<三人称視点>

『アルザリア王立学園、一年期末試験、最終試合を始めます』

 学園の闘技場にて、審判の声が響く。

 魔王教団の一件から数日。
 事件が無事に解決してから、学園には平穏な日々が戻っていた。

 そんな中、今日は夏休み前最後の日程。
 前に教員から宣言されていた通り、生徒は『期末試験』を迎えていたのだ。

 そして、その最終戦。

『ヴァルツ・ブランシュ 対 ルシア』

 教員の声と共に、向かい合った二人が互いに視線を交わした。

「ヴァルツ君!」
「フッ」

 入学試験ぶりに、ヴァルツとルシアが再び相まみえる。

 前回はヴァルツの圧倒的な勝利。
 特別な二属性【光】と【闇】を持つヴァルツに、ルシアは歯が立たなかった。

「今日は君に勝つよ……!」
「平民が減らず口を」

 だが、今回は条件が違う。
 ルシアは【光】が覚醒した属性──【太陽】を持つ。
 それはヴァルツですら持っていない属性なのだ。

 そんなルシアを前に、ヴァルツは考える。

(五分五分。もしくは……不利か)

 覚醒属性【太陽】の可能性は未知数。

 それでも、ヴァルツには特別な二属性がある。
 【光】単体なら負けは濃厚かもしれないが、もう一つは相手の能力を下げる【闇】。

 勝機はまだまだある。

 それに、

(僕は二度と負けられない。そうだろ、ヴァルツ)

 心の奥底に問いかける。

 自分だけではない。
 本来のヴァルツ()との約束も背負っているのだ。
 可能性は考えても、負けるつもりなど毛頭なかった。

『それでは両者……』

 審判が手を上げ、ヴァルツとルシアは剣を抜く。
 互いに準備は万端。

『はじめ!』

 そして、その戦いの火ぶたが切られた。

「うおおおおおおッ!」
「……!」

 瞬間、ルシアは真っ直ぐに距離を詰める。
 立ち止まったままのヴァルツに対して、いきなりの攻勢だ。

「──【太陽・身体強化】」

 魔法も開幕から全開。

 ルシア自身もだが、ヴァルツは【太陽】を全て理解したわけではない。
 ならば、力量でさっさと勝負を決めるのが先決。

 ルシアはそう考えたのだ。

「行くぞ!」

 何より、今のルシアには自信があった。

 学園が始まってからの修行。
 そして、それを経ての魔王教団での成功。
 それが一層ルシアに自信を持たせる。
 
 ──だが、
 
(当然そうくるよな……!)

 ヴァルツはあらかじめ読んでいた。

 立ち止まったままのヴァルツは、ルシアの動きに反応できなかったわけではない。
 距離を詰めてくる時間を用いて、属性を融合していたのだ。

「【二律背反(アンチェイン)】」

 発動させるのは、二属性を用いた最も得意な魔法。
 【光】と【闇】を融合した、自分に優位をもたらす魔法空間を展開する。

「──(ひざまず)け」
「……ッ!」

 どちらも後先など考えていない。
 いきなり全開同士のぶつかり合いである。

「ぐぅぁっ!」

 ヴァルツの傲慢な命令により、ガクっと腰を下げるルシア。
 【闇】の弱体化で身体機能を下げられているのだ。

 ──しかし、

「今の僕は!」
「ほう」
「止まらない……!」

 ルシアは歯を食いしばりながら、足を立てる。
 魔王教団の魔力拡散装置の中ですら、魔力を溜めてみせたルシア。
 もう試験の時の彼ではないのだ。

(まあ、だろうな)

 ルシアの魔力が輝きを増していく。
 【光】と呼ぶのすら生温い【太陽】のような輝きへと。

「うおおおおおおッ!」
「くははは!」

 また、それに対抗するよう、ヴァルツは【光】と【闇】を強める。
 それが繰り返され、両者は共に魔力を上げていく。

「【太陽・身体強化】」
「【光・身体強化】」

 より出力が高い【太陽】の身体強化をするルシア。

 対して、魔法空間【二律背反《アンチェイン》】の効果により、【闇】で相手の魔力を奪いながら【光】の身体強化を行うヴァルツ。
 空間の性質上、相手の魔力が多ければ多いほど、その分奪う魔力量も増えていく。 
 
 両者の条件は、ほぼ一緒。

「行くぞヴァルツ君!」
「面白い……!」

 お互いの剣が交わる度、周囲に衝撃派が走る。

「うわああ!」
「観客席の結界は大丈夫か!?」
「ぶっ壊れるそうだぞ!?」
「キュイッ!?」

 二人を見守る観客(とペット)ですら驚く衝撃。
 その中心で戦う両者のそれなど、想像を遥かに超えるだろう。

 ──それでも、

「はあああああッ!」
「ハッハッハッハ!」

 どちらも一歩足りとも引くことはない。
 むしろ、交われば交わるほどにその激しさは増していく。

 それは後に、アルザリア王立学園に語り継がれる対決となるのであった──。
 



 


 月日は経ち、ここは王都の外れ。
 『魔王の(ほこら)』と呼ばれる場所だ。

「フフフ……アハハハハ!」

 そんな場所に、不吉に笑う謎の人物がいた。
 その者はくるりと後ろに目を向ける。

「どんな気分だい?」
「や、やめてくれ……」

 震えながら答えるのは──魔王教団の『教主』。
 ヴァルツとルシアによって捕まったはずの彼は、囚人の格好をしている。
 また教主の後ろには、手足を縛られた他の教団員たちの姿もあった。

「魔王教団も落ちぶれたもんだね」

 この日、謎の人物は王国の牢獄(ろうごく)を襲撃。
 魔王教団をごそっと連れ出したようだ。

 だが、どう見ても協力関係ではない。

「皮肉だよねえ。魔王を研究していた君達自身が、最後は復活のための生贄(いけにえ)にされるなんて」

 謎の人物の目的は『魔王の復活』。
 その為に教団を生贄に捧げるつもりのようだ。

「でも仕方ないか。君達が【闇】の属性を体内に持ってるんだから」

 強力すぎるヴァルツの【闇】は、未だに教団員たちの体の中に残り続けていた。
 謎の人物はそれを利用しようと言うのである。

「何か言い残したことはあるかい?」
「や、やめてください……」

 どことなく威厳のなくなった教主。
 だが、謎の人物は聞きもしない。

「無理。君達の使い道は生贄以外にないから」
「そ、そんな……!」
「さっさと行って」
「う、うわあああああ!」

 そうして、魔王が眠るとされる邪悪な色をした湖へ、教主を()り落とした。

「じゃ、次」
「ひっ……!」

 さらに、体内に【闇】を持った他の教団員たちも湖へ順に落としていく。
 数分後、ようやく全員落とし終えた人物は一言。

「役に立てて良かったじゃん」

 それから呼吸を整え、謎の人物はその場で膝をつく。
 魔王へ祈りを捧げるようだ。

「ようやくお迎えすることができました、我が主(・・・)よ」

 目を瞑ったまま、人には聞き取れない言葉を話す。

「我が主に深淵(しんえん)あれ。※※※※※※※」

 その後、祠全体がうごめくような反応を見せる。
 およそ人智では計り知れない現象だ。

「おお……!」

 その現象に謎の人物は目を輝かせる。
 否、さらに目を黒く染める。

 そして、どこからともなく声が聞こえて来た。

≪よくやった。我が配下よ≫

 それは人々に絶望をもたらすような声色だった──。