<ヴァルツ視点>

「……!」(これは……!)

 森から王都へ帰還し、その姿に目を見開く。

 王都は──何も変わっていなかった。

「ヴァルツ様?」
「急いでいたみたいだけど、どうかした?」
「……あ、ああ」

 イリーガと軍団を()(ばく)しているダリヤさんとマギサさん。
 僕の【闇】と、マギサさんの【毒】で弱体化させているのもあって、イリーガ軍団はおとなしく付いて来ている。

 引き続き足を進めながら、僕は改めて思考を(めぐ)らせる。

「……」

 考えすぎだったか?

 壊されていた魔王の墓石。
 最悪を想定したが、王都は特に変わらない。

 むしろ、僕たちの方が注目浴びているぐらいだ。

「おい、あれイリーガじゃないか」
「本当だ」
「どうして捕まっているんだ」

 主に、カリスマ冒険者イリーガが捕らえられていることで。
 逆に言えば、それ以外は全く変わらない日常があった。

 嫌な予感は、気のせいだったのだろうか。
 
「チッ」(ふむ)

 魔王が復活していれば、すでに事を起こしていても不思議じゃない。
 それならば、僕の思い違いだったと考えるべきか。

「……」

 原作『リバーシブル』において、プレイヤーが操作するのはルシアだ。
 そのため、ヴァルツが『魔王の祠』で何を行っていたかは実は知らない。
 あそこが魔王の墓だと知っていたのは、ほんの物語の一文からだ。

 違和感の正体は、引き続き探っていくとするか。

 そうして結論付けたところで、

「ヴァルツ様」
「私たちはここで」

 ダリヤさんとマギサさんが近くの建物を指す。

 そこは──『冒険者協会』。
 冒険者が依頼を受注したり、情報を交わしたりする場所。
 酒場や装備屋なども併設されていて、冒険者にとっては総合案内所みたいなところだ。

「ああ」

 そこにイリーガ軍団を連れていき、処罰を下すのだろう。
 冒険者同士の(おきて)とやらもあるらしいし、ここは任せよう。

 そして、最後にダリヤさんがイリーガをげしっと()る。

「言う事ねえのか、イリーガ」

 ここまで黙り込んでいたイリーガ。
 だけど、僕とリーシャにすっと頭を下げた。

「すみませんでした。ヴァルツ・ブランシュ様」
「……」

 イリーガとダリヤさんの関係は、ここまでに少し聞いた。
 ダリヤさんもショックを受けている部分もあるだろう。

 たしかにメイリィを巻き込んだのは許せない。
 でも、しっかりと処罰を受けるならこれ以上は求めない。

「雑魚には興味ない」(色々あったのでしょう)
「……っ」
「俺の視界に二度と入るな」(今後メイリィに近づかなければ、僕からは何も)
「……はい」

 その弱々しい返事を最後に、師匠二人が連れて行った。
 二人も遠慮する気はなさそうだ。

 ちなみに、マギサさんがつぶやいていた処罰はあまりにも(こく)だったので、極力耳に入れない様にしていた。

「……」(……ふぅ)

 そうして、ふと空を見上げて、腕を伸ば──すことは意志力で出来ないが、心の中だけでも伸びをしておく。
 とりあえず、事態は収まったか。
 
 そうして振り返ろうとした時、

「ヴァルツ様~!」
「……!」

 ちょうど良いタイミングというべきか、聞き馴染(なじ)んだ声が聞こえてきた。

「ヴァルツ様!」
「ヴァルツ君!」

 リーシャ、加えてシイナが走ってきたんだ。

「てめえら、──ごふっ」

 からのダブルタックル。
 抱き着きらしいけど、勢いが強すぎる。
 メイリィといいこの二人といい、なんでこうもタックルが好きなんだ。

「ヴァルツ様!」

 顔を上げたリーシャ。
 その顔はパアっと晴れている。

「ご無事だったのですね!」
「俺の心配など不要だ」(ごめん、心配かけたね)
「ふふっ、ですね!」
「……!」

 と思えば、今度は腕に絡んで来るリーシャ。
 いつの間にか、僕の右腕が定位置になっているな。

 さらには、シイナも。

「無事に帰ってきて嬉しいよ」
「フン」
「そのツンデレも懐かしく感じるし」
「……黙れ」

 ヴァルツの傲慢(ごうまん)な意志力が、シイナと視線を合わせないよう顔を動かす。

「こっち見なよ~」
「チッ!」

 だけど、その度にシイナがひょこひょこと視線を合わせてくる。
 一体なんのゲームなんだ。

 そんな事をしていると、後ろからさらに三人が現れた。
 もちろん見覚えのある人物たちだ。

 ルシア、 

「おかえりヴァルツ君」
「黙れ」

 サラ、
 
「探偵のボクによると、そろそろ帰ってくると思ったよ」
「うるせえ」

 コトリまでも。

「ヴァ、ヴァルツさん。無事で良かったです」
「静かにしろ」

 まさに、原作『リバーシブル』のメインキャラクター達だ。

「騒がしい奴らだ」(みんな……)
 
 悪役のラスボスとして転生したはずの僕。
 そのはずが、気がつけばメインキャラクター達に囲まれている。
 それがとても不思議に思えた。

 リーシャがまた口を開く。

「とにかく良かったです。ヴァルツ様」
「……フン」

 良かった。
 この言葉が全てだと思う。

 みんなの様子から、僕は探し回ってくれたのかもしれない。
 今はそれが心の底から嬉しかった。

「俺は帰るぞ」

 そんな気持ちをバレることを嫌がったか。
 ヴァルツの意志力が、強引に後ろを振り返らせる。

 だが、みんなが口を(そろ)えて言った。

 リーシャとシイナ、

「あ、照れましたね」
「照れたね」

 サラとコトリ、

「探偵の推察力もいらないね」
「ヴァ、ヴァルツさん……」

 ルシアもだ。

「ヴァルツ君ったら」

 完全にバレバレだったらしい。
 これは相当恥ずかしい。

「~~~ッ! チッ!」

 そうして歩き出した時、

「おーい。そこの青春坊ちゃんたち~」
「あぁ!?」

 冒険者協会から出てきた人に声をかけられる。
 女性の冒険者らしき人だ。

「あ、その口の悪さ。もしかして、ヴァルツ・ブランシュ様ですか?」
「そうだが」
「やはり!」

 そんな女性冒険者は、協会へ招くように手を伸ばしてくる。

「よかったら、一杯やっていきませんか」
「何の話だ」
「実は──」

 女性は少し考えてから、再び口を開く。

「私たち、イリーガの悪事に巻き込まれた経験があって」
「……!」
「それを捕まえた人がいるってことで、お礼をしたくて」
「……」

 なるほど。
 イリーガはこの二年の間に、Sランクになるために悪い事もしたらしい。
 その被害を受けた冒険者たちということか。

「もちろん周りのご学友も歓迎します。あ、酒はダメね」
「聞いていない」

 そんな話を聞き、メイリィがずいっと顔を出してくる。

「坊ちゃま」
「あ?」
「坊ちゃまが祝福される権利があるのですよ」
「……チッ」

 僕は協会に足を向ける。

愚民(ぐみん)共の話を聞くのも、上に立つ者の務めか」
「「「やったあ!」」」

 こうして、帰還早々に僕は祝われることに。

 だが、この冒険者協会で、僕は新たな話を聞くことになるのだった。