校門からリーシャと歩いてしばらく。
 広い敷地を歩いてようやく玄関に来たと思えば、何やら騒ぎが起きているようだ。

「この女がぶつかってきたんだよ!」

 一方はいかにも乱暴そうな声。
 どうやらこの男と、女の子がぶつかったらしい。

「違う彼女じゃない! 僕は見ていた!」

 そして、もう一方は女の子を守るような声。
 彼によれば、女の子からぶつかったのではないと言う。

「ヴァルツ様。何やら起きているみたいですね」
「ああ」

 そんな雰囲気を察してリーシャが顔をうかがってくる。
 でもこんな事態……

「雑魚どもが」

 放っておけるわけがない。

「お前はそこで見てろ」
「ふふっ。やはり助けられるのですね」
「黙れ。目障りなだけだ」

 リーシャに一声かけ、僕は足に【光】の属性魔法を込めた。
 その間にも騒ぎは激化する。

「ぶん殴られなきゃわかんねえのか!」
「やめるんだ!」
「うるせえ!」

 そうして、乱暴そうな男がいよいよ手を出そうとする腕を──

「うるせえのはてめえだ」(そこまでだ)
「──なっ!?」

 僕が止める。
 【光】属性魔法を使った高速移動だ。

 男はこちらをギラリと(にら)み……みるみるうちに顔を青ざめさせていく。

「ヴァ、ヴァルツ・ブランシュ!?」
「あ?」
「はっ! ヴァルツ・ブランシュ様!」

 目付き(無意識)に気圧(けお)されたのか、男はとっさに敬称をつけた。
 別に敬う必要なんてないんだけどね。

 さらに、男は必死に言い訳をしようとする。

「違うんです! あの女がぶつかってきたから俺は──」
「知らん」
「え?」

 でも、それを聞く気はない。
 現場を見てない僕には、どちらが悪いか判断しようがない。

「朝から目障りだ。俺の進む道でわめくな」
「え、あ、は、はい……」

 騒ぎが収まればそれで十分。
 僕は誰も傷つけるつもりはない。
 それがヒーローってものだからな。

「さっさと散れ」
「し、失礼します!」

 一気におとなしくなった乱暴そうな男は、慌てて中へと入って行った。

 となると。

「……」

 僕はもう片方に目を向ける。
 
 いたのは二人。
 やっぱり()だったんだな。

 主人公──『ルシア』。
 そして、その幼馴染──『コトリ』。

 どうやらコトリが難癖をつけられて、それをルシアが(かば)っていたようだ。

「あ、ありがとう……」
「ありがとうございます!」

 二人はペコリと頭を下げた。
 
「だから目障りだっただけだ」
「え、でも君は助け──」
「黙れ」

 だけど、傲慢なヴァルツにお礼にされても何も出せない。
 僕はチラリと後ろに目を向けた。
 
「行くぞ、女」
「はい! ヴァルツ様!」

 そしてリーシャを呼び、そのまま玄関へと入って行く。
 今はこのぐらいでいいだろう。

「……フッ」 

 どうせすぐに(・・・)会うことになるのだから。
 
 そうして歩くことしばらく。

「ヴァルツ様、先ほどは何かお楽しいことでも?」
「どういう意味だ」
「笑っておられましたので……」
「!」
 
 彼女に言われて初めて気づく。
 そうか、僕は楽しみなのかもしれない。

「さあな」

 主人公とすぐに戦うことになるのが──。







<三人称視点>

 この日はアルザリア王国学園の試験日。
 ヴァルツやリーシャが学園へ来たのもそのためである。

 試験内容は至って簡単だ。
 学園側から指定された「対戦を三度こなす」こと。
 また、その三人はいずれも違う対戦相手となる。

 実力主義を(うた)う、この学園だからこその試験内容だ。

『勝者、ヴァルツ!』

 そんな試験はトントン拍子に進んで行った。
 毎年同じ内容の為、進行もスムーズなのだ。




 ──そして、いよいよ迎えたのは最終戦。

「お前か」
「君は……朝の!」

 相まみえたのは、ヴァルツとルシア。
 物語のラスボスと主人公だ。

(来たな、ルシア!)

 この試験は、学園RPG『リバーシブル』におけるチュートリアル。
 プレイヤーに対して、世界観や操作方法を教えるためのものだ。

「勝っているのか」
「うん……!」

 そして、三度目のヴァルツ戦は、いわばチュートリアルボス。
 その上負けイベント(・・・・・・)だ。

 『学園にはこんなに強い人がいて、彼がいずれ超えるべき壁です』ということをプレイヤーに伝えるための相手である。

 ヴァルツはこれをずっと楽しみにしていた。

(さあやろう、主人公……!)

 この世界に転生して二年。
 恵まれた才能と努力で培った力を、ここで主人公に発揮したかったのだ。

「くだらん相手だ」(楽しみだよ)
「……!」

 だが、相変わらず傲慢(ごうまん)な口は本心を言わない。
 そんな言葉が彼の闘争心に火をつける。

「僕だって……!」

 そうして、いよいよ対決が始まる。

『それでは試験最終戦、ヴァルツ・ブランシュ対ルシア』

「……」
「……」

 互いに剣を持ったまま見つめ合い、

『はじめ!』

 同時に一歩を踏み出した。

「うおおおおお!」
「……」

 一直線に向かってくるルシアの剣。
 ヴァルツはそれをなんなく受け止める。

(基本となる型、ある程度の無属性魔法は身に付けてきてるか)

 その一瞬の攻防で、今のルシアの実力を見抜く。

 剣はそこそこ。
 属性に変換せず、魔力を操るだけの【無属性魔法】もある程度は使えるようだ。

 ──それでもやはり。

「そんなものか」
「……! ぐぅっ!」

 ヴァルツには全く届かない。
 彼にとってはまるで赤子の相手をしているよう。

「くだらんな」
「なに!」

 そうして、ニヤリとするヴァルツ。
 少し力を見せるつもりのようだ。

「教えてやろう」
「……!」
「本物の力というものを」

 ヴァルツが手に灯したのは──【光】。
 そのまばゆい輝きに、会場にいた他生徒は()(ぎも)を抜かれる。

「おいあれって!」
「まさか、冗談だろ!?」
「【光】なのか!?」
「バカな! あの伝説の勇者以来、一人も現れていないんだぞ!?」

 その輝きは、一目で【光】だと直感できる。
 それほどに美しい純粋な眩しさ。

「ついてきてみろ」
「……!」
「【光・身体強化】」
「え? ──うわぁっ!」

 強化系属性の最上級である【光】。
 それを使った【身体強化】は、無属性のそれとは比較にならない。

「ぐっ、うぅ……」

 ほんの一撃与えただけ。
 それだけでルシアが膝をつく。

(期待し過ぎだったかな)

 少し残念な気持ちも含みつつ、ヴァルツは改めて実感する。
 この属性だけは“特別”だと。

「終わりだな」
「……ぐっ」

 まだ物語は始まったばかり。
 ならば、この実力差があっても仕方ない。

 ──そう思った時。

「まだ、だ……!」
「!」

 ルシアが起き上がる。

 その行動にヴァルツは思わず目を見開いた。
 これはあくまで試験。
 ここまでする必要は決してないのだ。

──それでも。
 
「僕は学園に一番になりにきた」
「……」
「もう二度とあんな思いをしなくていいように!」
「……!」

 ヴァルツの心がドクンとする。

(なんだ、これは……!)

 危険察知……いや、違う。
 これは共鳴(・・)

「ただの試験だとしても、僕は最後まで戦う!」
「クックック……」

 その姿にヴァルツは思わず笑みを浮かべた。

(やっぱり君は主人公なんだな……!)

 本来ならば、学園に入ってからしばらく後に(・・・・・)発現するはずのもの。
 それが、ヴァルツが持つはずのない【光】を見たことで、主人公の中に眠るそれが目を覚ます。

「まだだ、ヴァルツ君!」
「面白い……!」

 主人公の魔力が、輝かしい光を放つ。
 それは紛れもない──【光】。

 両者は再び属性魔法を高めた。

「【光・身体強化】」
「【光・身体強化】」

 両者の剣は再びぶつかり合う──。