正義のヒーローになりたい。
 みんなを守って、みんなを笑顔にするような。

 前世(・・)のことはもうあまり思い出せない。
 でも、その気持ちだけは心に残り続けている。

 ……なのに。
 ──なのに!

「どうして、よりによってこいつ(・・・)なんだよーーー!!」

 僕は鏡を見ながら盛大に叫んだ。
 こうなるきっかけは、ほんの十数分前。




「はっ!」

 目を覚ますと、そこは知らない天井。
 どうやらベッドに横たわっているみたいだ。
 
「あれ? 僕は何をしてたんだっけ……」

 頭を抑えながらベッドを出る。
 だけど、隣にあった姿見を見た瞬間、思わず目を疑った。

「え!?」

 色が抜けたような白髪。
 整った顔ではあるものの、威圧感を与える目付き。
 いかにも貴族のような格好。

「ヴァルツ・ブランシュ……?」

 この姿に見覚えがあったからだ。
 それも、悪い意味で(・・・・)

 ヴァルツ・ブランシュ。
 学園RPG『リバーシブル』に出てくる、悪役のラスボスキャラだ。

 努力家で平民の主人公とはまるで真逆。
 最上位貴族という地位の上、あらゆる才能にあふれる。
 いや、あふれ過ぎていたんだ。

 だからこそ、努力なんてせずとも、いずれ来る学園パートで好き放題する。
 それに腹を立てる者もいるけど、圧倒的才能の前には誰も勝てない。

 作中一の傲慢(ごうまん)で非道なキャラだ。

 だけど、最後には努力を続けた主人公と戦って敗北する。
 努力が才能に勝る、主人公にとっては、まさにサクセスストーリーってわけだ。

 そして、彼は「俺は……!」と言葉すら残せずに破滅することになる。
 色々と考察されているものの、どうせ非道な言葉だろうと予想されていた。

 と、そんな感じのキャラだったはず。

「そのヴァルツに……僕が!?」

 手足の感覚を確認しながら、ようやく理解する。

 僕は転生してしまったんだ。
 このヴァルツ・ブランシュという男に──。




 そんなこんなで、今に至る。

「……はあ」

 理解はできても、やっぱり納得はできない。

 僕は正義のヒーローになりたい。
 きっかけは思い出せないけど、前世からこの気持ちに変わりはない。

 なのに、こんな悪役非道なキャラになるなんて。
 僕の目指すヒーロー像とはまるで真反対のキャラじゃないか。

「これからどうすれば……」

 と、顔を下げていたところに──

「坊ちゃま!」
「……!」

 ほとんどノックしたかしてないかぐらいの後、急いで一人の女性が部屋に入ってくる。
 服装からして、僕のメイドさんだと思う。

「先程の叫び声はいかがいたしましたか!」
「!」

 しまった!
 さっきの、気持ちが高ぶって出た声が響いていたらしい!

 僕は慌てて弁明しようとする。

「なんでもな……っ!?」

 あれ!?
 今、たしかに「なんでもないよ」って言おうとしたのに!
 
「どうされましたか?」
「だ、だから、……っ!」

 やっぱりだ、思ったように声が出せない!
 一体どういうこと!?
 
「やはりお熱でもあるのでは!」
「そうじゃねえ! ──!?」

 そして、思わず出た声に自分でびっくりする。
 今の“汚い言葉遣い”は『悪役ヴァルツ』の口調そのものだ。

「……」

 そこである仮説が頭に浮かぶ。

 もしかしてこいつ、優しい言葉を出せない!?
 それも人前限定(・・・・)で!

 本当になんて傲慢なキャラなんだ!

「坊ちゃま……?」

 こうなったら仕方がない。
 自分の意思を伝えるのは変えず、口調は出てくるままに……。

「おいメイド」
「は、はい!」
「さっさと()の部屋から出て行け。“切られたく”なかったらな」

 そう言うとヴァルツ(この男)は、親指を下に、首を切る仕草を見せた。

 ちょっ!?
 そこまでひどいことは思ってないよ!?

 だけど、メイドの反応はごく普通だった。

「良かったです。いつもの坊ちゃまですね」
「は?」
「では、私はこれで」

 ばたんと扉を閉め、そのまま出て行ってしまったのだ。

「……」

 なにこれ。
 今ので良かったのかな。

 ま、まあ、それよりもさっきの仮説の続きを考えよう。

「あー、あ~。()は~」

 うん、やっぱりだ。
 人がいないところでは思考通りに話せる。
 だけど、“人前”だと口調は傲慢に、一人称も「俺」になる。

「もはや尊敬するよ」

 中身が僕になってなお、人前ではまだ傲慢であり続けるなんて。
 我ながら(?)すごい人だ。
 
「……少し歩くか」
 
 これじゃ正義のヒーローなんてなれるわけがない。
 モヤモヤする気持ちを変えるため、一旦部屋を出る。

「広い家だなあ」

 ヴァルツの家系──ブランシュ家は(こう)(しゃく)家。
 王家の次に偉い地位を持つ、最上位貴族様だ。

 だからこの、こんな態度でもお(とが)めがなかったんだろう。
 彼が傲慢であり続けたのは、この環境のせいもあるのかもしれない。

 ──なんて考えていた時。

「ん」

 曲がり角の先で、さっきのメイドの姿が見える。

 ティーセットを乗せたプレートを持っているみたいだ。
 僕の部屋に持ってくるつもりだったのかな。

「あ、坊ちゃま!」
「おい、だから部屋には来るなと」
「わっ!」
「──!」

 だけど、僕の姿を見たからかプレートをひっくり返しそうになる。

 あぶない!
 そう思った瞬間、僕の体は自然に動いていた。

「坊ちゃま……?」
「……!」

 ハッと気が付けば、右腕でメイドさんを支え、左手にはプレートを持っていた。
 もしかして、僕が助けたのか?

「!」

 そこで、ようやく僕は思い至る。

 そうか、そうだった。
 ヴァルツはたしかに傲慢で非道なキャラだ。

「……フッ」

 だけど、力だけはある。

 剣や魔法はもちろん、知力、権力においても、作中では他の追随を許さないほどに。
 それは物語が証明している!

「あ、あの……?」

 そっとメイドを優しく下ろし、お礼を伝える。
 怪我をしたら危ないからね。

「クズなりによくやった」(気づかせてくれてありがとう)

 そして決意する。

 だったら、なってやろうじゃないか。
 僕がずっと憧れていたものに。

「フッフッフ」

 こんな態度じゃ、結局待つのは破滅の未来だけかもしれない。

 だけど、僕はそれでも構わない(・・・・・・・・)

 たとえそうだとしても、僕は最後まで人々を救って死ぬだけだ。
 そう、正義のヒーローのように!

「フワーハッハッハー!」

 笑い方は悪役のそれだけどー!!

 でも、この時の僕はまだ知らなかった。
 この決意が、結果的に破滅の未来を回避する行動に繋がっているとは──。