**********
初めて会った時から目を奪われていた。話してみて「欲しい」という気持ちが強くなったが必死でその気持ちを押し込める。あやかしの一族の本家は血統主義で人間を見下している者が多い。周囲の反対を押し切って父は人間の母と結婚したものの、周囲の嫌がらせや蔑みの目が酷く母はとても苦労したようだ。父が母を必死で守っているが、孝臣は子供ながら父のように出来ないと悟っていた。守る力もないのに、敵ばかりの世界に連れて来ることは出来ない。
いずれ適当な分家の娘と結婚し、神宮寺を継ぐのだろう。つまらないと思いながらも自分を運命を受け入れていた。
しかし彼女に婚約者が出来、その相手が一族の分家の者と知った時は言葉で言い表せない感情が吹き荒れた。とてもじゃないが彼女と婚約者の姿を見ることは出来ず、留学という名目で逃げた。大学は彼女と婚約者のいない所を選んで受験したので会うこともなく、それでも時折彼女のことは思い出していた。結婚すれば、この気持ちにも区切りをつけられると思ったのに。
彼女が亡くなったと知った時目の前が真っ暗になった。病死と言われていたがどうにも信じられず、調べた所自ら命を絶ったと分かった。理由は婚約者と妹の裏切り。孝臣は生まれて初めて誰かを殺したいと思った。こんなことになるなら、あんな屑共から引き離しておくべきだった。後悔したところでもう遅い。
孝臣は報復として婚約者と妹の不貞の事実にあちこちに流した。東雲家は柚月の死を病死と隠蔽し、病気が分かった柚月が身を引いたと胸糞悪くなる話をでっち上げたが柚月の侍女が柚月の死の真相を週刊誌で訴えた。次々と明るみになる柚月の不遇の人生。孝臣が手を下さずとも東雲と高峰の周囲から人が消えていき、孤立していった。雄一と美月は柚月を死に追いやった外道と責められ、仲が破綻するのはあっという間だった。仕方なく結婚し、子供も産まれたものの雄一は家に寄り付かず外で女を作り、やがて家族から切り捨てられた。最後はアルコール依存症になり街を彷徨っていた所を不慮の事故で死んだそうだ。
美月はヒステリックになり、地方にある東雲の別荘に閉じこもるようになった。そしてある日訪ねてきた知人の男性に刺され、命を落とす。その男性は美月の元婚約者で何故か美月の居場所を突き止め、裏切った報復をしたのだ。元凶が死んでも孝臣の気が収まることはない。東雲と高峰も徹底的に潰した。
全てを終えた孝臣は無気力に日々を過ごしていた。屑共が死んでも柚月は戻って来ないのだから。
そんな孝臣を見かねた父が「禁術」を教えてくれた。鬼の血を濃く引く本家の者にしか使えない、自分の命と引き換えに時間を戻せるというもの。死ぬと同時に大事な者のことを強く思うのが発動条件らしい。
「母さんはお前が5歳の頃、父さんの婚約者候補だった女に襲われて死んでしまった。だから時を戻したんだ」
俄には信じがたかったが、父の胸には刺されたような傷がある。本人は海水浴で転んだ時に出来たと言っていたが、本当に刺した傷だと知り納得したのだ。
「戻ったのは孝臣が生まれた直後だった。俺はあの女にありもしない罪を着せて問題のある分家の老人に嫁がせた。家族も苛烈で加虐性のあるあの女に苦労していたから、庇わなかったよ。今は監視されながら何とか生きてるみたいだ」
父は古びた短剣を孝臣に差し出した。良く見れば古くなった血液がこびり付いている。父以外も使った者がいるのだろう。
「戻って運命を変えても安心しては駄目だ。死ぬはずの運命を変えた歪みが出ないとも限らない。母さんには常に護衛を付けていて、裏切ることがないように言い聞かせている」
冷ややかな笑みを浮かべる父は孝臣に言えないこともしてるようだ。それを聞くことはしない。
「使用者の記憶は残るが相手に残るかどうかは人によるようだ。自分が死んだ記憶に耐えられない者には残らないという説もあるが、定かじゃない。いつ戻る時間も決められないが、使うかどうかはお前の意思に任せる」
そう言い残すと父は部屋を出て行った。孝臣の選択は話を聞いた時からとっくに決まっている。
戻ったらまず、柚月を迎えることに異を唱えるであろう頭の硬い老人共を排除して、孝臣の妻の座を狙ってる娘のいる家も抑える。弱みがあればそれをネタに、なければ作れば良いのだから。父がやったように。
柚月に記憶は残るのだろうか。出来れば全て忘れて欲しい。あんな屑共のことも、死を選んだ絶望も全て。どうせ孝臣のことは覚えてないだろうから、記憶が無くとも問題無い。
最初からやり直すのだ。柚月と婚約して、彼女を傷つけるもの全てを排除する。出来れば好きになって欲しいが、生きていてくれるだけで良い。あの時の絶望を味わうのは2度とごめんだ。
孝臣は何の躊躇いもなく自らの心臓を短剣で刺した。


