入学試験を終え、帰りの馬車の中。

「……」
 
 僕は考え事をしていた。

 試験結果は後日に届くとのことなので、一旦後回しだ。
 それより、今から重要な事が起きるんだ。

「体調がよろしくありませんか? ヴァルツ様」
「……問題ない」

 右隣のメイリィがそんな様子を察してうかがってくる。
 でも、これを口に出すことはできない。

「……チッ」

 ここは王都だ。
 ということは、とある人物(・・・・・)がいる。
 僕はその人物に呼ばれ、今から顔を合わせることになった。

 その人物とは、ヴァルツの父──『ウィンド・ブランシュ』。

 僕の父にあたるその人物については、実はよく知らない。
 ゲームでもそれほど出番がなく、ヴァルツに転生してからもほとんど関わってこなかったからだ。

 だけど、(さい)(しゅう)(ばん)になって一度。
 実の父であるはずのウィンドは、とんでもない行動を起こす。

『どうか息子を殺してくれ』

 主人公のルシアにそう頼み込むのだ。

 その頃、ヴァルツはすでに悪事を起こし、ラスボスとして提示されている。
 だが行方が掴めなくなってなっていたヴァルツを、ウィンドの推測によって主人公達が居場所を突き止める。

 そこで最終決戦を行い、ヴァルツははジ・エンドってわけだ。

「……っ」

 主人公側からすれば、貢献してくれた人物だと思う。
 でも、僕からすれば裏切り者に等しい。

 僕はそんな人と今から顔を合わせる。
 正直、不安なんてものじゃない。

 そんな僕に、

「ヴァルツ様?」
「……!」

 今度は()隣のリーシャが話しかけて来た。

「やはりお悩み事でもあるのではないですか?」
「……大丈夫だと言っているだろう」
「ですが──」
「黙れ」

 でも、こんな未来の情報を知ってると言うわけにはいかない。
 ここは黙秘が正解だ。

 ……とそこまで考えて、ふと疑問に思う。
 
「というより、なぜお前が乗っている?」
「そんなの当たり前ではありませんか!」

 リーシャが顔をぐっと近づけて口にする。

「お父様にご挨拶するためです!」
「……お前は」

 今更ながら勝手だなあ。
 父と会うということでリーシャに構っている暇がなかったけど、冷静に考えればおかしい。

 試験場を去った後、馬車に乗ろうとしたらすでに彼女がいたんだ。
 帰らせようと父に会う旨を伝えると、余計にくっ付いて来たんだ。

「私は将来を約束された身ですので!」
「……フン」

 でも、こんな彼女の明るさに励まされている時はあるかもしれない。
 現に今だって、言い合っている内に暗い気持ちが消えつつある。

「騒がしい女だ」(ありがとう)
 
 そうして、馬車は父との約束場所に向かった。







 約束の場所である屋敷に到着する。
 ここが王都で働く父の住まいだそうだ。

 そして、僕たちは顔を合わせた。

「よく来たな、ヴァルツ」
「……ッ」

 この男が、ウィンド・ブランシュ!

「それに、君が聞いていたリーシャ・スフィアさんだね」
「はい」

 リーシャは(しゅく)(じょ)のような返事で頭を下げた。
 さらに、すっとスカートの両(そで)を少し持ち上げる。

「メルト王国(はく)(しゃく)リーシャ・スフィアと申します。お見知りおきくださり光栄です」

 ……え、リーシャこんな挨拶できたんだ。
 まるで(・・・)貴族みたいじゃないか。

「これはこれは、ご丁寧な挨拶で」
「……! はいっ!」
「フッ、少々おてんばなところも残っているようだがね」
「ハッ! こ、これは失礼いたしました!」

 少し我が出てしまったリーシャに、ウィンドは笑みを浮かべた。

「ははっ。いいんだ、君ぐらいの年齢なら元気がある方が似合っているよ」
「……あ、ありがたきお言葉です」

 リーシャを顔をかあっと赤くして再度お辞儀をする。
 そんな中で、気になることが一つ。

「……」

 現時点では、ウィンドが特に悪そうには見えない。
 というよりむしろ優しい父という感じにすら思える。

「では皆の者、入ってくれたまえ」

 でも、油断はしないぞ。




「「「あははははっ!」」」

 食卓に笑い声が広がる。
 酒の入った父やリーシャ、メイリィのものだ。

「……チッ」

 もちろん、ヴァルツの口からそんな笑い声は出ないけど。
 そうしてまた、リーシャが口を開く。

「さすがでございます、お父様」
「いやいや、そんなことはないさ」

 ウィンドの屋敷にお邪魔して、しばらく時間が経った。
 その間、僕たちは用意されたディナーをたしなみながら、ずっと話をしていたわけだが……。

「ヴァルツも元気そうで安心したぞ」
「……黙れ」

 ウィンドはめっちゃ良い人(・・・・・・)だった。

 そのうえ盛り上げ上手で、リーシャやメイリィの多少の言葉遣いの乱れは気にもしない。
 むしろ、もっとフランクに接してほしいという感じだ。

「はっは、傲慢(ごうまん)なところは変わらんがな」
「いいえウィンド様。ヴァルツ様にも可愛いところはあります」
「お、そうなのか。もっと聞かせてくれないか、メイリィ」
「もちろんでございます」

 おかげでずっとこの調子だ。
 もはや完全に談笑になっている。

「そんなことがあったのだな、ヴァルツ」
「……覚えていない」

 ウィンドは(こう)(しゃく)家の当主だ。
 そのため、ここ王都での仕事が忙しく、中々家に帰れなかったらしい。

「だが正解だったな。ヴァルツをあのパーティーに参加させておいて」
「何の話だ」
「ヴァルツの事が心配でね。何か縁ができればと参加するよう言ったんだが……」

 あのパーティーにはそういう意図があったのか。
 そして、ウィンドはニヤリとしながらリーシャに視線を移す。

「まさか、こんな良いお相手を見つけて来るとはね」
「そんな! お父様に直接言って頂けるなんて!」
「いやいや、本音だよ」

 リーシャが両手を合わせて喜ぶ。

「もったいなきお言葉。ということで、ヴァルツ様……」
「は?」

 さらに、彼女がキラキラさせた目でこちらを向いた。

「これからも末永くよろしくお願い致します」
「だから、違うと言っているだろ……!」
「もう。この後に(およ)んでヴァルツ様ったら!」
「ぶっとばすぞ、てめえ!」

「「「あははははっ!」」」

 結果的に、ヴァルツの傲慢な態度も受け入れられた。
 こんな言い方をされて笑ってくれるのは、僕にとってはすごくありがたいことだ。

 こうして、会食の時間は過ぎて行った。







 外もすっかり暗くなり、後は寝るだけの時間帯。

「ヴァルツ」
「あ?」

 風呂から上がり、寝室へ行く間際にウィンドから呼び止められる。

「本当に成長したな」
「黙れ」
「父として誇りに思うよ」

 どこまでいっても優しい笑顔。
 僕の中の恐怖はすっかりなくなっていた。

「学園は来週からだろう。合格通知が来るまでの数日は不安だと思うが──」
「俺が落ちるとでも?」
「ははっ、そうだったな」

 それから、ウィンドは最後に伝えてくる。

「リーシャさん、大切にしろよ」
「……」
「おやすみ、ヴァルツ」
「……ああ」

 ウィンドが去って行き、ふと窓から夜空を見上げる。

「……」

 やっぱりウィンドは良い人だった。
 それなら、どうして最後にヴァルツを裏切るようなことをしたんだろう。
 
 何か揉め事を起こした?
 喧嘩別れをした?

 いや、違うな。

 はじめから優しかったんだ。
 優しすぎた(・・・・・)がゆえ、ヴァルツの傲慢な行動を止められなかった。

 最後に裏切ったのは「これ以上息子が悪い事をする前に止めてくれ」と、そういうメッセージだったのかもしれない。

 ヴァルツを理解しようとしていたからこそ、彼の居場所を推測できたのだろう。

「……」

 相変わらず口調は傲慢のままだ。

 だけど、そんな悲しい未来にはさせない。
 僕はヒーローになりたいんだ。
 悪事に手を染めるつもりは一切ない。

「おやすみなさい。父さん(・・・)

 この命では縁を失わないように。