「さて、何から始めるべきかな」

 ヴァルツの力を使って正義のヒーローになる。
 そんな決意を固め、僕は一旦部屋に戻った。

「まずは情報からまとめてみるか」

 僕が転生した男──ヴァルツ・ブランシュ。
 混ざった記憶から、現在の年齢は十三歳だ。
 
「学園は二年後だな」

 ゲーム本編が開始されるのは十五歳から。
 それほど時間があるわけではないけど、何か始められることはあるはず。
 
「となれば、鍛えるしかない!」

 正義のヒーローには力が必要だ。
 ただ口走っているだけでは綺麗事に過ぎない。
 物事を解決できる力があって、初めて人はヒーローになれる。

 ……まあ、原作のこいつは才能だけで解決していたけどね。

「よし!」 

 ヴァルツは貴族の中でも最上位である、(こう)(しゃく)家の人間だ。
 権力はあると言っていい。

 その上、両親は王都に別居を構えていて、この家は実質僕一人。
 割と自由な環境ではある。

「それなら、まずは『(じい)や』からだな」




 記憶を頼りに、家の中央部とある部屋を訪ねる。
 ノックにはすぐ返事が返ってきた。

「はい。どなたでしょう」
「俺だ」
「ぼ、坊ちゃま!? ただいまお開けします!」
「ああ」

 扉が開き、顔を見せたのは爺や。
 この家の執事たちを仕切る存在だ。

「坊ちゃま! いかがなさいましたか!」
「ふむ」

 ここに来た理由は一つ。

「最高の師を呼べ。剣と魔法、両方だ」
(剣と魔法の師匠を呼んでもらえませんか!)

 相変わらず口が悪いのは諦めるとしても、意図は伝わったはず。
 その瞬間、爺は驚くように見上げて来た。

「ま、まさか坊ちゃまがご修行とは!」
「悪いのか?」
「いやはや感心いたしました。では僭越(せんえつ)ながら、私めが招かせていただきます」
「なるべく早くしろ」

 加えて、気になることがもう一つ。

「それと、その『坊ちゃま』とかいう呼び方をやめさせろ。俺はいつまでもガキじゃない」
「こ、これは失礼を! 厳しく伝えておきます!」
「わかればいい」
「ははっ!」

 用件を伝え終え、少し急ぎ気味(・・・・)に扉を閉める。
 僕の方がもう限界だったからだ。

「~~~っ!」

 この傲慢(ごうまん)野郎め!
 爺やさん、めちゃくちゃ良い人じゃないか!
 どうしてこんな態度を取っちゃうんだ!

「……もう」

 呼び方に関しても、別にあんなつもりじゃなかったのに。

 前世には貴族が無かったから、『坊ちゃま』と呼ばれるのがむずがゆかっただけなんだ。
 なんで、いちいちケチをつけるかなあ、ヴァルツ(この男)は。

「いずれ慣れる……かなあ」

 こんなんじゃ正義のヒーローは程遠い。
 なんだか行動する度に遠ざかってる気がする。
 
「でも!」

 ヒーローは(くじ)けない。
 こんな時だからこそ、前に進まないとな。
 そんな気持ちを持って、まずは扉に向き直った。

「ごめんなさい爺やさん。態度が悪くて」

 一応、扉超しに謝っておく。
 今はこれぐらいしかできないけど、いずれ認めてもらえるように。

「よし。また部屋に戻って作戦タイムだ」

 そうして、この場を去った。
 
 だけど、この時の僕は気づかなかった。
 周囲の探知はおろか、異世界での生活は知らないから仕方ない。
 とはいえ、多少は周りに気を遣っておくべきだったと思う。

「はわわわわ……」

 まさか、この姿をメイドさんに見られていたなんて──。







 一週間後。
 約束通り、首都から剣と魔法それぞれの師が家に訪れた。

「ハッ、あなたがヴァルツ様ねえ」

 剣の師匠──『ダリヤ』さん。
 柄が悪そうな、(ひげ)をそり残したおじさんだ。

 それでも、冒険者として最高ランクであるSランクパーティーの元一員だそうだ。
 現在でもトップレベルの剣士だとか。

「失礼でしょう、ダリヤ」

 続いて、魔法の師匠──『マギス』さん。

 綺麗な紫の長い髪に、いかにも魔法使いの帽子を被っている。
 見た目も若々しく、魔法のスペシャリストだ。

 ただ、ダリヤさんと元同じパーティーとなると、年齢は三十……いや、これ以上はよしておこう。

「つってもよ、マギス。あの(・・)ヴァルツ様だぜ」
「それはそうだけど……」

 二人の視線は痛い。
 ヴァルツのこれまでの噂を聞いてきたんだろう。
 でも、これぐらいで立ち止まるわけにはいかないんだ。

「……」

 心の中で深呼吸をして、僕は二人に向き直る。

 そして、頭を下げ、下げ……下げられない!
 ええい仕方ない、気持ちだけでも!

「せいぜい上手く教えろや」(ご教授ください!)

 と思ったのに、いきなりガンを飛ばしてしまう。
 人前の態度の悪さは相変わらずだ。

「ほう。噂通りの傲慢さだな」
「だから、その態度は失礼でしょダリヤ」
「お前もイラついてんじゃねえのか?」
「……別に」

 うん、明らかにお二方ともイラついている。
 爺やさんのことだし、おそらく高い金をもらって依頼されているんだ。

 だったら、傲慢なままでも応えるまで!

「さっさと始めるぞ、愚図(ぐず)ども」
(早速やりましょう!)

「「!」」

 僕の言葉にやる気を感じたかのか、師匠たちは目の色を変えた。
 二人はニッと笑って口にする。

「コテンパンにしてやりますよ」
「付いてきてみなさい」
「……クックック」

 喜ぶべきか悲しむべきか。
 この時、初めて僕とヴァルツ()は意気があった。

「面白え」(よろしくお願いします……!)

 こうして、僕──ヴァルツ・ブランシュの修行が始まった。