<ヴァルツ視点>

 キュオネと過ごし始めて数日。
 そんなとある日、お昼の時間。

「キュイ~!」
「よーしよし」

 僕は今日もキュオネを()でていた。
 こうするためだけに、わざわざ遠い広場まで一人で来たんだ。
 これも、もはや日課になっている。

 キュオネは唯一、僕が口調を強制されない(・・・・・・・・)ペットだからね。

 ヴァルツの意志力もキュオネに(いや)されたか?
 なんてね。

「キュイッ!」
「お~満足か!」

 キュオネはあげたエサを目一杯に(ほお)()る。
 慌てて食べる姿もすごく可愛い。

 ──そんな時、

「ねえねえ」
「……!」

 突然とある少女が寄ってくる。

 しまった。
 キュオネに気を取られ過ぎて、周りの気配を探るのを忘れていた。

「なんだ」

 例のごとく、僕の顔は急に(こわ)()る。
 『人前では傲慢(ごうまん)』の制限がかけられたんだろう。

「君は、ヴァルツ・ブランシュ君だよね」
「そうだが?」

 僕の返事は至って単調。
 だけど、彼女の顔を見た瞬間に気づいていた。

 この子、間違いない!

「わたしは『シイナ・ステラ』だよっ!」
「聞いていない」
「も~噂通りの口調だなあ」

 やっぱりだ。
 僕も知っている通り、彼女はメインヒロインの一人。

 でも、なんでこんなタイミングで?
 ……あ。

 そう自分で問いかけて、自分で解決する。
 シイナの特徴を思い出したからだ。

「その子、見ーせて!」
「構わん」

 この子、大の動物好きなんだった……!

 ──メインヒロイン、『シイナ・ステラ』。
 通称シイナだ。

 短い栗毛色の髪に、童顔っぽいあどけない容姿。
 身長はさほど大きくないが、スタイルはそれなりのものを持つ。
 容姿からも想像できる、子どものような高めの声が特徴的だ。

 ちなみに、これでも一つ上の先輩。

「きゃ~かわいい!」
「キュイ~~!」

 シイナは早速キュオネと仲良くなっている。
 
 彼女の属性は【(いやし)】。
 主に動物に癒しを与えることで、懐かせることができる。

 戦闘には向いていないが、探索などにはすごく役に立つ。
 ダンジョン内の魔物や虫なども、協力関係にできるからね。

 ちなみにこの世界では、害のないものを『動物』。
 動物から魔力を得た存在を『魔物』と呼ぶ。

「こっちこっち~」
「キュイ、キュイッ!」

 それから彼女、作中屈指の人気キャラである。

 その要因は主に属性にある。
 人間も立派な動物だからね。
 彼女の【癒】属性によって……ごにょごにょ、というわけだ。

「ねえねえ」
「……! 触るな!」(わあっ!)

 そんな考え事をしていると、シイナが肘あたりをつんつんしてくる。
 僕はとっさに反応してしまった。

 そうだった。
 この子は距離が近いんだよな~。
 ヴァルツが怖くないのかな。

「俺が誰だか分かっているのか?」(僕が怖くないの?)
「もっちろん」

 彼女はふふんっと人差し指を立て、口にした。

傲慢(ごうまん)(こう)(しゃく)ヴァルツ・ブランシュ!」
「そうだ」
「でも、実は優しいヴァルツ君!」
「は?」

 なんで!?
 まさか中身が違うことがバレたのか!?

「だってだって~」

 それに回答するよう、シイナはキュオネを抱きかかえた。

「動物好きに悪い人はいないんだよ!」
「……!」

 さらに彼女は、キュオネの手をひょいっと上げる。

「キュイ?」
「ほら、しっかりと手当てされてる~」
「キュイ~!」

 シイナが指差したのは、キュオネの手の傷。
 キュオネが部屋の中で飛び回り、ぶつけた時にできたものだ。

「やったのはメイドだ」
「でも、優しく扱っていたのは君だよね」
「……」

 か、完全にバレてる!
 僕がキュオネを思いっきり()でていた事が!

「ほら、いいとこあるじゃ~ん。傲慢とかかっこつけちゃって、このこの」
「黙れ」
「お腹もちょっとぷっくらしてて……もしかして、可愛くてエサをやりすぎちゃったり?」
「だから黙れ」

 彼女の()(とう)の口が止まらない。
 僕は内心あわあわしていた。

「それに見てたんだ~」
「何の話だ」
「君が周りの声を押し切って、この子を助けたとこ」
「……」
「君も好きなんでしょ? モフモフ」

 はい、その通りです!!
 と言いたいけど、そんな言葉が口を出ていくはずもなく。

「勝手に言っておけ」

 一度視線を()らしておいた。
 シイナのぺースに合わせると、いつボロが出てもおかしくない。

 ──だけど、ピンチは続く。

「……!」

 横を向いた途端、とある人物(・・・・・)と目が合ってしまった。
 こちらに歩いて来ていたリーシャだ。

 待て、今はまずいんじゃないか?

「ヴァルツ様~?」

 そんなリーシャが呼び掛けてくる。
 ただし、目が全く笑っていない(・・・・・・・・)

 (そば)まで来たリーシャは、チラリとシイナに目を向けた。

「誰ですか? その女は」
「知らん」

 でも、その言葉にシイナはムッとした顔を見せる。

「えーひどい! 今友達になったじゃ~ん!」
「なっていない!」
「そうなんですか? ヴァルツ様」
「だから違うと言っている……!」

 でも、そんな言葉がリーシャに届くはずもなく。
 いつの間にか、リーシャとシイナが向かい合っていた。

「あの~、うちの(・・・)ヴァルツ様に何か用ですか」
「おかしいなあ、ヴァルツ君は誰のものでもないはずだけどなあ」

 すっと立ち上がり、胸を押し付け合う二人。
 なんだか、ただならぬ雰囲気になってしまった。

 なんでこうなる!
 メインヒロイン同士だから対立する運命なの!?
 
 ──そんな時、

「キュイー!」
「「「……!」」」

 キュオネが間に入って鳴き声を上げた。
 いつもの可愛い声ではなく、訴えかけるような声だ。

 僕たちの視線は、自然とキュオネへ向く。

「キュイ、キュイ!」
「……! 喧嘩はダメ、だって」

 キュオネの気持ちをシイナが代弁した。
 彼女には「なんとなく動物が気持ちが分かる」とか、そんな設定があったはず。

 少し落ち着いた二人の隙を見計らって、僕が口を開く。

「いい加減にしておけ」
「ヴァルツ様……」
「近くで騒がれると耳障りだ」
「す、すみません」

 キュオネの気持ちに、リーシャも少し冷静になったみたいだ。

 まあ、リーシャの真っ直ぐな性格は良い所でもあるからな。
 とがめる気は一切ない。
 僕もかなり救われているし。

わたし(・・・)もごめんなさい」
「俺の手を(わずら)わせるな」(大丈夫だよ)
「はい……」

 シイナが取り乱すのは中々珍しい。
 やはり、メインヒロインは最初は対立する運命にあるのかも。
 まあ、シイナにも別に怒ってなんていない。
 
 そして、女の戦い(?)を止めてくれたキュオネに、リーシャが近づく。

「キュ、キュオネちゃん?」
「キュイ?」

 彼女に話はしてあったけど、触れ合うのは初めてだな。

「あ、ありがとう」
「キュイ~!」
「……! ふふっ」

 そうして、リーシャはぎゅっとキュオネを抱きかかえた。

「可愛い……!」
「キュイッ!」

「……フッ」

 なんだかんだ、うまくまとまったな。
 やっぱりペットは正義かもしれない。

「リーシャさん、わたしからもごめんなさい」
「いえ、私も取り乱してしまいまして。すみません」

 二人はお互いに謝り、笑顔を見せる。
 ちょっと心配したが、これなら仲良くできそうだ。
 さっきのも喧嘩ってほどでもないしな。

「あと、リーシャさん」
「なにかしら」
「ちょっと抱き方が違います」
「……うるさいわね」

 ちょっと怪しげな雰囲気は残しつつ、だけど。

 こうして、キュオネを通してメインヒロインのシイナと出会った。
 『動物好きに悪い人はいない』という謎理論から、彼女も僕の本心を理解してくれるかもしれない。

 今後もシイナとは関係を深めていけたらいいな。
 そう思った一日だった。
 






<三人称視点>

 アルザリア王国、地下の秘密施設。
 ここには、とある暗部組織が住み着いている。

「フッフッフ……」

 ヴァルツにも接触してきた『魔王教団』である。
 彼らはこの日の当たらない場所で、日々魔王復活のための研究を行っている。

 そんな中、

「これさえ完成すれば!」

 教団のトップの老人がニヤリとする。
 今しがた、教団内で共有されたものに対してのようだ。

「我々を拒んだことを後悔するがいい、ヴァルツ・ブランシュ……!」
 
 その牙はヴァルツへと向く──。