「ただの試験だとしても、僕は最後まで戦う!」

 ヴァルツが【光】属性を解放し、まともに攻撃を食らった物語主人公のルシア。

 そこで対決は終わりかと思われた。
 その間際──

「まだ、だ……!」
「面白い……!」

 ヴァルツの【光】に共鳴し、ルシアの中に眠っていた【光】が目を()ます。
 
 かつての勇者にのみ許された特別な属性。
 それを手に、再び両者は向かい合う。

「【光・身体強化】」
「【光・身体強化】」

 両者は再び属性魔法を高めた。

「行くぞ、ヴァルツ君……!」
「──!」

 再びルシアがヴァルツへ突撃。
 だが、さっきまでとはまるで速さが違う。

(さすがだ。潜在的に扱い方を知ってるなんて!)

 ルシアは【光】をたった今手にしたばかり。
 普通ならば扱い切れない特別な属性を、直感で使ってみせる。

(それでこそだ、主人公!)

 その理由は一つ。
 ルシアが勇者の血を引く(・・・・・・・)者だからだ。

 この世界である学園RPG『リバーシブル』。
 その全体像は、因縁の決着。

 かつて戦い合い、共に滅びた勇者と魔王。
 だが、その血は脈々と受け継がれていた。

 勇者の血を引くルシア。
 魔王の血を引くヴァルツ。

 この世界は、それぞれの(けい)()を持つルシアとヴァルツの物語なのだ。
 
「うおおおお!」
「クハハハハ!」

 まだまだ荒削りではある。
 それでも、ヴァルツはルシアに確かな潜在能力を見出す。

「僕は負けない! もう二度と!」
「いい! いいぞ……!」

 このアルザリア王国において、かつて最高の剣士と言われたダリヤ。
 彼を超えたことで、ヴァルツはもう上は望めないかと思っていた部分はある。

 だが、まだいたのだ。
 ダリヤと同等……もしくは、ダリヤ以上に手に汗握るような戦いをできる者が。

 その速すぎる両者の剣技は、観客を魅了する。

「なんなんだよこれ!」
「これが試験ってまじか!?」
「こいつらが入ってくるのか!?」

 戦いを見守るのは、同じ受験生だけではない。
 在校生や教師陣も含めた、学園関係者も多い。

 そんな人々を魅了する二人のぶつかり合い。
 これには【光】の本質が起因している。

 人々に希望をもたらす【光】。

 この属性を目にするだけで、人々の心は踊り、気持ちが引っ張り上げられるのだ。

 ──それでも、

「ぐうぅぅぅ!」
「……」
 
 やはりヴァルツには届かない。
 それほど、両者には圧倒的なまでの差がある。

 そんな状況に、ルシアが必死に問う。

「君は一体どれほど!」
「あ?」
「どれほど積み上げてきたと言うんだ……!」
 
 ルシアとて並大抵の努力量ではない。
 そう言いたくなるのも仕方がないだろう。

 しかし、対してヴァルツはニッと笑った。

「俺には努力など不要だ」
「……! くっそおおおお!」

 もちろん大ウソ(・・・)
 二年もの間、二人の鬼師匠にしごかれ続けたヴァルツだが、傲慢(ごうまん)な彼の口からは出るはずもなく。

 ここにきて原作通りのセリフである。

「うわあああああああ!」
「……!」

 そうしてヴァルツは、ルシアの異変に気づく。
 ルシアの攻撃が荒くなっているのだ。

 剣の型は乱れ、【光】のコントロールも失い始めている。

(これは……)

 たとえ勇者の子孫とはいえど、今のルシアは(きゅう)造品(ぞうひん)
 最初はうまくいっても、長くコントロールすることはできなかったようだ。

(この辺までかな。それにしても……)

「雑魚が」(強かったよ)
「……!」

 一度距離を取ったヴァルツ。
 片方に手に灯したのは、今使っている【光】。

 そして、

「終わりだ」
「そ、そんな……!」

 もう片方の手に灯すは──【闇】。

 その姿にはルシアでさえ絶望の顔を見せる。

 世の中でも特別と言われる二属性。
 目の前の男は、その両方を(あわ)せ持った化け物なのだから。

 これには、観客も思わず同じ反応を見せる。

「冗談だろ……?」
「あんなの無理だろ……」
「そこまでいくともう……」

 さっきまでは盛り上がっていた会場は一転。
 あまりに光景に静まり返ってしまう。

 ヴァルツが化け物すぎるのが原因ではある。

 だが、これこそが【闇】の本質。

 人々を絶望させる【闇】。
 輝かしい【光】とは対極の性質が、観客の熱意を奪っている。

土産(みやげ)だ」(楽しかったよ)
「……!」

 しかし、これだけではない。

 右手に【光】、左手に【闇】を灯すヴァルツ。
 その対極とも言える両属性を──融合(・・)

「クックック……」

 その瞬間、ルシアとヴァルツを囲う『魔法空間』が展開された。

 輝かしい【光】とドス黒い【闇】。
 二つが交互に混ざり合った不思議な色だ。

 地面からも同色の魔法陣が浮かび上がっている。

「ハーハッハッハ!!」

 ヴァルツに【闇】が発現してから約半年。
 彼は魔法の師匠マギサと、これについて研究を行ってきた。

 普通ならばできるはずがない。
 かつて血を争い合った、両極端の属性を合わせることなど。

 だが、ヴァルツはやり遂げた。
 光のような内心、闇のような外面(そとづら)を持つヴァルツだからこそ。

 そして、ヴァルツはこの魔法の名を口にする。

「【二律背反(アンチェイン)】」

 ヴァルツが口にした途端、

「ぐぁっ!?」

 ルシアが苦しみ出す。

「な、なにが……!」
「クックック」

 ヴァルツが生み出した魔法空間【二律背反(アンチェイン)】。
 これはいわば、光と闇の良いとこ取り(・・・・・・)

 相手には【闇】の『弱体化』を与える。
 自分には【光】の『強化』を与える。

 【闇】の力によって相手の魔力を吸い取り、そのまま【光】の力によって自分のものにする。

 まさに傲慢(ごうまん)()(そん)
 ヴァルツによる、ヴァルツのための魔法だ。

 そして、ヴァルツは試験を終わらせる。

「──(ひざまず)け」
「……がっ!」

 この空間で、ヴァルツの命令は絶対。
 この優位がひっくり返ることはないのだ。

「フッ」 

 膝をつき、何も動けないルシア。
 対して、ヴァルツはゆっくりと(・・・・・)歩み寄った。
 一切の焦りもなく、ただ一直線に。

 そうして、ルシアの目の前で剣を向けた。
 
「言う事があるだろう」
「……僕の、負けだ」

『勝者、ヴァルツ・ブランシュ!』

 あくまで自らは宣言せず。 
 相手に降参させる傲慢ぶり。

 これがヴァルツ・ブランシュである。

「ありえねえ……」
「こんなの無理だろ……」
「相手の子が可哀想だ……」

 観客の反応は絶望に染まる。
 これは元より持っていた【闇】の方が強い表れかもしれない。

 そうして、ヴァルツはパチンと指を鳴らす。
 【二律背反(アンチェイン)】を解除したのだ。

「ぐっ! ……ハァ、ハァ」

 弱体化は解除されたが、まだ息を切らすルシア。
 その目はヴァルツに向けられている。

「……」

 本来ならば、敗者にかける言葉はない。
 しかし、背を向けたヴァルツは最後に口にした。

「這い上がってこい」
「!」

 それが優しさだったのか、嫌味だったのか。
 まだヴァルツをよく知らないルシアには分からない。

 ──それでも、

「必ず……!」

 ルシアの目は光を失っていなかった。

「フン。それでいい」

 そうして、ヴァルツは振り返ることなく、試験場を後にした──。