「ようこそお越しくださいました柚月様。お一人で来られたのですか?」

「はい、電車とバスを乗り継いできました」

「何とご立派な…ですが、お車で来られなかったのですか」

小学生で1人で電車やバスに乗るのは普通のことだが、東雲家は名家だ。車で送り届けるくらいするだろう、と考えて当然。

「…車を出すとお父様に怪しまれるので…」

モジモジと俯きながら答え、やんわりと父との関係が良好でないこと、今回の訪問が極秘であることを匂わせる。美月がどこかに行くのに車を出させても何も言わないのに、柚月の場合根掘り葉掘り聞かれるのだ。それが面倒でどうしても電車やバス、徒歩で無理な場合を除いて車を使わなくなった。無関心を貫いている癖に柚月が好き勝手に行動するのは嫌なのだろう。全くもって理不尽だ。家令は柚月が普段どの様な環境で過ごしているのか察したようで、痛ましげな表情を一瞬見せると「大旦那様達がお待ちです、こちらへ」と邸の奥へと案内してくれた。

連れてこられたのはこの邸で1番大きな客間。家令が襖を開けると真ん中に置かれたソファーに年配の男性と女性…幼い頃に会ったっきりの祖父母が座っていた。祖母が柚月の姿を認めると立ち上がる。

「柚月…!大きくなって。会うのは沙織のお葬式以来よね…あの子の子供の頃にそっくりだわ」

沙織とは母の名だ。母の話を聞く機会がほぼなかったので嬉しい。母方の親戚との交流がなかったのだから当然だ。隣でどっしりと構えている強面の祖父も口を開く。

「…1人でよく来たな。覚えてないもしれんが儂は柚月の祖父だ。取り敢えず座りなさい」

柚月は促されて向かいのソファーに座る。

「手紙をもらった時は驚いたわ。柚月は私たちに会いたくないと言ってると聞いていたから」

「え?私そんなこと言ってません」

祖母がポロリと溢した言葉に柚月は反応した。すると祖母と祖父は困惑を露わにしている。

「…儂らが何度も柚月に会わせろと言っても、本人が会いたくないと拒否していると取り合わなかった」

「誕生日プレゼントも送っていたのだけど、私たちからのプレゼントなんて要らないと壊して癇癪を起こしたと聞かされて…」

「私そんなこと言ってませんしプレゼントも渡されてません!」

「…謀られたか」

柚月の反論に祖父は不愉快そうに告げる。

「東雲の言い分を鵜呑みにし孫を放置していた儂らに責める資格はないな。もっと早く人をやって調べておくべきだった。家族の問題だと言われればこちらは強く出れんかったが、騙していたとなれば話は別だ」

「…お祖父様達は私のことをどうでも良いと思ってたのではないのですか」

「そんなわけなかろう!沙織が亡くなり、あの男は喪が開けてすぐ再婚した。後妻はあの男の幼馴染で柚月を蔑ろにするのではと心配していたのだ。定期的に釘を刺して、柚月の顔も見たかったが本人が拒否していると聞かされれば無理強いも出来んかった。こんな体たらくでは柚月が失望しても仕方ない」

「失望なんてしてません。ただ迷惑をかけたくないから何も言わなかったんです」

「迷惑?私達が柚月を迷惑がっていると誰かに言われたの?どこの誰?こんな子供に嘘を吹き込むなんて、抗議するわ」

おっとりしているように見える祖母の目が据わっていた。怒らせると怖い人らしい。

「…うちの使用人です」

「…なんてこと。使用人が雇い主の娘に嘘を吹き込むなんて。東雲さんは把握してないの?」

「した上で放置してるのかもしれんな。柚月をどう扱ってるか儂等に知られたくないのだろう。頼れる人間はいないと思い込ませたかったのか…」

柚月は前の人生での違和感や色んなことが腑に落ちた。祖父母が関わらなかったのは、柚月が拒否しているからと聞かされていたから。柚月も祖父母に関心を持たれていない、迷惑をかけるわけにはいかないと距離を取った。互いに拒否されていると思い込んでいたのだ。前の人生、妹と雄一の裏切りを明かして泣きつけば2人は助けてくれたかもしれない。今更後悔しても遅いが。

「だから儂は東雲の若造との縁談に反対だったんじゃ」

「仕方ありません。亡き先代はやり手でこちらに断る術はありませんでしたわ」

「先代は死に息子はボンクラ、こんなことならさっさと引き取るべきであったわ」

祖父は深く後悔してるようで溜息を吐いた。