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 美桜とは私の妹だ。妹といっても母親は違う、いわゆる腹違いの妹。

 私の母と父は大学で知り合い、卒業間近に恋人になったらしい。そして、その一年後に私を妊娠した。
 母は結婚して幸せな家庭を築けると信じていたが、それは叶わなかった。父には婚約者がおり、母とは結婚できないと告げられ、そのまま二人の関係は終わった。

 その後、母は実家に戻り、祖父母の協力を得て私を出産し育てた。それを知った幼い私はその全てを理解できていなかったが、父は母と私を捨てたのだということは、なんとなく分かっていた。
 しかし、私に母の記憶はほとんど残っていない。私が小学校に上がる前、身体を壊してそのまま亡くなったのだ。それから始まった三人暮らしも長くは続かず、しばらくして祖父が亡くなって、祖母も亡くなったのは私が小学二年生のころだ。

 親戚なんていない、一人では生きていけるはずのない私は、きっと施設に送られるのだと話す近所の人の噂話に何も感じなかった。ただ、この世界でついに一人ぼっちになったのだと、どこか他人ごとに思っていた。

 みんなが決して関わらないよう、遠巻きで見つめるだけだった私の目の前に突如やってきた男性。一色直樹(いっしき なおき)と名乗る彼は、私の父親だと言った。彼は大きな会社の社長らしく、私を引き取ろうと手を差し伸べた。
 彼の手を取りたどり着いた新しい家は、これまで暮らしていた家と比べられないほど大きな家だった。そこで出会った美月(みつき)と名乗るきれいな女性と、美桜と名乗る自分と同年代の少女。新しい母親と一学年下の妹だった。

「まだ慣れないと思うけど、私のことはお母さんと呼んでね」

 そう視線を合わせて笑いかけてくれた姿を見て、新しい家族と仲良くなれるかもしれないと夢を抱いた。その夢は一瞬で砕け散ったのだが、それも仕方ないことなのかもしれない。
 今までいないものとされていた娘が突然現れても、その存在は目障りでしかない。引き取ってくれたからといって、私へ愛情が受けられるとは限らなかった。

 実際、両親は美桜にとびきりの愛情を注ぎ、私はほとんどいない者とされていた。
 生きていくための衣食住を提供され、十分すぎるほどのお小遣いを貰える。そこに愛情こそはないものの、当たり前に生きて、当たり前に学校へ通うことができるだけでも感謝しなくてはならない。
 頭では分かっているつもりでも、徐々に私の心は削られていった。引き取られてから転校した、美桜も通う小学校では馴染むことができず、私は噂話の対象でしかなかった。小学校を卒業するころには、精神的な要因からか十分な睡眠が取れなくなっていた。

 学校でも家でも居場所を見つけられないまま進学した中高一貫校。そこで出会ったのが乙葉だ。ひとりぼっちの私に声をかけてくれて、家の事情を知ってからも変わらず接してくれる。そんな彼女に対して私が心を開くのに時間はかからなかった。
 私たちは日に日に仲良くなり、頻繫に彼女の家を訪れるまでになった。高等部三年になった今でも関係は変わらず、間違いなく親友と言える相手だ。

 しかし、あのころと変わったこともある。今は滅多に乙葉の家へは行けないということ。
 私が中学生のころ、父は私がどのように生活しているのか一切興味を示さなかった。私の交友関係や学校帰りの過ごし方、それらについて口を出すことはなかった。一色の評判が落ちるような面倒なことさえしなければいいと放置されていたのだ。
 高等部に上がるとそれも一変した。一色にとって徳のない人間との関係は無駄だ、一色の役に立つよう勉学に励めと言うようになった。学校が終わるとそのまま家へ帰るように言われ、どこかへ遊びに行くことは許されなかった。
 かなりの大きさを持つ家だが使用人は雇っていない。父が家にいることは少ないとはいえ、母と美桜は家にいる。彼女らがいる限り、寄り道をして帰ることはできない。稀にある三人が出かけて帰ってこない日、その日だけこっそりと寄り道をしている。


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「瑠莉、はいっ」

 机の上に並べられた豪華な食事。料理が得意な乙葉のお母さんが作った手料理をお腹いっぱいに食した後、乙葉が小さな箱を持ってくる。

「お母さんと一緒に選んだの。開けてみて」
「ありがとうございます」

 二人に感謝を伝え箱を開けると、中にはシンプルなデザインのネックレスが入っていた。シンプルといってもそれは有名ブランドのもので、一般的な高校生では中々手の出せない価格のものだ。

「こんないいもの……」
「大切な瑠莉の十八の誕生日だもん。気にしないでよ」
「そうよ。瑠莉ちゃんには乙葉がお世話になってるしね」

 二人のそっくりな優しいまなざしに心がじんわりと温まるのを感じる。

「私は瑠莉が喜んでくれるのが一番なんだから!気になるんなら、次は私の誕生日を盛大に祝ってよね」
「うん……!絶対そうするね」

 どこまでも心優しい彼女に何度救われてきたことだろう。改めて二人に感謝を伝え、いつも通りの話をしていると、時間はあっという間に過ぎていく。

「あっ、そろそろ……」

 時計を見ると十九時半を回ろうとしていた。今日は家に誰もいないとはいえ、無断で乙葉の家に行っているとばれると面倒だ。そろそろ帰らなくてはと声を上げる。
 
「そうだね。送迎いる?」
「ううん。そんなに遠くないし大丈夫」
「そう。気を付けてね」

 私の家と乙葉の家は歩いて十五分弱の距離にある。大きな家が多く並ぶ一帯の治安はそれほど悪くなく、多くの目が行き届いてる道はかなり安全な方だろう。

「じゃあ、今日は本当にありがとう。ありがとうございました」

 玄関まで見送ってくれた二人に頭を下げる。

「また月曜ね。誕生日おめでとう」
「おめでとう瑠莉ちゃん。生まれてきてくれてありがとうね」

 二人の優しさに涙が流れてしまいそうなのを耐えるよう唇を嚙む。涙の代わりに感謝が伝わるよう、精一杯顔に喜色を浮かべる。
 そのまま帰路に就いた外の空気は、いつもより澄んでいて久しぶりに思いっきり息ができた感覚だった。