「本当にいいんですよね。ヴァルツ様」

 リーシャがこちらをうかがうように尋ねる。
 僕はそれにニッとして返した。

「ああ、遠慮はいらん」
「では、いきます……!」

 僕に応えるよう、リーシャはぐっと杖を構える。

 目覚めてからすぐ、僕たちは庭へ出てきた。
 一刻も早く『力』とやらを試すためにだ。

「「「……」」」

 遠くでは師匠二人、メイリィが見守っている。
 そんな中、リーシャが指示通りに魔法を発した。
 
「【豪炎(マグナ・フレイム)】!」

 一心に向かってくる【炎】の属性魔法だ。
 対して僕は、 心の中でずっとうずいているものを、(ちゅう)(ちょ)せずに表に出した。

「──!」

 その瞬間、顕現(けんげん)したものに周りは声を上げた。

「うおっ!?」
「嘘でしょう!?」
「ヴァルツ様!」

 目の前に現れたのは、ドス黒い属性魔法だ。
 それが、リーシャの強力な魔法をいとも容易く抹消(まっしょう)してみせたのだ。

「ほう……!」

 その力に僕自身も驚く。
 ヴァルツから「力を使え」と言われた時、なんとなくそうじゃないかとは思っていた。
 でも、実際に目にして改めて存在感を実感する。

「これが……【闇】!」

 属性魔法──【闇】。
 ヴァルツが本来持つはずだったものだ。

「こいつはいい」(すごい力だ)

 人々に“希望”をもたらすとされる【光】。
 その特性は【強化】だ。
 まさに人々を元気づける特性である。

「クックック……」

 逆に、人々に“絶望”をもたらすとされる【闇】。
 その特性は【弱体化(・・・)】。

 相手の身体機能を下げ、(ひざまず)かせる。
 まさにかつての魔王にふさわしい属性だ。

「ハッハッハッハー!」

 リーシャの属性魔法をかき消したのも、この特性が働いている。

 彼女の魔法が【闇】に触れた瞬間、それを極限まで弱体化。
 結果的に【豪炎(マグナ・フレイム)】の魔力が0となり、消えたように見えたというわけだ。

「おいおい、ヴァルツ様よお……」
「冗談はよしてほしいわ……」

 検証が終わり、師匠二人が寄ってくる。

「いつの間にこんなものを!」
「そうよお! 【光】を宿しただけでもありえないのに! 前代未聞どころじゃないわ!」

 この場合はなんと答えるのがいいんだろう。
 実は中身が違う人でしたー、なんて言えるはずもない。
 そんな言葉がヴァルツの口から出ていくとも思えないし。

「……フッ」

 それなら、今はこう答えておこう。

「俺に不可能があるとでも?」
(俺に不可能があるとでも?)

「……ははっ!」
「今さらながら、とんでもない子の師匠になっちゃったわ」

 師匠二人はもはや(あき)れ半分だ。
 受け入れるしかないといった感じに見える。

 我ながら、今のはかなりヴァルツぽかったんじゃないかな?

「ところで──」

 そして、ふと反対側に顔を向けた。

「てめえらは何をしている?」

 リーシャとメイリィの方だ。

「ああ、ヴァルツ様……!」
「私はもうダメです……!」

 二人はお互いに体を支えながら、動けないでいる様子。

「ヴァルツ様、私はもう一生あなた様に付いて行きます!」
「……」
「はい。私もメイドとして一生坊ちゃまの元に!」
「…………」

 よく分からないけど、なんだか崇拝(すうはい)されてる?
 顔を赤らめて苦しんでいるようにも見えた。

「……バカが」

 二人はもう僕も救えないかもしれない。
 とまあそんな冗談はさておき、僕はもう一度師匠たちに向き直る。

ダリヤ(おい)
「なんだい、ヴァルツ様」
「俺の剣に付き合え」

 僕が意識を乗っ取られた時、ヴァルツの剣はダリヤさんを圧倒した。
 明らかに今の僕より数段上だったんだ。

「そりゃいいが、今までもみてきたでしょう」
「足りん」
「ヴァルツ様、それはどういう……?」
「今のままじゃ生温いと言ったんだ」
 
 もし原作の彼が、今の僕と同等の努力をすれば、あのレベルに辿り着くんだろう。 
 ならば、もう負けないと誓った以上、僕もなんとしても追いつかなきゃいけない。

「そうかい」
「ああ」
「じゃあ納得がいくまで付き合うぜ、ヴァルツ様!」
「それでいい」

 それと、マギサさんにも。

「おい魔法女」
「なにかしら?」
「お前は俺の研究に付き合え」

 【闇】についてもまだまだ知らないといけない。
 学園まではもう半年を切っているのだから。

「ええ、いくらでも!」
「ふん」

 そして、なんとなくだけど、僕はさらなる可能性(・・・・・・・)を感じていた。
 【光】と【闇】、両方を併せ持った時の凄まじいパワーに。

「仕上げだ。愚図(ぐず)ども」

 そうして、月日はあっという間に過ぎて行った──。







<三人称視点>

 朝日まぶしく、気持ちの良い日の朝。
 まさに旅立ちにうってつけの日である。

「行ってらっしゃいませ、ヴァルツ様」
「ああ」

 大きな馬車に乗り、ヴァルツは(じい)やに見送られる。

 今日この日、ヴァルツは十五年過ごした領地を出て行くのだ。
 首都に建つ学園へ行くために。
 
「くれぐれも粗相(そそう)のないように、メイリィ」
「はい! 爺や様!」

 ヴァルツの隣には、彼を一番に慕うメイリィが乗る。

 学園には一人まで『付き()い』を連れて行くことができる。
 その者にヴァルツはメイリィを選んだようだ。

リーシャ(あの女)は学園で合流するんだったか」
「その予定となってます」
「ふん。どうでもいいがな」

 またリーシャは、この一週間前に準備をするため祖国へ戻った。
 学園で再会することになるだろう。

 そして、約二年、師匠としてヴァルツを見守ったダリヤとマギサ。

「気を付けな、ヴァルツ様」
「魔法はサボらないようにね~」

 彼らもヴァルツとの師弟関係は今日で終わりのようだ。

「……」

(ちょっと寂しいな)

 二人を眺め、心の中ではヴァルツは思う。
 だが、傲慢(ごうまん)なその口からは出ていくはずもなく。
 そんな均衡を破ったのはマギサだった。

「ヴァルツ様、意外と寂しいんじゃない?」
「!」
「ほら、動揺してる」
「してねえ……!」

 ヴァルツは鬼のような(ぎょう)(そう)でマギサを睨むが、そんなのはすでに慣れっこだ。
 ダリヤとマギサは顔を見つめ合い、大笑いをした。

「「あっはっはっは!」」
「てめえらなあ……」
 
 ひとしきり笑い終えたダリヤは、最後にヴァルツに伝える。

「ヴァルツ様」
「あぁ?」
「最初は、ヴァルツ様を傲慢で怖いと思う人もいるだろう」
「……」

(そりゃそうだよなあ)

「それでも」

 ダリヤはフッと笑って口にした。

「きっとヴァルツ様を分かってくれる人はいる」
「……!」
「活躍楽しみにしてるぜ」
「……フン」

 中のヴァルツとしては頭を下げたいが、そんなことはかなわない。

「てめえら」
「「「?」」」

 それでも、外のヴァルツがほんの少しゆずったのか、言葉にすることができた。

「世話になったな」
「「「……!」」」

 その言葉には、ダリヤ・マギサ・爺や、その他の執事やメイドも含めて驚きを隠せない。

「「「ヴァルツ様、いってらっしゃいませ」」」

 傲慢で非道な男──ヴァルツ・ブランシュ。
 彼の中に転生した、ヒーローに憧れる少年のおかげによって、なんだかんだ領地では愛される存在になっていたのだ。

「フッ、大げさな奴らめ」

 そう言い残し、ヴァルツを乗せた馬車は走っていった。
 最後の最後に少し口元が(ゆる)んでいたのも、みんなは見逃さなかったことだろう。




「行っちまったな」

 それを見送り、ダリヤがぽつりと言葉をこぼす。
 マギサも含め、二人の表情は言わずもがな寂しそうだ。

「でも大丈夫でしょ」
「だろうな」

 それでも、二人はヴァルツの成功を確信していた。

「あの時の謎のヴァルツ様にはビビったが……今はそれ以上(・・・・)だ」
「まさか、あれからさらに修行を厳しくするとはね」

 あの日、本来のヴァルツは、ダリヤを圧倒する剣術を見せた。
 しかし、今のヴァルツはそれを超えるという。

「それに、例のあれ(・・・・)も間に合ったんだろ?」
「ギリギリね」
「で、どうなんだ? そいつは」

 マギサは一呼吸の後、ふっと笑って答えた。

「歴史を変えうるわ」
「……はっ! そりゃいい」

 ヴァルツとの日々はかけがえのないものだったようだ。

「ダリヤ様、マギサ様」

 そんな二人に、爺やが話しかける。

「お二人にこんなものが届いております」
「「……!」」

 手渡したのは、とある依頼書だ。
 内容に軽く目を通した二人は、笑いながらに返した。

「爺やさん、あんたも過保護だねえ」
「ほんとほんと」
「いえいえ、そんなことは」

 そして、依頼を承諾する。

「承ったぜ」
「ええ、同じく」

 ヴァルツに続き、ダリヤとマギサもまたこの地を旅立っていくのだった──。