「そんなもんか! ヴァルツ様!」

 二人の師匠が来てから、早一週間。
 今日も僕は二人に修行をつけてもらう。

「なわけねえだろ!」

 ダリヤさんがタメ口なのは、僕がそうしてほしかったから。
 貴族だからと遠慮してほしくなかったんだ。

「もっと向かって来い!」
「うっせえ!」

 相変わらず口を飛び出す言葉は悪い。
 でも、ここ一週間は毎日が楽しいんだ。

 なぜか。

「オラよ! お望みの一発だ!」

 ヴァルツの才能もあり、着実に成長を実感できているからだ。
 今の一撃も、もう少しでダリヤさんを捉えられた。

「また鋭くなりやがって、ヴァルツ様!」
「あたりめえだ!」

 しかし、やはり相手は最高峰の剣士ダリヤさん。
 すぐに追い抜くのは、そう簡単なではなかった。

 そうして打ち合っていたところに、家の方から声が聞こえる。

「そろそろ交代の時間よー」
「おっと、もうそんな時間かよ」

 マギスさんの声だ。

 剣と魔法の修行は交代制。
 いつも時間になったらマギスさんが呼びに来る。

 でも、僕はまだ……!

「よそ見すんじゃねえぞ、クソが!」
「させるヴァルツ様が悪い」
「……ッ! ぶっとばす!」

 剣の修行は、型の練習から始まった。
 実戦では自由に斬り合っているように見えて、全ての基礎は型からきているのだという。

 正しい型ができれば、後半はひたすらダリヤさんとの対人戦だ。
 だけど、僕はまだ一本を取ったことがない。

「良い成長ぶりだけどなあ!」
「黙れ!」

 さすがは元トップレベルの剣士だ。
 でも、僕だって悔しくないわけがない。

「ほらよ」
「……ぐっ!」

 そうして、地面に打ち付けられた上から、顔の横に剣を差される。

 ──今日も僕の負けだ。
 そんな僕に、ダリヤさんは声をかける。

「ヴァルツ様の成長速度はハッキリ言って異常だぜ」
「だからどうした」

 その表情は清々しいほどに笑っていた。

「自信を持っていい」
「……チッ」

 ダリヤさんは剣をしまい、マギスさんと場所を代わった。

「あんたは手加減ないわねえ」
「……お前ほどじゃねえよ」
「あら、そうかしら」

 立ち上がろうとする僕を、マギスさんは覗き込んでくる。
 剣で体力を使い果たしたけど、ここから魔法の訓練が始まるんだ。
 正直、修行のキツさに音を上げそうだ。
 
「あら、疲れてそうね。今日はやめるかしら」
「……なわけねえだろ」

 でも、こんなところで負けてられない。
 僕の目指すヒーローになるためには。

「ふふふっ、それでこそヴァルツ様ね」
「あたりめーだ!」

 僕は再び顔を上げた。

 魔法の修行方法は至極簡単。
 『魔力』と言われる、魔法の(もと)になるものを限界まで出し続けること。
 これだけである。

 魔力は筋肉のようなもので、限界まで使うほど総量(・・)が上がるらしい。
 総量が上がれば、魔法の持続が増え種類も出せるようになるんだとか。
 
「まずは【身体強化】からね」

 使うのは【身体強化】や【魔力弾】といった『無属性魔法』。

 この世界にはそれぞれ固有の『属性』も存在していたはず。
 それでも、まずは総量を上げることが何より大切だそうだ。
 魔力が切れれば立っているのも辛くなるので、実戦でそうならない為に。

「さ、どんどん行くわよ~」
「……ああ」

 相変わらず出ていく口は悪いけど、思考と言動は一致している。
 
「さっさと指示出せや!」(まだまだいけます!)
「ふふ。その意気よ」

 こうして今日も、気を失いかけるまで魔力を酷使するのであった。







<三人称視点>

 その夜、ブランシュ邸の隣。

「今日は(ばん)(しゃく)かしら。ダリヤ」

 一人椅子に座っていたダリヤに、後方からマギスが声をかける。

「ああ、そうだな」
「付き合うわよ」

 ならばとマギスも隣に腰かけ、二人は晩酌を始めた。
 それぞれ酒を一口味わった後に、マギスから話しかける。

「どう思うかしら、ヴァルツ様は」
「口が悪すぎるだろ。なんだあのガキ」
「ふふっ。否定はしないわ」

 ここ一週間のことを思い出し、二人はふっと笑みを浮かべる。
 レジェンド冒険者である二人は慣れたことだが、ここまで歪んでいるのは久しぶりに見たらしい。

「……けど、まあ」
「まあ?」
「聞いてた話とは違えな」
「ふっ、そうね」

 だが反対に、ヴァルツを認めている部分もあるようだ。

「どれだけ打ちのめされても向かってくるあの目。嫌いじゃねえ」
「同感よ」

 二人が聞いていたのは悪徳なヴァルツ・ブランシュだ。
 
 努力など一切しないくせいに、上から物を言うだとか。
 貴族の仕事は行わず、全て執事に丸投げだとか。
 その上、気に入らない者はすぐにクビするだとか。

 とにかく自分で動かず、私腹を肥やすばかり。

「そんな(こう)(しゃく)家のお坊ちゃま様が、まさかあんなに根性あるとはなあ」
「ええ、まさに」
 
 それがどうだろうか。
 ふたを開けてみれば、どんなに厳しく修行をしても付いて来る。
 それどころか、「まだまだ」と求めてさえくるのだ。

「あんな無茶苦茶な修行、俺が同じ年なら耐えられねえぞ」
「私もそうね。さすがに無理だわ」
「……特にお前の修行について言ってるんだがな」
「あらそう」

 それから同時に一飲み。
 次の酒に手を出したダリヤは、口角を上げながらつぶやいた。

「──二年だな」
「なんの話?」
「あの調子なら、二年で俺なんて抜く」
「……! それほどなの? あんただって、まだ五指には入る剣士だと思うけど」

 ずっと隣にいたからか、マギスもダリヤの実力は誰より認めいている。
 彼の実力を知っているからこそ、驚きを隠せなかったのだ。
 
 剣においては圧倒的才能を持つダリヤですら、このレベルに到達するは何十年とかかった。
 それをわずか二年で超すとは、とても信じ切れなかったのだ。

「つーか、魔法の方はどうなんだよ」
「……まあ異常(・・)よ。魔力量だけで言えば、すでにそこらの上級魔法職なんて目じゃないわ」
「ハッハッハ! だろ?」
「天は二物を与えず。この言葉を作った人がヴァルツ様を見れば、ひっくり返るでしょうね」

 剣と魔法、それぞれ最高戦力級である二人がここまで言う。
 それほどにヴァルツの才能は飛び抜けていたのだ。

 だからこそ、なおさらあのヴァルツの態度が気になる。
 マギスは不思議そうに口を開いた。
 
「あれだけ根性があって何で態度はああなのかしら」
「まー、そうだな」
「あそこまで一致していないのも不思議なものだけど」

 だがダリヤは、細い目で窓の外を見上げたまま口にする。

「……いや?」
「え?」

 そうして放った言葉に、マギスは思わず聞き返す。
 対して、ダリヤはぐびっと飲みながら答えた。

いずれ一つになる時(・・・・・・・・・)がくる。俺にははそんな予感がする」
「どういう意味?」
「ハッ、さあな。ただのじじいの戯言(ざれごと)だ。気にすんな」

 そのままニヤリとしながら酒を飲み続ける。
 だが、その顔は何かを考えているようだ。

(態度と口調、真逆のようで実はそうでもねえ)

「面白えじゃねえの」

 二人の師匠はヴァルツの輝かしい将来を想像しながら、酒を進める。
 明日のヴァルツの成長も楽しみにするように──。