<三人称視点>

 平日の昼下がり、学園内。
 そこら中でたわいもない会話が聞こえてくる。

 ──そんな中、

「きゃっ!」
「なんだ!?」
「何が起きた!?」

 広場から一瞬、(まばゆ)い光があふれる。

「キュオオオオォォォ!!」

 直後には、()のような声が学園中に(ひび)いた。

「うわあああ!」
「何の声だ!?」
「とにかく離れろ!」

 騒ぎ立てる学園内。
 その声の主は──巨大な光のかたまり(・・・・・・)

「キュオオオオォォォ!!」

 まるでスライムのような、形を成していない体。
 光をただ集めただけのような不安定な体だ。
 前方には目と口のみが付いている。

 光が集まった『なにか』と言わざるを得ない。

 また、

「ぐっ、うぅ……」
 
 そのそばに倒れているルシア。

 先程、ルシアのペンダントに異変が起こり、謎の光が出現。
 それが集約して『なにか』が生まれたようだ。

 そんな『なにか』を止めようとしたルシアだが、どうやら抑えきれなかった様子。

「誰か!」

 さらに、近くで声を上げるのはサラ。
 ルシアと一緒にいたからだ。

「誰か助けて!」

 しかし、

「うわあああ!」
「助けてくれ!」
「早く進めよバカ野郎!」

 生徒は広場から逃げていくばかり。
 魔物がほとんど存在しない王都で、突如巨大な『なにか』が現れれば仕方がない。

(ダメ! このままじゃ……!)

 倒れているルシアを放っておけないサラ。
 かといって、解決できる力は持っていない。
 このままではどちらも危ない。

 ──そこに現れた、一人の男。

「騒がしいな」
「君は!」

 姿を現したのは、ヴァルツ・ブランシュ。
 
「……」

 無言で状況を眺めるヴァルツ。
 だが、その内情はまるで真逆(・・)

(あれはなんだ!?)

 ペンダントのイベントはなんとなく覚えている。
 それでも、この現象は見たこと無かったのだ。

(とにかく、ここは止めるのが先決!)

 状況をなんとなく把握し、ヴァルツは『なにか』に歩き出した。

「それ以上近付くと危ないよ!」
「黙れ」
「そんな、ボクは心配して──」

 だがヴァルツは、サラを睨むように一瞥(いちべつ)した。

「てめえはすっこんでろ」
(危ないから僕に任せて!)

「……!」

 その圧に、サラは後ずさりする。
 不思議となんとかしてくれそう。
 そう感じたのだ。

 そしてヴァルツは、チラリと後方に目を向ける。

「おい、女」
「ヴァルツ様!」

 様子を見に付いて来ていたリーシャだ。

「俺にゴミ共を近づけるな」(周りの避難を!)
「わかりました!」

 倒れているルシアを含め、サラと協力して避難をさせるよう頼んだ。
 『何か』から遠ざけるのもそうだが、それ以上に自分の魔法に巻き込まないように(・・・・・・・・・・・・・・・)

 そうして、ヴァルツは『何か』と相対(あいたい)する。
 同じく相手もヴァルツを認識した。

「キュオオオオォォォ!!」
「耳障りな鳴き声だ」

 薄っすらと笑いを浮かべたヴァルツ。
 どちらも臨戦態勢に入る。

「……フッ」

 両手に灯したのは【光】と【闇】。
 ヴァルツの持つ両極端の特別な二属性だ。

(これを抑えるには、この魔法しかない……!)

 さらにそれを融合し、魔法空間を展開する。
 試験の時に見せたヴァルツの魔法だ。

「【二律背反(アンチェイン)】」

 【闇】の力で自分以外を弱体化し、【光】の力で自分のみを強化する魔法空間。
 まさに傲慢(ごうまん)(こう)(しゃく)ヴァルツのための魔法だ。

 ギロっと『なにか』を見上げたヴァルツは一言。

「──()が高いぞ」
「キュオッ!?」

 膝をつくように、『なにか』の頭身がガクンと下がる。

 この空間でヴァルツの命令は絶対。
 何人(なんぴと)たりとも逆らうことはできない。
 
 ──のはずだった。

「キュオオオォォ!!」
「……!」

 たしかに頭身は下がりながらも、『なにか』は抵抗しているように見える。
 まだ暴れる力が残っていそうだ。

(これは……そうか)
 
 【闇】の弱体化は確実に働いている。
 だが、それを上回る(・・・)魔力量をこの『なにか』が持っているようだ。

「ほう」
 
 さらに、ヴァルツはとある推察も立てる。

(光のポテンシャルはルシア()の方が高いのか)

 意味ありげな推察だ。
 しかし、その続きを考えるのは後にする。

「だが」

 ヴァルツはフッと笑った。

「俺は負けん」

 ──魔法空間【二律背反(アンチェイン)】。

 その真骨頂は【闇】と【光】の融合(・・)
 試験の時といい、今といい、見せているのはほとんど【闇】の『弱体化』のみ。

 ここからさらに【光】の『強化』が足されて、この魔法空間は真の力を発揮する。
 つまり、相手と空間内にとどまるほど、状況はヴァルツに有利に働く。

「見せてやろう」

 すっと前に構えたヴァルツの右手。
 そこに【光】と【闇】が凝縮(ぎょうしゅく)されていく。

 本来交わるはずのない両極端の属性。
 それが、ヴァルツの圧倒的なまでの魔力制御によって完璧に混ざり合っているのだ。

 そうしてヴァルツの右手に収まったのは、

「こんなところか」

 光と闇の魔力が混ざった小さな球(・・・・)

「終わりだ」

 フッと笑ったヴァルツは、それをただ前に差し出した。

「【混沌の魔力(カオスマター)】」

 そう名付けられた魔力の球。
 それは【光】と【闇】、両方の性質を(あわ)せ持つ。

 球がちょんと『なにか』に触れる。

「キュゥ?」

 ──その瞬間、球は一気に牙を向いた。

「キュウゥゥ!?」

 球は相手に触れた途端、【闇】の力で魔力を食らう。
 その魔力は【光】へと変換され、球自ら大きく成長していく。

「キュウウウウゥゥゥ!!」 

 一度触れられれば最後。
 球は相手の魔力が尽きるまで(むさぼ)り続ける。
 まさに暴食の化身だ。

「俺を見下ろすな」

 これが【闇】と【光】を操るヴァルツの奥義魔法。
 【混沌の魔力(カオスマター)】である。

「キュ、ウゥゥ……」

 そうして気が付けば、小さな球は巨大に、大きな『なにか』は小さな光の集まりとなっていた。
 魔力の球が全てを食らい尽くしたのだ。

 ヴァルツの勝利である。

「……」

 それからヴァルツは、後ろで避難させられたルシアに寄る。
 
「情けない姿だな」
「ヴァルツ君、君はまた助けて──」
「黙れ。そんなわけがないだろう」
「ふっ、そうだったね」

 そこでルシアは気を失った。
 ダメージが響いていたようだ。

(あとは……)

 再び、『なにか』の元へ戻るヴァルツ。
 そこには、かすかな光が残っていた。

「……」

 その光に、ヴァルツは【光】属性の魔力を灯す。
 ルシアのようにコントロールできていないものではなく、制御された完全なる【光】だ。

 そうすることで、『なにか』だったものはしっかりと形を保つ。

(やっぱりか)

 そうして現れたのは──小さな(けもの)

 抱きかかえられるサイズの、白いうさぎのような身体。
 ただ、手の部分は羽根となっており、体の中央には【光】を()したような模様が入っている。

 これが『なにか』の正体だったようだ。

 今は魔力が枯渇(こかつ)状態となり気絶しているが、休ませておけば目を覚ますだろう。
 ヴァルツは魔力を吸い取っただけで、傷つけてはいない。
 
(そうだよね)

 この姿には見覚えがあるヴァルツ。
 本来ならば、最初からこの獣が現れるはずだった。

(原因は、ルシアが【光】をコントロール出来ていないことによる暴走だろう)

 試験の時に【光】を発現させたルシア。
 だが、後半には【光】に呑まれて暴走しかける様子も見えた。
 その時はヴァルツが止めたのだ。

 しかし、今回はその時に止める相手がおらず、暴走状態が続いてしまった。
 特別である属性を制御できなかったようだ。

(この子は預かるべきかな)

 そうして、獣を拾おうとしたヴァルツに、近づく影。

「その子をどうするつもりですか?」
「あ?」

 顔を見上げた先には──サラだ。
 ヴァルツに対して若干(おび)えた目をしているものの、その視線は真っ直ぐにヴァルツに向けられている。

「処分するつもり……ですか?」
「……」

 サラの表情をうかがいながら、ヴァルツは周りに耳を傾けた。

「処分は当たり前だろ」
「ああ、あんな怖い生物生かしておけねえよ」
「また暴れたらと思うとね……」

 周りの反応も当然だろう。
 『なにか』は先程まで暴れ、あわや犠牲者が出るところだったのだ。
 不安どころではない。

 しかし、

「……フッ」

 周りの反応とサラの表情を合わせ、ヴァルツは彼女の本音を見抜く。

(殺してほしくないんだな)

「処分するなら私が──」
「黙れ」

 だが、ヴァルツははじめから(・・・・・)そんなつもりはない。

「こいつは俺のものだ」
「……!」

 ヴァルツは獣を抱きかかえた。
 これには周りもざわっとした反応を見せる。

「なっ!」
「冗談だろ!?」
「正気なの!?」

「あ?」

「「「ひっ……!」」」

 だが、有象無象にはギロリと視線を向けるのみ。
 そんなヴァルツに、サラはたずねた。 

「ど、どうして……」
「答える義理は無い」

 そうして、ヴァルツは謎の獣を抱えたまま去って行く。
 その姿は意外と丁寧(ていねい)で思いやりがあった。

「ヴァルツ・ブランシュ、君は……」

 こうして、謎の光は解決。
 結果的にペンダントは消失、そこに封印されていた獣はヴァルツが持ち帰ることになった。



 そして、

「ふ~~~ん」

 一部始終をじっくりと見ていた少女が一人。
 その何かを企んでいるかのような目は、とても傲慢公爵に向ける目ではなかった──。