「ご飯はちゃんと食べているの?まさか暴力を受けているなんて…」

勝手に柚月の境遇を想像した祖母の顔が青ざめる。柚月はそういったことはされていない、ただひたすらに無関心で美月が柚月に構いたがったり、物を欲しがった時に断ったりすると姉なら優しくしろ、と叱責されるくらい。顔を合わせると父も義母も気まずそうな顔をするから、柚月の方から食事は1人で摂っていると告げると祖父の表情が険しくなった。

「あの小僧…よし柚月、儂らの子になれ。あんな家にはもう帰らんで良い」

「あなた、流石に性急過ぎますわ」

「性急も何もあるか、こっちはずっと騙されとったんじゃ。そもそもあの後妻と再婚するのも早すぎると反対したのを押し切って再婚した挙句、嘘をついて儂らを遠ざけ孫を孤立させた。向こうに文句は言わせん」

柚月が切り出す前に祖父が話を進めてくれそうな勢いだ。祖父が自分を案じてくれているのは分かるが、父が簡単に自分を手放すとも思えない。父の思惑を全て理解したわけではないが、恐らく孤立させた柚月を自分達の思うように利用したかったのだ。美月が何かした場合尻拭いをさせるつもりだったのだろう。美月は天真爛漫と言えば聞こえは良いが、甘やかされて育ったせいか我儘で自分の思い通りにならないと機嫌が悪くなることや自分の欲望を抑えられないことがある。その結果が前の人生のあれでありそんな美月を宥めるのが「姉」である柚月の役目であった。祖父も父の思惑が想像ついたのか表情が恐ろしいものになっている。祖母が怒りのあまり父に連絡しかねない祖父を宥めにかかった。

「だから落ち着いてください…そうそう柚月、手紙に書いてあった大事な話ってなんなのかしら?やはり家に居づらいと相談したかったの?」

優しい顔で問う祖母に柚月は神妙な顔で頷く。

「それもあるのですが…お祖父様お祖母様、実は…」

柚月は22年生きた記憶があることと、婚約者と妹の裏切りに絶望し自ら命を断ち何故か10年前に戻っていたことを明かした。悪夢を見たとかそれらしい理由で誤魔化すことも考えたが、包み隠さず告げることにしたのだ。祖父母に限らず上流階級の人間は大なり小なりあやかしとの付き合いがある。荒唐無稽な話だと笑い飛ばされ虚言癖がある、と眉を顰められる可能性は低いと考えたし柚月の目的のためには隠すのは得策ではないと判断した。

2人は最初は怪訝な顔をしていたが、婚約者が妹を妊娠させた件で顔面蒼白になり祖母は口に手を当てて震えていた。12歳の子供の口から出てくる言葉ではないし、柚月の口調も表情も真に迫っていたからだろう。未だ動揺している祖母に代わり険しい顔の祖父が口を開いた。

「俄には信じられんが、お前がこんな与太話を聞かせるとも思えん」

「…そうね。とても嘘を吐いているようには見えないわ。でも…」

信じたいと思ってるようだが疑いは消えないようで祖母の歯切れが悪い。

「信じていただけなくて当然です。私ですらあれは悪い夢だったのではと思う時があるのですから。でも…あの時の絶望と…死んだ時の苦しさや悲しみが時折蘇るんです。あれは夢じゃない、本当に自分の身に起こったことなのだと訴えてくるんです」

柚月は自らの肩を抱いた。あれから数週間経つが未だにあの時の絶望は柚月の心を苛む。夜中飛び起きることも多々あった。あれは柚月の中でトラウマとして根を張っているのだ。2人はそんな柚月の様子を見て絶句している。これは嘘や冗談でないのだ、と確信しているように見えた。

「…だから私はかつての惨めな人生を歩まないために、今度は幸せな人生を歩むために行動に移すことにしました。それで2人に手紙を出したのです。確実に高峰雄一との婚約を避けるため、いずれ東雲の家から離れるために力を貸していただきたいと」

「高峰…鬼の一族の分家の長男か。確か柚月の2つ上だったな。あの男が用意したにしては家柄は申し分ない」

「でも婚約者の妹と浮気するなんて最低の下衆よ。人間性が分かっているのなら避ける以外の選択肢はありません」

「あの男が話を持ってくるのは3年後。その前に高嶺が口出しできん相手と婚約させれば穏便に済むだろうが…」

祖母は雄一の所業に怒り、祖父は落ち着いた口調で婚約回避の策を口にする。柚月は恐る恐る尋ねた。