<三人称視点>

 数日後、朝。

「マティス王、ご視察です」

 アルザリア王立学園の前には、生徒たちが並んでいた。
 この国の王──マティス王が、今から視察に来るためだ。

「すっげぇ」
「本物は初めて見るぜ」
「おい、失礼だぞ」

 小声で話す生徒たち。
 中には無礼と思わしき者もいるが、それほどに珍しい事のようだ。

 そして、王を乗せた馬車が学園前に到着した。
 ついにマティス王がその姿を見せる。

「おはよう。生徒の諸君」

 地に足をつくと同時に、マティス王は一言。
 その姿に目を開いた生徒たちは、一斉に返した。

「「「おはようございます!」」」

 だが、内心は興奮している。

(((本物だ……!)))

 そんな中、王の護衛の中に割って入り、手を引く一人の教師。

「マティス王、こちらへどうぞ」
「うむ」

 偉大なる王を招くのは、新任教師エルメだ。

 まだ()(にん)してそれほど日は経っていない。
 だが教師の中でも、案内係は彼しかいないと満場一致で決まったようだ。

 その端麗(たんれい)な容姿に、常に低い姿勢。
 エルメは生徒だけではなく、教師陣からの評判も非常に良かった。

 裏の顔(・・・)にも気づくことはなく。

 そうして、マティス王は言い放つ。

「では、諸君らの日常の姿を見せてくれたまえ」
「「「はい!」」」

 今回はセレモニーではなく『視察』。
 朝こそ盛大に迎え入れたものの、生徒たちが学業に励む姿を(のぞ)きに来たようだ。

 生徒たちはそれに従い、順に学院へ入って行く。

「「「……」」」

 何人かは(いぶか)しげな表情を浮かべたまま──。




 各所で授業が始まるも、王が訪れた場所では緊張が走る。
 
「こ、これは初にお目にかかります! 私は教師の──」
「よい。続けてくれたまえ」
「は、はっ!」

 国王が目の前に来れば当然だ。
 教員や生徒には「あくまで普通に振る舞うように」と伝えられているが、それどころではないのは確かだった。

「ふむ」

 しばらく授業を眺めると、マティス王はまた次の場所へ。
 そんな中、マティス王がエルメに話しかけた。

「何人かいない者(・・・・)がいるようだが」
「左様でございますね」

 裏では(つな)がっているこの二人。
 思い浮かべているのは、おそらく共通の人物だろう。

 ヴァルツ・ブランシュ。
 ルシア。

 この二人の姿が見えないのだ。
 朝の迎え入れにはいたはずの二人は、どこの授業にも顔を出していない。

 ついでに言えば、彼らの周りにいる少女たち。
 リーシャやシイナなどの姿も見えないようだ。

「そうですね……」

 エルメはふと頭を巡らせながらも、マティス王へ返す。

「当学園は自由を(うた)っておりますので。各々が必要と感じたことのみ学ぶよう指導しております」
「そうであるか」
 
 それは「問題ない」との回答。
 周りに気づかせず、二人は歩みを進める。

 全ては己が計画のため。


 

 そうして、時間はお昼ごろに差し掛かる。
 マティス王の視察が終了する時間だ。

 生徒たちは再度、校門前に集合していた。

「ふむ」

 そんな彼らを前に、マティス王は振り返った。
 膝を付き、王の様子をうかがうのはエルメだ。

「いかかでしたでしょうか、マティス王」
「そうであるな」

 少し考えながらひげを触る。
 そうして両手を広げて言い放った。

「ここに集まるは、実に素晴らしき人材」
「おお……!」
「我がアルザリアの誇りである」

 王自らの(さん)()

「「「……!」」」

 これには学園中の者が表情を明るくする。
 生徒たちはもちろん、教師陣が何より嬉しいことだろう。
 
 王は言葉を続けた。

「ゆえに!」

 だがその声色が、一瞬にして(いびつ)なものへと変わった。

「実に素晴らしき生贄(いけにえ)よ」
「「「……!?」」」

 途端に、マティス王から邪悪な覇気(オーラ)が放たれた。

「マティス王!?」
「なんだこれは!」
「どうされましたか!」

 その禍々(まがまが)しい気配に、王の周りの護衛が瞬時に動く。
 王が(おそ)われたと思ったのだ。

 ──しかし、

「エルメ」
「はっ!」

 それをエルメが瞬時に蹴散(けち)らす。

「「「ぐわあああっ!」」」

 マティス王、否、『魔王』の側近であるエルメが、ついにそのベールを脱いだのだ。

「え?」
「は?」
「なんだこれ……」

 その様子に、学園の者たちは動けない。
 あまりにも唐突すぎる事態だったからだ。

 だが、一人の少女が声を上げた。

「きゃああああああああ!」

 一番前で見ていた少女だ。

「「「……ッ!」」」

 その悲鳴を聞き、恐怖は伝染する。
 目の前の事態が、ようやく現実であることと認識したのだ。

「うわああああああ!」
「どけ! どいてくれ!」
「お前こそあっちいけよ!」
「皆さん落ち着いて!」
「どうやってだよ!」

 一人の悲鳴を皮切りに、生徒・教師は大混乱に(おちい)る。

 なにが起きているかも分からないのだ。

 なにをすべきか。
 どこに逃げるべきか。

 それを整理できないまま、生徒たちはぶつかり合う。

 そんな状況で、王は(わら)った。

「始めるぞ、エルメよ」
「はっ!」

 主の指示に従い、エルメは地面に手を付いた。
 
 その瞬間、建物のあちこちに魔法陣が展開される。
 黒紫色をした禍々(まがまが)しい魔法陣だ。

 そこから出てきたのは──『(やみ)(じゅう)』。

「グオオオオオオオオッ!」
「グギャアアアアアアッ!」
「シャーーーーーーー!!」

 狼、熊、蛇など。
 見たこともない巨大な獣たちが、魔法陣同様、禍々しいオーラを放って咆哮(ほうこう)を上げる。

 それも何十体という数だ。
 
「「「きゃあああああああ……!」」」

 すでに混乱しきっていた生徒たちは、もう成す術がない。
 焦った人間が如何(いか)に無力かを知らしめているようだった。

 そして、瞬く間に被害が出そうになる。

「おい危ないぞ!」
「え……!?」

 逃げ惑う一人の少女に、闇獣が迫った。

「グオオオオオオオッ!」
「きゃあああああああ!」

 恐怖のあまり腰を抜かしてしまった生徒。

「はあッ!」
「……え?」

 ──そこに現れる、光を放つ剣。
 その光は、まさに『太陽』とも呼べるかもしれない。

(おそ)わせない!」
「グギャアッ!」

 その剣は、闇獣の爪を防ぎ、次の一手で体を真っ二つにする。
 剣の持ち主は少女に振り返る。

「大丈夫かい?」
「あなたは……」
「僕はルシアだ」

 その男は原作主人公ルシア。
 この状況を見て、ルシアはつぶやいた。

「やっぱり()を信じて良かった」




 また、ルシアの地点から離れた場所。
 学園で言えば西側。

「「「グギャアアアアアアッ……!」

 ここにも現れていた『闇獣』。
 だが、その前に立っている学園の部外者(・・・)たち。

「おいおい、まじかよ」
「本当にこんなことになるなんてねえ」

 ダリヤとマギサだ。
 誰の差し金か、本来は許可が必要なはずの敷地内に二人は立ちいっていた。

「ま、俺たちが一番信じてるのは可愛い弟子だからな」
「それもそうね」

 二人はとある人物を思い浮かべていた。
 また、その後ろにはたくさんの冒険者の姿も見える。

「レジェンドのお二人に付いていきます!」

 二人を敬愛するBランク冒険者セリダ。
 それから彼女の仲間たちだ。

 彼らに共通するのは一つ。
 とある人物を尊敬し、信頼していること。

 ダリヤはニヤリとした表情でつぶやいた。

「本命は任せたぜ、坊ちゃん」




 そして、再び魔王の場所。

「エルメよ。これはどうしたのだ」
「そ、それが……!」

 王の問いにエルメは動揺を見せる。

 混乱に陥った学園を、闇獣で一掃する。
 そうするはずだった予定が崩れていたのだ。
 何者か(・・・)の指示によって。

 エルメは苦虫を()み潰したような表情で答えた。

「誰かが、これを予期していたとでも言うのか……?」

 だがその言葉に、返ってくる声があった。

「誰かってのは、俺のことか」
「……! その声は!」

 エルメは声がする方を(にら)む。
 どうにも聞き覚えのある声だったのだ。

「待たせたな」

 傲慢(ごうまん)で、非道な声。

 土煙の中から、一瞬キラリと剣が光った。
 その剣が──王に迫る。

「よお、マティス王」
「貴様は!」
「いや、クソご先祖様(魔王)が……!」

 王の胸元をとらえた剣。
 持ち主は、ヴァルツ・ブランシュであった──。