死に戻った私の幸せな人生



「…」

「…お、お久しぶりです」

精神年齢的には年上だからと柚月の方から切り出した。孝臣が柚月を認識していることは純然たる事実なので、久しぶり、と挨拶することは間違ってないと自分に言い聞かせる。すると孝臣はツンとした表情を和らげた。

「…久しぶり。こうして話すのはあのパーティー以来?」

「そうですね。神宮寺様を見かけることはあってもこちらから話すことはありませんでした」

「…神宮寺様は辞めて欲しいな。他人行儀過ぎる」

眉間の皺が濃くなった。柚月の呼び方が気に食わなかったようだ。そう言われても柚月はほとほと困ってしまう。

「…何とお呼びすれば」

「普通に孝臣と、呼び捨てで良いよ」

柚月は孝臣の提案にブンブンと首を振った。

「呼び捨ては流石に…」

「それもそうか。じゃあさん付けで。でもいつかは呼び捨てで呼んで」

「善処します」

「俺も名前で呼んで良い?」

「良いですよ」

拒否する理由はない。承諾を得た孝臣は「柚月」と呼んだ。たったそれだけなのに胸が高鳴ってしまう。そして彼は噛み締めるように「柚月」と繰り返す。

「…やっと名前で呼べた」

「え?」

「何でもない。柚月、これからよろしく」

孝臣はフワリと笑い琥珀色の瞳を細める。柚月は記憶にある孝臣との差が激しすぎて困惑していた。孝臣はいつも感情の読めない無表情で瞳も常に冷ややかだった。女性に対しては、こちらが相手に同情してしまうほど辛辣な対応をする人だった。今は14歳だから、これからあの孝臣になってしまうのか。

(前の人生では接点も無かったし、高等部に上がる直前に留学してしまったから情報も入ってこなかったわ)

確か大学進学に合わせて戻って来たと風の噂で聞いたが、その頃から冷酷だ何だと囁かれていたので留学先で何かあったのかもしれない。

(今回も留学するのかしら)

戻って来て急に別人のように冷たくされても困るが、柚月に孝臣の行動を制限することは出来ない。そうならないことを祈るしかない。婚約は逃れられないのだから、上手くやっていく他ないのだ。柚月は色々考えた後、「孝臣さん、こちらこそよろしくお願いします」と告げた。事務的な答えだったが、それでも満足したのか孝臣が少し口角を上げる。

「婚約者になるんだから、これからもっと仲良くなりたいと思ってる。クソ親…父が勝手に言ってしまったけど、俺パーティーで会った時からずっと柚月のことが気になってたんだ。可愛い子が美味しそうにケーキ食べてるって」

「かわ」

驚きのあまり柚月は固まってしまう。釣り目で気の強い印象を与える柚月は可愛いと言われたことがあまりない。免疫がないため、当然パニックに陥る。明らかに動揺してる柚月に孝臣は話を続けた。

「話しかけたら俺に媚びることもなく普通に接してくれる。自慢じゃ無いけど、俺は昔から女子に好かれる性質でね、肉食獣のような彼女達の目や態度に辟易していたんだ。だから余計に柚月と話すのが心地良くてね。出来ればこの先と一緒に居たいと思ったけど俺は立場が立場で、父と結婚して苦労してる母親のことも身近で見て来た。だから父と協力して、柚月との婚約にケチを付けそうな親族達を排除したり、こちらに引き入れて準備を進めて来た。6年もかかってしまったけど、こうしてまた会えて嬉しい。1度話しただけの人間にこんなことを言われても迷惑だろうけど、俺は柚月が好きでずっと一緒に居たいと思ってる。俺と婚約してくれませんか」

孝臣の表情も声音も真剣で、柚月を見つめる琥珀の瞳は甘く蕩けている。その瞳には見覚えがあった。雄一を見る柚月の目であり…雄一が美月を見る目だ。また嫌なことを思い出してしまった。

孝臣が嘘を付いているとは到底思えないが、あの時ズタズタにされた心の傷が素直に受け入れることを許してくれない。ここで私の初恋はあなたです、と言えば丸く収まってハッピーエンド、なのにその一言が言えない。

「…私、孝臣さんのことをそういう意味で好きなわけではありません」

嘘を吐いた。万が一の時に自分が傷つかないような予防線を貼る。孝臣は柚月の酷い言葉に悲しむ素振りを見せなかった。

「知ってる。これから俺と交流していって、いつか好きになってくれたら良いよ」

孝臣は徐に立ち上がると柚月の隣に移動した。そして左手を差し出してくる。

「改めて、これからよろしく柚月」

「…こちらこそ、よろしくお願いします」

柚月はおずおずと差し出した左手を彼の手に重ねた。自分よりも大きな手にぎゅっと包まれると、言葉にし難い安心感が生まれた。

そして孝臣が小声で何やら呪文を唱えると柚月の隣に真っ黒な毛に琥珀の瞳を持つ、孝臣と同じ色彩の猫が現れた。

「こいつ俺の眷属。俺は常に側に入れるわけじゃないから、何かあったらこいつが守ってくれるよ」

柚月はそっと現れた黒猫を撫でる。ゴロゴロと喉を鳴らす姿が可愛い。可愛いけれど柚月に害を成す相手には容赦なく反撃すると告げられた。とてもそうは見えないけれど、孝臣がそう言うのだからそうなのだろう。

柚月にはこの日、婚約者と頼もしい護衛が出来た。