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朔都の婚約者の紹介済んだ宴会はお祭り騒ぎだ。たくさんの酒を煽り歓談を楽しむ。すっかり堅さのなくなった集まりに一息つく。
始めは大勢に囲まれ多くの問いを投げられたものだが、朔都の一言でそれも解消された。分かっていたはずの朔都の地位をはっきり目にした私は、なんだか違う世界にいる気がした。
周りにはすっかり酔いつぶれた人ばかり。朔都は大事な話があると呼び出され、私は一人になっている。
「確か、もう少し歩いたところだよね」
すぐ戻るから待っておくように言われたのだが、お手洗いに行くことくらい許してほしい。
広い屋敷だが、来たときに聞いたお手洗いの場所はそう遠くなかった。
「もしかしてお手洗いですか?」
振り返ると、私と同い年くらいに見える綺麗な女性が立っている。
「瑠莉様ですよね?よろしければご案内いたしますよ」
「あっ、ご迷惑でなければ、お願いします!」
様を付けて呼ばれることに違和感を覚えるが、朔都から慣れるよう言われている。そんなことよりも、万が一にも迷うことのないように案内してもらえることは有り難い。
「えぇ、こちらについてきてください」
「ありがとうございます」
彼女の一歩後ろを歩く。彼女の進む方向は私が思っていた方と真逆で、彼女がいなければきっと迷っていただろう。一分ほど歩くと、前にいた彼女が立ち止まり振り返った。
「そちらの角を右に行けば着きます」
「ありがとうございました」
にこりと微笑んだ彼女にお礼を伝える。
言われた通りに角を曲がったが、その先にお手洗いが見当たらない。間違えたのかと彼女と別れた場所へ戻ろうとする。振り返りながら足を戻した途端、体と口を抑えられる。
「……っ!?」
体を捻り逃れようとするが、私の力が敵うわけもなく、次第に意識が遠のいていった。
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「ここを離れよう!もうどうしようもないと分かっているのだろ!」
「私は離れられないの!彼女を見捨てられない!」
二人は精一杯叫んでいるが、それでもその声は小さく感じる。降り注ぐ大粒の雨は時間の経過に比例し強くなり続け、鳴り止むことのない雷は大地を揺らしている。
「一人で逃げるくらいなら、私はこの日本と消えるわ!」
私はが吐いた言葉は彼にも伝わったようで、彼は悲しそうに瞳を揺らす。
「貴方が分かってくれなくても、私はそうするしかないの」
「そうか、それなら何とかする。君を死なせるわけないだろう」
大きな音を響かせた雷に驚き目を瞑る。次に目を開けたとき、彼の姿は消えていた。
「朔都様のおかげです!」
彼を囲む人々の群れ。その中心の彼は興味なさそうにあしらっている。私の視線に気づいたのか彼もこちらに目を向ける。二人の視線が交わると彼はまっすぐこちらに向かって歩いてくる。
「瑠莉、待っていたよ」
「お待たせしました、朔都さん」
私の腰を抱き歩き始める朔都の姿を見て、先ほどまで彼を囲んでいた人たちは顔を歪める。その多くが女性であったため、彼女らは狙いをつけている彼が私を選ぶことが許せないのだろう。よりにもよって、誰よりも下だと思っていた私で。
満開に咲いた桜の木の下、二人で腰を下ろし見つめ合う。とりとめのない会話に笑っていると、突如強い風が吹き桜の花びらが乱れ散る。
次に視界に入ってきたのは、地面に広がる紅葉と辛そうな朔都の姿。彼の抑える腹部には刃物が刺さっており、着物が赤く染まっている。
「こんなものすぐに治すから心配するな」
刃物を抜き、腹部を強く抑えつける。彼がこんな目にあっているのは――
「私のせいだ……私のせいで……」
「違う」
「朔都さんは助けてくれたのに、私がいなければ――」
朔都が何か言っている気がする。それも聞こえないほど、目の前の光景は酷く悲惨なものだった。


