<ヴァルツ視点>

 昨日のことがあってから一日。
 今日は休日のため、部屋でゆっくりしている。

「最近、色々あったなあ」

 そこで、ふと昨日までのことを思い出してみた。

 事の発端(ほったん)は、ダリヤさんとマギサさんが余計なお世話を働いたことから。
 二人は勝手にルシアからペンダントを奪い、僕の元に持ってきたのだ。

「まあ、良かれと思ってしたことだしなあ……」

 それはもう許したので、良しとする。
 でも、ペンダントは僕が持っても意味がない。

 ということで、物語の主人公であるルシアに返すことにした(苦労しながら)。

 そうして、ルシアがペンダントを持っていたことで、イベントが進行。
 封印されていた獣が姿を現した。

「あれはさすがにびっくりしたよ」

 だけどその獣は、不安定な【光】を送られたことで、“光の集合体”となって学園で暴走。
 それを、なんとか僕が鎮圧(ちんあつ)したわけだ。

 その後、安定した【光】を送ったことで、獣は本来の小さな姿に。
 他の者には渡すと(ろく)なことにならないと思い、獣は持ち帰った。

 ここまでが最近起きた出来事だ。

「ふむ」

 さて、ここで問題が一つ。

 獣を持ち帰ったのは良かった。
 良かったんだけど……

「キュイ〜!」
「……」

 なんかめっちゃくちゃ(なつ)かれた。

 僕が放った【混沌の魔力(カオスマター)】は、相手の魔力を()い尽くす魔法。
 マギサさんに毎日しごかれていた時のように、魔力枯渇(こかつ)状態にする魔法だ。

 戦場で意識を失えば、それは敗北を意味する。

 だけど、体を傷つけいるわけではない。
 なので、一晩寝かせればこの子も目を覚ました。

 それからはもう大変。

「キュイイ~!」
「ははっ!」

 この子が超かわいいんだ。

 白いうさぎ(・・・)に似たケモ耳付きの顔に、小さな体。
 僕でも抱きかかえられるサイズだ。
 両手は羽根のようになっていて、今もふわふわ浮かんでいる。

 しかも、

「本当に気持ち良いな~」
「キュイ、キュイッ!」

 これがもうモッフモフ。
 羽毛の触り心地は最高で、ずっと触っていられる。

 あとは、体の中央に【光】を表したような不思議な模様がある。

「まあ、だよね」

 それもそのはず、この子は『勇者の精』。
 (はる)か昔、勇者が共に旅をした妖精(ようせい)だ。

 まあ、いわゆるペットだね!

 もちろん原作プレイ時には僕も一緒に旅をした。

 でも、

「キュイイ~!」
「ん~!」

 とても悪役(ヴァルツ)と行動していい生き物ではない~!

「こっちだぞ~『キュオネ』!」
「キュイ~!」

 ちなみに名前は『キュオネ』だ。

 「キュイ」の鳴き声から名前っぽくしてみた。
 それはもう意気(いき)揚々(ようよう)と名付けたよ。

 ──そんな時、

「失礼します」
「……!」

 突然メイリィが部屋に入ってきた。

 途端に目元あたりにグッと力が入る。
 すんっと傲慢(ごうまん)な顔になったのだろう。

「メイド、今何か聞いたか」
「いえ、特に何も」
「ならば良い」

 セーフ!
 けど、あぶなっ!
 ヴァルツのキャラが根本から崩れるところだったよ!?

「それにしてもヴァルツ様」
「なんだ」

 メイリィの顔がふにゃっと柔らかくなった。

随分(ずいぶん)と懐かれましたね~」
「黙れ。こいつが離れないだけだ」
「キュオネという名前も素晴らしいです!」
「……」

 ニヤニヤしながらこっちを見てくるメイリィ。
 え、本当に聞かれてないよね……?

「もしよろしければ、もう一度触らせてもらえないでしょうか」
「しかたのない奴だ」

 このモフモフはたまらないからね。

「あ~可愛い~!」
「キュイイ~!」

 すごく同感。
 あと笑顔のメイリィも相まって眼福だ。

「ですが坊ちゃま、キュオネは学園ではいかがなさるのですか」
「そうだな……」
「お困りなら私が預かりますが」
「お前は(たわむ)れたいだけだろう」

 メイリィの欲望は置いといて、僕もちょうどそのことで頭を悩ませていた。
 けどまあ、答えは一つだね。

「連れて行く」
「ですが、この子は暴れたことで話題に──」
「構わん」

 メイリィの言う事は正しい。
 でもキュオネの価値に気が付けば、どこで誰が狙いに来るか分からない。
 それはメイリィを危険に(さら)すことにも繋がる。

「俺に逆らう者などいない」

 それに、今はひと時も離したくない!

「かしこまりました」
「キュ~イッ!」

 ということで僕は、キュオネを明日からの学園へ連れて行くことにした。





★ 



<三人称視点>

 週が明け、また学園の日々がやってくる。
 カッカッと近づいてくるとある足音に、人々は道を(ゆず)った。

「おい見ろよ」
「ああ、あれが……」
傲慢(ごうまん)(こう)(しゃく)ヴァルツ・ブランシュ……」

 今日もヴァルツの名は(とどろ)いているようだ。
 その名に恐れおののく者、道を譲る者など、その反応は様々。
 
 しかし、中には挑戦的な奴らもいる。

「よお、ヴァルツ・ブランシュ」
「あ?」

 ヴァルツに道を譲らず、真正面から立ちはだかる男。
 彼もそれなりの地位を持つ者のようだ。

「俺様はお前と戦いた──」
「黙れ」
「ぐぉあっ!」

 だが、ヴァルツは魔力で強化された何か(・・)で殴る。
 持っていたのは……ペット用の小さなボール。

(((なぜペット用のボール!?)))

 周りは一斉にそんなことを思う。
 だが、ヴァルツの背中には乗っていたのだ。

「静かにしろ」
「キュイィ……」
「こいつが起きたらどうするつもりだ」

 すやすやと眠るキュオネが。
 小さなボールは、この子と遊ぶためにわざわざ買った物のようだ。

 それを見ていた周りは、ひそひそと話す。

「な、なんだったんだ」
「さあ……」
「ていうか何? あの生き物」

 この日より、傲慢公爵が変な生き物を連れてると噂が広がる。
 同時に、その生き物が眠っている間は「絶対に近づいてはならない」という暗黙の了解も。

 裏では『ペット公爵』などと呼ぶ、恐れ知らずの者まで。

 さらに一部界隈では、

「ね~可愛いよね!」
「真逆な感じが最高~!」
「はぁ尊い……」

 ヴァルツとその生き物のギャップに()え、ファンクラブが結成されたとか、されていないとか……。




 そうして、とある日の昼。

「ねえねえ」
「あ? ……!」

 広場に一人でいたヴァルツに、話しかける少女。
 顔を上げた瞬間にヴァルツは気づいた。

(この子……!)

 その少女には見覚えがあったのだ──。