<ルシア視点>

「ヴァルツ君……」

 昨日のことがあってから、色々と考えてみた。

 あの時、コトリとサラさんは途中で【毒】にやられて気を失っていた。
 つまり、最後の会話を聞いていたのは僕だけからだ。

「どうして君の名前が……」
 
 その中でたしかに聞いたんだ。
 あの二人がヴァルツ君の名前を出したことを。

 ──そんな時、

「おい」
「!」

 前方から声が聞こえて顔を上げる。
 タイミングが良いのか悪いのか、ヴァルツ君だ。

「話がある」
「……!」

 彼のその言葉でピンとくる。

 やっぱり来た。
 もしあの二人がヴァルツ君の手下なら、おそらく僕への口止めを考える。
 そう思っていたんだ。
 
 僕は慎重に、下から(たず)ねる。

「場所を変える?」
「必要ない」
「?」

 だけど、そんな雰囲気はなく。

 目付きが悪いのはいつものことだけど、何かしてくるわけではないような。
 すぐに終わるってどういうことだろう。

 なんて考えている内に──

「!?」

 ヴァルツ君の顔が急に(こわ)()る。

「……! ……ッ!」

 しかも、何かもがき苦しんでいるような表情だ。
 後ろに隠れている右手も、なぜかプルプルしているようにも見える。

 一体何をする気なんだ!?

「ヴァ、ヴァルツ君!?」
「……ッ!」

 そうして一瞬顔を引きつらせた後、

「……チッ」
「!?」

 急にふっと冷静になったヴァルツ君。
 まるで何かを(あきら)めたかのようだ。

「だ、大丈夫?」
「黙れ。俺の前から消えろ。()(ざわ)りだ」
「……ええ」

 と思えば、僕に退()くよう言ってくる。
 もう何がなんだか分からない。

「消えないなら俺が行く。どけ」
「うわっ!」
 
 さらに、ヴァルツ君は僕に肩を当てながら歩いて行った。

「な、なんだったんだろう……」

 『話がある』と言ったのはヴァルツ君なのに。

 なんというか不思議な行動だった。
 大貴族の感覚はやっぱり僕と違うのかな。

「あ」
  
 そして気づく。
 昨日のことも聞きそびれたことに。
 







<三人称視点>

 誰もいないトイレにて。
 ここは校内でも最も(はじ)に位置する。

 その中で一人、

「なんで!?」

 ヴァルツが控えめに壁を叩く。

 失敗したからだ。
 ルシアにペンダントを渡すことに。

「どういうプライド!?」

 先程、ヴァルツはルシアに会った。
 昨日の計画通りにペンダントを返そうとしたのだ。

 だが、やはりというべきか、悪い予想が当たる。
 ヴァルツの傲慢(ごうまん)な意志力が「人に物をあげる」ことを許さなかった。

「手も痛いし……」

 そんなやり取りの中で、右手に隠し持ったペンダントを差し出そうとした。
 だが、意志力がそれを許さず、中と外のヴァルツの力が釣り合って均衡(きんこう)

 結果、ヴァルツは自ら手を()ることに。
 ふっと冷静になったのは、一旦諦めたからだ。

「我ながらアホすぎる……」

 ペンダント一つにここまで苦労するとは。
 つくづくこの傲慢(ごうまん)な性格にため息を吐きたくなる。

「となると、次なる手は……」

 そんな事を必死に考えるのもバカらしい。
 だが、いずれの事を思えば、主人公であるルシアに返さないわけにもいかないようだ。
 
「いくつか方法はある」

 たとえば、『ルシアの(かばん)にこっそり入れる』。

「いやいや!」

 思い付いておいて、ヴァルツは自ら頭を振る。

「スマホを持ってない小中学生のラブレターじゃあるまいし!」

 恥ずかしさもそうだが、さらに不審に思われて終わり。
 そう考えたようだ。
 
「却下で。次」

 そうして、考えること少し。

「これだ!」

 (ひらめ)いたヴァルツは早速実行に移した。



 そうして、再び相まみえたヴァルツとルシア。

「おい」
「ヴァルツ君!」
「やはり邪魔だ。どけ」

 声をかけつつ、またも道を開けさせる。
 行動の不審さも極まり、ルシアからすればもはや怖いが、関係ない。

「あ!」
 
 その最中でヴァルツはペンダントを落とす。
 ルシアがそれに気づいて声を上げた。

「そ、それ……!」
「なんだ」

 あえてはぐらかすヴァルツ。
 だが、内心はガッツポーズである。

(よし、食いついた!!)

 まさに計画通りだ。
 彼の考えたまま、ルシアが(うった)えかけてくる。

「それは僕に必要なものなんだ」
「……」
「返してくれないか?」

 ペンダントは、ルシアも取り返そうとしていたようだ。

 協力すると決めたサラのためでもあり。
 過去の悲しい出来事を繰り返さぬよう、さらなる力を得るためでもある。

 対してヴァルツは、

「好きにしろ」
「え?」

 興味なさげに振り返った。
 まるでそれが()らない物かのように。

「い、いいの?」
「二度も言わせるな。そんなものはいらん」
「そ、そうなんだ……」

 その言葉には戸惑いながらも、ルシアは慎重にペンダントを拾う。
 そして、とあることに気づく。

(まだ体温がある……)

 先程までぎゅっと握りしめていたためだ。
 横目でルシアの行動を見ていたヴァルツは一言。

「せいぜい大切に(・・・)するがいい。平民らしくな」
「……!」

 口調は悪いが、言葉に込められた確かな優しさを感じるルシア。
 今の行動も相まって意思を読み取りかける。 

(返しにきてくれた?)

 まだ半信半疑の上、二人組との関係も謎。
 それでも「返ってきた」ことには変わりない。

(大貴族って難しい……)

 どこか疑心は残りつつも、今は素直に受け取るルシアであった。

 そして、当のヴァルツは、

(やったー!!)

 なんとかペンダントを返すことに成功。
 ようやくあるべき場所に戻すことができ、内心では喜びをかみしめる。

(よかった、よかった)

 これで一件落着。
 しばらく心配はないだろう。

 ……と思っていた。

 ヴァルツの頭からは抜け落ちてしまっていたのだ。
 現時点でのシナリオが、本来よりとんでもなく早く進んでいるということを。







 数日後。
 学園内の広場にて。

「何はともあれ、取り返せて良かったね。ルシア君」
「はい、少し不思議でしたけど……」

 サラとルシアが共にお昼ご飯を食べている。
 話題はペンダントについてのようだ。

「それはそうと、あれから変化はないのかい?」
「そうですね、特にないです」
「そうかあ」

 ありのままを話すルシア。
 何も変化がないことに、サラは少し残念そうだ。

 ──と思った矢先、

「……!」

 突如として、首から掛けていたペンダントが光り始める。
 『勇者の(ほこら)』で授けられた時と同じような輝きだ。

「な、なんだ!?」

 混乱するルシアに、再び謎の声。

(なんじ)の力を示すが良い≫

「……!」

 その言葉で直感した。

 この場合において、力とはおそらくひとつ。
 ──【光】属性のことだ。

「ルシア君!」
「はい、はい!」

 それはサラも勘付いている。
 ルシアは言葉のままに、ペンダントに【光】属性を込める。

 だが、タイミングが悪かった。
 ここにきて、物語が速く進行している弊害(へいがい)が出てしまったのだ。

「──!?」

 ペンダントの光が ()(じょう)なまでに強まっていく。
 異変が起きているのは間違いない。

「なんだ、光が強く……!?」

 ゲーム内でも存在するこのイベント。
 しかし本来ならば、もっと後半(・・)に起きるはずだったのだ。
 正確に言えば、ルシアが【光】をコントロールし始めた後。

「まずい! ルシア君!」
「……!」

 今のルシアの魔力制御はまだ未熟のまま。
 強すぎる【光】を完全に扱いきれず、ただ力のままに込めてしまった。

 その結果、

「【光】があふれる……!?」

 ペンダントが正常な反応を見せない。
 言うならば『暴走状態』のようなもの。

「……!」

 とっさにルシアの頭に(よぎ)ったのは、ヴァルツの言葉。

『せいぜい大切にしやがれ』

(もしかしてヴァルツ君はこのことを!?)

 そうして、あふれた光が爆発のような輝きを見せ、

「くううっ!」
「うわあっ!」

 巨大な何かが姿を現した──。