<ヴァルツ視点>

 夏休みが明け、また学園の日々がやってくる。
 馬車から降りた僕は校門へ入ろうとしていた。

「ヴァルツ様~!」
「!」

 そんな一番最初の声は、やはりリーシャ。
 なんとなく予想はしていた。

「おはようございます!」
「ああ」

 それから、リーシャは僕の背中側にも目を向ける。

「キュオネちゃんもおはよう!」
「キュイキュイ~!」

 元気な挨拶に、背中にくっつくキュオネも嬉しそうだ。
 それからリーシャと共に大通りを共に歩く。
 
「ふふふっ!」
「何がおかしい」
「新学期のヴァルツ様の初めて(・・・)、いただきました!」
「黙れ……!」(言い方~!!)

 いきなり危険な発言をするので、いつもよりも念入りに「黙れ」しておく。
 知らないというのも中々恐ろしい。

「それはそうと」
「?」
「ヴァルツ様の腕、夏休みで太くなりましたね」
「か、勝手に触るな!」(びっくりしたあ!)

 リーシャはいきなり揉むように触ってくる。
 驚きと照れから思わず腕を引いてしまった。

「私以外なら、ですよね!」
「……お前の話だ」

 けど、そう言われると実は嬉しい。

 夏休み序盤こそ悩んでいたものの、息抜きの日もあり、その後の修行はかなり順調に進んだ。
 総じて、夏のパワーアップは大成功と言えるはず。

「……フッ」

 実戦で試したいことも色々あるしな。
 そう考えると、僕は意外と新学期を望んでいたのかもしれない。

「気合いが入っておりますね!」
「そんなわけがない」
「ふふっ。そういうことにしておきます!」

 新学期か。
 思い出せる範囲だけど、一応シナリオの復習もしてきた。
 これもヒーローとしてみんなを守るため。

 だが、そんな考えとは裏腹に、リーシャから気になる言葉が飛び出す。

「そういえば、新学期から新しい担任になるそうですよ」
「……!」(……え?)
「あれ、その顔。知りませんでしたか?」
「……いや」

 返事は曖昧(あいまい)にしたまま、頭をひねる。

 そんなシナリオあったか?
 それとも俺が見落としているだけ?

「楽しみですねっ!」
「……ああ」

 少し疑問は残ったまま、新学期の日程が始まった。







 朝のH(ホーム)R(ルーム)にて。
 普段はないけど、今日は新学期初日ということでだろう。

 そんな中、

「どうもみなさん。はじめまして」

 (きょう)(だん)に立った男が丁寧なお辞儀をする。
 どうやらあの人が例の新担任らしい。

「新しく担任になりました『エルメ』です。よろしくお願いします」
「「「わああああ!」」」

 エルメ先生が挨拶(あいさつ)を終えると、教室は拍手と歓声に包まれた。
 主に黄色い声援だ。

「やばっ、超かっこよくない?」
「趣味聞いてみようかなー!」
「えー積極的!」

 あの容姿ならなあ。

「……フン」
 
 新担任の『エルメ先生』。

 一言で言えばイケメンだ。
 加えて、スラリとしたモデルスタイルも持つ。
 見た目だけですでにモテそうなのが分かる。

「嬉しいなあ。先生、迎え入れられたりする?」
「もちろんです!」
「お、そこの子、元気いいねえ」
「きゃー!」

 エルメ先生が返事をくれた子に手を向ける。
 それだけで、また教室には再び歓声が上がった。
 この流れ数日は続きそうだな。

 そんな中、ついに質問をしだす女子生徒まで。

「エルメ先生! 趣味はありますか!」
「そうだなあ……」

 するとニッコリとした笑顔で答えた。

「魔王様の崇拝かな!」
「「「……え」」」

 だが、出てきたのは衝撃の答え。
 騒がしかった教室内が一気に静まる。

「……!」(え!?)

 かくいう僕も全く同じ反応をしていた。

「なーんちゃって」

 と思ったが、いきなりおちゃらけたエルメ先生。
 謝りながら、手は頭の後ろに舌をペロっと出す。

「なんだ~」
「びっくりしたあ」
「先生ブラックジョーク~」

 その仕草で、ようやくクラスが胸を|《な》撫でおろした。

「あはは、悪い悪いっ」

 まあ、見た目の好印象から許された感じだ。
 どんな冗談だよ、とは思うけど。

「じゃあ皆さん、本日からよろしく!」
「「「はいっ!」」」

 そんなこんなで、若干の波乱もありながら朝のHRは終えた。
 強烈な先生もいたものだ。

「……」

 でも、あんな濃いキャラを忘れるかな。
 そんな考えは一旦胸にしまっておいた。

 

★ 



 学園での一日を終え、放課後。
 家に帰るべく大通りを歩く。

 久しぶりの学園ということもあって、意外と疲れたな。

「……っ」(ん~!)

 こんな時は気持ち良く体を伸ば……伸ばせない。
 大通りだからか、謎の意志力が働いている。

「……」(なるほど)
 
 この傲慢(ごうまん)ゆえの理不尽さ。
 人目が多い学園生活が戻って来たなあって感じ。
 伸びも許されないのは、まあまあ意味が分からないけど。

「おー、いたいた! ヴァルツ君!」
「あ?」

 そんなところに呼び掛けられる声が聞こえ、後ろを振り返る。
 声の主は、新担任のエルメ先生だった。

「良かった。まだ帰ってなかったんだね!」
「何の用だ」
「一つ伝えておくことがあって。君と、ルシア君に」
「?」

 言う通り、先生の隣にはルシアの姿も見えた。
 僕と同時に話すつもりなのだろう。

「……」

 それにしても、僕とルシアに?
 一体どんな話だというのだろう。




 それから、エルメ先生とルシアと共に人目がない場所へ。
 やってきたのは学園の裏側だ。

「ここなら大丈夫だね」
「早くしろ」
「ああ、ごめんごめん」

 そこまで急かすつもりはないけど、早めに帰りたいのは事実。

「キュイィ……」

 背中でスヤスヤ眠っているキュオにも、エサをあげたいしな。
 そんな雰囲気を感じ取ったのか、先生は端的に要件を話してくれる。

「単刀直入に言うよ」

「ああ」
「はい」

 だが、ここで伝えられる内容。
 後になって考えれば、これが“終わりの始まり”だったのかもしれない。
 
 朝から感じていた違和感。
 知らないシナリオ。

 早く進み過ぎたシナリオによって、この時すでに歯車は狂っていたんだ。

「君達二人が、国王様に招待されている」