「いよいよでございますね」

 馬車の中。
 メイリィが微笑みながら話しかけてくる。

「ああ」
「楽しみにされておりますか?」
「そんなわけがないだろう」

 口ではこう言うけど、かなりドキドキしている。

 いよいよ始まるからだ。
 今日からアルザリア王立学園での生活が。

「……」

 数日前、ようやく学園からの合格通知が届いた。

 合格を疑っていたわけじゃない。
 それでも届くと嬉しいものだ。

 そして、

「フッ、あいつめ」

 僕は一本の剣を(なが)める。

 (さや)から刀身まで全てが綺麗なこの剣。
 かなり大切に保管されていたのだろう。
 また、刀身には紫色の刻印が刻まれている。

「世話焼きが」

 これは父ウィンドから(ゆず)り受けたもの。
 代々『ブランシュ家』に伝わる家宝だという。
 名前は知らないそうだ。
 
 そんな代物をもらっていいのかと尋ねたけど、父は笑顔で「ヴァルツに使ってほしい」と答えた。
 そういうことなら存分に使わせてもらおう。
  
「似合っておりますよ」
「聞いていない。……あと」

 メイリィに答えながら、ふと左隣に目を向けた。
 
「だから、なぜお前がいる?」
「あら」

 視線の先には、またもリーシャだ。

 試験の時も父に会いに行くときも、いつの間にか乗っている彼女。
 もはや、リーシャの馬車に僕が乗せてもらっているんじゃないかと勘違いしてしまうほどだ。

「いいではないですか! お父様のお(すみ)()きの関係ですので!」
「ったく」

 まあ仕方がないか。
 登校初日ぐらいは許そう。

「それに、私は心配でならないのです」
「なにがだ」
「ヴァルツ様は試験で目立たれたでしょう?」
「……」

 実際そうかもしれない。
 自分で言うのもだけど、伝説と言われる二属性を宿すなんて普通じゃない。

 通知が届いたまでの期間にも、僕の噂が広がっている可能性はある。

「ですので、私が変な虫が寄ってこないよう見守る必要があるのです!」
「……フン」

 正直、もしかしたら僕の周りにもたくさんの人が集まって……なんて、想像をしないこともない。

「その時はその時だ」

 そんな若干の期待を抱きながら、僕たちは学園へと足を踏み入れた。







「……」

 学園へと入り、教室に入って来たのが先程。
 あらかじめもらっていた資料などから、迷うことはなかった。

 教室にいるのは、ざっと三十人。
 時間はもうすぐなので、このぐらいが今年の合格者なのだろう。

 ……でも、少し納得がいない。

 主に教室の前の方の連中だ。 
 
「すごいよねルシア君!」
「あの伝説の【光】属性持ちなんでしょ!」
「試験見てたよ! 惜しかったなあ!」

「う、うわっ!」

 朝早くからルシアの元には人が集まっている。

 そしてその様子を、黒髪ショートの女の子が(ほお)をふくらませながらじっと見ている。

「むうぅ」

 彼女は『コトリ』。
 試験日に玄関で会った、ルシアの幼馴染だ。

 平民にもかかわらず、好きな男(ルシア)のために努力をして入学を果たした。
 見かけによらず相当な努力家だろう。

「……」

 まあ、それはいいとして。
 あの辺は遅かれ早かれ主人公側に加わる人間だ。
 本来より早く【光】を発現させたことで、ルシアに興味が湧いたんだろう。

 問題は……

「チッ」

 反対に、僕の周りには誰もいない(・・・・・)ことだ。
 それどころか冷ややかな視線さえ感じる。

「おい、あいつだろ」
「しっ、そんな言い方したら殺されるぞ」
「あの傲慢(ごうまん)(こう)(しゃく)様だもんな」

 おかしい!
 どうしてこうなった!?

 僕は【闇】を披露したとはいえ、ルシアと同じ【光】も持っているのに。
 この扱いの差はなんなんだ。

「……クソが」
 
 怖い顔(無意識)になっているのも原因だろう。

 でも、それ以上に何か強い力(・・・)が働いている気がしてならない。
 そう思ってしまう程の嫌われ具合だ。
 
 原作のヴァルツってずっとこんな環境だったの?
 メンタル鬼すぎない?

「ヴァルツ様。あのルシアという方に嫉妬(しっと)ですか?」
「はあ!?」

 そんな僕に、リーシャが少しニヤつきながら聞いてきた。
 
「じっくり見ておられましたので」
「そんなわけがない」
「もしかして人望がなくて寂しかったのですか?」
「だから、そんなわけがない!」

 彼女は相変わらずだ。
 ヴァルツ全肯定かと思えば、意外と鋭くツッコんでくる。

「ふふっ。可愛らしいですヴァルツ様」
「黙れ」
「でも、私は人望がない方が嬉しい(・・・・・・・)です」
「は? ……ッ!」

 そう言いながら、ぎゅっと腕に絡みついて来る。
 ちょっ、ここ教室の中ですけど!?

「私がヴァルツ様を独占できますので!」
「……黙れ」

 決して悪い気分ではないけどね。
 
 そうこうしているうちに、

「……!」

 ふいにルシアと目が合った。







<三人称視点>

「!」

 ルシアがふと教室の奥の方に視線を移すと、バッチリと目が合う。

 ヴァルツだ。
 一番後ろの席で、腕を組みながら足を机に乗せている。

「……」

 ルシアは固唾を飲みこんで、集団を離れる。
 そして、いざ彼の前に立った 

「ヴァルツ君」
「あ?」
「……うっ」

 いきなりの強い視線と口調。
 村にはいなかったタイプだからか、ルシアはびくっとする。

(って、しまった! 相手は大貴族様だぞ!)

「ご、ごめん! 呼び方はヴァルツ()の方が──」
「別に構わん」
「わ、分かった!」
「で、用はなんだ」

 そう言われるが、何を話そうか考えていなかったことに気づくルシア。
 焦りと()(しゅく)から変なことを言ってしまう。

「えっと、僕も合格したよー……って」
「見れば分かる」
「だ、だよねー」
「何だお前は」

 だが、心の中にあった想いは一つ。
 慌てふためいたルシアは、本心(・・)をそのまま口に出してしまった。
 
「僕は君を超えるよ!」
「……!」

(って、なに口走ってるんだ、僕はーーー!!)

 思わず出てしまった言葉に、教室も静まる。
 みんな二人の会話に耳を傾けているみたいだ。

 ──しかし。

「クックック……」
「え?」
「ハーッハッハッハ!」

 ヴァルツは大声で笑った。
 そして、ルシアをギロリとにらむ。

「くれぐれも折れてくれるなよ?」
「うん……!」

 これが、ヴァルツとルシアの学園での初めての会話だった。



 
 日程が終わり、午後。
 学園初日は簡単な説明のみで、本格的な授業は明日からのようだ。

「ちょっと、ルシア!」
「ん?」

 そうして教室を出たルシアを、後ろからコトリが追いかけてくる。
 彼女は歩きながらに控えめな声で話し始めた。

「朝のあれ、どういうことなの!?」
「ヴァルツ君と話したこと?」
「そうよ!」

 コトリは心配そうな目でルシアを見つめる。

「ヴァルツ・ブランシュは傲慢公爵よ! 何があったらどうするの! わたしたちはただでさえ平民なんだから!」
「……」

 だが、ルシアにはそうは思えなかった。

 たしかに視線や口調はすごく強い。
 それでも、試験日のことを思い返せば、単なる傲慢な人には見えなかったのだ。

 玄関でもめていた時、助けてくれたこと。
 そしてあの言葉。

()い上がってこい』

 あの言葉は、ルシアを思っての言葉だった。
 
 剣技にしたってそうだ。
 ヴァルツは「努力など必要ない」と言ったが、そんなわけがない。

 後から冷静に考えれば、誰よりも洗練された(・・・・・)剣だったのだ。
 あれは紛れもなく努力の証。

「ヴァルツ君……」

 ルシアは悩む。
 彼の本性はどんな人なのだろう、と。

「……うん」

 さっきは緊張してうまく話せなかった。
 それでも、ヴァルツにはまた話しかけてみようと思ったルシアだった。




 そうしてしばらく。

「やあやあ」
「!」

 学園を出た所で、女子生徒が話しかけてくる。

 茶色の迷彩柄の服にベレー帽、口元にはおもちゃのパイプをくわえている。
 まさに『探偵』のような格好の少女だ。

「悩める子羊くんよ」
「……???」

 RPG風に言うならば、最初のイベント。
 それは決まって──「出会い」だ。

「『勇者の(ほこら)』というものに興味はないかい?」

 主人公ルシアに、早速メインヒロインが接触してきていた──。







 一方その頃、ヴァルツ。

 彼は学生街を歩いていた。
 周辺の調査も兼ねて、徒歩で帰ることにしていたようだ。

「一緒に帰宅って、まるで夫婦ですね!」
「勝手に言っておけ」

 例のごとく、リーシャは一緒である。

 ──そんな時、

「こっちだ」
「え!? ヴァ、ヴァルツ様!?」

 唐突にリーシャを暗い細道へ連れ込む。
 まさかの行動にリーシャはドキドキしてしまう。

「ヴァルツ様、私まだ心の準備が……!」
「は?」
「とうとうヴァルツ様から求めてこられるとは!」
「少し黙れ」

 だが構わず、ヴァルツは後ろを振り返った。

「何者だ」

 その言葉に、ガサっと動く物陰。

「出てこい」
「「「……」」」

 そうして、怪しげな格好の集団が姿を現した。

「え、え? ヴァルツ様?」
「……ッ!」

 彼らに目を見開くヴァルツ。
 その格好には見覚えがあったのだ。

(まさか教団!? そんな、早すぎる(・・・・)……!)

 そして、

「ヴァルツ・ブランシュ様」

 集団の中でも老人のような者が口を開く。

「いずれ魔王となられる者よ」

 老人はヴァルツにニヤリとしながら語りかけた。

「さらなる力が欲しくはありませんか?」
「……!」

 ルシアとヴァルツ、学園生活と共に、それぞれの物語もまた動き始めるのであった──。