
しかし、それはどう見ても出来たてほくほくの料理。
リーシャの為に作られたことは、一目瞭然だった。
わざわざリーシャのために運んできたことが口に出せないのだ。
「それと、そのまま寝るなよ。風邪を引けば俺に被害が出る」
「……は、はい」
これも「風呂にしっかり入れ」の意味である。
「では俺は行くぞ」
「あ、ヴァルツ様!」
「なんだ」
「えと、その……」
ヴァルツが夕食に戻る間際、リーシャは彼の袖を掴む。
すると、眠ってしまう前に考えていたことを口にした。
「やっぱり私、邪魔ではないですか?」
「……」
勢いでアタックしにきてしまったものの、少し申し訳なさもあったようだ。
対して、ヴァルツは傲慢な言葉を返す。
「邪魔には決まっているだろう」
「……っ」
それでも。
「だが、これ以上邪魔しなければ家に返すことはしない」
「!」
「せいぜい励むんだな」
「……! はいっ!」
そうして、ヴァルツは戻っていく。
相変わらず口は悪くとも、リーシャにはしっかり伝わっていた。
“やることをやれば居てもいい”。
そう言われたことが何より嬉しかったのだ。
「私、もっと頑張ります!」
こうして、ヴァルツはリーシャを正式に家に迎え入れたのだった。
「ヴァルツ様とご結婚できるように!」
それが叶うかはまた別の話だが──。