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 八月中旬の朝、屋敷がいつも以上に騒がしい。ベッドを降りると、部屋の外から朔都が話している声が聞こえてくる。少しだけ扉を開けて様子を見ると、朔都がすぐに気がつく。近くにいた使用人に声をかけ、部屋に戻ってくる。

「おはよう瑠莉」
「おはよう。騒がしいけどどうしたの?」

 問いかけると、彼は私の髪を撫でながら答えた。

「先週話しただろう?今日、本邸で集まりがあるのだと」
「今日!?私も用意しないと!」

 目の前の朔都は既に完璧な状態だ。寝起きだとはいえ、なぜ忘れていたのだろう。慌てて準備しようと動き出す私を落ち着かせるように腰を引き寄せる。

「もうじき千歳が来るから落ち着け」
「あ、そっか」

 千歳さんはこの屋敷で一番長い使用人。私の身の回り世話は彼女には一任されている。着物を一人着られない私は、彼女に着付けてもらうしかないのに無駄に焦りすぎていた。

 千歳さんは手際よく着付け、あっという間に私の身なりを整えた。
 それなりに整った容姿をしていると言われてきた。自分では分からないが、そうなのだと信じているほうが幸せだった。
 それでも人間離れした容姿の朔都の横に立つには不釣り合いなのだと心のどこかで思っていた。鏡に映る自分を見つめる。彼ほどとはいかなくても、少し釣り合う姿になれたように感じる。

「瑠莉、準備できたか?」

 部屋を出て待っていた朔都は、千歳が部屋を後にするとすぐに入ってきた。

「うん。もう行けるよ」
「似合ってるな。行こうか」


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 初めて訪れた鬼神崎の本邸は、想像していたよりもずっと大きく華麗なものだった。二人が着いたころにはすでに多くの人集まっており、そこへ入っていくのは少し気後れしてしまう。

「そんなに緊張しなくていい。きっとあっという間に終わるから」
「そう、だよね」

 緊張が完全になくなることはなくても、隣に朔都がいることで安心できる。ひときわ賑わっている部屋へ入ると、上座に座る彼のご両親と目が合う。会釈をし、朔都に連れられるまま席に着く。
 この集まりは宴会のようなものだ。年に数回、こうして鬼の一族が集まり交流するらしい。

「主役も登場したことだし、始めようか」

 朔都がこの集まりに参加することはこれまでもあったが、今回の参加は特別なものだった。今回は婚約者である瑠莉がいるからだ。

「紹介します。こちら婚約者の一色瑠莉です」

 朔都が立ち上がったのに合わせ私も立ち上がる。部屋にいる全ての者の視線が自分へ向くのを感じる。

「よろしくお願いいたします」

 緊張しているのを悟られないように挨拶を済ます。その声は震えていなかっただろうか。そんな不安をよそに、周りがざわつき始める。

「大丈夫だっただろ」
「うん」

 周りの人たちは朔都に正式な婚約者ができたことを喜んでいた。私の存在よりも彼に婚約者ができたという事実が重要なのだ。