王都、とある暗い場所にて。

「いいか? 学園生ども」
 
 黒紫の(しょう)(ぞく)を着た怪しい集団が告げる。

 彼らは『魔王教団』。
 ヴァルツと一度顔を合わせるも、全く相手にされず、かえって逆恨みしている集団だ。

 教団の信条は魔王の復活。

「お前たちは人質だ」

 教団の前には、アルザリア王立学園の生徒複数名と、一人の教員。
 この近くで課外授業を行なっており、その帰りに捕まってしまったようだ。
 
「「「……」」」

 中には、リーシャとシイナ。
 さらに、コトリやサラも捕まっていた。

 だが、口と手足を縛られており、大きな身動きは取れない。

「動くなよ」

 それでも、彼らの会話の中で『魔王教団』なる単語が聞こえた。
 それをシイナが聞き逃さなかったのだ。

(わたしにできることは、これぐらいしか……)

 すると彼女は、後ろの手でメッセージを残した。

 それを近くにいたクモへ【癒】属性を与え、やがてその属性づてに鳥まで届けた。
 その鳥がヴァルツの元へ訪れたというわけだ。

 動物を癒し、操ることができるシイナにしかできないSOSである。

 そんな中、連れの先生が激しく身を動かす。

「んー!」

 教団の(した)()が、先生の口元を解放する。

「どうした、教員」
「あなた達の目的はなんですか! 生徒たちを解放しなさい!」
「……ほう」

 先生の言葉には、ニヤリとした表情を浮かべる教団員。

「じゃあ、お前が(たの)しませてくれるのか? その体で」
「……っ!」

 そのまま、先生の胸元に魔法銃を向けた。

「生徒達を……解放するのであれば……」
「はっは! こりゃ立派な先生だ!」
「下っ端、やめておけ」

 だが、それは部屋に入ってきた他の教団員に止められる。
 教団の幹部たちだ。

 幹部は下っ端に向け、注意する視線を向ける。

「我々の目的を忘れたわけではないだろう?」
「分かってますって」
「ならば人質は多いに限る」
「はいはい」

 下っ端は少し面白くなさそうにうなずいた。
 しかし、疑いの眼差しで幹部へ聞き返す。

「それにしても、こんなので来るんすか? あのヴァルツ・ブランシュが」
「フン、奴自らが来ることはないだろう」
「じゃあなんで人質なんか」
「お前は本当に何も分かっていないな」

 幹部は呆れながらに口にした。

「人質を使って学園に(おど)しをかける。そして人質解放の条件として、ヴァルツ・ブランシュをここに差し出すよう伝えるのだ」
「あーなるほどっす」

 これが彼らの目的のようだ。
 教団とて傲慢(ごうまん)なヴァルツが、わざわざ人の為に助けに来るなどとは思っていない。

 それはまた、人質の学園生も同じだった。

「「「……」」」
 
(あの傲慢公爵が応じるわけないだろ)
(学園から言われても完全シカトするわよ)
(俺たちどうなるんだよ!)

 だからこそ、生徒たちは余計に不安なのだ。
 学園が条件を()んだとして、傲慢公爵ヴァルツが、わざわざ他人のために(おもむ)くとは思えない。

 一部を除いて、の話だが。

「「……」」

 リーシャとシイナは視線を交わす。

(ヴァルツ様!)
(ヴァルツ君……!)

 彼女らは信じている。
 ヴァルツなら、いやヴァルツだからこそ、絶対に助けに来てくれると。

 そうして、下っ端が再び幹部に語りかけた。

「じゃあ早くしましょうよ、学園へ脅しとやらを」
「お前に言われるまでもない」

 そうして、魔王教団側から声明を出そうとした、その瞬間。

「──その必要はない」
「「「……!」」」

 どこからともなく、聞こえてくる声。

 さらに、

──ドガアアアアアァァァ!!

 直後には、入口方面がぶっ壊される音が響いた。
 先程と同じ声が部屋内に響く。

「聞け。クズども」
「「「……!」」」

 二度目にして、ようやく教団は確信した。
 この声は、ヴァルツ・ブランシュであると。

「俺はお前達を全力で潰す」

 舞い上がった煙の中から、ヴァルツが姿を現す。
 彼の後ろにはルシアも一緒だ。

「みんな! 助けに来たよ!」

「「「……!!」」」

 二人のヒーローの登場に、

(ヴァルツ様!)
(ヴァルツ君……!)

 リーシャ、シイナはもちろん、

(ルシア!!)
(ルシア君!?)

 コトリにサラも含め、人質が目を見開く。

(ヴァルツ・ブランシュ!?)
(うそ! あの傲慢公爵が!?)
(でも後ろの子は【光】の少年だし!)
(助けに来たのか!?)
 
 反対に、

「ヴァルツ・ブランシュ……!?」
「なんで自ら!」
「というより、どうしてここが!」
「後ろの奴は誰だ!?」

 教団は一斉に取り乱した。
 ヴァルツが「他人の為に動く者ではない」と踏んでいた彼らには、予測できなかったのだ。

 だが一人、老人のような者が前に出る。

「自ら来おったか。ヴァルツ・ブランシュ」
「久しいな。その腰の曲がり具合が」
「ほっほ。老人は大切にせえ」

 この老人は現在の『教主』。
 以前ヴァルツへ接触した時も、代表して言葉を交わしていた者だ。

「どうじゃ。我ら魔王教団(・・・・)に加担する気になったかの」
「そんなわけがないだろう」
「じゃろうな」

 すぐに人質を助けに行かず、ヴァルツは教主の言葉に応じる。
 周りからすれば他愛(たわい)もない会話だが、ヴァルツはすでに探りを入れていた。

(この余裕。やはり何か()がある)

 前に一度、【闇】の属性は教団に見せている。

 その上で行動を起こしたのなら、何らかの対抗手段を用意してきているのだろう。
 ヴァルツはそこまで読み取っていた。

「おや、早く【闇】を使わんのか」
「……」

 さらに、教団は徹底して人質の近くに立つ。
 範囲攻撃的に飛び出す【闇】では、生徒たちを巻き込んでしまう恐れがあるのだ。

 それが、ヴァルツがすぐに動かず、()(かつ)に手を出せない理由だった。

「では、出し惜しみせずにいくかの」
「……!」
 
 だが、教主側がついに仕掛ける。
 パチンと指を鳴らした途端、暗い部屋が大きな揺れを起こした。

(なんだ!?)

 一瞬動揺しながらも、ヴァルツはとっさに属性魔法で抵抗しようとする。
 自身を強化する【光】属性だ。

 ──しかし、

「……!?」(なんで!?)

 属性魔法が機能しない(・・・・・)
 正確には、魔力を溜めることができないのだ。

「どうしてだ!」
「……!」」(ルシア!)

 それは、隣のルシアも同じのようだ。
 
(何が起きている!?)

 そう思ったのも(つか)の間、ガクンと“重力のようなもの”がヴァルツとルシアへのしかかる。

「……ッ!」
「ぐううぅぅ!」

 ヴァルツは直観した。
 これは、今まで自分が使ってきた(・・・・・・・・)現象。

「貴様……!」
「ふひひっ」

 ギロリと(にら)むヴァルツに、教主は嫌な笑いを浮かべた。

「真似させてもらったぞい」

 これは、【闇】の弱体化のような現象。
 ヴァルツやルシアが重力にかかったように感じたのも、身体機能が制限されたからだ。

 だが、それだけではない。

「今、お主らは魔力も使えぬ」
「……ッ!」

 教主の言う通り、魔力を溜めることができない。
 これが、百年以上魔王について研究を続けてきた魔王教団の兵器。

 『魔力拡散兵器』だ。

(く、くそ……!)

 しかも皮肉にも、ヴァルツ(自分)が【闇】を見せたことで完成させてしまった。
 その思いが余計にヴァルツにのしかかる。

「終わりじゃ。ヴァルツ・ブランシュ」
「……そんなわけないだろう!」
「さすがは傲慢公爵。まだ認ぬか」
「黙れ……!」

 外面は相変わらず体裁(ていさい)を保ったまま。
 それでも、ヴァルツは確実に焦っていた。

(なにか、なにか逆転の手はないか……!)

 今のヴァルツに「諦め」の文字はない。
 だが、策を浮かばないのもまた現実。

 ──そんな中、

「……ハァ、ハァ」

 ヴァルツの後ろで、体を震わせるルシア。
 ヴァルツと共に姿を現した彼だが、途中からは静かだった。

 ルシアは混乱していたのだ。
 教主が自らを『魔王教団』と名乗ったことで。

(この人たちが、僕たちの村を(おそ)った魔王教団、だって……?)

「……ハァ、ハァ」

 村が襲われた時の絶望。
 それが、力に変わる。

(魔王教団……!)

 このヴァルツの【闇】のような現象。
 それが、立ち上がる力をより強くする。

(この力には、二度と負けない……!)

 重なり合う二つの要素。
 それがルシアを奮い立たせる。

(負けてたまるか……!)

「うおおおおおお!」
「なんじゃと!?」

 そして、極めつけは『血統』。
 永く受け継がれてきた勇者の血が、今ルシアの力に呼応する。

「……ッ!」(ルシア……!)

 【闇】に唯一対抗できるのは【光】。
 【闇】が深まれば、その分【光】も強まる。

 教団の兵器が【闇】に似た現象を作ったことで、【光】もまた輝きを増した。

 悔しさ、闇への対抗、勇者の血。
 様々な要素が起因し、ルシアの中に眠る【光】が覚醒を迎える。

「僕は──」

 光は輝きを増し、やがて燃え上がるように周りを照らす。

「負けない……!」

 その輝きは──まるで【太陽】のように。