「こちらで少々お待ちください」

 黒スーツに身を包んだ執事さんに案内され、僕たちは大きな扉の前へ。
 ここが開かれれば国王様の玉座だ。

「緊張するね……」
「フン」

 ガチガチになっているルシアを横目に、僕は考える。
 
 こうなったきっかけは数日前。
 新担任のエルメ先生から呼び出され、僕とルシアへ伝えられたんだ。

『君達二人が、国王様に招待されている』

 どうしてこのタイミングで。
 どうしてエルメ先生が。

 色々と聞きたいことはあったが、学園に届いた通知とのことで、エルメ先生から僕たちへ伝えられたようだ。
 
 それから予定を立て、流れるように当日となった。

「……国王か」

 アルザリア王国、第五十二代国王『マティス・アルザリア』。
 原作『リバーシブル』ではそれほど関わってこないけど、いくつか情報はある。

 歴代国王に比べれば、特に功績を上げたわけではない。
 だが、その『温厚さ』はよく知られる。
 民を思い、民のための政策を行う、優しい国王だそうだ。

「……」

 だが、父さんからはとある情報も得ている。

 最近は「あまり政治に関わらくなった」。
 国王として変わらず最終決定権は持つものの、口を出すどころか、表に姿を見せる機会すら減っているという。

 そのため、(こう)(しゃく)家という最上級貴族である父さんでさえ、最近の顔を見たことが無いそうだ。
 「くれぐれも無礼のないように」と伝言を受けているが、父さんはどこか国王を心配しているようにも見えた。

「……フッ」(となれば)

 僕が確かめるしかないか。
 そんなタイミングでの招待も、何か意志があるのかもしれない。

「ヴァルツ・ブランシュ様、ルシア様」
 
 そうして、先ほどの執事さんが戻ってくる。
 どうやら準備が整ったらしい。

「では、こちらへ」

 左右にたたずむ槍兵が扉を開く。
 僕とルシアは玉座へ足を踏み入れた。
 
「よくぞ来た」

「……!」
「こ、ここ、国王様!」

 シャンデリアの光に目が慣れる前に、国王様自らが声をかけてくる。
 声が震えたままのルシアは、隣ですぐさま膝をついた。

「ほ、本日は、お、おま、お招きいただき……!」
「よい。この場で堅いのは好まぬ」
「で、ですが……!」
「隣の者を見てみよ」

 そうして、国王をはじめ部屋中の兵士、ルシアから視線が注がれる。

「……」(ヴァルツー!!)

 ヴァルツの傲慢(ごうまん)な意志力。
 それがこの場に及んでも、一切(ひざ)をつかせることはなく。

「……」(本当に気まずいって!!)

 ぴくりと膝を曲げることもかなわない。
 国王様を前にしても、まさかの棒立ちのままである。

 だが、国王様はそれをよしとした。

「はっは! 威勢があってよい」
「……フッ」

 た、助かった~!

 温厚な国王様じゃなかったらどうなっていたことか。
 もう想像すらしたくないよ。

「ヴァ、ヴァルツ君!?」(小声)
「黙れ」(小声)

 そんな僕には、さすがのルシアも驚きを隠せなかったみたいだ。

「では、お主らよ」
「「!」」

 そうして、国王様が再度口を開く。

 軽い挨拶(あいさつ)は終わりというわけか。
 これから招待された用件を伝えられるのだろう。

 ──なんて予想は大きく外れた。

「もう帰ってよいぞ」

「……!」
「……え?」

 意志力から言葉こそ出なかったものの、僕もルシアと同じ反応になる。
 これにはさすがに困惑してしまう。

 そんな僕たちに、側近の方が出口へ手を向ける。

「とのことです。お二人ともご退場いただけますでしょうか」

「……」
「え、でも」

「軽い挨拶のみとお伝えしていたはずです」

 たしかに事前にはそう言われていた。
 でも、それは社交辞令というか、本当にこれだけとは思うはずもない。

「ヴァルツ君、帰ろうか」
「……ああ。──!」

 だけど、そうして振り返ろうとした瞬間。
 頭の中に何か景色(・・)のようなものが浮かんでくる。

「……ッ!」

 ズキンと頭痛がしたのは、ほんの一瞬。
 でも、その間にたくさん流れ込んで来た。

 今のはおそらく──古い記憶。

 それはまだ、僕が僕じゃなかった頃。
 正確に言えば、僕がヴァルツへと転生する()の、赤ん坊だった頃のヴァルツ本来の記憶だ。

 そして、その中に一人。
 温かい笑顔でヴァルツを介抱する人物がいた。

「──!」

 あれは……十五年前のマティス国王だ。

 公爵家である父さんとマティス国王には繋がりがあった。
 だから、僕が生まれた時に抱いてくれたのだろう。

「……」

 記憶を思い出した今なら分かる。
 今でこそ傲慢なヴァルツだけど、その時のマティス国王には確かな『温かさ』を感じていた。

「大丈夫か?」
「!」

 そんな記憶を整理していたところで、マティス王から声をかけられる。
 俺はすぐさま現実に意識を戻した。
 
 でも、どうして今になってこんな記憶を思い出したんだろう。

「顔色が優れんようじゃが?」
「構うな。……ッ!?」

 だが、その答えはすぐに出た。
 目の前のマティス国王を見て、違和感を感じた(・・・・・・・)のだ。

「それなら良いのじゃが」
「……っ」

 一見、姿形は変わらない。
 年のせいか、少しふくよかになった気もするが、顔はそこまで変わるものじゃない。

 でも、違う(・・)
 具体的には分からないが、決定的に何かが違う。
 とにかくそんな気がしてならない。

「では、もうよいぞ」
「……ッ!」

 尋ねるべきか?
 でも何と言えばいい!

 考えれば考えるほど、沼にハマる。

「ヴァルツ君?」

 ルシアは違和感に気づいていない。
 当たり前だ。
 ルシアは初対面なのだから。

「……ッ!」

 じゃあ、ここは僕が!

「王よ」
「どうしたのじゃ?」

 まだ考えはまとまらない。
 ここは出てくる言葉に身をゆだねる。

「──誰だ」
「ふむ?」
「お前は……誰だ?」

 そう聞いた途端、

「一体何を!」
「国王に向かって!」
「無礼者!」

 周りの兵士が警戒心を一気に強める。
 槍を一斉にこちらに向けて来たのだ。
 
「よすのじゃ」
「で、ですが!」
「こやつはこういう奴なのじゃ」

 だが、マティス国王が手を上げ、兵士たちは槍を下ろす。

「誰か、という問いじゃったか」
「……ああ」
「わしはマティス王じゃ。それ以下でもそれ以上でもない」
「……っ」

 これ以上の危険は冒すことができなかった。




「ヴァルツ君、あれはなんだったの?」

 マティス国王の玉座を離れ、王城の前。
 ルシアがそう尋ねてくる。

「……」
 
 正直、それには答えかねる。

 自分でもまだ整理できていないんだ。
 だけど聞かなければならなかった。
 そんな使命のようなものを感じたんだ。

「お前には関係ない」
「……そっか」
 
 ルシアもこれ以上は聞いてこず。

「さっさと帰るんだな」
「そうするよ」

 ルシアは歩いて帰るようだ。
 すぐにこの場を後にした。

「……」

 そうして、僕は改めて考える。

 マティス国王への違和感。
 これは取り除かなれければいけない。
 僕の勘がそう言っているんだ。

「ならば、やることはいくつかあるか」

 そう考えながら、ふと横に目を向ける。
 そこには帰っていくルシアの姿が。

「……」

 これにはルシアですら巻き込めないかもしれないな。







<三人称視点>

 ヴァルツとルシアが玉座を訪れた日、夜。
 暗闇で二人の者が話を進める。

「我の演技はどうだった」
「ひやひやして汗が止まりませんでした」
「はっは」

 あろうことか、その場所は──玉座。

「お主こそ、自己紹介で我の崇拝と言ったそうだが」
「それはご愛嬌でしょう」
「それでよく人のことを言えたものよ」
「言い返す言葉もございませんね」

 それは、どこかで聞いたことのある声の主たちだ。

「では、引き続き行え。今はエルメ(・・・)だったか」
「はっ!」

 一人は、ヴァルツ達の新担任──エルメ。
 そんな彼が聞き返す。

(あるじ)はどうされるつもりでしょ」
「我はもう少しこの座を楽しむとしよう。せっかく何百年ぶりの人間界なのでな」
「そうでございますね」

 そうして、(こうべ)を垂れるエルメは主の名を口にする。

「──魔王よ」