「僕は負けない……!」

 悔しさと、【闇】に打ち勝つ力。
 さらに勇者の血が反応し、ルシアの【光】が覚醒(かくせい)を迎える。

 それは言うならば──【太陽】。

「うおおおおおお!」
「バ、バカな! 魔力拡散装置は!」

 魔王教団の教主がうろたえる。

 だが決して、魔力拡散装置が働いていないわけではない。
 ただ拡散を上回る(・・・・・・)だけの魔力をルシアが練っているのだ。

 【光】の特性は【強化】。
 それが覚醒したとなれば、その効率は跳ね上がる。

「もっと、もっと……!」

 小さな魔力同士が、拡散する前に互いを【強化】し合い、結合する。
 そうして繋がっていったものが、やがて大きな魔力へとなる。
 結果的に、ルシアは魔力を溜めることに成功していたのだ。

 ヴァルツは目を見開く。
 
「……ッ!」(ルシア……!)

(この主人公が!)

 少しの嫉妬(しっと)は持ちつつも、こればかりは感心するしかない。

 そうして、ルシアは再び立ち上がる。

「いくぞ、魔王教団!」

 そのまま教団へ一直線に突撃する。

「迎え撃て! 背面側部隊も全てだ!」
「「「はっ!」」」

 教主の指示で『魔法銃』を一斉に構える教団。
 これは魔法が込められた教団開発の武器だ。

 ──しかし、

「なんだあの動き!」
「速すぎる!」
「お、追いきれません!」

 ルシアを目で追うことすらかなわない。
 それもそのはず、今のルシアは【光】の上位互換──【太陽・身体強化】による恩恵を受けている。

「教主様!」
「どうしますか!」
「このままでは!」

 追い詰められる教団側だが、よく考えれば未だ被害はない。
 その状況に、ふとした考えが教主の頭を(よぎ)った。

(あやつ、こちら側に手出しをできぬな……?)

 ここにきて教団の対策がいきてきたのだ。
 教団は初めから徹底(てってい)して、人質を盾にしている(・・・・・・・・・)

 つまり、容易に近付けば人質に被害が及ぶ可能性がある。
 それが心優しきルシアの手を(はば)ませていた。

(これじゃ迂闊(うかつ)に近づけない! もう一手あれば!)

「……!」

 そんな時に見えた、一人の動く影。

(やっぱり、すごいや)

 教団は自分(ルシア)ばかりに着目しており、本来の目的である人物を見失っていたのだ。

「──(あき)れた奴らだ」
「「「……!」」」

 教団の背後から聞こえた、低く静かな声。
 傲慢で恨めしい声──ヴァルツだ。

「邪魔だ」

「きゃっ!」
「おわっ!」

 ヴァルツはそのまま人質を複数すくい上げ、後ろに放った。
 かと思えば、【闇】の魔法で勢いを弱体化(・・・・・・)

「えっ」
「うわっ」

 人質たちはクッションを挟んだかのように、優しく地面に落ちた。

 ルシアに気を取られ、崩れた教団の陣形。
 ヴァルツは、その隙に人質を救い出たのだ。

「ヴァルツ・ブランシュ……!?」
「フッ」

 こうなれば、邪魔者はいない。
 ようやく反撃が開始される。

「──(ひざまず)け」
「「「……ッ!」」」

 開幕の【闇】の魔法。

 だが今回は、

「いや、足りないな」
「「「……!?」」」
「──()いつくばれ」

 今までの分も込め、さらなる身体への【弱体化】を与えた。
 教団は『うつ伏せ』になり、顔を上げるのがやっとの状態だ。

「な、なぜ……!」

 だが、教団側の疑問は絶えない。
 教主が悔しさを(にじ)ませた目でヴァルツを見上げる。

「な、なぜ貴様が、動けるのだ!」
「さあなァ」

 口ではこう言うが、実際に危なかったのは事実。
 ヒントとなったのは……ルシアの覚醒だ。

(魔力同士が拡散される前に、魔力同士を【強化】し合って結合する。その発想はなかったよ、ルシア)

 ルシアの属性が【太陽】に覚醒したことで、ようやく得た魔力制御。
 ヴァルツはその原理を瞬時に見抜き、ぶっつけ本番でやって見せた。

(【光】でそれができるなら、逆の事を【闇】でも行えば解決できるはず)

 さらには、魔力が拡散される状況下で【闇】をも使いこなしてみせた。

 『反対の事を行う』。
 考えるのは簡単だが、瞬時にできたのは今までの努力あってのもの。
 ヴァルツでなければできなかっただろう。
 
(もしヴァルツ(本来の君)なら、とっさにできたのかな)

 そんな少しの羨望(せんぼう)も混ざりつつ、再度教団に目を向ける。
 だが、【闇】による【弱体化】を受けた彼らは虫の息。

 あとは──終わらせるだけだ。

「言い残す言葉はあるか」

 ヴァルツは、(ひざまず)く教団を上から見下ろした。

「ヴァルツ・ブランシュ……!」
「ないのだな」
「……!」

 ヴァルツは右手を差し向ける。

 以前、暴走したキュオネに放ったのが【混沌の魔力(カオスマター)】。
 あれが魔力を食らい尽くすものだとすれば、この魔法は単純なる物理的破壊(・・・・・)

「破壊してやる」
「や、やめろ……!」

 以前より、ヴァルツはこんな状況を想定(妄想)していた。
 いつかは自分が人質を解放する場面のことを。
 正義のヒーローに憧れる少年にとっては、なくてはならない場面だからだ。

「……」

 だがそんな時、自分以外から魔力を奪う【二律背反(アンチェイン)】では人質ごと巻き込んでしまう。
 それは本意ではない。

 そこで作った(・・・)のがこの魔法。

「【闇の吸収(ブラックホール)】」

 弱体化を(ほどこ)した教団の足元に、ドス黒い魔法陣が浮かび上がる。
 
「「「ぐわあああっ!!」」」

 その魔法陣が、教団から魔力を強引に奪う。
 魔法空間【二律背反(アンチェイン)】を展開せず、弱体化させた者のみ(・・)に影響を及ぼすようだ。

「大した魔力量じゃないか」

 次にヴァルツの前方に浮かび上がったのは、巨大で神聖な白い魔法陣。
 人間一人分の魔力で作れるとは到底思えない魔力量だ。

「自らの魔力で滅びるがいい」
「「「……ッ!!」」」 

 それもそのはず。
 これは、いま奪った魔力から構築されている。

 そんなヴァルツを前に、

「ヴァルツ君!」

 ルシアが声を上げる。

「その人たちを──」
「フッ」

 だが、ルシアが言い切る前にヴァルツは笑った。

(分かっているさ)

 そして──放つ。
 特大の魔力を持った物理的破壊魔法を。

「【光の放出(ホワイトホール)】」