「イリーガよぉ」

 ヴァルツ(とメイリィ)が『魔王の(ほこら)』に入っていった頃。
 イリーガに対して、ダリヤが語り掛けるように口を開いた。

「お前、どうしたんだよ」
「……うす」
「本質を見誤るなって何度も言ったじゃねえか」

 ダリヤとイリーガには関係がある。
 師匠というほどでもないが、複数回ほど依頼を共にしているのだ。

「お前を認めてた部分もあったんだぜ」

 今回、イリーガは(おきて)に従って罰を受ける。
 そこはダリヤもゆずる気はない。
 今やヴァルツの(とりこ)だからだ。
 
 だが、今回の件に至った経緯を聞いておきたいのも事実。
 観念したイリーガは徐々に口を開く。

「俺は……」

 思い出すのは、二年ほど前。
 ダリヤとマギサが『ヴァルツの修行』という依頼を(うけたまわ)り、王都を離れた頃の話だ。

「お二人のようになりたかった」

 当時からAランクだったイリーガ。
 周りからは、すでにカリスマ冒険者とも呼ばれ始めていた。
 そんなタイミングで二人が王都を去り、自分の天下だと考えたのだ。

「お二人のようなSランク冒険者に」

 だが、二年経ってもそこへは届かず。
 もはや称号である『Sランク』にはなれなかったのだ。

 何がいけないのか。
 何が足りないのか。

 それが分からず、自分で自分をどんどんと追い詰めたイリーガ。
 彼は次第に暴走を始める。

「やっちゃいけねえこともしちまったんだ」

 依頼達成のためにあくどい事をしたり。
 自ら()め事を起こし、それを解決することで名誉を得たり。
 冒険者らしからぬことをしたという。

「そして、今回の話を聞いた」

 今回の『真相の解明』という依頼。
 相手は大貴族ということもあり、Aランク以上の者しか受注できない、特別な依頼だった。

とある人物(・・・・・)から聞いたんだ。これについて解明すれば、Sランクになれると」
「……なんだと?」

 だが、そこでダリヤが初めて聞き返す。

 イリーガの経緯は理解した。
 その上で、別の問題(・・・・)が出てきた可能性がある。
 イリーガの欲望と暴走を知り、それを利用しようとした人物がいるのではないかと。

「そいつは誰だ!」
「名前は知らない。だが、奴は俺ですら知らない情報をいくつも持っていた」
「……」

 その回答に、ダリヤとマギサは顔を見合わせる。
 そして、再度尋ねた。

「どんな奴だ。特徴を教えろ」
「分からないが、格好は教師だった気が……」
「教師だと?」

 そこまで聞いたところで、

「あら、ヴァルツ様~!」

 マギサが立ち上がって声を上げる。

 ヴァルツとメイリィが『魔王の(ほこら)』から戻ってきたのだ。
 
「どうだったかしら~? あそこは」
「──早く支度をしろ」
「え?」

 しかし、マギサの冗談は軽くスルー。

「俺はすぐに帰る」

 そうして発したヴァルツの声色は、どこか焦って見えた。







 一方、違う場所。
 時刻はすでに夕方だ。

「ちょっ、冗談でしょ!?」

 震える声を上げたのは、探偵の格好をしたサラ。
 目の前の光景に、膝から崩れ落ちる。

「なんで、『勇者の(ほこら)』が……!」

 彼女が研究しに訪れていた『勇者の祠』が封印(・・)されていたのだ。

 周囲は大岩で固められ、入口は謎の結界が張られている。
 ここ最近は来ていなかったため、この事態に気づかなかったようだ。

「誰かが来たの……?」
 
 ここは『勇者の祠』と呼ばれるものの、歴史的にはあまり価値がないとされる。
 普段はサラぐらいしか訪れていなかったのだ。

「大丈夫? サラさん」
「元気を出して」

「う、うん……」

 そっとサラの肩に手を乗せるのは、ルシアとコトリ。

 そして、

「これ、ヴァルツ君に関係してる?」
「ヴァルツ様……」

 周りにはシイナとリーシャも共にいた。

 同じタイミングで動き出した彼らは、運良く合流していたよう。
 ヴァルツを追う上で、彼が行きそうないくつかの候補の中から『勇者の祠』にも立ち入っていたのだ。

 そうして、項垂(うなだ)れていたサラが顔を上げる。

「……でも」

 その表情に浮かべるは、絶望だけではない。

「何者かには価値があったんだ。この場所は」

 自分が間違っていなかったことに気づいたようだ。
 そんな事実も確認したところで、一同は顔を見合わせる。

「一度王都に戻ろう」

 時間も時間のため、戻って情報を再収集することにした。
 ヴァルツも森から帰還するため、すぐに顔を見合わせらせるだろう。

 だが、この一連の騒動。
 これらは全て、裏で手を引いていた者の計画の内だったのだ。







 アルザリア王立学園、地下。

「クフフフフ……」

 暗い空間の中で、一人の男が奇妙な声を上げる。

 ヴァルツ達の新担任となった男──エルメだ。
 表の顔は教師だが、裏の顔は魔王を復活させた張本人である。

 そんなエルメは、ふっとつぶやく。

「邪魔者を排除しておいてよかった」

 今回の一連の騒動。
 これは全てエルメの差し金である。

 自分が学園の教師となり、内部に侵入。
 ヴァルツを犯人にしたて、王都から一時的に出させる。
 それを案じたルシアも学園から出させる。

 全てがこの男の意のまま。

「【光】と【闇】はやはり特別ですからねえ」

 特別な二属性は、共に()かれ合う『共鳴』という現象を持つ。
 エルメはそれを危惧(きぐ)したのだ。

『共鳴』(あれ)があると、設置する時に気づかれてしまいますゆえ」

 そうして、エルメは何か(・・)を仕掛け終える。
 この口ぶりから、この二属性に関するものなのだろう。

「これでよし、と」

 後は気づかれぬよう、封印(・・)の魔法をかけておく。
 そうしてエルメはニヤリとした顔を浮かべた。

「もう少々お待ちください。魔王よ」

 全ては魔王のため。
 魔王の計画を成功させるため。

「機はすぐに来ますゆえ」